第二章 ミノリとショウ 40
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「野犬の群れ……」病室で昏睡から目ざめたミノリがつぶやいた。
「超マル甲なんて大それた肩書きも、あっけないものだな……エトロフで飼われていた犬が、無人になったことで野生化したんだろう」報告にきていたコリンがいった。
「私らのせいかな?」顔をしかめるショウ。エトロフからアンデイ病患者たちを救出したときの戦闘で死傷者がでて、飼い犬にまでは手がまわらなかった。
「いや、飼われていた犬が人間を襲うとは考えにくい。おそらく関係ないよ、ショウ」やさしく笑うタツト。
「そうだ。それをいうなら、サツキの自業自得だろ? ヒマリさんの予知をゆがめ、ショウにけがを負わせて、死人までだして、患者救出のじゃまをしたんだ。犬を連れだす余裕をなくしたのはサツキ自身だ。ショウのせいじゃない」ショウの肩に手をおくシュン。「なあ、ミノリ」
「はい、もちろんです。強いていうなら、サツキさんを殺したのはボクです。体さえ動けば、サツキさんが犬なんかにやられるわけない……」
「だが、体が動けば俺たちがやられていた。そうだろ?」腕組みしたコリンがいった。
「そうですね」
「体と意識がはなれていたなら苦痛は感じなかったかもしれないよ。ミノリ」カズヨが落ちこんで見えるミノリに声をかけた。
「だといいですけど」
「ミノリ! あんな女が死んだくらいでヘコんでるな! 追放された者を何人も処刑した俺たちに失礼だろ!」こぶしをミノリの額につきつけるコリン。
「すみません、その通りです。ただ、なれなくて……」そして、少し時間をかければサツキを説得し、仲間になれたかもしれない可能性があったことをミノリはくやんでいた。
「水上カンゴを生かしていることだけで、お前に反感をもつ者もいるんだ。ミノリ、言動には気をつけろ」
「はい」
「俺たちだって、なれたかないよ。人殺しなんてな」
「なれてはだめです、コリンさん。処刑なんてしなくていい、あかるい街をつくりましょう」目をあげるミノリ。
「オーケー」コリンは腕をおろした。
「とにかく、いったん街の脅威は去った。女性捜索隊の編制を再開するよ」笑顔を見せるタツト。
「お願いします、タツトさん」ミノリも笑う。
「それから、街には祭りが必要だと思う」
「祭り?」
「今回、我々は宮下サツキというカンゴ以上の脅威を住民に隠蔽していたうえで、百人を超す犠牲者をだしてしまった。住民は動揺してるよ、ミノリ君」
「なるほど……」
「そういえば、ほかにも役員がなにかかくしてるんじゃないかって声も聞くな……だがタツト、なんで祭りなんだ?」シュンは不思議そうである。
「住人の暗い心に明朗さをとりもどすためだよ。あかるい街をつくるんだろ? ミノリ君?」
「はい。ボクがきたころの0番街にもどしていかないと」
「カンゴがいたけどね。だけどタツトさん、やっぱりすごいな!」ショウが手をたたいて喜ぶ。「どんな祭りがいい?」
「水上カンゴの血祭りなんてどうだ? みんな喜ぶと思うぞ」物騒なことをいうコリン。
「明朗さとはほど遠いよ、それは」タツトが笑う。「もっと前むきな、住民が希望をもてるような祭りにしないと」
「タツトにアイディアはあるのかよ?」シュンがつめよった。
「あるけど……俺ばっかり意見をいうのもさしでがましいからさ」
「いいよ! いってよ! タツトさん!」ショウが、兄とそろってタツトに催促する。
「早くいえ!」自身の意見を却下されたコリンも圧力をかけてくる。
「わかった。俺の考えた祭りはさ、ミノリ君とショウの結婚式だよ」
「──はぁああ!?」ミノリとショウが同時に叫ぶ。
「新首長の婚礼とパレードなんて、これほど住民があがる祭りはないと思うよ」
「ちょ……ちょっ……」しどろもどろのショウ。
「そりゃいい! それでいこう!」コリンがミノリの背中をバーンとたたく。
「確かにいいわね! みんなあかるくなるよ!」カズヨも賛成した。
「俺も……賛成かな」じゃっかん、ためらいがちにシュンも笑顔を見せる。
「ま、待て! なんでいつもまわりが勝手に決めるんだ! おかしいだろ! 民主主義はどこへいった!」つばを飛ばしながらどなるショウ。
「民主主義は関係ないと思うけど。でも民主主義にはのっとってるよ。賛成の人、手をあげて」タツトがいうと、ミノリとショウ以外の者が全員、手をあげた。「ほらね」
「タツトぉ……」にらみつけるショウ。「ミノリも黙ってないで、なんとかいえよ!」
「ボクは……その、ショウは顔の傷を気にしているから……パレードとかは……」
「そうだよ! 私にさらし者になれってのか! とんだ恥さらしじゃないか!」
「違う!」コリンであった。「あんたは、負傷してまでエトロフの住民を救いだした。ミノリとカンゴの戦いにも立ちあった。サツキのことでも、倒れたミノリに代わって気丈に指揮をした! みんな、あんたの度胸や勇気を知っている! 元住民も新規住民も、あんたを誇りに思っている! あんたを恥だなんていうやつは、この街にはひとりもいない!」
「…………」大男のコリンに圧倒され、ひと言もいいかえせないショウ。
「その点ではボクもコリンさんに同意します」ミノリがいった。
「裏切り者! 裏切り者!」ミノリをボカボカたたくショウ。
「ただ、あまり大げさなことは……今、J州そのものが大変なときなんだし」
「だからだよ。だから大げさにやらないと意味がない。嫁さがしにいく連中のはげみにもなるし、なによりふたりは、新生0番街のシンボルなんだから」タツトがいうと、音もなく現れたヒマリが、ショウの肩にそっと手をおいた。
「ヒマリさん! みんなが無茶ばっかり──」必死にうったえるショウ。
「ショウ、ミノリ、おめでとう」
ヒマリが笑うと、一同は拍手喝采した。シュンなどは早くも男泣きをしている。さわぎを聞きつけたポリーナや入院患者たちまでがやってきて、話を聞くと歓声をあげて喜びあっていた。宮下サツキ死亡の報告会がとんでもない方向へと流れたが、ミノリもショウも観念するよりほかないようであった。
全員が引きあげていき、夕刻、ベッド上のミノリとふたりきりになったショウは、不機嫌な顔でうつむいていた。
「……なんで他人に決められるんだ。こんな大事なこと」
「ショウ」ミノリはベッドの上に正座した。
「なんだよ?」
「ボクと結婚してください」
「え?」
「……ちゃんと、いいたくて。ショウ、結婚してください」
「…………」右目から涙を落としたショウは懸命に、何度もうなずいていた。
サツキの脅威が去ったことで、ショウは久しぶりに兄と暮らす自宅へと帰っていった。その同じ夜、ミノリはまたカンゴの病室をおとずれた。
「カンゴさん、意識はありますか?」ミノリが話しかけると、カンゴのまぶたが開き、目玉をぎょろりと動かした。「ひっ!」思わず声をあげてしまうミノリ。意識はあっても、体は動かせないはずだからである。
「もうくるなといっただろ」カンゴは言葉まではっした。それだけではなく折れている手足をだらりとたらし、念動力で体をうかせてベッドに腰かけてみせた。
「カンゴさん、麻酔はきいていないんですか?」
「あんなもの連続でうたれていたら、本当に死んじまうだろ? ずいぶん前からうってないさ」
「そんなはずは……」
「注射されるとき毎回、ポリーナの脳に、すでにすませたと思いこませている。簡単なことだ」
「さすがですね、カンゴさん。どうしてボクにバラしたんです?」
「街の中でミノリ君だけが、俺を殺そうとしていないからだ。殺すかい? サツキのように」
「知ってましたか。その報告にきたんですけど」
「お前さんの頭は読めないが、ほかのボンクラどもの頭の中はまる見えだからな」
「暴れますか?」
「当然だ。この街を破壊しつくしてやるよ」
「…………」
「と、いいたいところだが、今はやめておく。看護する者がいなくなれば俺も確実に死ぬからな」
「今は、ですか……」
「そう今は。偶然とはいえ超マル甲を殺したやつと、今はわたりあえると思えないしな」
「サツキさんを殺したことで、ボクをうらんでるんでしょうね」
「まあな」
「すいません」
「しかしやる気もでた。全快したら必ずお前を殺してやる」
「……明日からは流動食に変えてもらいますか?」
「おかしなやつだ。殺すといっているのに、なぜ俺を生かす? おっと、ともに戦いたいなんてご託はよせよ」
「……カンゴさんがいたから、0番街は平和だった。そう思ったからです」
「どういうことだ?」
「カンゴさんという共通の敵、恐怖の対象がいたからこそ街の人々は、仲間にやさしくできたし、結束することができたんだと気づいたんです」
「気にいらんな。お前は平和の、俺は悪の象徴かよ?」
「申し訳ないですけど、回復するまでは仕方がないとあきらめてください」
「勝手にしろ」
「ところでカンゴさん、コロニーの夏祭りを襲撃したエムについて聞かせてください」
「前に知らんとこたえたが」
「サツキさんは知っているはずだといってました」
「ふん、サツキの言葉なら信じるのか?」
「あれほど能力の高いエムはほかにいませんから」
「そりゃそうだ。知ってどうする? 殺すのか?」
「街の脅威になりうる勢力なら、備えが必要になります」
「なるほど。ミノリ君、まるで政治屋みたいだな」
「変ですよね……自分でも違和感があります」
「まあ、いい。仮の首長に教えてやるよ。いっておくが、本来であれば俺が新首長だからな」
「はい」
「はい、ねぇ……夏祭りを襲ったのは、連合政府が家畜として飼っている洗脳されたエムだ」
「なんですって!?」
「つまり、政府の自作自演というわけだ。これは連合警察のクラーラ・アインホルンも知らないことだがな」
「そんなバカな……どうして政府がエムを使ってるんです?」
「大規模攻撃に備えてのことだろうな。俺やサツキ、それにミノリ君みたいなマル甲が攻めてきたら、機械だけでは戦えないだろ? まあ、捕まって洗脳されるようなエムだ、大した力はないだろうがね」
「…………」
「嘘だと思うのなら、それでけっこうだよ」
「信じます! 信じますけど……あ、じゃあ! クサナギ収容所から脱走した人々を殺してまわったエムたちも!」板垣ヨウスケ、山中タマミの最期の顔が、ミノリの脳裏をよぎる。
「だろうな」
「なんてことだ……でも、どうして……」
「連合政府はJ州を世界地図から消したいのさ。夏祭りのテロもどきはその目的のためにおこされた」
「なぜ?」
「さあ、そこまでは知らん。しかし連合警察はいい面の皮だ。踊らされてJ州をつぶしにかかってるからな」
「J州はつぶれるんですか?」
「つぶれるだろうな、近いうちに。今のままじゃな」
「…………」
「ミノリ君よ、お前さんが気にやむ必要あるまい? コロニーを追われた身なんだから」
「母の故郷です」
「くだらん。どうせミノリ君にはどうにもできないことだろ?」
「少し考えます」
「仮首長、ご随意に」
「もうひとつ教えてください」
「なんだよ?」
「街がガソリン不足でこまってます。入手ルートを知りたいんです」
「……俺は街のアドバイザーか?」
「お願いします!」ミノリは懸命に頭をさげた。
しばし、0番街は平和な日々がつづいた。ミノリとショウの公開結婚式の日取りも半年後と決められ、実行委員会が結成され、仕事の合間に準備が進められはじめた。ガソリン問題に関しては、恫喝と人身売買などの裏取引による水上カンゴの調達方法は彼らには不可能であるため、世界各地の立ち入り禁止区域をまわる女性捜索隊の任務の一部に、原油の探索活動をくわえることにした。それにともなって石油の精製のための研究施設の建設が開始され、同時に人口増加にあわせて風力、水力発電の機器増設にもミノリたちは着手、雇用も拡大し、街は活気にあふれていた。
そんなある日、あってはならないとんでもないニュースが街にもたらされた。それはJ州ミカドが、人心かく乱の罪状で連合警察に逮捕、拘禁されたというものであった。
(つづく)
次回より第三章──。
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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