第二章 ミノリとショウ 37
37
ヒマリ、ショウとともに首長の屋敷へと瞬間移動でもどったミノリは、到着するなりよろめいて壁に片肘をついた。あわてて手をかそうとするショウにミノリは笑顔をむける。
「大丈夫、心配ない」
「あれだけの戦闘のあとです。大丈夫であるわけがありませんね」ヒマリがいった。「ショウに肩をかりて早くベッドで横になりなさい」
「はい……」
「ミノリ」
「はい」ショウに肩をかりたミノリが目をあげた。
「私はポリーナの異変に気づけなかった。もはや名実ともにあなたが首長です」
「そんな。まだまだです」
「先ほどの指示も、みなに弱みを見せない態度もりっぱでしたよ。ねえショウ」
「は、はい! ヒマリさんにほめられたんだ、胸はれよ、ミノリ」
「……はると、あばら骨が痛い」
「あ、そーか」
「ではね。私も部屋で眠ります」ふたりに背をむけるヒマリ。
「ヒマリさん! できれば三人で一緒の方がいいです」
「バカおっしゃい。お風呂まで一緒に入れますか? ではね、おやすみ」
ヒマリが自室に入ると、ミノリも自分の部屋へショウとともにもどり、そのままベッドに寝かされた。
「ヒマリさんに、どの部屋を使っていいのか聞いてくる」いこうとするショウの腕をミノリがつかんだ。
「ショウもなるべくボクからはなれないでくれ」
「え……だって」頬を染めるショウ。
「あ! そういう意味じゃなくて!」
「そういう意味でもいいけどさ」
「え?」今度はミノリが真っ赤になる。
「ただ、少し待って。私の顔、なおるんだって……カズヨ先生がなおしてくれるって」
「──本当に!?」上半身を勢いよくはねおこし、苦痛に顔をゆがめながらショウを見つめるミノリ。
「うん。だから、それまでは……その……」
「いいよ! 待つよ、いくらでも! でもよかった! あ!」口もとをおさえるミノリ。
「どうしたの?」
「不注意だった。サツキさんに聞かれたらマズい」
「いいじゃないか。こっちははなから、ねらわれるつもりでいるんだから。でてきてくれなきゃ話にならない」
「そうだけど……」
「サツキにやられた私の顔、なおるってよー! ざまあみろ!」
「ショウ、今日の今日じゃこないだろうけど。できれば彼女と対峙するのは、ボクがもう少し動けるようになってからにしたい」
「そりゃそうだ。……ミノリ、私、シャワーかりてくる」
「ああ、わかった。いってらっしゃい」
「あとで体をふいてやるよ」ショウはそういうとミノリの額にキスをした。
「あ……」
「今日は首長っぽくがんばったから、ごほうび。こんな顔じゃほうびにならないとかいうなよな!」
そういってショウは部屋をでていった。苦笑いをうかべたミノリは思った。タツトの言葉ではないが、これではまるでコロニー時代と同じであると。ヒュペルコンピューター『アガサ』に盗聴され言論統制をされていた、あのころと同じであると。なんとしてでも宮下サツキをとめなければならないと。
シャワーをあびたショウは、約束通り風呂に入れないミノリの体を濡れタオルでふいてくれた。
「ショウ、新規住民の面接はまだかかるの?」まだかかるようであれば、ミノリは自分も立ちあいたいと考えていた。
「いってなかった? もうおわったよ」ショウがいった。
「そっか。追放者の数はどのていどいる?」
「そうはいない。カンゴみたいに確実にヤバいのはめったにいないし、ヒマリさんにたのんで、少しあやしいていどならむかえ入れるようにしてたから」
「よかった。できればここで、連合警察みたいなことをしたくない」
「ただミノリ、きれいごとばっかじゃすまないんだぜ」
「わかってる……コリンさんたちには、いやな役目をさせてるよな」
「ほとんどが水上カンゴ憎しで集まった人たちだからね。中にはカンゴにかわってボスになりたがるやつもいるのさ」
「人がふえれば仕方ないな」
「うん……そんなのを街に残せば、暴力が人を支配するようになる」
「エムってさ、存在自体が悲しいな」
「どうして?」
「悪さをした者に反省や更生をさせる牢獄をつくれないんだ。贖罪の機会を与えられずに殺すしかない。カンゴさんやサツキさんが改心して仲間になってくれたら、どれだけ心強いか」
「そうだな……」ふたりとも人を殺しすぎている。街の人々が受け入れてくれるとは思えない。そうショウは思ったが、本気できれいごとをいう、そのあまさがミノリのいいところでもある。
「それと転入者の男女比は?」
「男が七割だな。女子供はカンゴのえじきになった人が多いから」
「それは問題だな……」世の中には、ミノリのような奥手な男はほとんどいない。
「そうだね。今後の課題だ──」
「待て!」ミノリがショウをさえぎった!
「どうした?」ミノリの表情にただならぬものを感じたショウが身がまえる。
「女の悲鳴だ! 脳へダイレクトに響いた! カズヨ先生!」上着をはおったミノリは、カズヨの病院へと跳んだ!
「カズヨ先生? まさか!」そしてショウと、別室で横になっていたヒマリもあとを追った。
「先生!」ミノリが叫ぶと、シュンが真っ青な顔をして飛びだしてきた。
「ミノリ!」
「シュンさん、先生は!」
「今、ポリーナが応急手当をしている」
「なにがあったのです?」ヒマリであった。隣にはショウもいた。
「わかりません。ポリーナの病室で話しをしていたら、カズヨ先生の腕が突然、不自然に折れまがって。たぶん骨が折れたと思います」
「サツキがきたの? 兄さん!」どなるショウ。
「いや、きてはいない」
「とにかく先生にあいましょう」ミノリは病室のドアへと飛びこんだ。
室内ではパジャマ姿のポリーナがカズヨの右腕の治療をしていた。麻酔がきいてくるまでは蒼白な顔であぶら汗を流していたカズヨであったが、自分自身のヒーリング能力は使わなかったのだという。半人前の看護士ポリーナに処置の指示がだせなくなるからだ。
「とにかくビックリしたわ……右腕がグルンと一回転して……こわかった……」治療をうけながらカズヨがつぶやく。
「サツキでしょうか?」ミノリがヒマリを見た。
「私やあなたの頭に入ってこられる者は、ほかにいないでしょう」
「許せない! 恩人であるカズヨ先生を! 宮下サツキ、あの女、許せない!」
「ミノリ、興奮するのはやめなさい。冷静な判断をくだせなくなります」
「だけど許せない!」
「命をとられなかっただけでもよしとしまし──」
「私のせいだ! 私のせいで!」ショウが床に手をついて泣きはじめた。
「よせ、ショウ!」ミノリがショウの肩に手をかける。「キミのせいじゃない!」
「なんの話だ? ショウ!」しゃがみこんでショウの顔をのぞきこむシュン。
「どうしたの?」当のカズヨもおろおろとしている。
「ミノリ、カズヨに説明なさい」ショウの心を読んでいたヒマリがいった。
「はい……カズヨ先生、ショウの顔、なおせるそうですね」
「うん。だけどこの手じゃね。当分、先になるかも……」
「その話をボクらがしていたせいで、先生の腕は折られたんです。ボクの不注意です」
話をしていただけで? 言葉をうしなうカズヨ、シュン、ポリーナ。
「それだけじゃない! 私がざまあみろとかいったんだ! サツキに! 先生、ごめんなさい! ごめんなさい!」泣きじゃくるショウ。
「ミノリのいうとおりだよ。ショウのせいじゃない」カズヨがやさしく笑った。
「でもさ……」
「そこまでにしておきましょう。ここでの会話もサツキは必ず聞いています」へたなことを話せば、とばっちりがどこへ飛び火するかわからないのだ。そしてヒマリは帰りましょうといった。「私たち三人をサツキがマークしているのなら、ここにいては迷惑です」
「そうですね。帰ろう、ショウ」
「わかった……」ノロノロと立ちあがるショウ。誰もがなにかいいたいが、恐ろしくて言葉がでてこない。シュンは妹の顔がなおせると聞いても、喜んでやることもできなかった。ヒマリら三人が瞬間移動で消えたあと、そのことがくやしくて、シュンはドアを思いきりなぐりつけた。
冷酷で、気分屋で、演技派で、移り気で、自己中心的で、そのうえ、ウザイかまってちゃんだ! 宮下サツキは、水上カンゴのいった通りの女であった。ミノリは怒りにふるえた。応接間にもどってきた三人は落ち着きなく、それぞれに室内を歩きまわっていた。
「ミノリ、すわれよ。傷が開くぞ」ショウがいった。
「そうだね……」ソファに腰かけて、頭をかかえるミノリ。
「私たちまでが黙りこんでも仕方ありません。どうせ頭を読まれていますから」さすがのヒマリも今回の件はこたえているらしく、声がかすれていた。
「サツキだって寝ますよね? 基本、病気だし」ミノリはすっかりサツキを呼びすてにしていた。
「寝るでしょうね。人間だから」とヒマリ。
「いつ寝てるんだ! どこにいるんだ、あの女!」
「ヘビの生殺しだ! やるんなら私をやればいいんだ!」どぉん! ショウの暴走観念動力が、壁の書棚を破壊した。
「ミノリ、ショウの力くらいとめなさい。なかなかにいい古書もあるのですよ」
「超マル甲に勝てる方法だとかが書いてある本ですか? ヒマリさん」イライラとこたえるミノリ。
「……白旗でもあげますか? 首長がこんなざまでは0番街はおわりです」
「いやです! だめです! ボクは街を守りたい!」
「守りたいのはショウだけなのでしょ?」
「違います! ……初めはそうでした。だけど今は街を守りたい! ジョエル首長が残したこの街を!」
「ならば頭を冷やしなさい。ショウも!」
「はい……」ミノリとショウが口をそろえて、頭をさげる。
「ジョエルはクローンとはいえ、ただの丁種、人間であるというのに、私とカンゴの戦いのさい、前面に押しだされても微動だにしませんでしたよ」
「…………」
「なんて強い心をもつ子なのだろうと、私は尊敬の念すら感じました。しかもその作戦はジョエル自身の発案だった。カンゴがカエサルのあとを継ぐ者に俺がなると叫びながら、街の人々を殺戮していったからです。ならば、カエサルの祖父と思われている自分が盾になろうと、彼は笑いました。笑って盾となり、私は鉾に徹することができた。だから勝てはしないまでも、私たちはカンゴと協定を結ぶことができたのです……」
「…………」
「窮地にあって、ただ感情にまかせ、怒りにまかせる者に彼の名と、彼の守ったこの街の平和を語る資格はありません!」
「鉾と盾……私ら、薄っぺらいな」ショウがいった。
「そうだね。思考が停止していたよ。考えよう……」こたえたミノリの目が、くだけた書棚と散乱している書籍の一冊にとまった。そのパーソナリティ障害について書かれた心理学の本を手にとるミノリ。
「なに? 心理学書?」のぞきこむショウ。
「うん。ヒマリさん、サツキは自尊感情が低いといいましたよね?」
「ええ。今はそうした人間を演じていただけだと思っていますが」
「タツトさんはパーソナリティ障害かもといっていた」
「そうですね」
「カンゴさんはいったんです。サツキをウザイかまってちゃんだと」
「かまってちゃん、てなんだ?」古いJ州の言葉らしいが、現在では使われていない単語なのでショウは聞いたことがなかった。
「ヒマリさん、知りませんか?」実はミノリもわからないのである。しかし、その語句のニュアンスから、なんとなく察しはついていた。
「依存性パーソナリティ障害の一種ですね。他人にかまってもらいたくて嘘をついたり奇行をしたり、自傷行為をしてみたり──なるほど、あてはまらないこともないですね」
「前にボクがヤタ区画の子供を助けたんだって? そうほめたとき、すごく嬉しそうでした。それに今日も、ポリーナさんをあやつっているのを見ぬかれて、とても楽しそうでした。サツキはすごく強いエムなのに自尊感情が低い、だから他人にかまってほしかったんだ……」
「まさか、そんな理由で……」ショウは壊された左頬を押さえる。
「街の役員が集まって、自分の話題を真剣に議論しているのを楽しんでいた可能性はありますね」ヒマリが唇をぐいとまげる。
「はい。サツキさんはタツトさんのいったように病気なんだ。体だけでなく、心が」
「それで、なにか考えがあるのですか? ミノリ」
「──無視しましょう」
「無視?」
「放置です。宮下サツキなんて女は知らない。誰も関心がない。ボクらには関係ない」
「でもミノリ。そんなことしたら、あの女、なにをするか……」おじ気づくショウ。カズヨが犠牲になったばかりなのだ。
「今、この瞬間にだって、あの特大観念動力を誰に撃つかもわからないんだ。こっちから手だしできない以上、やってみる価値はある」
「それで出方を待つのですね」
「はい。必ず動くと思います」
「消極的な策ですが、今のところ仕方ありませんね。怒りくるい荒れているよりはマシとしましょうか」
「今日、話をしたカズヨさんや街の役員しかサツキの本性を知らないはず。全員を説得します。今後いっさい宮下サツキの話題をもちだしてはならないと。結果、住民に被害はでるかもしれないけれど、こらえろと。見て見ぬふりで通せと」
「でもサツキの存在を知らせておかないと、いきなり操り人形にされたりしたら住民がパニックをおこすんじゃないか?」ショウが懸念の声をあげる。
「そうか……それはあるな。でも人々がサツキに関心をもてば、かまってちゃんは喜んでますます増長しそうな気もするし」
「このさいです、なにがあろうと、すべては連合警察のしわざであるという偏向情報を流しましょう。ミカドをはじめとするJ州そのものが存続の危機であることは誰もが知っていますから。それで他の州へ逃げようとする者は──」
「ヒマリさん、殺すのはやめましょうよ。ボクが説得しますから」
「逃亡者がサツキと結びつくかもしれません」
「そのときはボクが殺します」
「首長みずからがすることではありません」
「首長だからするんです」
「……わかりました。まかせます、ミノリ」
「まるでコロニーなみの戒厳令だな……」悲しげにつぶやくショウ。
「そうだね……0番街は人知れず、戒厳令下になるね。できればみなに無視を命じたボクをねらってくれればいいけど……」
「まずは体をなおせよ、ミノリ。だいたい勝てるって公算はあるのか?」
「あるよ。でてきてくれれば、奥の手が」ふふ、と笑うミノリ。
「あるの!?」驚くショウ。「どんな?」
「それはいえないよ。彼女に聞かれていたらマズい」
「そうか……」素直に納得するショウ。ミノリとの会話を聞かれたせいで、カズヨの腕が折られたからだろう。
「今日、シュンさんに、一度やられているショウを巻きこむなっていわれたとき、ボクは二度とあんな思いはさせませんといったよね?」
「……ああ」
「奥の手がなけりゃ、あんなことはいえないよ。さあ、無視、無視。もう寝ましょう、ふたりとも。明日、朝一で役員を集めないと!」
「…………」今、ショウは気づいていないようだが、その奥の手、いわないまでも思考をサツキに読まれていたら同じことであるとヒマリは思ったが、彼女はあえて言及しなかった。ミノリにまかせるといった以上は──。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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