第二章 ミノリとショウ 33
33
ミノリがもどると、首長の屋敷の周囲にはぞくぞくと住民たちが集まりはじめていた。彼らの目的は、もちろん首長の安否の確認である。この街は、あのカリスマ首長がいるからこそ平和をたもつことができている。首長の存在が例の男の野心を制御している。そのことを誰もが痛いほど感じているのだ。しかしあの声のいったとおり、もしも首長が死んでいるのだとしたら……。ただでさえ連合警察のJ州コロニー弾圧の件で、住民は不安にさいなまれていたのだ。ほんらい温厚である0番街の人々の心は、今や爆発寸前であった。それでも瞬間移動能力を使用して無理やり屋敷に侵入しようとするような暴徒がまだ現れていないのは、生前の首長とヒマリが、転入チェックをきびしくおこなっていた成果であるといえるだろう。 十重二十重に屋敷をかこむ群衆の中には、ミノリの見知った顔もふえてきた。シュンとポリーナ。仁科タツトや若者たち。商店街のおばさんらや、靴屋のミハエルじいさんの顔もあった。動ける入院患者を引きつれたカズヨの姿もある。みな、不安なのだ。明日の正午をどうむかえればいいのか、首長に教えをこいたいのだ。約五百人にふくれあがった群衆の中から、いつもの応接室へと跳んだミノリは叫んだ。
「ヒマリさん!」
「やられました。ミノリ……やはり、サツキがカンゴの内通者だったようですね」
「おそらく。彼女、ボクと同じで水上カンゴの精神感応が聞こえていないようでした。彼女にもあるんです、他者を自分の脳へ入れない壁を立てる力が」
「そう。ならばサツキはマル甲、もしくはそれ以上の存在なのですね。しかしミノリと同様にまだナービス、初心者なのでしょう。だからカンゴの声が聞こえなかったのです」
「ヒマリさんには聞こえたんですか? カンゴの声」
「ええ。ミノリ、さじかげんをおぼえねばなりませんね。心の壁は高ければいいというわけではありませんよ。針の穴ほどのすき間も必要です、善人の心を受けいれるためには」
「むずかしいですね。でも極端に壁のレベルをあげると、必要な情報まで遮断してしまうというのは今回、実感しました」
「──あの! あのさ!」それまで黙っていたショウが懸命に手をあげた。「マル甲どうしの上級談義もいいけど、今はそんな場合じゃないんじゃないの?」
「確かに。少し現実逃避をしてしまいました」めずらしいことにヒマリが赤面している。
「ヒマリさんにもそんなところがあるなんて意外です」
「責任をわけられる者がふたりもふえたせいでしょうね。ミノリ、ショウ。まずはどうすればよいと考えますか?」
「まずは……」口ごもるミノリに対し、ショウが断言した。
「まずは、外にいる人たちを中へ入れようよ。それが先決だよ」
「五百人くらいいたぞ。入りきらないだろ」
「ここの地下には広大なシェルターがある。昔、例の男が街を襲ったときにかくまってもらったコンクリート打ちっぱなしの大広間が。あそこならいけるよ、ね、ヒマリさん」
「そうですね。まずはひとりひとりと顔をあわせることが肝要です。暴動がおこる前に」
「わかりました。ボクがみんなを説得して、誘導します」
「私もいくよ! 今はきずものだけど、私はこれでも街の人気者なんだから」
「きずものとかいうな、ショウ」
「わかった。いずれにせよ、私が話した方がみんなも聞いてくれるよ」
「そうだな。じゃあ、いこう」
「了解!」
ミノリとショウは手をとりあって跳び、応接室から消えた。
「お願いします。新首長に首長夫人」ヒマリは深々と頭をさげた。
ショウとミノリの呼びかけに、人々は疑心暗鬼にとらわれつつも三列にならんで次々に屋敷内へと入館しはじめた。中には首長の安否を先に教えろとわめきちらす者もいたが、侍女であり側近のヒマリから全員にきちんと説明があると説得すると、暴れだすことなく列にくわわってくれた。
「どうせだったら、住民全部を集めた方がいいんじゃないか?」ミノリがいうと、ショウも同意した。
「そうだね。ミノリ、例の男がやったことをできるかい?」
「みんなの頭へ直接、話しかけること?」
「そう」
「たぶんできるけど、またあれが聞こえたらそれこそ混乱するよ」
「そっか……」
「シュンさんやポリーナさんたちに呼びにいってもらおう。病気やけがで動けない人も瞬間移動で連れてくればいい」
「わかった。兄さんたちに話して有志を集めるよ!」
「たのむ、ショウ」
「まかせな」
そういってショウが消えると、ミノリはひとりで地下シェルターへの誘導係をつづけた。五百人の音頭とりと引率はかなりの手間で、それなりに時間がかかった。広間に入ったら入ったで思い思いに行動されては収集がつかなくなる。やはり順序だてて、はしから床に腰をおろしてもらうことにする。そのうちにショウやシュンたちがもどり、ようやく0番街の住民たち全員の集結が完了した。けが人や妊婦にはイスを用意し、子供らにはお菓子をくばるなどして、少しでも不安感をもたせぬよう配慮した。
「ミノリ、壁は?」上座に立ったヒマリがたずねる。
「立ててます」かたわらにひかえたミノリがこたえると、ヒマリは集まった人々、ひとりひとりの顔を見わたしながら演説をはじめた。
「0番街のみなさん。さぞや不安なときをすごされていることでしょう。結果から申しあげます。水上カンゴの声明に間違いはありません。みなさんが愛してくれたジョエル首長は、先ほど他界いたしました」
群衆から悲鳴とも、怒号ともとれる叫び声と感情がうずまき、うねる。ヒマリは、命あるうず潮の中にただひとり立たされているかのようであった。
「そして明日の正午、水上カンゴは──もはや例の男などというもってまわったいい方で忌避をつづけているときではありません。水上カンゴはは次の0番街首長におさまると宣言しました。しかし私は思うのです。私たちの首長ジョエルが命がけで死守したこの街を、あの男にあけわたすなど──」
さめざめと泣く者や大きな声をあげていた者も、かたずをのんでヒマリの次の言葉を待った。
「──冗談ではないと!」
カンゴへのおびえや恐怖はもちろんある。しかしこのヒマリの力強い言葉に、集まった住民は熱狂し、歓喜の拍手をおくった。
「しかしながら、あの男がひと晩で五百人もの命を奪ったこともまた事実。目も耳もおおいたくなる事実。ただの侍女にすぎない私の一存でみなさんの生命を危険にさらすことはできません。その決定権をもつものは、この0番街では首長だけです。そしてその首長に水上カンゴは名のりをあげた。これを受けいれれば、みなさんの生死はあの男に握られることになるでしょう。まさにゆくも地獄、ひくも地獄。大切に育てた田畑や家畜、少しずつ大きくした工場や店、それらをすててまで街を去りたい方は今すぐ去りなさい。命をおしむことは恥ではありません」
しんとした沈黙につつまれる大広間。この街で生きる者たちは、誰ひとりとして無職の者はいない。それぞれにそれぞれがなりわいをもっている。どれほど小さな店舗や、大工のような職人であったとしても、ひとりひとりが信用と信頼をゼロから積みかさねた上になりたっている。そんなすべてをすてて逃げる? 逃げるのか、俺たちは。私たちは。そしてどこへ? なにをたよりに? 住民たち自身には、とても決められるはずのないことであった。
「みなさんにここで提案があります。ここにひとり、ジョエルが亡くなる前に新首長として指名した者がおります。明日の正午まで十五時間をきった今、私たちには論じている猶予は残されていません。ジョエルが選んだその者を暫定的にでも首長と定め、その者に首長としての判断をあおぎたい。私は生きるか死ぬかの判断をその者にゆだねたい。その判断を聞き、承服できかねる者のみがたち去るのがよろしいかと考えます。それでいかがでしょうか?」
「…………」青ざめるミノリ。そしてショウ。
人々の中から声があがる。それは誰なんだ? 首長は誰を選んだんだ──と。
「誰であろうと関係ありません! 肝要なのはジョエルの選択を信じるか否かです!」
ふたたびの沈黙。誰しもブーイング、うめき声ですらあげることができない。ミノリは思った。さすがは世界中のエムたちを牛耳っていたカエサルの妻であると。ヒマリは完全に住民の心を掌握することに成功していた。
「では私の提案に賛成の方、ご起立ください」
仁科タツトが最初に立った。つづいてシュンが、ポリーナが。かつて首長ジョエルにこの場所でかくまわれていたことで、命を救われた若者たちが次々と立ちあがった。そしてやがて、全員の心は決まったようである。病人などの立つことができない者は、手を高々とあげることで意志を表明していた。
「──ありがとう」ひとつ吐息をおとすヒマリ。「では、その者。みなに新首長としての名のりをあげなさい! それから、その妻となるべき人物も!」
「はぁあ!?」同時に声をはりあげたのはミノリとショウ。これで住民すべてにその者が誰なのかが判明した。当然のことながら、反発をおぼえる者もいたし、落胆する者もいたことだろう。おそらくは大多数の者が混濁したに違いない。ミノリもショウも、まだ十代なのだから。ところがであった、エトロフからきたアンデイ病患者たちの一団が大歓声をあげた! ミノリは彼らを迫害したクナシリの街をせん滅した若き勇者であり、ショウは彼らを救いだすために体をはってくれた、美しき女神なのである。
「ミノリ! ショウ! クビチョー!」R州の人々の、われんばかりの大合唱! これにのっかったのは、タツトらJ州の若者たち! 妹へのいきなりのミノリの妻になる発言で困惑ぎみであったシュンも、ポリーナのあと押しで太い腕をつきあげた! そして、自身の進退を決めかねていた住民たちが! 意味はよくわからないながらも、J州、R州、さまざまな州籍の子供たちまでがはしゃぎまわっている。水上カンゴへの恐怖心からくる開き直り、いわゆるヤケクソであるのかもしれないけれど、0番街はかつてないほどのもりあがりようであった。
「ミノリ、覚悟を決めなさい」ヒマリがささやいた。「ショウもね」
「私らの意思は……」つぶやくショウ。
「ドブにでもすてなさいな、そんなもの」ニッコリと微笑むヒマリ。
「そんな……どうする、ミノリ!」
「すてられません。そんなものでも、ボクは」
耳をつんざくような騒ぎがつづく中、ミノリはいいきった。
「ボクはショウが好きです。この気持ちをドブにはすてられません」
「ミノリ……」
「ショウが愛するこの街をボクは守ります。……いえ、間違えました。ボクたちで守ります。いいか? ショウ」
「──いいよ、ミノリ」ショウは、ミノリの胸をぐーパンチでなぐる。涙をにじませながら。
「けっこう。では宣言なさい、街の人々に。あなたがたの決意を」
ミノリもショウも、ヒマリの手のひらで踊らされていることには気がついていた。しかし──。
「0番街のみなさん。ボクは、ボクが、僭越ながら、前首長ジョエルさんから指名をうけました小久保ミノリです」
それまで大混乱であった広間が一瞬にして静寂につつまれた。暫定的であるとはいえ、いよいよ若き新首長の所信表明がはじまるのである。
「なりゆきでその妻になるらしい、金井ショウです」
そして顔の半分がつぶされているとはいえ、恥ずかしそうなショウの愛らしい姿に人々は目を細め、子供らは先生!と口々に叫んだ。彼女は、苦虫をかみつぶしたような表情で歓声にこたえる。
「……あ、その、妻のショウです」ミノリがいう。
「おい! まだ予定だろ!」ショウがどなると、笑いがおきる。
「ええと、あまり時間はありません。かしこまったあいさつははぶいて、どう明日の正午をむかえるべきか──あ! ヒマリさん! ヒマリさん!?」突然、話をとめたミノリがヒマリを見ると、彼女も青い顔をしてあわてたように瞬時に消えて、すぐに年代物のノートパソコンを手にして現れた。すかさずかけよるミノリ。
「なんだよ、ミノリ? どうした?」ショウがざわつく広間の人々を気にしながら、ミノリに声をかけた。初のあいさつで、それはないだろうと思いながら。
「ショウ、場をつないでおいて!」パソコンにケーブルを接続しながら叫ぶミノリ。
「なんだよ、それ? 場をつなげって、芸人か? 私は!」
「いいから!」ミノリとヒマリはパソコンの画面が立ちあがるのをイライラと待ち、そしてうつった動画に度肝をぬかした。ヒマリですら、ああと声をもらすほどの衝撃映像であった。その短い動画は何度か繰りかえし流れたが、突如、プツンと切れた。おそらくは強制的に消されたのであろう。切りかわった画面には「しばらくお待ちください」というテロップが流れている。
「ヒマリさん、今のはネットハッキングされた動画でしょうか?」
「おそらく。いよいよJ州そのものがぬきさしならない状況となりましたね」
「どうしたらいいんですか? こんなことをしたら、いくらあの方だって無事ではすみませんよ!」
「ミノリ、とりあえず全員に今の動画を見ていただきましょう」
「どうやって? 消されたみたいだし」
「切られる寸前の映像をキャプチャしました。ミノリは自分の見たものをほかの人間の脳へ送ることができましたね?」
「はい。できますが、今は壁を立ててるので同時には……」
「いったん壁はおろしましょう。動画のことはカンゴも知っているでしょうから、かまいません」
「わかりました」
「ではミノリはシェルターの右半分をたのみます。私は左を担当します」
「はい」
「おい、ふたりともどうしたんだ? ブーイングの嵐だぞ!」こまりはてたような顔でショウがうったえてきた。確かに大変なヤジがとんでいる。J州語やその他の言語で、早くも首長解任だ!などという声が聞こえてくる。
「みなさん! 聞いてください!」ミノリはなれない大声をはりあげるが、ただでさえ不安感に押しつぶされかけていた住民たちの憤懣は収拾がつかないようであった。ミノリは仕方なく、広場の後方、なるべく人の少ないあたりにむけて、特大の観念動力を一発、はなった! ドォン!という炸裂音とともに打ちっぱなしのコンクリート壁面に直径二メートルほどの大穴があいた。その巨大なパワーにあっけにとられ、目をまるくして黙りこむ人々。
「ミノリ、修理は自費でしなさいよ」ヒマリの軽い皮肉をうけ流して、ミノリはいった。
「──今から、みなさんの脳にイメージを送ります。一度しか送らないので、全員、見逃さないでください」
「なんなの、ミノリ」
「ショウは、ここで一緒に見よう。じゃあ、ヒマリさん」
「再生します」ヒマリがパソコンのキーを押すと、ショウはあっと口もとを押さえた。そこにうつっているのはJ州の象徴、ミカドのお姿であった。
『J州の民のみなさん。こたびのデモ行進や暴動、私は大変悲しく思っております。しかしこれら民の行動、すべてが飢餓や貧困に原因があること、これ間違いなきことであると私は理解しております。ミュートによるテロ災害があとをたたないという昨今の状況であることも掌握しております。しかし飢えと渇きに苦しむJ州の民に対し銃をむけ、あまつさえ虐殺せしめたるとはなんたる蛮行。本来、私は政治などのまつりごとに口をはさむべき者ではないことも承知しております。されど民の苦しみは私の苦しみである。私は私の命を賭して連合政府、および連合警察によるJ州の民への殺戮に意義を唱えるものである。民のみなさん、今は苦しいときであるが、ともにくじけず、ともに──』
ミカドの声明はここでシャットアウトされていた。ショウが泣いていた。大広間の年配者たちなどは号泣する者までいた。しかしR州人であるエトロフの患者たちなどは、ミカドの存在意義すらわからず、涙をにじませるJ州人を冷ややかな目で見ていた。ただバカなおじさんであるとしか思えなかったのである。今、コロニー内で反政府の立場を表明するなど、自殺行為でしかないと。
「ミノリ、壁を」ヒマリがミノリの肩をたたいた。
「はい」ふたたび壁を立てたミノリは、さめざめとした泣き声の聞こえている広間を見わたした。0番街も危機的な状況であるが、0番街とてJ州のひとつの街であることも事実である。人間の街とエムの街という違いこそあるのだけれど。そしてそのJ州のもつアイデンティティはミカドあってのこと。どうする?とミノリは思う。亡州の危機にひんしているのに、こんな小さな街で水上カンゴといがみあっている場合なのか? ボクは……。
「ミノリ、私もJ州の女。気持ちはわかります」
「はい……」
「しかし残念ながら、カンゴは待ってはくれませんよ。あれはJ州人としての誇りなどもちあわせていない男なのだから」
「…………」
「今は州を憂う前に、目の前にいる女だけを思いなさい」
「…………」
「その女の家族や、友、仲間を思いなさい。約五百人の生命があなたの判断に左右されるのですよ」
「重いですね……」
「このていどの重さにたえられない者が、世界に、J州に対してなにができるというのです?」
「なにもできません」
「当然です。ならばあなたはどうします?」
「今、ボクにできることをするだけです」
「けっこう。では、いきなさい」
「はい!」
ミノリはうなだれているショウの肩をだいて、ふたたび上座へと立った。
「──みなさん、聞いてください!」ミノリがどなると、広間は一瞬にしてしずまった。先ほどはなった観念動力の記憶がさめやらないのである。あれだけの破壊力の力をもつエムを、0番街の住民は水上カンゴのほかに誰も知らないのである。
「ミノリ?」どうするの?というショウのつぶやきに、うなずくミノリ。
「ミカドの御心はみなさんに伝わったことと思います。あんなことをしたらご自身の身が危険であることをご承知の上でなされた行動であると、ボクは思います。ですからボクたちも、その御心にそわねばなりません。それはボクたちが、コロニーの外ではあるけれど、このJ州の地に生きるボクたちが蹂躙されないことにあると思います。だから水上カンゴという強大な敵に対し、ボクは、ボクとショウは戦いを挑みます!」
「──え?」戦いを挑む? ぼうぜんとミノリを見るショウ。そして聴衆の人々。
「怖いか? ショウ」
「ぜんぜん。……ちょっとビックリしただけ」
いいながらショウは、ミノリへ不意うちのようにキュッとキスをした。
「……ボクのほうがビックリだよ」
「すきだらけだよ、ミノリ……そんなんで水上カンゴに勝てるのか!?」
ぅおおおお! けっして意図的ではない、ふたりのパフォーマンスに熱狂する住民たちが立ちあがった! ミカドが、そしてJ州0番街の新首長が今、立ちあがったのだ! こうしたイベントにうえていた0番街在住の欧米人が、やんややんやの喝采をおくる。むろんエトロフからの患者たちも大騒ぎである! そうだ、戦うのだ! もともとの住人であったJ州の民も叫んだ! 例の男にこの街を蹂躙させてなるものか! この街は我々が守るのだ! 今、ようやく住民の心はひとつになった! ミノリとショウ、ふたりの若き象徴を旗がしらとしてかかげることで。
「みなさん……」ミノリがいうと、今度こそ敬意をもって静粛さをとりもどす大広間。誰もが、新首長の次の言葉を待った。「みなさんの中で瞬間移動能力をもつ方、すぐにボクのところに集まってください。ただし力は使わないで徒歩でお願いします」いっせいに跳ばれたら、激突事故が多発するであろう。「順にならんで、二十人ていどのグループになってください!」ミノリの意図が不明ながらも、整列する瞬間移動の使い手たち。ショウは、整列の指揮をとりはじめたが、彼女もミノリがなにを考えているのかわからない。列についた者たちは老若男女、総勢約二百名ていどであった。
「それで、どうするんだ?」先頭にならんだショウがたずねる。
「一列目の二十人の人、ボクをかこんでください。できるだけそばによって。ショウもたのむよ……あ、ヒマリさんはいいですよ!」
「そうはいきません。なにをする気なのかは知りませんが、新首長の言葉にはしたがいます」そういって、ヒマリは二十一人目としてミノリのそばに立った。
「ヒマリさんにいわれると皮肉にしか聞こえませんよ……でもだめです。ボクの代わりに壁の方をお願いします」
「そうでしたね。では、そういたします」
「ほかのみなさんは、少し待っていてください! すぐもどるので」ミノリは観念動力で二十名、全員をかかえあげると瞬間移動して、その場から消えた。
「すごい……二十人、いっぺんに運んだぞ! あの子、普通じゃない!」整列していた者たちから驚愕の声があがる。
「マル甲なのか……もしかしたら本当に例の男とやりあえるかもしれない!」そういった中年男の尻を軽くけりあげるヒマリ。
「例の男などというもってまわった呼び方は、もう許しません! 水上カンゴと戦うと宣言した首長を愚弄する気ですか?」
「いやぁ……申しわけない。そんなつもりはありません」薄い頭をなでて、頭をさげる中年男。
「ほかの者も聞きなさい! 首長が判断したからには水上カンゴは0番街の敵! 敵の名もいえないようでどうしますか?」
「でもヒマリさん! 俺たち勝てるんですか?」誰かの声。
「あいつは、今ここにいる人間と同じ数をひと晩で殺した男ですよ!」別に声があがる。当然かもしれない。勢いづいて戦おうなどと叫んではみたものの、誰の心にも深く、すりこまれているのである。水上カンゴへの絶対的な恐怖心が。
「最初にいったはずです。去りたいものは、去ってもかまいませんと。ここに残る資格のある者は首長を信じ、この街を守りたいと願う者だけです!」
押しだまってしまう住民たち。街を、家族を守りたい気持ちがない者などひとりもいないのだ。しかし、そのことと戦うことは、彼らにとっては別次元の話なのであろう。
「参考ていどにお話ししますが、ミノリ、いえ首長は、クナシリの街をひと晩ではなく、一瞬で全滅させましたよ」
おおー!と歓声があがる。むろんエトロフの患者たちである。だがしかし、他の人々はふるえあがっているようであった。ミノリが街にとって新たな脅威となるかもしれないという恐れをいだいたのかもしれない。今、彼がなにをしているのか、どこへ跳んだのかもわからない状況なのだ。
「しかし首長は今でも、あの行為をくやんでいます。街のみなさんのあと押しがなければ、今回、力をだしきれない可能性はありますね……」
そのときミノリと、ショウをふくめた二十人が瞬間移動でもどってきた。
「お待たせしました! 次の列の──あれ? なにかありました?」広間にたれこまれた重苦しい空気に、ミノリは気づいた。
「首長、みな不安なのです。あなたがなにをしようとしているのかを説明願えますか?」
「ああ、はい。じゃ、ショウ。しばらくたのむね」
「わかった。みんないくよ!」そういってショウが、後列にならんでいた少年の手をとると、帰ってきたばかりの十九名も残りの十九人の前に立ってその手を握り、やはり瞬間移動して消えた。
「では説明を」ヒマリがうながしてくる。
「はい。瞬間移動のできる人たち全員にいき先である村の場所を一度、確認してもらったうえで、明日の正午までに街の人すべてに避難してもらいます」
「村とは?」
「ボクの友達であるコリンさんが住んでいるU州の村です。彼らは水上カンゴにうらみをもっているので、事情を話したらこころよく了承してくれました」
「えええ!」と群衆の中で声をあげたのはカズヨであった。
「先生、大丈夫です。女性に手だししないよう、少々きつくいいふくめましたから。でなきゃボクだってショウをいかせられません」
といっている間にショウたち四十人が帰ってきた。そしてものもいわずに、次の四十名を連れて跳びさる。
「全員を避難させて、それで、どうするつもりですか?」ヒマリにも意外だったらしく、いささか声がうわずっている。
「カンゴと戦うのはボクひとり。ショウ、それからヒマリさんには立ちあいをお願いします」
ヒマリがなにかいう前に人々から怒声がとんだ! やめろ! 相手は何十人もいるんだぞ! 殺されるぞ! いくらなんでもそんなの無謀だ!
「シュンさん、いますか!?」激しくとびかう怒号の中でミノリが精神感応とともに呼びかけると、シュンが立ちあがった。
「あ……ああ。なんだミノリ」
「ショウには指一本ふれさせません。必ず無事に帰します。だから安心して待っていてください」
「お、お前……ひとりで……」
「くるなといってもショウが聞いてくれないので、立ちあってもらうことにしました。シュンさん、すいません!」
「本当にひとりでやるのかよ!」シュンの全身全霊の絶叫に、静まりかえる大広間。
「そのために首長さんとヒマリさんにビシビシきたえられたんです。ボクがやられたら、コリンさんの村を新たな0番街として復興させてください。で、次の首長にはショウを推薦しときます。土地は変わっても住む人がJ州の心を忘れなければ、そこはJ州0番街ですから」
「ミノリ! 俺も戦うぞ! 丁種にだって意地くらいあるんだ! お前ひとりにやらせられるか!」シュンが涙ながらにどなると、大きなうねりのように賛同の声があがりはじめる。たかぶったり、へこんだり、感情に流されやすい彼らの州民性に、ヒマリは頭をかかえていた。そしてひとりで戦うというミノリの判断は正しいと思わざるをえなかった。ここでまたもどってきた一団が勇ましく声をあげている次の八十名を無理やり引っぱって、U州の村へと跳んでいく。
「シュンさん、みなさん! みなさんは先ほどのミカドのお言葉を聞かれましたよね? もしあの方になにかがあれば、二千年以上の歴史を誇るJ州そのものがうしなわれてしまう。もしそんなことがあれば、コロニー内のJ州人が立ちあがるでしょう。みなさんの命はそのときまで、コロニーの人々とともに戦うときまで、とっておいてください! これはボクひとりの考えではありません。さっきコリンさんの村でショウと話しあって決めたことです。これが実現すれば、首長さんの夢であった人間とエムの共生、その第一歩となるに違いありません!」
「お前は死んでもいいのかよ! 妹を未亡人にする気か!」シュンが叫んだ!
「……死にませんよ。死んだら殺すとシュンさんの妹に脅されましたから」
「いらないことはいうな!」もどってきたショウはひとこというと、瞬間移動能力者に指示をして、最後の四十数名を跳ばせ、そしていよいよ、騒然としている瞬間移動のできないエムたち約三百名の連れだしに着手した。ミノリは笑顔で彼女らを見送っていった。
「いいペースだ。これなら正午までかからずに避難は完了するな……」
「新首長にお聞きします!」声をはったのは、シュンをささえるように立つ飯田ポリーナであった。彼女もまた、泣いていた。
「……はい」
「本当に生きて帰ってくるんですね?」
「はい」
「それは、あの水上カンゴを倒すということですか?」
「──それは、わかりません」
「だったら死ぬじゃないですか!」
「死にません。負けたら申しわけないのですが、街は奪われてしまうし、首長さんみたく車イスになってしまうかもしれません。でも死にません。ボクはボクの神に誓いましたから」
「あんたの神は生きた心地しないね!」またショウであった。そしてまた、話のつづきを聞きたがる住民たちの約半数を引きつれて跳んで消えた。
「……それにもしやられても、カズヨ先生が助けてくれるから。ねぇ、先生!」
「まかせろ!」号泣しているカズヨがこたえる!
「わかりました。最善をつくしてください、首長……」ポリーナはつぶやいて、シュンの胸に顔をうずめた。
そして、数分後。ミノリはいったん、シェルターの大広間にヒマリとふたりきりとなった。住民の避難が完了したのだ。
「それで?」ヒマリがいった。
「はい?」
「どうするつもりですか?」
「はい。時間まで手わけして、できるだけ多くの食料や家畜、植物の種や機械に道具。薬品なんかを村へ運びます。もちろんカンゴに気取られないよう、ボクが壁を立てて──」
「そんなことを聞いているのではありません!」
「…………」
「あなたはまだ、死にたいのですか? 水上カンゴと刺しちがえる気なのですか?」
「いえ、死にたくありません。ボクはまだ死ねないです」
「……ならば、けっこう。それからもうひとつ」
「はい」
「せっかく秘密裡に住民の避難を完了したというのに、カンゴの前にショウを連れていけば……」
「避難場所やなんか、全部バレますね」
「わかっていながらなぜ、そのような危険をおかすのですか?」
「ヒマリさんがショウの周囲に壁を立ててくれれば大丈夫です」
「……それは命令ですか?」
「いえ、お願いです」
「首長としての命令でなければ、私はいきません。それからミノリ、訂正をなさい」
「はい?」
「ジョエルは前首長。今のJ州0番街、首長はあなたです。発言は正確にお願いします。気になって仕方がありませんでした」
「……はい。では、0番街首長として、ヒマリさんに命じます。明日はショウをたのみます」
「ひきうけました」
ヒマリは、万感の思いでミノリを抱きしめた。
(つづく)
はげみになりますゆえ、ブックマークと感想などをよろしくお願いいたします。
当サイトにて、二作品を公開中です。お読みいただければ幸いでございます。
『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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