若いエキス、吸われちゃった
あたしはもう既に壁際に追い詰められていた。部屋の隅っこに正座していたので、逃げ場がなかった。
「若いエキス、吸わせろぉ〜」
怖い顔をニヤニヤさせて、黒井サンジさんが再び迫って来る。皺も老人斑もはっきりと、まるで顕微鏡で見るぐらいの距離まで迫って来た。
「いやぁーっ! 黒野くん! 黒野くん! 助けて!」
あたしは両腕で防御した。脇の下が丸見えになった。
おじいさんはそこに鼻を近づけると、スンスン匂った。
「わあっ!」
慌てて腕を下げたので、サンジさんの頭に肘を食らわせてしまった。
床に仰向けに倒れたサンジさんの口から声が漏れる。
「よきかな……」
「あのっ……?」
「元気になったぞ!」
そう叫びながら、サンジさんが、がばっと起き上がった。10歳ぐらい若返ってるように見えた。
「こ、これでよかったんですか?」
「よかった!」
怖いサンジさんの顔が別人のように嬉しそうに笑っている。
「これでもう20年は作家活動が出来る!」
シャキシャキ歩き出すと、桐の箪笥から何かを取り出した。茶封筒だった。それをあたしに渡してくる。
「君は尊い労働をした。これは対価だ」
受け取った茶封筒の中を見ると、30万円入っていた。
「ここここれは……?」
「賃金だよ。わからんかね?」
「ここここんなに頂けません……っていうかあたし、ご迷惑かけただけで……」
「私の気持ちだと思ってくれ。すまなかった。君は断じて置物などではない。生きた人間だ。しかもピチピチしておる。芳しい匂いでそれを知った。ああ……、今も胸に染み渡る芳しさよ」
「こ、ここを出ても?」
「ああ。だが、その格好で外へ出るのは恥ずかしかろう。私が箱に詰め直し、宅急便で送ってやる」
この近所なのは間違いないけど、サンジさんの言う通りだった。全裸にピンクのリボンだけ巻いた姿では玄関からチラッと出るだけでも恥ずかしい。
でも、正確な住所が書けるだろうか……。




