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終章 ミノリと『アガサ』 2

       2

 自爆の直前、ミカドと同様にヒマリもまたミノリの脳へ、笑顔とともに語りかけた。ミノリが平常心をたもった状態であれば、彼女は彼の脳内に入りこむことはできなかったであろう。しかしあのときのミノリはなかば半狂乱であったため、ヒマリはメッセージとイメージを伝えることができたのであった。


〝ミノリ、『アガサ』は元C州のカルスト地形の地下に設置されています。さがしだして破壊なさい……J国を、あなたにたくしました〟


 そして彼女は、最高議長マクガファン・スナイダーから読み取った『アガサ』設置場所の周辺風景イメージをミノリへと送ってきた。タワーカルスト(浸食によって塔のような形状となった地形)が林立する水墨画を思わせる風光明媚(ふうこうめいび)な地形をしていた。まさかコロニー外の立ち入り禁止区域にヒュペルコンピューター『アガサ』が構築されているとは思わなかったし、意外ではあった。しかし、州民がいくことのできない場所であるため、機密保持にはもってこいなのかもしれない。

「ヒマリさん……必ず見つけるよ」片腕になってしまったせいか、いささかバランスがとりにくいが、空をいくミノリは千里眼を駆使して広大なC州全土を飛びまわった。以前この州へきたときは原野の中で肉食パンダに襲われた。しかし今回は野生動物どころではすまされない強大な敵が相手である。警備も厳重に違いない。レーダーや監視網に引っかからないよう慎重にミノリは飛んだ。

 そして四日後、彼はついにヒマリから受けとったヴィジョンに合致する風景を有した場所を発見した。ここからは透視、暗視の出番である。はぐれエムによる襲撃のおそれがあるので、綿密なカモフラージュがほどこされていると思われる。ただC州はPEウィルス発祥の地でもある、エムもできれば近よりたくない禁断の土地であろう。そう考えれば、納得がいくような気がする。石灰岩の大地を見おろしつつ、注意深く透視をする。そういえばアズがいっていたことがある。コンピューターには極端な寒さも暑さも禁物であると。この地は冬なのにさして寒さを感じさせない。夏も猛暑にはなりにくい温暖な気候なのかもしれない。巨大なヒュペルコンピューター『アガサ』を設営するにはうってつけの場所なのであろう。

「あった……」浸食されて洞窟化しているカルスト台地の地下にチタン合金なのか、鋼鉄製なのかは不明であるが、巨大な円筒状の人工建造物を発見することができた。そこに秘密の施設があることを悟らせないためなのか、監視カメラはあるが、周囲にドローンの姿はない。さらに上空から透視の精度をあげるミノリ。さすがの彼も円筒の最下層までは見とおすことはできなかったが、中間層あたりまではのぞき見ることができた。円の中心にエレベーターが数基あり、壁面にはびっしりとコンピューターパネルやコンソールが埋めこまれている。そして下部の階層へいくほどハードウェアの密集度があがり、配線や配管の複雑さが濃密になっていた。上層部には思った通り、K109、それも新型がうじゃうじゃといるが、下層部へとさがるほど、その数が少なくなっていた。おそらく、ロボットの発砲ミスによる事故をおそれてのことだと思われる。つまり下へおりればおりるほど重要性が高まるということだ。そして仮に侵入者があったとしても、上部で始末をつけられるという自信のあらわれなのであろう。

「最深部に『アガサ』本体があるってことか? まあ、どうでもいいけど……」つぶやくミノリ。今の彼ならば超特大の観念動力を数発撃つだけで、片をつけるのはたやすいのである。

 いったん地下の人工建造物からはなれたミノリは、腹ごしらえをすませ、ひと眠りすることにした。ミカドや多くの仲間、そして生きる場所をうしなった今、あわてる必要性はどこにもないのである。

「一日でも長く平和とやらを謳歌(おうか)するがいい、じきにつぶしてやるから。待ってろ、『アガサ』」

 ひげだけはそったけれど、長くのびた髪にからまった枯れ葉をはらいつつ、ミノリはショウとのしあわせな時間を思い、0番街の友らを思い、クナシリの子供たちを思い、コロニー時代の工場仲間たち、そしてRA2075型AI、アズを思いながら、微笑(ほほえ)んでいた。微笑みながら涙を落とし、そしてミノリは眠りについた。


「いってまいります、陛下。それから、あまたのJ国のみなさん」

 翌朝、すべての亡くなった人々に黙祷(もくとう)をささげたミノリは昨日同様、巨大な円筒形施設の上空へと跳んだ。ここから観念動力を撃てば、すべておわる。おわったら、ショウと母さんのところへいこう……。そう思い、薄く笑みをうかべたミノリの感覚が、なにか引っかかりをとらえた。以前、鈴村サトシが搭乗していた戦闘ドローンを発見したときの違和感に似ている。まさかと思いながらいったん観念動力を撃つのを中止し、ミノリはふたたび透視をはじめた。前日とは違い、新型K109のコックピット内を見ることに集中する。

「嘘だろ……」第二層部にいたロボット警官たちの新造部分に乗っていたエムのひとりは、コロニー時代の工場でのリーダー、亡くなった山中タマミの亭主、ミチロウであった。信じられない思いでさらに透視をつづけるミノリ。

「こ、小堺さん!」千里眼がとどくもっとも下の階層で発見したロボットの搭乗者は、やはり工場の仲間で行方不明になっていた小堺リョウジであった。そんなバカな! 高空で風に吹かれたミノリは落下しそうになる。鈴村サトシもそうであったが、ミチロウもリョウジも間違いなくただの人間であった。決してエムではなかった。ミノリは板垣ワカコの言葉を思いだす。彼女は、PEウィルスの予防接種のせいで息子がエム化したのではと疑っていた。

「連合政府が、政府がエムをつくっているのか……」確信はないが、ミノリにはそうとしか考えられなかった。まさかボクも、生まれつき、迫害されるためにつくられたエム……。片腕に力をこめ、こぶしを握るミノリ。──これも『アガサ』のさしがねなのか! 許せない、許せない! 怒りの観念動力を撃ちかけたミノリの脳裏にリョウジの声がよみがえった。


「──誰にもいいませんよ。仲間を売るようなまね、するわけないでしょ!」


「はっ!」それは、稲地アヤメが亡くなったあと、工場仲間にミノリがエムであること、正体をあかしたときの小堺リョウジの言葉……。仲間、撃つのか、ボクは? アヤメさんを心から愛していた小堺さんを、撃つのか? ボクは……『アガサ』ごと消滅させるのか?

 小一時間ほども宙をただよっていたミノリは、観念動力で一気に破壊することはしないと決めた。『アガサ』と直接対決することを決めた。小堺リョウジのためではない。どうせ乗っている機体を破壊したら焼却(ロースト)されてしまう運命なのだ。洗脳された敵なのだ。

「小堺さん……ごめんなさい。ボクはあなたを殺します」

 マル甲であるミノリは、ほかのエムとは違い、千里眼や透視で見えた場所までは跳んでいける。現状、いけるのはリョウジがいる中間部の階層までなのだ。どうしたって対峙(たいじ)せざるをえないだろう。戦って勝ち、さらに下層を見とおし、『アガサ』へ近づいていくしかない。本当に中間部なのか、実際、どこまで深いのかはわからないのだけれど。

「よし!」左手でほおをたたいたミノリは円筒形施設の内部へと跳んだ。

 突然、現れた異物をサーチしたK109のセンサーが反応し、マシンガンアームをかまえ、瞬間移動の予備動作をおこなおうとしたせつな、大半のロボットが爆発してくずれ落ちた。弧を描いて水平にはなたれたミノリの観念動力をまともにくらったせいである。残機に関してもミノリは瞬時に破壊してみせた。この中に焼かれている小堺リョウジがいることであろう。しかし彼は透視していちいち確認作業をすることはなかった。ただ安らかに、そう願った。緊急警報がなり響き、上部の階層から瞬間移動してくる無数のロボット警官たちの姿。哀惜(あいせき)にひたっている時間はミノリにはなかった。千里眼を併用し足もとを透視したミノリは円筒形のさらなる深部へとくだっていった。

 周囲のパネルや配管、各フロアの床を破壊しつつ、数百機、数千機のK109をうち倒し、同数のエムを焼き殺し、ミノリはついに最下層、『アガサ』本体が鎮座(ちんざ)していると思われるうす暗い空間へとおりたった。この階層に関しては強固な隔壁に守られているようでミノリのパワーをもってしても床をブチぬくことができず、初めてエレベーターを使用した。上空から観念動力を撃ったところで『アガサ』には通用しなかったのだ。ミノリは、仲間だといってくれた小堺リョウジのおかげだと考え、この土壇場(どたんば)で彼に出あうことのできためぐりあわせに手をあわせた。

 この堅牢さこそ『アガサ』がここに設置されているという裏づけといえるだろう。地下を何キロくだってきたのかわからないが、途中から完全に無酸素状態となっていたため、ミノリはおそらくメンテナンス作業員用の備品らしき酸素マスクとコンパクトボンベを装着して、ここまできた。すっぽりと頭からかぶれる黒色のマスクは、うなりつづけているそうぞうしい警報音を少しは軽減してくれることにも役だった。暗視能力を使いながら闇の中を進むミノリは、またしても、あの違和感をおぼえる。しかもこれまでとは比べものにならないほど強烈に。──これはロボットじゃない、生身のエムだ。かなり強力な能力をもったエムが複数いる! 

「早い!」観念動力をのせてスピードがあがるナイフが飛んでくる。ひるんだところを刀剣が四方八方から切りつけてくる。相手は十数人、ミノリと同じ酸素マスクをつけたエムであった。『アガサ』のいるこのフロアでは銃撃ができないので物理的攻撃に切りかえたのであろう。ならば、ここは優位に立てる! ミノリはそう判断した。『アガサ』を壊せない連中に、大きな観念動力を撃てるはずがないからだ。──と、彼は考えたが少しばかりあまかった。ミノリのはなつ観念動力をねじ曲げ、力を中和し、死角から死角から跳んでくる連続攻撃を集団でしかけてくる。ミノリは少しもてあましはじめた。強い! そしてこれは、初めて出あったときコリンたちが使っていた戦法である。思わず透視をしてしまったミノリが酸素マスクの中に見たものは、死んだはずのコリンの顔であった。

「コリンさん!」ふたたび飛んでくるナイフをたたき落とし、投げてきた男を見るとコリンの村の長老のひとりであった。うろたえたミノリの首が、正面に跳んできた男の腕につかまれた。まるで工業機械にはさまれたようなおそるべき腕力であった。

「ジョーイさん! 嘘だ!」ジョーイはミカドを守るため、ロボットの襲撃をうけ、四肢(しし)をなくしていたはずなのに、今は両腕(りょうわん)でミノリの体を吊りあげている。彼の腕と脚は人工物、ロボットであった。よく見ると、コリンの下半身も機械である。K109はいまだに三本足なので、エムの力があるせいで二足歩行ができるのかもしれない。ミノリは発火能力でジョーイをふりはらう! ボン! ジョーイの装着していたボンベに着火して彼の顔が吹きとんでしまった。

「ジョーイさん!」息も絶え絶えに叫ぶミノリは気づいた。今、彼を襲撃しているエムたちの大半が0番街の顔見知りだった人たちであることに。そしてその中には、両手に日本刀をかまえもつショウの姿があった。彼女の両脚も機械化されていた。

「ショウ……ショウなのか……」一歩、彼女へとふみだしたミノリに襲いくるショウの凶刃(きょうじん)、その素早すぎる観念動力をはらむ太刀(たち)さばきに圧倒されるミノリ。くわえて背後から、左右から同時に突きにくる街の青年男女の連携攻撃! 跳んだミノリの現れた先で待ちぶせしたように斬りにくるコリン。

「おかしい! 強すぎる」ショウも、コリンにしてもきわめて優秀なエムではあったが、ミノリに攻撃するひまをあたえないほどの能力は、はっきりいってもっていなかった。ほかの者にしても同様である。どう考えてもまともではない。ひとり倒し、ふたり倒しながら、しかしミノリはコリンとショウにだけは手をだせず、そのせいで薄く切り傷をうけることが多くなってきた。もはやミノリには生への執着はなかった。そのはずであったのだが、ショウが生きていた! 生きて呼吸し、とびはねている! ──死ねない! 洗脳さえ解ければ、ショウもコリンさんもまた一緒に! 

『J州反乱軍、リーダー小久保ミノリ』スピーカーから女性型の合成音声が響いた。その声とともにいったん動きをとめるショウやコリンたち。

「誰だ! 『アガサ』か!」周囲に目をこらすミノリ。

『あなたの遺体を無能きわまる連合警察が発見できなかったので、生きていればおそらく私のところへくるであろうと想定して、お待ちしておりました。私の歓迎はお気にめしましたか?』

「なんだと?」

『鮫島ヒマリや水上カンゴも蘇生(そせい)できれば、さらに強力な親衛隊員になっていただけたのに、残念です。彼らは無理でした。自爆と寿命ですから、いたしかたありませんね』

「蘇生……生きかえらせたのか?」

『はい。もはや生ける(しかばね)です。けれど、強いでしょ? より強力なミュートへと能力の向上をはかっていますから』

「そんなことが……そうか!」ミノリは気づいた。ワクチンの接種でエムがつくれるのなら、強化することも可能であると。

「小久保ミノリ、あなたに殺せますか? 最愛の女性、金井ショウを殺せますか?』

「…………」

『心(やさ)しき、いえ、宮下サツキの言葉を借りれば、エゴの(かたまり)のあなたにはとても無理な話でしょう。ただ、優しいだけの心の弱いあなたには」

「…………」エゴだろうとなんだろうと、確かにミノリには、二度までも彼の天使、神であるショウを死なすことはできないだろう。

『おおむね私の計算通りに動いてくれたことには感謝いたします。感謝させていただきますが、どうぞこの場で死んでください』

「ボクが計算通りに動いた? どういうことだ! 『アガサ』!」

『強化型ミュートのみなさん、私の話はおわりました。ではおつづけください』

 ビュン! 『アガサ』の音声が途切れるなりナイフが飛んできた。とめたミノリは反転させて長老の胸へと突きたててしまう。血を流して倒れる小柄な老人。

「しまった! くそ!」殺したくない! もう殺したくないのに!


“ミノリ、殺して……あんたが、私の神様だったよ”


「え!?」無表情なまま、日本刀で左右から斬りかかってくるショウの声が聞こえ、泣き顔が見えた。細かな観念動力で刃先をよけていたミノリの脳が、そのビジョンを受けとっていた。


“私、死んだの……死んだのに機械につながれて動いてる。動いてミノリを殺そうとしている……こんなのいやだよ、怖いよ……助けてミノリ、助けてよ!”


「ショウ!」二本の刀をはじきとばしたミノリは、機械の足でけりを入れてくるショウを思わず抱きしめてしまいそうになる。が、ショウのするどいまわしげりがミノリをはねとばした。とどめを刺しにくるショウやコリンたちが、力を縄のようにからめ集約させた観念動力をいっせいにはなった! 


“殺して、ミノリ。私、あんたの奥さんになりたかったよ。あんたの子供をたくさん産みたかった……本当だよ。だから、ねぇミノリ、この気持ちを抱いたままの私で、死なせて……”


「大好きだ、ショォオーっ!」涙に顔をゆがませたミノリは、全身から怒りと悲しみ、(いと)おしさと憎悪を爆発させた! そのパワーに粉々に壊されていくショウ、そしてコリンらエムたち。血がふきあがり、肉片が飛びちり、ミノリの酸素マスクにふりかかる。

 死んだ者たちの酸素ボンベが次々と爆発し、もうもうとした煙がたちこめる中、ミノリは床から突然、飛びだしてきた強固な八角形の壁にかこまれた状態で、血のりやちぎれた内臓、骨のかけらすべてを、全身で受けとめていた。

「ショウ……」ミノリの片方のてのひらの上に、ショウの生首が乗っていた。彼は酸素マスクをもちあげ、その血まみれの黒髪をいとおしみ、唇に燃えるようなキスをした。するとショウの首は炎につつまれ、焼かれ、片目の人工角膜がパチンとはじけ、片方の目がドロリと流れ落ち、そして頭蓋(ずがい)と化した。


「どうだ、ボクはショウを殺したぞ! どうだ! 『アガサ』!」隔壁の外へと跳んだミノリは咆哮(ほうこう)する。どうやらいきなり立ちあがった八角形の防護壁は、核シェルターなみに堅固(けんご)なようだ。『アガサ』が彼の観念動力の巻きぞえで破壊されたとは考えられない。「でてこい、『アガサ』!」

『──久しくお会いしない間に、たくましくなられましたね。()()

 ひとつの赤色ライトが点灯し、先ほどまでとはうって変わった低音の男性ボイスで『アガサ』がこたえた。

()()? ()()だと!?」

                            (次回、最終回!)


次回でおわりですが、ぜひ、ぜひブックマークと感想、拡散などをよろしくお願いいたします。


当サイトにて、二作品を公開中です。あわせてお読みいただければ幸いでございます。


『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』 

この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n8533gq/ 


『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』

この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n5847gs/

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