第二章 ミノリとショウ 35
35
「迫力あったな、ヒマリってあの熟女。ドクターのカズヨといい、J州の女も悪くないなぁ……」0番街の警備についていたジョーイが、いささか品のない笑顔をうかべる。
「ショウ、首長夫人の話じゃ、三年前、水上カンゴと互角にわたりあった恐ろしい女らしいぞ」ともに周囲を監視していたヒスパニックのアダンとバシリオが笑った。
「夜ばいも命がけか……それも悪くない!」
それなりに彼らは、J州のこの街を気にいっているようであった。しかし当のヒマリは大わらわであった。首長として立てたミノリは意識不明。次期首長としてミノリが指名したショウは彼につきっきり。その上、五百五十名近い世界各州のエムが0番街に移住してきたのだ。さらには、目ざめたらなにをするかわからない水上カンゴを、実際に効果があるのか不明の思念の牢獄へ閉じこめている。そして、ミノリがつぶやいた宮下サツキの存在までが街に暗い影をおとしていた。ヒマリは前首長ジョエルの死を悼むひまもないほど、大車輪で働いていた。これは臨時役員に任命されたシュン、タツト、ポリーナらをはじめとする街の若者たちも同様であった。ボランティアを申しでた老人や熟年層も、みながJ州0番街の復興と発展のためにつくした。命をかけて街を守ったミノリが意識をとりもどしたとき、安心して新首長の座につけるようにと。
「先生、よく見えます」左目に人工角膜を埋めこむ手術をおえたショウが、カズヨに弱々しい笑顔をむけた。目ざめないミノリの看護に日参してくる彼女に、どうせ病院にくるのであればとカズヨが手術をすすめたのである。今はそれどころではないと一度は断ったショウであったが、再三のすすめに彼女も折れたのであった。
「違和感はない? バランス調整は必要?」
「じゃっかん。左目の方が見えすぎて、怖いみたいです」
「少し視力を落としとく? 兄さんは見えすぎくらいの方がいいっていってたけど」
「兄は丁種であることにコンプレックスが……だからだと思います」
「なるほど。だけど今は、いっぺんにふえちゃった住民への対応、はりきってやってるわよ。観念動力も使えないのに、新住人どうしのケンカ騒ぎの仲裁に入ったりとかさ」
「むこうみずなだけです。殺される前にやめてもらいます」
「殺されないでしょ? あの水上カンゴを倒した男の義理の兄なんだから」
「……そんなのまだだよ」
「ショウ、あんたはいいの? 毎日ふさぎこんでばかりで? 本来はあんたが首長代理でしょ?」
「……だってミノリが」
「U州でさ、デカ足コリンたちに襲われたとき、ミノリいってたよ。ボクには神様がいるって」
「…………」
「ボクの神様はいささか荒くれの天使というか女神です、ってさ」
「…………」
「ミノリが惚れた女神は、どんな女なのかねぇ? 下ばっかむいてる女なのかねぇ?」
「……でも!」こぶしをかため、右の目から涙を落とすショウ。
「今回、ミノリはよくがんばったよね? ミノリが死なないように私もがんばる。絶対、死なせない! あんたは? どうするの?」
「──ヒマリさんたちと合流します」ショウは目をあげた。
「そう。ミノリがおきたときビックリするくらい、いい街になってるといいねぇ」
「はい」
「じゃあ、朗報をつたえようかな?」
「朗報?」
「あんたの顔はなおせるよ。もとのかたちに近いくらいにはさ」
「……え!?」
「今日、目を埋めたときに皮膚サンプル採って確認した。まあ、まかせな」
「先生……」
「お尻のあたりから皮膚を移植することになるけど、いいよね? あんたのお尻を見るのはミノリくらいだからさ」
「はぁあ!? な、な、なにを!」真っ赤になってあわてふためくショウ。
「目の調整はどうする?」
「今日はいいです。先生、いってきます!」
「いってらっしゃい」
「……ミノリのこと、お願いします」
「まかせとけ」
ショウが跳んで消えたあと、カズヨはひとりつぶやいた。
「メンタルケアも医者の仕事だけどさ……ミノリ、あんたが女神の一番の薬だよ。早く目ざめな……」
「遅かったですね」新住民の転入チェック、その面接におわれ、てんてこまいのヒマリが皮肉まじりにいった。
「すいません、ヒマリさん」しおしおと、ちぢこまるしかないショウ。
「いいから、隣にかけて面接を手伝いなさい。そこはあなたの席、あけておきました」
「え……はい。でも私、予知なんかできないし面接官なんか……もっとアクティブな仕事の方がむいてるかと」
「どんな職業につきたいのか、住宅の希望は、甲乙丙どの種のエムなのか、質問くらいできるでしょう? 私はしゃべりすぎでノドが痛い。あなたが遅いせいで」
「すいません……でも私にそんな資格あるんでしょうか? 人を選別するなんて」
「あなたはミノリが選んだ人です」
「でも私、本当にミノリが好きなのかどうか……ミノリだって……なんか、なりゆきというか、勢いに流されたみたいで……」
「ミノリはあなたとずっと一緒にいたいといった。そうですね?」
「はい……」
「あなたはどうなのです?」
「…………」
「ミノリと一緒にいたくないのですか?」
「……いたいです」
「だったらいればいい。なりゆきだろうが、勢いだろうが、ジョエルのセッティングだろうが。違いますか?」
「違いません」
「ならば受けいれなさい。それにこんなことでもなければ、あのミノリが自分からいいだせたとは思えない。みなの前であなたを妻であると」
「……ですよね」
「まったく面倒くさい!」
「すいません。……あの!」
「まだなにか?」
「面接で落ちた人はどうなります? 今までと違って数が多いから徒党を組んで街を襲ったりしないかな?」
「危険だと判断した者には死んでもらうことにします。水上カンゴの二の舞は、あってはなりません」
「ですよね……」
「不服ですか?」
「……ミノリなら、誰も死なせないと思う」
「ならばどうします? 生かしたまま監禁しますか? 瞬間移動能力や強い観念動力をもつ者を閉じこめておける檻など、この世には存在しませんが?」
「水上カンゴだって閉じこめてるじゃないですか?」
「おかげで私は、ろくろく眠ることもできない。こうして話をしている間も、私は思念の牢獄をカンゴの周囲にはりつづけているのですよ。少しでも気をぬけば、突破されてしまいそうで気が気ではないのです。それをほかの者にもやれというのですか?」
「ヒマリさんが過労死するね」
「ミノリがおきるまでは死ねません。そして、0番街の安寧を見とどけるまでは死ねません」
「──わかりました。住人のために、危険性の高い人間は排除します。ミノリにも私からそう伝えます。なんだか連合政府のコロニーみたいだけど……」
「それが上に立つ者のつとめ。つらい決断ですがね」
「はい……ヒマリさん、あとひとつ聞かせてください」
「なんでしょう?」
「ミノリはどうしてカンゴを生かしたのかな? あの男だけはヤバいと思うんだけど」
「宮下サツキとの関係と、居場所を確認するためであると、私は理解しています」
「あの女か……」無邪気な笑顔でミノリに取りいり、ヒマリの予知をゆがめ、兄のシュンを誘惑しかけ、私の顔をこわした女。ショウは奥歯をかみしめた。
「さまざまな悪意ある動き、しかもその行動原理すらわからない。あれは危険な女です。ミノリはそう判断したのでしょう」
「一難さってまた一難か……」
「まだ一難すらさってはいません。ショウ、面接を再開しますよ」
「はい! がんばります!」
ミノリの覚醒、復活をはばむ者がいた。水上カンゴである。カンゴはミノリの精神世界、意識下にもぐりこみ、彼の目ざめを押さえこんでいたのだ。
「いいかげん、ボクをはなしてくれませんか?」
「バカいうな。お前だけ目ざめさせてたまるか。不公平だろ?」
「ボクに入ってこられるんだ。ヒマリさんの思念の牢獄はあなたには通用しないんですね?」
「あたり前だ。彼女、がんばってはいるようだが、骨折り損だな」
「目ざめたら教えてあげないと」
「いつになることやら。当面は俺とともに死んだふりをつづけてもらうぞ。おかげさんで俺は腕も足も動かせない。肺をつぶされて言葉も話せない。食事をとることすらままならないだろう。まさにいざりのような状態だ。だから今は動かない。体が回復するまではな」
「長くかかりそうですね」
「ミノリ君のせいだ。つきあってもらうよ、とことんな」
「…………」
「ところでどうして俺のとどめを刺さなかった? あのときはミノリ君も力つきたんだろうけど、俺をなぶり殺しにしたい連中であふれかえっていただろうに」
「あなたが強いからです」
「あん?」
「首長さんやヒマリさんが、カエサルの理想をかなえられる人かもしれないと夢見ることができた人だからです。J州が危機の今、まだ、死ぬべき人ではありません」
「今は点滴やらなんやらで、ただ生かされてるだけらしいが、俺は回復したらミノリ君だけは真っ先に殺すぞ。なにがあってもな」
「そうでしょうね」
「ふん。そうだな、アグリー・ショウはまだヴァージンのままか? ミノリ君の相手は、あの女を犯したあとにするかな?」
「……そんなことだけはさせません。なにがあっても」
「なにがあっても?」
「なにがあってもです!」
「ハハハ! 怒ったか? 笑えるな。お互い、怒ってもなんにもできない! クソが!」
「なにもできませんね」
「しかしミノリ君よ、あの女がショウをきらっている。ほっといたら、なにをしでかすか予想もつかないぜ。どうする?」
「あの女……サツキさん!?」
「そう、そう、そう。おもしろいだろ? 宮下サツキは強力な精神感応をもっている、俺に首長の死や街の住民がU州へ避難したことをチクってきたのもあの女だ」
「ボクやヒマリさんの立てた壁は……」
「きかないね、そんなもん。なんせサツキはマル甲どころじゃない怪物、超マル甲だ。たぶん戦ったら俺でもやられる」
「超マル甲? そんなにすごいんですか!?」
「……俺をオモチャにした女だからな」
「オモチャ?」
「ガキのころ、処刑されそうになったところを助けてやった俺を実験台にしやがったんだ、脳細胞活性能力のさ。おかげで俺は、不完全クローン人間のジョエル首長と同じく、寿命がちぢまっちまったらしい」
「寿命が?」
「ああ。あとどのくらい生きていられるのか見当もつかない」
「そんな……」
「あんな女にかかわるんじゃなかったよ。はなからあの女に助けなんて必要じゃなかったんだ。処刑されるってギリギリの状況を楽しんでいやがっただけなんだからな」
「処刑を楽しんでいた? 連合警察から逃げられるって絶対の自信があったということですか?」
「もしくは、相手を壊滅できる自信があったんだろうよ」
「…………」
「まあ、あの女のおかげでハチャメチャやれたんだ、俺に後悔はないがな」
「その寿命のせいで力が弱まっていたんですね?」
「……俺の力が弱まっただと?」
「でなきゃ、ボクなんかと相討ちにならなかったでしょ?」
「いちおう相討ちといった謙虚さだけは認めてやる! ムカつくがよ」
「どうも。ただ彼女は、ヤタ区画の子供たちを助けていた。そんないいこともする女性なんですよね?」
「気まぐれなんだよ。助けたといってもただの数人だろ? あきたからやめたんだ。それに助けたあと、めんどうも見てなかったんだろ? ほっぽりだしたんだよ。あれはそんな女だ。冷酷で、気分屋で、演技派で、移り気で、自己中心的で、そのうえ、ウザイかまってちゃんだ!」
「よく知ってますね……つきあっていたんですか?」
「そんなこと聞いてどうする?」
「いえ……ボク、女性とつきあったことないんで」
「知るか!」
「すいません。サツキさんは、今どこにいるんでしょうか?」
「さあな。関わりたくないといっただろ? 怖いか、ミノリ君。そんな女がショウをきらってるんだぜ。顔をつぶしにきたんだぜ! 今度こそ死ぬほどの辱めをショウは味わうだろうな! アハハ!」
「…………」
「ざまあみろ。俺がおさえているかぎり、現実世界じゃミノリ君は動けない。俺がはなさなきゃショウは助けられない。いい気味だ」
「以前、あなたにいったことは本当です。ひとつ年上なだけなのに、世界中のエムを敵にまわすことを恐れない、心の強いあなたを、ボクは尊敬します」
「あ? そりゃ、どーも」
「J州や0番街になにかあれば、あなたとともに戦いたいと思っています」
「なんの冗談だ?」
「本気です」
「くるってるな、ミノリ君」
「かもしれない。だけど、いつかあなたの力が、あなたの存在が必要になるときがくるとボクは思います。ただの勘ですけど」
「ふーん」
「ところでカンゴさん、はなしてください。ボクはひと足先に目ざめます。現実世界でショウと街を守らないと」
「はあ? だから無理だといってんだろが! 誰がはなすか!」
「ふりきりますよ……あなたの気力が弱くなっているのは残念ながら事実です」
「なんだと?」
「そのうえ麻酔薬を打たれつづけ、点滴で生かされている今のあなたには体力もない」
「……てめぇだって似たようなものだろ!」
「すいません。申し訳ないのですが、ボクの方が手厚い看護をうけています。これも、あなたがしてきたことをかんがみれば仕方のないことだと思います」
「…………」
「ボクは宮下サツキの情報がほしかった。どのていどの能力をもつエムなのか、ヒマリさんですら読めなかった恐ろしい人だから」
「てめぇ!」
「先におきて待ってます。カンゴさん──」
その日、数々のチューブにつながれたミノリは目ざめた。カズヨが泣きながらショウたちに連絡をいれると、続々と彼の病室に人々が集まってきた。シュン、ポリーナ、タツト、街の若者たち、けがや病気で入院中の者たち、コリンと旧知の仲間、新しい友人、エトロフからの患者たち、そしてヒマリの前で、ミノリはショウを抱きしめてはなさなかった。
「そうですか? 私の思念の牢獄は効果なしですか?」ヒマリがいった。
「はい……」すまなそうに、ベッド上でこたえるミノリ。
「どうやら過労死せずにすむようですね」鼻をならして力を解くヒマリ。「私も衰えたものです……」
「女としての魅了はアップしてるぜ!」J州語ではなく精神感応で伝え、笑ってみせたのはコリンであった。
「ナイス、ジュクジョ!」調子にのったジョーイも笑う。
「ショウ、彼らを街の追放リストにのせなさい」冷静にいいはなつヒマリ。
「了解! ヒマリさん!」ショウも笑っていた。ノー、ノーと叫ぶコリンたち。みなが笑っていた。誰もがJ州、0番街首長ミノリの帰還を心から祝う夜であった。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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