それから
「ちょっと、早苗ちゃん?」
ミサキさんが困ったような顔をして、言った。
「こんなもの置いて行かれても困るんだけど?」
感謝の気持ちとして下駄箱の上にあたしが置いて行った茶封筒を、ミサキさんは丁寧にあたしに返して来た。中身はもちろん30万だ。
「きっ、気持ちですっ」
「あたしの好意がお金で買えるものだとか思ってんの?」
ミサキさんは怖い顔を、笑わせた。
「これは2人の結婚資金にしなさいっ」
「ってか、なんで姉貴と早苗ちゃんが知り合ってんだよ?」
黒野くんが不機嫌そうに言う。
「内緒」
「ヒミツ」
あたし達は声を揃えて言うと、顔を見合わせ、べったりとくっついた。
「ねー?」
あたしが3回目の黒野くんの部屋にいるところにミサキさんが訪ねて来たのだった。よくあたしがここにいるとわかったものだ。
「とりあえず、早くあたしの妹になりなさい」
「それは……黒野くん次第かなぁ」
「オサムっ! はっきりしっかり、素直な気持ちでプロポーズするんだよっ!」
「るせーな、帰れよ」
テレビで流れるニュースの声に、あたしは振り向いた。聞き覚えのある名前をアナウンサーが言ったからだ。
『バクタガワ賞作家の黒井サンジさんが昨日、自宅で亡くなっているのが発見されました』
「ええっ!?」
思わずテレビに駆け寄った。
以前から心臓を患っていたらしい。余命は僅かだと医者に宣告され、それでも死ぬまで小説を書き続けると言い張っていたそうだ。
「なんで……? 余命20年伸びたって、言ったじゃん」
「どうしたの?」
「なんだ?」
サンジさんの怖かった顔が、最後に笑ったのを思い出す。
──おう、死ぬまで小説書き続けるからな
本当に、死ぬ直前まで、あの文机に向かっていたそうだ。
こんな旅をしていなければ出会うこともなかったサンジさん。こんなニュースを見ても、悲しむことはなかっただろう。
あたし、サンジさんのぶんまで、生きますっ!
こぼれた涙を拭いて振り向くと、あたしは黒野くんに言った。
「結婚してください!」
「はあっ!?」
黒野くんの口がめっちゃ開いた。
明日死ぬかもしれないのに、ぐずぐすなんてしていられない。今すぐ、欲しいものを掴むんだ。
「きゃーっ! 逆プロポーズ!」
お姉さんが跳びはねる。
「あたしをあげる! 欲しくないの?」
「ウゼェっ! お前、ウゼェけど……欲しいわっ!」
お姉さんが傍でしっかり見てたけど、黒野くんはあたしを抱きしめて、唇にチュッてしてくれた。
(『プレゼントにあたしをア・ゲ・ル! はあんっ♡』 完 )




