第二章 ミノリとショウ 39
39
「ヒマリさん、ショウ。一度しかいわないから、よく聞いておいてください」屋敷に帰るなり、ミノリがいった。
「なんだよ?」こたえるショウ。
「今後、ボクになにかがあったら、ボクにはかまわず宮下サツキを街の住民総出でさがしてください」
「どういうことだ? それに──」サツキの話はいっさい無用だったはず。
「ショウ、ミノリに従いましょう。ミノリ、ほかにいいたいことは?」ヒマリが、なにかまだいいたげなショウを制した。
「いえ、それだけです」
「わかりました。では、こちらからも話があります」ひとつうなずいたヒマリがいう。
「はい」
「カンゴと仲間が全滅したことで、ガソリンの入手が困難になり、機器を動かせずに廃業へ追いこまれる住民が多々でているようです」
「兄さんの仲間の漁師も、遠方まで漁にでられないでこまってるよ」あいづちをうつショウは、ヒマリが意図的に話題を変えたことに気づいた。
「そんな問題が……わかりました、ガソリン入手ルートの情報をカンゴさんから引きだしてみます。しかし、次から次に問題がおこりますね……」
「街づくりはゲームではありませんよ」
「はい」
そして午後から三人は、ミノリとカンゴの決戦があった街の広場へとでかけていった。ふたりの戦いで土壌も建物もそうとうに荒れているが、二百名をこす捜索隊参加希望者を集めるには十分な広さが必要なのだ。それからタツトがこの場所を選定した理由は、もうひとつある。この場でミノリが巨悪、水上カンゴに勝利したのだと、街の新規住民たちへあらためて認識させるためである。ミノリの存在が絶対でなければ、住民同士の結束はありえないし、さまざまな人種の男どもをまとめあげることは不可能なのだ。
「すごい人だな……」男臭さのあふれる人波におじ気づくショウ。
「でかいなぁ、みんな」つぶやくミノリ。
押しよせた男たちは人種もまちまちだが、着ている服もまちまちである。すでになんらかの職についているのか、作業着を着用している者もいる。そして面接官をつとめているのはタツトと、コリンの村の長老ふたりである。誘導や案内係をしていたのは、シュンとコリン、そして街の若者たちであった。役員として働く彼らにミノリは、首長宅の備蓄から報酬を支払っていた。そうでもしなければ漁へでられないシュンなど、たちまち干あがってしまうだろう。
「よう、ミノリ。きたのか?」コリンがいうと、男たちの群れからたちまち大歓声があがった! カンゴを倒した英雄ミノリと、ショウへの熱狂的な声援である。クビチョウ! クビチョウ! 男だらけの大波がうねる。
「ミノリ、住民にこたえなさい」ヒマリが耳もとでささやく。
「は、はぁ……」
その刹那、手をあげかけたミノリの脳に、女の思念がスルリと入ってきた。
“男あまりにこまってるんだって? ミノリさん、私が解決してあげる!”
ボン! さかんに声をあげていた男たちの頭が突然、吹きとんだ! さらに次々と血しぶきをあげ、なぎ倒されていく集まった男たち!
「しまった! これが花火か!」叫んだミノリはみずからのあまさを呪うが、しかしこの機を逃してはならない!
“ほら、これが一番簡単な解決方法でしょ? 役に立つ? 私。どうしてこれに──”
サツキの声がつまったようにとまる。約半数の男たちの頭部や胸部が散乱したが、ここでサツキの観念動力がストップした。逃げまどいつつも様子をうかがう男たち、コリンやタツト、そしてヒマリ。そのときショウが叫んだ。ミノリがその場に倒れていたのだ。そしてピクリとも動かないでいた。
「ミノリ、ミノリ!」目を見開いて、ミノリをゆり動かすショウ!
「……なんてこと」ヒマリは一瞬、ミノリも殺されたのかと考えたが、すぐにこれがミノリのいう奥の手であると気づき、ショウの右頬に平手うちした。
「なんだよ!」
「ミノリの指示を忘れましたか! 首長の妻として、今すぐ実行なさい! ショウ!」
ミノリは精神世界にいた。そこでサツキの思念を自身の思念で絡めとり、押さえこんではなさなかった。
「やっとつかまえたよ、サツキさん。このときをまってたんだ」
「ふうん、こんなことできたの? ミノリさん」
「カンゴさんがやってみせてくれた。脳神経と肉体が切りはなせることを教えてくれたのはカズヨ先生だったよ。サツキさん、あなたが腕を折った!」
「命までは取らなかったでしょ? どうして怒るの、ミノリさん」
「どうしてだと?」
「ショウさんの顔がなおせないから? いいわ、だったら次はショウさんを殺すことにする。すっ裸にして街の広場に逆さづりなんてどう?」
「させない! 逃がさないからな」
「ふーん。ミノリさん、ずっとこのままでいるつもりなの? 無理よ、それは」
「なめるな」
「ミノリさんだってカンゴから逃げたんでしょ?」
「カンゴさんは弱っていた」
「違うわよ、それ。実力が上だからふりほどけたの。私とミノリさんは、どっちが上?」
「あなただろう。でも逃がさない!」
「でも、もしミノリが死んでたら!」うたれた頬をおさえて、ショウが叫んだ。
「死んでいたら、ここでグズグズしていてもなにも変わりません! 生きていると信じて動かなくてどうします? それでもJ州の女ですか!」ショウをにらみつけるヒマリ。
「…………」ショウは立ちあがると、ぼう然として見えない脅威におびえている男どもを見た。「コリン! タツトさん! 兄さんやみんなも! これからミノリ、首長の命令を伝えます! 街をあげて宮下サツキをさがしだせ! あの女をさがしだせ!」
うなずいたタツトは、理由は不明ながらも精神感応でサツキの顔のイメージをその場の人々へと送る。コリンは高々と宙へ飛び、不得手である千里眼と併用しての捜索を開始した。シュンは叫びながら街中へ走り、人々へ呼びかける。そして、ゆるゆるとだが、男たちも動きはじめた。さがせ! さがすのだ! 宮下サツキを! 首長の命令だ! 口々にそうつぶやきながら。
「ショウ、さがしてどうするんだ?」かけよってきたタツトがたずねた。
「とりあえず、できればカンゴのように動けなくしよう」
「相手は、あの女だぞ」
「けどミノリの指示だ、なにかあるんだよ!」
「……ミノリ君、生きてるのか? 動かないけど」
「生きてる! でも、タツトさん、カズヨ先生を呼んできて」
「わかった」かけ去るタツト。人々が広場からどんどんいなくなっていく。
「ヒマリさん、見つけだしてサツキが怒りだしたらかなりヤバいんじゃ?」倒れているミノリの髪をなでながら不安になったショウがいう。
「ミノリを信じましょう……おそらく、今、ミノリは命ギリギリで時間かせぎをしているのだと思います」
「……なら、あまり時間はかけられないな」
「でしょうね。ミノリが街中総出でサツキをさがせと命じたくらいですからね」
「みなにそう伝える!」
「ねえミノリさん、そろそろあきてきた。もうはなして、本気で怒るわよ」
「怒ればいい。ボクも怒ってるから。どうしてだ! どうしてなんのうらみもない人たちを殺した!?」
「うらみがあれば殺していいの? だからミノリさんは私を殺すの?」
「殺しはしない」
「ええーっ、こうして動けなくしておいて、私の体をさがさせてるじゃない? 見つけたらショウさん、私を殺すわよ。うらんでるから」
「ショウは殺さない」
「嘘、嘘。街に入れなかった人たちの処刑を彼女、指示してたじゃない? なんのうらみもないのに。まだなにもしてないのに」
「それは……」
「将来、街に害をなす予定の無法者だから? ミノリさん、そういう人なら殺しても怒らないんだ? 変だな? 私だけ怒られるのは理不尽だなー」
「…………」
「考えないようにしていたでしょ? ずるいよね? 卑怯よね? 私、かまってちゃんとか利己主義だとかってひどいいわれようしてたけど、ミノリさんたちだってエゴの塊じゃない?」
「かもしれない。確かにエゴだ……」
「そう。ものわかりがいいのね。じゃあ、はなしてくれる?」
「それはできない」
「しつこいなぁ。なんで?」
「あなたをはなせば、また人が死ぬ」
「ねえミノリさん。私の意識は今、ミノリさんの脳内にいるのよ。内側から壊してあげようか?」
「物理的には無理だ」
「精神的には可能よ」
「あなたの意識はボクが押さえている。やれるものならやってみろ」
「やってみようかしら? 気がくるっちゃうかもよ」
「くるったボクの意識は、おそらくサツキさんと絡みあったままになる。そうなったらあなたは、一生ボクの脳からでられない。あなたの体は飢えて、かわいて、死ぬ」
「……はったりでしょ?」
「ためしてみればいい」
「なんで、そんなにがんばるかな?」
「ここでがんばらなきゃヒマリさんやコリンさん、ショウが街を思ってしたことが、むだになる」
「それはエゴだって認めたじゃない。0番街の人だけがしあわせならそれでいいの?」
「今は、そうだ」
「ひどい男……幻滅だー」
「あなたにどう思われようとかまわない。自分の街ですら守れない者は、どんな人も守れない。今はそう思うから」
「あ、そう……はいはい」
「クナシリか、エトロフじゃないか?」サツキ捜索作戦本部となった廃屋でシュンがつぶやいた。千里眼つかいや瞬間移動能力者、透視能力者などが総動員で街やその周囲を探索してもサツキは見つからない。精神感応でアンテナをはっていたタツトが、そのシュンの言葉に反応した。
「あるかもな。あるよ、シュンさん!」
「いや、そうかな?」
「サツキは人恋しさでこの街からはなれなかったような女だ。自分のよく見知った場所にいる可能性は高い」
「なるほど」疲れきったような顔で休んでいたコリンが立ちあがった。「クナシリとエトロフにいったことのある者を集めよう! みんなで遠征だ!」
「いや、でもヤタ区画かもしれない。サツキの生まれ故郷だし……」丁種の自分の思いつきに、街中が動きそうになってあわてるシュン。
「それはないよ、シュンさん。ヤタでは処刑されそうになったし、エムだと連合警察に通報したのは近所の人だったと聞いたよ。そんな場所に弱い女がいきたがるか?」タツトがいった。
「弱い? サツキは超マル甲だぞ! あの水上カンゴの上をいく女だぞ!」
「だけど、心は強くない。俺はそう思うな」
「おい! いいのかタツト! クナシリ、エトロフに捜索隊を送っても!」焦れたコリンがどなる! いつの間にかタツトは女性捜索隊からそのままスライドし、サツキ捜索隊の指揮官になっていた。「どうなんだよ、タツト!」
「許可する。ショウの話じゃ、あまり時間はない。コリン、たのむ」
「了解だ!」コリンが跳ぶと、ジョーイ、そして長老のふたり、アダンにバシリオが跳んで消えた。
「ねえ、ミノリさん、知ってた?」
「なにを?」
「カンゴは私のこと好きだったのよ」
「知ってる」
「なんだ、知ってるのか。つまらないなあ……」
「どうしてそんな人の寿命を縮めたんだ?」
「また怒ってる? 仕方ないじゃない。それは結果でしょ? 私は、彼が強くなりたいといったから脳細胞の活性化をしてあげただけ。ジョエルさんだって、自分から望んだのよ、ミノリさんやショウさんときちんと話ができる活力がほしいって。結果、死んじゃったけど、私はお手伝いをしただけ、私のせいじゃない」
「危険な人だな……それは効果のわからないワクチンを、ウィルスで死にかけた患者に接種することと同じだ」
「うーん、杖が折れたから、どんな魔法がとびだすかわからないドジっ子魔法使いの方がかわいいわ」
「どっちも怖いよ」
「そうか……でもカンゴは怖がらなかったよ。ジョエルさんも」
「ふたりとも、サツキさんが好きだったからだと思う。だから信じた」
「そうかも! でもそれは幻想よ。私が、やさしいだけの人だったミノリさんに幻滅したのと同じことよ」
「やさしいだけの人?」
「アヤメちゃんて女にもやさしく接していたでしょ? それで死なせてしまったことを今も後悔してる。別に好きでも、なんでもなかったのに」
「読んだのか?」
「以前ね。アヤメちゃんを夏祭りで殺した人たちが誰なのか知りたい?」
「知ってるのか?」
「聞いてどうするの? やさしいミノリさん。殺しにいくの?」
「殺さない! けど、知ってるなら教えてくれ!」
「残念! 私は知らない。でもカンゴならわかるかも」
「カンゴさん……前に聞いたら知らないといっていた」
「その話はいつしたの? だいぶ前じゃないの?」
「半年以上前だな」
「その半年間、彼が情報を集めてなかったと思う? 何度もコロニーに出入りしてるのよ、ガソリンやお薬、女子供の裏取引で」
「なるほど……」
「アヤメちゃんの話はもうおわり! なんかいや!」
「……わかった」
「ミノリさん、女の子にあまいよね? 私のことも無条件で信じて、助けてくれたし。ああ、やさしいなあ。やさしいだけの人だなあ、こんな人もいるんだなあって、ほっこりしてたのよ。それなのにクナシリで大虐殺とか、信じられなかった。死んだ人の中には私の知りあいもいたのに」
「それについては弁解しようもない……」
「街ひとつをおわらせた人間が、いい人ぶって自分の街を守る? 矛盾! ミノリさん、あんなにやさしかったのに……ショウさんのせいなんだなあって思ったら、お仕置きしてあげたくなっちゃったのよ、彼女に」
「ボクにすればよかっただろ! クナシリを全滅させたボクに!」
「あれは感謝してるの。いずれ私がやろうとしてたことをやってくれたから」
「え?」
「ひとりだけ親切だったおじいさんがいたから、やらなかっただけ。でもいいの。その人も死んじゃったから。そうだ、ミノリさんも会ってる人よ」
「おじいさん……ケシ畑を焼けといい残して亡くなった老人か?」
「そう。ミノリさん、きちんと埋葬してくれたでしょう? ああ、やさしい人だなって思って近づいたの……」
「そうだったのか」
「そんなミノリさんにはお仕置きできないでしょ?」
「だからって!」
「わかった。ショウさんがいやなら、シュンさんにするかな?」
「やめろ! シュンさんだってやさしいじゃないか!」
「だけど私にかまってくれなかったよ」
「ポリーナさんがいるんだ」
「じゃあ、やっぱりポリーナちゃんにしとくかな?」
「だめだ!」
「怒らないでよ……遊んでるんだから、楽しくしてよ」
「遊び?」
「遊びよ。ミノリさん、本気であなたごときの思念が私をとらえていると思ってる?」
「違うのか?」
「決まってるじゃない? やさしさと一緒に謙虚さもなくしたの? ヒマリさんのせいか! ヒマリさんの英才教育が悪かったのね……かわいそうに。ミノリさん、昔の男と重ねられているのよ。カエサルってバカな男と」
「カエサルがバカ?」
「バカよ。できもしない夢を見て殺された男じゃない。マフィアの親分でいればよかったのに……カンゴはそのあたり、わきまえていたわ。ミノリさんもわきまえた方がいい、たとえば今もね」
「逃げようと思えば簡単に逃げられるってことか」
「あたり! あたったから、次のターゲットはミノリさんをいい人から悪い人にしたヒマリさんにするかな?」
「なんでそうなる!?」
「あら、人って生きる目標がないと、いけないじゃない?」
「だったら、街の一員となってボクたちとともに生きてみないか?」
「あらあら、今さらなにをいいだすの?」
「カンゴさんも街で生きている。あなただって、いつかとけこめるよ」
「おおぜい殺したんだから無理に決まってるでしょ? はーん、そういうことか! わかった!」
「なにが?」
「ジョエルさんがいってたもんね。人間と話し合いの場につくためには同等の力をもって、冷戦にもちこむしかないって。ミノリさん、カエサルの夢のために私やカンゴを兵器あつかいする気なんだ」
「違う、とはいいきれない。けど、それだけじゃない。ボクはサツキさんをあてにしているんだ」
「へぇー、あてに? 私、頼られちゃってるの?」
「そうだ」
「悪い気はしないけど、ほしいのは私じゃなくて私の力なん──」
「サツキさん?」
なんの前ぶれもなく、突然、サツキの思念がミノリの脳内から消えた。
「サツキさん! どうなったんだ、サツキさん! くそぉ! 逃げられたのか!」
脳力をフル稼働させていたミノリの思惟と神経系は、がっくりとくずれ落ち、彼は昏睡した。
街の周辺、クナシリ、エトロフと三班にわかれてサツキの捜索がつづけられていた。そしてエトロフへと跳んでいたコリンらが見たものは、複数の野犬に内臓や頭を食いちぎられたらしい、無残な宮下サツキの遺体であった。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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