オサムくん
お姉さんのスマホに黒野くんの写真が入ってた。
家族で祖父母の家に行った時のものらしく、ご両親もお姉さんも楽しそうに笑っている中で、黒野くんだけ面白くなさそうにブスッとしている。しかも目が閉じていた。
思わずあたしは言った。
「かわいい……」
プッとお姉さんが笑う。
「かわいいかぁ?」
「この、表に優しさを表さない、素直じゃなさがいいんですよ」
「あー、まぁ……確かに」
お姉さんは考えてから、うなずいた。
「さすがカノジョだねー。よくわかってる」
「エヘヘ」
あたしが出て来た段ボールを間に置いて、玄関に座り込み、あたしとお姉さんは黒野くんの話を楽しんでいた。
「それにしてもオサムにこんな可愛いカノジョがいたなんてねー」
「エヘヘ……」
照れてから、はっと気がついてあたしは言った。
「お姉さん、これから仕事じゃないんですか? ごめんなさい、あたし邪魔しちゃって……」
「サボる」
そう言うとお姉さんは持っていたスマホで電話をかけた。
「あー、店長? あ、うっ。いたたたた! 急にお腹が痛くなってちゃって……。すみません、今日、お店休みまーす」
電話を切ると、あたしの顔を覗き込んで、にかっと笑う。あたしはオロオロするしかない。
「とりあえずさー、一緒にお風呂入ろ?」
「えっ!?」
「あんた、臭うよ?」
「あっ……! ごめ……! そういえば2日お風呂入ってない……!」
「そのリボンも新しいのに換えてあげる」
いそいそとお姉さんはあたしが身体に巻いているピンクのリボンを解き始めた。
「……で、カノジョさん。お名前は?」
「あ……」
最初に会ったおじいちゃんとおばあちゃんに付けてもらった『みぃ』という名前をずっと名乗ってたけど、あたしの本当の名前に『み』はつかない。
あたしはこの旅に出て初めて、本当の名前を口にした。
「山田……早苗です」




