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第三章 ミノリとショウとJ州 8

       8

 実験的に投入されたと思われる新型の戦闘ドローン、K109の襲撃から一カ月がすぎた。エムではないコロニーからの避難民の一部の者がJ国をはなれていった。ミノリたちは公約通り、これをこころよく受けいれ、食料や衣服をあたえて彼らを送りだした。覚悟を決めて残留した人々はつねに緊張を強いられ、戦々恐々とした毎日を送っていた。シュンら、青年団によって定期的におこなわれる軍事教練。精神感応能力者と観念動力保有者の連携攻撃訓練。千里眼使いはいつも監視の目をおこたることなく敵襲に備えつづけていた。そうした防衛活動をしながらも自給自足は不可欠であり、田畑の開墾作業や牧畜、いけすの製作や石油精製工場の建設、電力確保のための施設の設置などが急ピッチですすめられていた。誰しもが真綿(まわた)で首をしめられるような不安をかかえながら。しかし生きるために働いていた。

 そんな初夏のある日、ミノリとコリンが街を巡回していたときのことであった。ミノリは、ああ!と声をあげ、遠目に見えている水田へとかけだしていった。

「ミノリ、どうした!」あわててあとを追うコリン! 緊急事態なのか! 敵襲か?

 ミノリは宙をいき、農作業のじゃまをしないよう気をつかいながら、なれない腰つきで田植えをしている女性に声をかけた。

「板垣さん……よかった! ご無事で」

「あら!」重そうに腰をおこした女性は、板垣ヨウスケの妻のワカコであった。「首長さん!」

「やめてくださいよ、奥さん」

「だって小久保さん、偉くなってしまって。とてもお声なんかかけられないですよ」

「今だってボクはヨウスケさんの後輩ですよ」

「小久保さん、ありが──」

「ミノリ! なにがあった!」ビュンと風切り音とともに現れたコリン。

「ひゃあ!」あやうく水のはられた田んぼに倒れそうになるワカコ。クサナギ区画で生まれ育った彼女は、直接、他の州の人間と接することも、もちろんエムと身近に接することも、自宅を襲われたことをのぞけば、この地にきて初のことであったのだろう。しかもコリンは体が大きく、かなりのこわもてである。

「誰なんだ、この女は? スパイか?」ワカコをねめつけるコリン。

「コリンさん、違いますよ。この方は……」ミノリが説明するとコリンは破顔(はがん)一笑(いっしょう)、ワカコに対し直角に頭をさげて非礼をわびた。

「申しわけない! ミノリの先輩のカミさんなら、俺の先輩のカミさんと同じだ!」

「いぇえ……そんな」引きつり笑いをうかべるワカコ。

「つもる話もあるだろう。ミノリ、俺は巡回をつづけているぞ!」

「すいません、お願いします。すぐに合流しますから」

「おう」そういうとコリンは瞬時に消えた。

「……悪い人じゃないんですね」ワカコがいった。「ずっとミュート、いえエムは悪だと教えられきたのに……」

「はい。コリンさん、いい人です。カミさんか……J国語もすっかりうまくなったし、ああ見えても勉強熱心な人なんですよ」

「そうですか……」

「あの、ところでユウスケ君とケイちゃんは?」ミノリが彼女の子供たちの名前をだすと、ワカコの目から突然、涙が吹きだし、ボチャンと音をたててその場に(ひざ)をついてしまった。「あ──」ミノリは普段、極力、他者、とくに丁種の心を読まないようにしているし、しないようにと街のエムへと呼びかけていた。しかし、この涙ですべてを察することができた。なにごとかと見ている田植え作業をしていた人々に、彼女は気分が悪くなったから休ませると伝え、ミノリはワカコを抱きあげて跳んだ。

 木造の農作業休憩所に腰をおろしたミノリとワカコ。彼女は涙をぬぐいながら鼻をすすりあげた。

「あの……もしかして、ボクらの奪還作戦のときに……」おそるおそるたずねるミノリ。

「いえ、あれ以前に。ユウスケはエムだったんです」

「え?」

「それが連合警察に知られてしまい、一緒にいたケイも撃ち殺されてしまいました」

「…………」言葉がでてこないミノリ。

「小久保さん、おぼえてます? 初めてうちにきたとき、主人が子供たちと握手をさせたでしょ?」

「おぼえています」かわいい手であった。

「ユウスケとケイは双子のせいか妙に通じあうところがあって、主人はふたりがエムではないかと疑っていたんです。それでエムである小久保さんが手を握ればハッキリさせられるんじゃないかと考えたみたいです」

「ボクは、なにも感じませんでしたが……」

「はい、それで主人も喜んでいました。うちの子はミュートじゃない、逃げかくれしなくても大丈夫だって」

「そうですか。だけど、だったらなんで?」

「わかりません。主人が亡くなって、あの子らが九歳の誕生日をむかえたころからユウスケの様子がおかしくなりはじめて」

「九歳?」

「はい、ちょうど五年ごとの予防接種をうけたあたりから……」

「ワクチン投与のせいでエムの力が発動したのだと、そうお考えなんですか?」

「いえ。ケイはなんともありませんでしたから……けれど、なにかのせいにしたくなるじゃないですか! 誰かのせいにしたくなるじゃありませんか!」うわぁあ!とふたたびワカコは泣いた。泣いて床につっぷし、こぶしをたたきつけた。薄皮が破れて血がにじんでいた。ミノリはその手をそっとつかむ。

「つらい話をさせてしまって、申しわけありません」

「……いえ、精神感応というんですか? 最期の瞬間、血まみれのユウスケが私の心に話しかけてくれたんです。お母さんは死なないで、ボクがミュートでごめんなさいって!」

「…………」ミノリの目からも涙があふれた。彼も母を思わずにはいられなかったのだ。

「だから私は、生きなければならないんです!」

「ボクもです。同じです」ミノリは亡くなった母のため、ショウのために生きぬくことをあらためて誓った。


「興味深い話ではあるけど、PEウィルスの予防接種とエムの発生に関連があるとは思えないな」対連合政府作戦室でトモロウとともに戦闘シュミレーションをおこなっていたタツトがいった。

「ですよね。いちおう気になったもので……」薄く笑みをうかべるミノリ。

「もし予防接種がエムの出生に関係あるのだとしたら、連合政府はそのシステムを解析していて、逆にエムの誕生を押さえこむことができるはずです。そんな話は聞いたことないし、かわいそうですが、その女性の妄想だと私は考えます」だんだんとJ国になれてきたトモロウが意見する。彼は国の電力確保問題についても新たな提案を役員にあげていた。気弱そうな見かけにたがわず優秀な男である。

「木川田さん、最近、生き生きとしてますね?」ミノリがいうと、トモロウは大きくうなずく。

「連合警察の武器を開発していた私を、陛下や首長、この国は受けいれてくれました。私、今もうぜんと国のために働きたいんです!」

「ありがとう、木川田さん」

「私ら丁種でもあつかえる超弩級(ちょうどきゅう)な新兵器も開発してるんですよ!」

「新兵器?」ミノリもこれは初耳であった。

「コロニーで研究中だったんです。あと一歩のところまできたのに戒厳レベル6がでて、開発の時間が取れなくなったしろものです」

「どんな兵器なんです?」

「荷電粒子砲です。首長、楽しみにしていてください!」

「荷電粒子、ですか? ぜんぜんわからない」

「粒子加速器で電荷を帯びた陽子や電子、重イオンや反陽子なんかを亜光速まで加速して発射する大砲です! 大量の電力を消費するのが玉にきずなんですが」

「ははあ……なんだかすごいですね……でも、電力は不足気味だし」さっぱりイメージできないミノリ。

「そうですね。でも完成したらミカド砲、もしくはミノリ砲と名づけるつもりです!」

「はあ。でも木川田さん、ミカド砲はなしです。もちろんミノリ砲も」

「では奥さまのお名前をとってカナイ砲では?」

「はは、楽しみにしています。ただ……タツトさん?」

「わかってる、危険はないようにさせているよ。ミノリ君」

「よろしくお願いします」


「毎晩、悪いなショウ」千里眼使いが交替でおこなっている巡回監視をおえたミノリが屋敷にもどると、いつものようにショウが夕飯のしたくをしながら待っていた。

「毎日いわなくていいよ。ろくなものつくれないしさ」

「食料不足だから、しかたないよ。でも、いつもどれもおいしいよ」

「そうか? 早く手を洗ってこいよ」

「うん」

 ふたりはテーブルについて、いただきますと手をあわせる。メニューは焼き魚、青菜の和え物、味噌汁に少量の白米、それからこふきいもである。

「この魚はアジ? 豪勢だな」(はし)で肉をほぐすミノリ。

「兄さんの漁師仲間がわけてくれたんだ。首長にって」

「そう、ありがたいな」

「うん……でも、いいことばっかりでもないよ」

「レイプ事件多発の件?」ミノリやコリンをはじめとする国の役員が二十四時間、巡視しているせいで、まだ大事にいたったケースこそでてはいないけれど。

「それもある。ひったくりなんかもふえてるしな。で、今、私、住民登録管理データをつくってるだろ?」

「うん、それも大切な仕事だ。はぐれエムの不法入国をふせぐためにも急がないと」

「そうなんだよな。けどコロニーからきた人は光学ディスプレイしか使ってないから、紙に字なんか書いたことなくてさ、自分の名前すらまともに書けないんだぜ。全部、コンピューターが変換してくれてたんだから仕方ないだろ!なんてキレるんだよ。ほとほとまいった、ぜんぜん作業が進まなくて」

「コロニーじゃ字は書くものじゃなくて、タッチするものだからな……」

「ミノリは最初から字を書いてたよな?」

「ボクは子供のころから本を読んでたし、コロニーをぬけだしちゃ、拾ってきた鉛筆で落書きもしてたから」

「ミノリ、詩とか書いてたの?」ニヤニヤとするショウ。

「書いてないよ。でも、教育って大事だよな」

「そうなんだよ。今、学校も半分、軍事教練になってるし、よくないよ」

「もと教師としては気になるか?」

「ああ、気になる。同僚の先生からも相談をうけてるし」

「どんな?」

「エトロフのアンデイ病の子が、丁種の子からイジメにあってるらしい。汚いとかキモいとかって。それから、その丁種が、エムの子からイジメられてるんだって。ひどいときには観念動力を撃つらしい」

「大問題だな……」箸をおくミノリ。街の巡回の際も、子供らの行動にまでは目がとどいていなかった。

「今。大人たちがピリピリしてるだろ? だからかな? 鬱屈(うっくつ)した子供たちは、自分らより弱い者をどんどんたたくようになっている。そのうち教練で使う拳銃なんかをもちだしかねないよ……レイプ事件なんてのがひんぱんにおこるのも、連合政府の圧力に鬱屈した男どもが弱い女をたたきはじめたせいかもしれない」

「……陛下がおっしゃっていたよね? 国の代表がこんなあり様じゃ、連合政府がくる前に自滅するって」

「うん。だけど、どうしよう。ヒマリさん、早く帰ってこないかな!」

「カンゴさんなら……」

「カンゴ?」

「あの人が首長なら、有無(うむ)をいわさず恐怖で押さえこむだろうな」

「そんなのはだめだよ! そんなの0番街じゃない!」

「今はJ連邦国だよ。それにもとの0番街は、ヒマリさんたちが選別した住民だけで構成された、いわば純粋培養の街だった。ここまで人がふえたら、考え方を変えるしかない」

「恐怖政治? そんなものを子供たちの間にもちこむ気?」

「いや、ナマハゲ作戦でいこう」

「ナマハゲ? なにそれ?」

「ボクもよく知らないけど、J国の古い風習らしいよ。小さいころ絵本で見て、怖かったおぼえがあるんだ。今度、三人で学校にいこうよ」

「三人て?」

「ボクとショウと、カンゴさん」

「はぁ?」

「人をイジメたり、友だち同士で助けあえない子のところには水上カンゴがくるぞ! そういってやろうよ。これはきくと思うよ」

「なにそれ? だいたいカンゴが引きうけるわけないじゃない!」

「あの人はやりたい放題をやりつくして、今、退屈してるし、自分が悪のシンボルだって自覚があるから、ナマハゲにはピッタリだ。明日にでもたのんでみるよ」

「子供らを商売道具にしてたやつだよ!」

「でも、処刑されそうだったサツキさんを助けたこともある」

「ミノリ、あいつを信用しすぎだ! カンゴとは殺しあってるんだぞ!」

「うん。でも、だからわかったこともある。それに……」

「なんだよ?」

「カンゴさん、もう長くないんだ」

「え!?」ひっくりかえらんばかりに驚くショウ。「嘘だろ?」

「最期くらい、ひとつでもいいことをしたと思って()ってもらいたい。ボクの勝手なおせっかいなんだけどね」

「──ナマハゲって、どんなかっこうしてるんだ? ミノリ」

「いや……なんか鬼みたいな……おぼえてない」

「どうせなら、メイクしてコスチュームを着せようよ、あの水上カンゴにさ! 笑える、これは笑えるよ! よし、あのバカに罪ほろぼしの機会をあたえてやる!」

「いや、そこまでは……」

 食事をおえ、食器を洗ったふたりは、しばし酒を飲みながらナマハゲ作戦の相談に(はな)をさかせた。そしてショウは、兄とポリーナの待つ家へと帰っていった。もちろん、おやすみのキスをミノリとかわして。

「なんだか、久々に笑ったような気がする……」ひとりつぶやいたミノリの脳に、突然たくさんの人の泣き叫ぶ声がとどろいた! あわてて千里眼を使いながら、窓から飛びたつミノリ! なんと上空には次々と瞬間移動で跳んでくる戦闘ドローンが。そして地上にはロボット警官K109がすでにあふれかえっていて、さらに数をふやしはじめている。そして戦闘ヘリからは、無数の中継ドローンがはなたれ、恐怖におののき、逃げまわる者たちの撮影を開始した。二千五百から五千機であろうというタツトの予想は見事にはずれた。増殖しつづける機体の数は、この時点でおそらく三万をこえていた。

                                (つづく)


はげみになりますゆえ、ブックマークと感想などをよろしくお願いいたします。



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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』 

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