とある男子高校生の願い
4月中旬、春の陽気に包まれて薄暗い部屋に朝日が指す。
「ピピピッピピピッ」今日も憂鬱な朝が来てしまった。何度も鳴り続ける目覚ましを止めながらそう考える。
俺の名前は森野孝一、愛知県に住んでいる高校3年生である。愛知と聞くと都会だと思われるかもしれないが俺が住んでいるところは愛知は愛知でも名古屋から遠く離れた山奥である。道を歩いていると普通に猿がいるような田舎である。当然若者が遊ぶところもあるわけもなく退屈なところである。もっとも一緒に遊ぶ友達がいるわけでもないので都会だろうが田舎だろうが特に問題はないのだが・・
このように特に問題がなさそうな平和的な毎日を送っているわけだが、心のなかでは毎日毎日死ぬことばかり考えている。俺は生きていていい存在ではないのだ。心のなかで罪悪感だけが日々募っていく。しかし、実際には行動することができずただただ無意味に毎日を過ごしているのが現状である。要は臆病なのだ。その日も憂鬱な気分を纏いながらベッドから起き上がる。クローゼットから制服を取り出し着替えを済ませ学校へ行く準備をして1階へ降りると母親が朝ごはんの準備をしていた。
「おはよう。朝ごはんもう少しでできるから待っててね」
「ん」母親からの問いかけに俺は短く返事をした。これがいつもの日常である。
朝食が出来上がり目の前に並べられる。ご飯、味噌汁、目玉焼き、焼き魚という朝からとても量が多いメニューとなっている。朝からたくさん食べるのは得意ではないが、何度言っても「朝ごはんをたくさん食べないと力が出ないから食べないとだめよ」と聞く耳を持たないのでしかたなく毎日朝食と格闘している。
朝ごはんを食べていると母親から話しかけられた。
「孝一ももう受験生ね、どこの大学を受けるか決まったの?」
最近はこの話題ばかりである。大学なんて正直どこでもいい。別に行かなくたって何の問題もないのだ。しかし、俺が通っている高校は厄介なことにいわゆる進学校である。しかも田舎のくせに県内でもトップレベルの高校なのである。そのため周りから大学に行って当たり前、どれだけレベルが高い大学に合格できるかという目で見られてしまい、進学しないという選択肢はないのだ。家から一番近いからと選んでしまったのが今になって悔やまれる。
「まだ決めてない。自分の成績で行けるところに行くよ」俺は適当に返事をした。
「またそんなこと言って、時間はすぐ過ぎていっちゃうんだから早く決めないとだめよ」
俺の適当な返事に不満だったのか母親は小言を言い始めた。これは長くなりそうだな。
面倒臭くなってきたため、早めにご飯を食べ終え今日は早く行かなきゃいけないからと適当に理由をつけ家を出た。このようなやり取りが毎日続くと思うと憂鬱すぎる。そろそろ適当に大学を決めて形だけでも勉強しないといけないな。
そんなことを思いながら歩いていると学校が見えてきた。家は家で憂鬱だけど学校はそれ以上だ。俺は覚悟を決めて校舎へと足を踏み入れた。
学校での俺の立ち位置は空気だ。誰とも話さず適当に授業を受け昼休みは寝ているふりをしながら時間が過ぎるのを待つ。退屈な時間だ。
今でこそ友達が1人もおらず、空気のような存在になっているがこんな俺でも中学の時には友達がいた。今思えばあいつが俺にとっての唯一の友達であいつといた時が一番楽しかったのかもしれない。しかしその幸せな時間を俺が自ら壊してしまった。その時から人の顔をまともに見ることができなくなってしまった。人の顔がまともに見れない人間がクラスメイトとまともに会話できるわけもなく空気のような存在になるのも当たり前なのである。過去のことをいつまでも言っていても仕方がない。これは俺が背負わなければいけない罪なのだから・・・
このように俺はいつもどおり1人で空気のように1日を過ごし、放課後を迎えた。部活にも当然所属していないので帰ろうと準備をしていると女子生徒たちの会話が耳に入ってきた。
「ねぇ、この町に何でも1つ願いを叶えてくれる神社があるって知ってる?」「願いを叶えてくれる神社?聞いたことないな、町の中心にある大きい神社のこと?」「ううん、あそこじゃなくて山の麓にある奥三河神社ってところ」「え⁉奥三河神社?あそこってほとんど人の出入りがないようなところじゃん」「それが最近はその噂を聞きつけて人が訪れるようになったらしいよ」
「奥三河神社で願い事をすると突然背後に中学生くらいの男の子が現れるんだって」「それでその男の子に探しものを手伝ってくれって頼まれるらしいよ」「探しもの?願い事を叶えてくれるんじゃないの?」「探しものを手伝ってくれたら叶えてくれるみたいだよ」「てことはその男の子が神様ってことになるのかな」「そうだね。でもなんか怖いね、探しものを頼まれるなんて」「ね、願い事を叶えてくれるのは魅力的だけどちょっと勇気でないね」
そのようなことを話しながら女子生徒たちは教室から出ていった。
俺は帰ろうと準備していた手を止め、さっきの話について考えていた。奥三河神社のことは知っている。境内に入ったことはないが地元の神社なので当然耳にしたことはある。しかし、願い事を叶えてくれるというのは初めて聞いた。まぁ、友達もいないので今のように偶発的に周りの噂話を聞くくらいしか情報源はないから当然か。
今の話は本当なんだろうか、どこか胡散臭さも感じるが・・
突然背後に現れるって神様というより幽霊みたいだな。俺は頭の中であれこれ考えてしまった。しかし、もし本当に願い事を叶えてくれるんだったら俺はやっと死ぬことができる。罪を償うことができる。そんな思いが怖さを上回ってしまった。俺は急いで帰る準備をして学校を出た。そして、そのまま家とは反対方向の奥三河神社へと向かった。
奥三河神社の境内は木々に囲まれていてどこか凛とした雰囲気を醸し出していた。噂話の件もあったので少しくらいは人がいるかと思ったが平日の夕方ということもあってか辺りには誰もいなかった。時刻は午後16時30分。まだ暗くなる時間ではないが、木々に囲まれているせいで通常よりも薄暗さを出しており、それが余計不気味さを演出していた。いざ神社に来ると怖さも出てきて願い事をするのを躊躇してしまった。しかし、俺は心のなかで死なないといけないと何回もつぶやき、意を決して社の前に立った。この場合、通常の参拝と同じでいいのかわからなかったが願い事をするという点は同じだろうと財布から100円玉を出し、賽銭箱に入れ2礼2拍手をして目を閉じた。そして、死にたい、死んで罪を償いたいと強く願った。すると強い光を感じた。目を閉じているのに感じるということは相当な光だったのだろう。そして、背中に悪寒が走り、思わず後ろを向いた。すると、目の前にいたのは中学生くらいの男の子だった。噂の通りだ。本当に中学生の男の子が目の前にいる。だが、目の前の中学生に俺は見覚えがある。忘れてはいけない相手。ずっと消えなかった罪悪感。
そう、目の前の中学生こそ俺が死なないといけない理由、罪を償わないといけない相手だったのだ。
「翔平・・」俺は涙を流しながら絞り出すように目の前の相手の名前を呼んだ