楽しいことをしよう
「気分転換に楽しいことをしよう」
そういいながらニヤニヤ笑い、ふんどし一丁の姿になった老作家が迫ってくる。
「黒野くん……」
あたしは壁に追い詰められ、涙声で助けを求めるしか出来なかった。
「黒野くーんっ!」
「黒野は儂だ。筆名は黒野イサムなのだからな」
「ちがーうっ!」
近所に聞こえるような声を出してやった。
「あたしの黒野くんはもっと……」
「もっと……何だと言うのだ? もっと若い? もっと格好良い? 何だ?」
「もっと……」
叩きつけるように、浴びせてやった。
「優しいっ!」
ぴたりと老人の動きが止まった。
「良いか、嬢ちゃん」
教え諭すような言い方で、あたしに言う。
「男に優しさなど求めてはならん。すべての男がオナゴに優しくするのには、下心がある」
「そんなことないもん!」
あたしは泣き顔で吠えた。
「っていうか黒野くんだったらそれでもいいもん!」
フッと笑うと、サンジさんがあたしに聞く。
「嬢ちゃん。歳はいくつだ」
「こっ……、こう見えて71歳っ!」
「17か……。儂は62だ。45歳も違うのだな」
サンジさんはあたしのすぐ前であぐらを組むと、初めて優しく笑った。
「嬢ちゃんの言う通りだなっ。儂の負けを認めよう」
あっけにとられてシワだらけの顔を見つめると、刃物で彫られたみたいな鋭い目の穴の中で、ビー玉みたいな綺麗な瞳がいたずらっぽくこっちを見つめ返してた。




