第二章 ミノリとショウ 38
38
さっそく翌朝、カズヨの病院の談話室に街の役員が集められた。会合の場を病院とした理由は、サツキに襲われたふたりの精神的ダメージを考慮してのことである。実は怖がりのポリーナも、昨夜は気丈な態度を見せたカズヨも、当然のごとくおびえきっていた。
「じゃあ、カンゴのときみたく例の女とかいえばいいのか?」ふたりにひと晩中つきそっていたシュンがミノリに質問した。
「いえ、どんなかたちでも彼女の話題はださない。宮下サツキという女を完全にいなかったことにしてください。むずかしいことでしょうが、できれば考えることもひかえてください」
「……できるかしら」不安そうなカズヨ。そしてポリーナ。
「捜索隊を編成してさがしだした方が早いと思うぞ」コリンがいった。「女にうえた連中がたくさんいるから、大喜びで参加してくれるぜ」
「参加シマース」ジョーイも手をあげた。「カズヨ、カワイソウ。カタキ、トリマス」
「ありがとう、ジョーイ」薄く微笑むカズヨ。
「だめです。こちらからのアクションはいっさい厳禁です。いいですね」ミノリが一同を見わたしていいきると、コリンもジョーイもしぶしぶうなずいた。
「わかった。出方をみるとしよう」
「ありがとう、コリンさん。ところで女性に飢えた男性は、そんなに多いんですか?」
「ああ。今は転入したてで、みなおさえているけどな。怒りの対象だった水上カンゴが倒れた今、どうしたって興味、関心は女にむく。そのうち暴動だっておきかねない」
「大問題ですね……どうなんです? ヒマリさん」
「私の予知には、暴動シーンはありませんでした。そのようなことをおかしそうな危険分子は排除したつもりです。しかし、人の心はうつろうもの……」
「今までは男ばかりの環境にいたから我慢もできた。だがここじゃ、ニンジンを目の前にぶらさげられた馬みたいなものだぜ。俺もふくめてな」
「怖いこというなよ、コリン」ショウが顔をしかめる。
「だが事実だ。なにか別のことに男どもの目をむけさせる必要がある」
「以前はコロニーに侵入して、警察に追われていたり、処刑される寸前のエムを救出することで男女比を均等にたもってきましたが……」ヒマリはそこで口ごもってしまう。J州で頻発するデモや暴動の影響で、世界中のコロニー内の警備が強化されているのである。マル甲レベルのエムでないかぎり、現在のコロニーに侵入するのは至難のわざなのだ。
「本当は、J州で弾圧されているエムも普通の人間も招きいれたいところですがね」ミノリがいうとタツトが笑った。
「ミノリ君、そんなことをしたら、0番街はコロニーと全面戦争になるよ」
「それにまた、男性の数がふえてしまうわ」ポリーナもおそるおそる発言する。
「街を守るのは大変なんですね……」サツキから話題がはなれたことは喜ばしいが、とミノリはため息をついた。
「捜索隊を編成したらどうかな?」しれっというタツト。
「タツトさん、だからそれは!」
「そうじゃなくて、まだまだ世界のコロニーの外には大勢のエムがひそんでいるはずだ。そうした人たちに精神感応でメッセージを発信しつつ、実際に女性を捜索にいくんだよ」
「そりゃ、タツト。水上カンゴのやりくちだろ?」コリンが怒ったようにいう。
「ぜんぜん違うよ。女性を食いものにしている男なんて、世界にはカンゴ以外にも大勢いるよ。そういう男にしいたげられた女性を、暴力や略奪はいっさいなしで救出にいくんだよ。そして街のよさをアピールし、きていただく。むろん強制はなし、希望者のみをつのるんだ」
「あの、男にひどい目にあわされている女性って、そんなにいるんですか?」ポリーナが義憤にかられたようにいう。
「いるさ。おそらくそうとう数。エムとしての能力が高ければ別だが、非力な女は男のえじきだ」コリンは乗り気になりはじめたようだ。
「許されない話ね。二十世紀じゃあるまいし」カズヨも立腹している。
「だけど、そんなにうまくいくかな……その、つまり、いきなり女を襲ったりしないかな?」と首をひねるショウ。
「ヒマリさんの話じゃ、今のところ野獣まるだしのような男は街にいないだろ? カンゴのやりようにいや気のさしている連中ばかりなんだから、いきなり無茶はしないさ」タツトの言葉に、パッと表情をゆるめるショウ。
「そうか。そうかもな!」
「それに男どもの意識をしばらく街の女性からそらせることもできる。うまくいかなくても、その間、また別の対策を練ればいいさ」
「やろうぜ! ミノリ」ミノリの両肩をつかむコリン。
「相手もエムです。リスクはかなり高いですよ、コリンさん」
「そんなことはわかってる。このまま女なしでジジイになれっていうのかい? なぁジョーイ」
「ノー、ノー! ソレハ、勘弁デース。ミノリ!」
「やってみようよ、ミノリ」ショウもあとおしする。
「──わかりました」
「イェーイ!」とびはねて喜ぶジョーイ。
「では二、三日のうちに精神感応部隊の編制と捜索部隊の編制を、誰かにやらせてください」
「了解だ。うちの長老ジジイふたりなんかどうだ? ああ見えて、なかなかのツワモノだぜ」腕まくりして、やる気満々のコリン。
「ああ、あの人たちか。いいですね!」
「じゃ決まりだな」
「それから、一度いった場所にしか跳べないんです。できるだけ多くの人から情報を集めて、いけるところをひろげていくべきです」
「聞きとり調査か。なるほど」
「で、最高指揮者をタツトさんにお願いします」
「え? 俺?」自分を指さし、目をまるくするタツト。
「はい。ある意味、先の見えない過酷な旅となるでしょう。タツトさんの冷静さと、ものごとを客観視できる能力は不可欠です」
「俺、丙種なんだけど……」
「関係ありません」
「……わかりました。首長」うやうやしく頭をさげて笑うタツト。
「そのいい方、やめてくださいよ。それからコリンさん」
「なんだ? 首長」
「ったく……タツトさんの指示は絶対遵守とします。逆らう者には容赦なく罰をあたえてください」
「殺すのか?」
「違います! 殺しちゃだめです!」あわてふためくミノリ。
「ジョークだよ、首長」
「笑えませんよ。できればひとりも死なせずに、帰ってきてください」
「了解だ、ミノリ」真摯な目をして、コリンはうなずいた。
屋敷にもどった三人は、遅めの朝食をとりはじめた。ショウの手料理である。
「優秀な参謀ばかりで助かるな、首長?」焼き海苔を白飯に巻きながらショウがミノリに笑いかけた。
「本当にね、ってかショウまで首長とかいうなよ」うまそうに卵焼きを口にするミノリ。
「ふたりとも、まだ最重要課題が残されています」いいながら納豆をかきまぜるヒマリ。
「は? でも、あの……」ミノリもショウも、口にだしてはならないサツキの件だと思った。
「セックスの問題は確かに重大事です。しかし、職にもつかず、なにひとつ生産もせず、嫁さがしに専念する男性たちの食料を誰が確保するのです?」
「食料……」ミノリはのどをつまらせる。
「働かざる者、食うべからずが、この街のルールだもんな……」ショウがつぶやく。
「食べられない者がふえれば、それこそ暴動になりかねませんね」
「……考えます」神妙にうなずくミノリ。「課題は山づみですね」
「それを乗りこえてこそ、真の首長です」納豆ごはんを口へ運ぶヒマリ。
「そういえば、ボクもなにも生産していない。ボクはご飯、食べていいのかな? そもそもこの家には、どうして食料があるんですか?」
「すべて住民らの寄付です。食べるものも、着るものも」
「寄付……税金ですか?」
「違います。強制ではありません。ボランティアであると受けとってかまいません」
「ボランティア。ボクは受ける資格があるのかな?」
「首長の仕事は有事のさい、命をとして街と住民を守ることにあります。ジョエルのように」
「はい」
「信用と信頼なしでは、首長の仕事はつとまりません」
「はい」
「はい」ショウも強くうなずいた。
「では住民のこころざし、おいしくいただきましょう」
三日後。ショウとさんざん話しあいを重ねたミノリは、女性捜索隊の指揮官であるタツトへ提案をもちかけた。それは農業や牧畜、大工や製造業などの定職についた者、もしくは新規の商売を独自に開始した者のみが捜索隊に参加できるようにするというものであった。食を自身で確保してこその、嫁さがしであると。
「なるほど。確かにそうだな。ミノリ君、本当に首長らしくなってきた」笑うタツト。
「ヒマリさんのうけうりです。両部隊の編制は進んでいますか?」
「難航してる。特に精神感応部隊は希望者も適正者も少なくて」
「紳士的でないといけませんもんね……」
「いずれにしても、男にとって女性は活力だ。みな、精をだして働くと思うよ」
「はい」
「今日、午後から捜索隊参加者の面談があるんだ。むさくるしいのが二百人くらい集まる予定だ。よければミノリ君ものぞきにきなよ」
「ありがとうございます、タツトさん」
無視を決めこんだこの三日間、宮下サツキに動きはなかった。食料品と医薬品を手にいれたことで、いったん満足したのか? それともなにか思惑があるのか? ひとつひとつ課題をクリアしながらもミノリの心は晴れなかった。そして彼は、カズヨの病院で眠っているカンゴのもとをおとずれた。骨折した両手足を拘束され、生命維持装置につながれたカンゴは、見違えるほどにやせこけていた。ミノリは心でカンゴの脳に話しかけた。
「カンゴさん、意識あります?」
「──あるよ。ポリーナって女にいっておけ、注射がへたすぎだと」
「わかりました。でもカズヨ先生がきき手を折られたんで仕方ないです」
「あの女が折ったのか?」
「ええ。でもそれからは一度も姿を見せません。カンゴさんのおかげです」
「なんで?」
「かまってちゃん、そう教えてくれました」
「知らん顔を決めこんでいるのか?」
「はい」
「そりゃあ、笑える。だが、だったら今、俺とサツキの話をするのもNGだろ?」
「はい。ただ、不安で……」
「おいおい。不安だから俺のところへきたのか?」
「まあ、はい」
「ふざけるな」
「すいません」
「少しでも動けたら、殺しているぞ」
「楽しみに待ってます。早く動けるようになってください」
「……気持ちの悪い」
「ボクひとりでは、サツキさんに勝てる気がしないんです」
「だから俺も戦えってか? 無理だろ?」
「無理ですか?」
「無理だね。じきにあの女は動きだす。シカトされてじっとしていられる女じゃないからな。注目をあびるようなでかい花火をブチあげるに決まっている。あの女、俺も殺してやりたいが、俺の体は間にあわないね」
「そうですか。サツキさんは花火を準備していますか……」
「してるね。それこそ楽しみにしとけ、ミノリ君」
「覚悟しておきます。ありがとうございました、カンゴさん。また、きます」
「ふん、もうくるな!」
「花火か……」人もふえ、活性化しはじめた街を歩きながらミノリはつぶやいた。サツキがなにを仕かけてくるのか見当もつかないが、午後からは女性捜索部隊の面談の立ちあいを約束している。とりあえずミノリは、ヒマリとショウを連れていくことにした。できるだけふたりのそばをはなれない方がいいことだけは確かなのだ。
「首長! 元気になったの!?」憂鬱な顔で、てくてく歩くミノリに旧住民や新規住民たちから声がかかった。新たにむかえている街の危機をまったく知らされていない人たちの目は、キラキラと輝いている。ミノリはがんばって笑顔をつくり元気に働いている人々に、照れながら手をふってこたえた。ジョエル首長さんのようにはなれません!とおじ気づきながら。みなさんの善意でご飯をいただいております!と感謝をしながら。そして心のどこかで、この民衆の中にサツキの観念動力にあやつられた者がいるかもしれないと恐れをいだいていた。
(つづく)
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