そして
黒野くんは無愛想に荷物を受け取り、無愛想にサインをした。大家さんの息子さんが帰って行くと、無愛想にドアを閉め、つまらなそうに荷札を確認し、囁くような声で、言った。
「えっ……? わあっ、早苗ちゃんからだ」
中に本人が入っているとは露ほどにも思わないようだ。そこから次々と独り言を呟きまくる。
「ん? いや、中身みかんじゃないよな? 早苗ちゃん、サプライズ好きだからなあ……。なんだろう? ワクワク」
ガムテープを剥がす音がしはじめる。
「もしかして誕生日プレゼントかな? もう3日も過ぎてるけど……。最近連絡くれないから、どうしちゃったかと思ってたよー。何かなぁ、何かなぁ?」
ガムテープが全部剥がされた。
「嫌われたんじゃなかったんだぁ。よかったぁ、よかったぁ。何かなぁ、何かなぁ?」
がしっと蓋を持つ音。
「ってか、会いたいよぉ……。大好きだよぉ、早苗ちゃん。大好きだよ、さな……」
ぱかっと蓋が開いた。
ぎょっとした黒野くんの、固まった顔が見えた。
あたしは頬が真っ赤になって、目はうるうるしてたと思う。
ベビーベッドに仰向けの赤ちゃんみたいなポーズで箱の中に現れたあたしを見て、黒野くんはゆっくりと、蓋を、閉めた。
「ちょーっ!」
あたしは思わず叫んだ。
「待ーっ!」
ガムテープを急いで貼り直す音が聞こえる。
「ちょっ……! ちょっと! 何してるの何!?」
「決まってるだろう!」
黒野くんがさっきまでとは打って変わって不機嫌そうに、慌てた声で言う。
「送り返すんだ!」
ガムテープで密封されかかった蓋を、あたしは頭でばごーん!と突き開けた。
その勢いで後ろにすっ転んだ黒野くんと、あたしは向き合った。
「やっと……会えたんだから……」
「ちょっ……おまっ……!」
黒野くんの顔がみるみる真っ赤になる。
「その格好っ……! なっ、なんだそれっ!」
思わずちくびが出てるのかと思って慌てて見たら出てなかった。安心して、あたしは段ボールに入ったまま、黒野くんに近づいて行く。
「苦労したんだよぉ……ここまで」
「しっ……知るかっ! なんでお前……、そんな、段ボールの中に……」
「プレゼントに……」
あたしの背中をみんなが押した。
お爺ちゃん、お婆ちゃん、オベヤさん、サンジさん、ミサキさん、宅急便の仕事に関わるすべての人々、ミサキさんのアパートの大家さん、大家さんの息子さん。みんなの力に背中を押されて、あたしは黒野くんに思いっきり抱きついた。
「……あたしをア・ゲ・ル!」
「ぎゃーーっ!」
あたしに抱きつかれて叫ぶと、黒野くんが固まった。
黒野くんは素直じゃなくて、無愛想で、何も欲しがらなくて。あたしは黒野くんを信じてるけど自分からは何も出来なくて。だからあたし達、キスもまだしてなかった。
こんなことをしなければ、あたしは気持ちを伝えられないの。ごめんね、いつも何も言えなくて、何も出来なくて。
でも、今は、みんなの力が背中を押してくれる。
「もらってくれないの?」
「あ……あばばばばばば!」
「もうっ!」
「ぬあ!」
助けを求めるように大きく開いた黒野くんの、下唇にキスをした。
このキスで、素直になって。あたしも素直な気持ちでしたキスだから。
あたしにだけは、優しいとこ見せてくれていいんだよ?
見せて。
本当の黒野くんを。
そう思いながらぎゅーっとしていると、黒野くんの腕が、伸びてきた。あたしを抱きしめてくれた。
顔を離すと、彼の顔が、優しく笑っていた。
「そうか」
優しい目をして、言った。
「俺が素直じゃないから、お前、悩んでたんだな」
「大好き……。黒野くん」
「俺も大好きだ、早苗」
黒野くんの手が、あたしの髪を撫でた。頬を触る。顎をつまんだ。
そして黒野くんがあたしにキスをした。
ありがとう、すべての人にありがとう。
あたし、幸せになります。




