終章 ミノリと『アガサ』 1
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かくて世界に平和がよみがえった。ミュートを憎み、敵視していればいい、人間同士が争うことのない平穏な日々が。貧する者は粛々と労働にはげみ、富める者はさらに富を求める、そんな平和な世の中がもどってきた。安寧秩序が乱されたごく短い狂瀾のときはおわりを告げたのである。ネットニュースで今回の事件解説をしていたJ州ミカドの研究者である識者がいみじくもいった「J州イッキ」という言葉が各コロニー内で流行したが、やがて忘れさられてしまうに違いない。静かで落ち着きのある社会が帰ってきたのだ。あいも変わらずミュートによるテロ事件や襲撃の報道はあるけれど、大多数の人々は連合警察の活躍を光学モニターの中で見つめ、息をのみ、見守っていればよかった。なにも知らされていない大衆はミュートに対抗しうる威力を誇る新型K109の瞬間移動能力の高さに酔いしれ、おしみない拍手を送った。さらに連合政府が対ミュート用に開発したと喧伝される新兵器「荷電粒子砲ピースフル」は平安の象徴とされ、その威容と武器としての破壊力に誰もが心を奪われた。
──だが、ミノリは生きていた。片腕をなくし意識をうしないながらも、生存本能が最後の瞬間、彼をクナシリの地へと跳ばしたのであった。夢に見たJ国の独立、その根幹であるミカドを、敬愛するヒマリを、最愛のショウを、眼前で殺害された彼は高熱にうなされながらも、まだ生きていた。右腕部分の傷は、かつてヒマリに課された修行で彼が習得した自己修復能力で、激痛との戦いはカズヨから教えられた肉体と脳神経を切りはなすという癒しの力で乗りこえた。跳んだ場所がミノリの心に大きな傷を残したクナシリであったこともさいわいした。水場は心得ていたし、火をおこし、野鳥をうち落として食べた経験があったから生きのびられたのだろう。
ある日、歩行が可能となったミノリはみずからが建立したクナシリの人々の墓標をおとずれ、滅ぼしてしまった非道をわびた。
「因果応報か……」つぶやいたミノリは思った。クナシリの街を全滅させた自分が、夢見た国を滅亡に追いこまれたのは当然の報いだったのかもしれない。彼はそんなことを思った。だがあのとき、この地に舞いおりた天使、ミノリの最愛の女であり、神である彼女を思うとき、ミノリは泣いた。いくら泣こうがわめこうが、叱ってくれる人は、もういないのだ。
半年後、彼はおきあがった。ショウが教えてくれたJ国人の誇りを胸に、立ちあがることができた。起立して、今は亡きミカドへ一礼するミノリ。ロボット警官に頭蓋をつぶされるまぎわのミカドの御心の声が、彼には聴こえていたのだ。
〝小久保ミノリ首長、民を、国民をお願いいたします〟
「陛下、申しわけございません。ボクはお御心にそうことができませんでした。しかし、だから──」
傷がいえた彼は廃墟とガレキの中からカミソリの刃をさがしひげをそり、衣服をさがしだして身なりを整えると、なすべきことをするために跳んだ!
連合政府はその意思決定をヒュペルコンピューター『アガサ』にゆだねている。人間が機械を支配するべきであり、機械が人間の生死を判断する世界など、あってはならないのだ。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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