第二章 ミノリとショウ 32
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宮下サツキは、自身がヤタ区画から救いだした虫歯だらけの子供たち数人を、カズヨの病院の談話室で遊ばせていた。かたむきかけた西日に照らされ、子供相手に無邪気な笑顔を見せる彼女を、病気のせいでむくみや隆起がはじまっているとはいえ、美しいとミノリは思った。
「ミノリさん!」女の子から顔をあげたサツキが声をあげる。「ショウさんが突然、退院してしまって。ミノリさん、なにか知りませんか?」
「元気だよ、ショウなら……」入り口のドアのあたりに立っていたミノリは、返事をかえしながらサツキに近づいていく。
「そうですか……よかった」両手を胸の前で組みあわせて、涙を薄くにじませているサツキ。
「そうだね……」ミノリはまよっている。本当にこの女性が首長の寿命を縮めたのか? ヒマリの予知をねじ曲げたのか? そしてショウの顔半分を壊したのか? そんな疑惑を幼い子供らの前で切りだすこともためらわれた。
「どうかしました? ミノリさん」
「……うん。この子ら、サツキさんが助けたんだって聞いて、すごい勇気だなぁと思ってさ」
「え! 首長さんたちに聞いたんですか? いやだなぁ」いやだといいながら、顔を赤くして体をくねらせるサツキ。
「嬉しそうだね?」
「そうですか? ほめられたから」
「いってくれればよかったのに」
「だって大したことじゃないし……」
「大したことだよ、エムのコロニー侵入は。いつだって命がけだよ」
「あ……はい、そうですよね、確かに。でも私、無我夢中だったから……」
「子供のために夢中になれるのは勇気があるってことだと思う。だけど、そうだったとしても高い能力がなければ生還は不可能だよ。とてもね」
「ミノリさんみたいにですか?」
「いや、水上カンゴみたいにだな」ミノリがその名を口にしても、子供らは気にせずにサツキにじゃれている。J州語がわからないからと、街にきてまだ日が浅いせいであろう。
「私、ああした人みたいな大それた力なんてありません。ミノリさんと初めて会ったときだってクナシリの中毒患者たちに襲われて、私はただ逃げまわるだけだったじゃないですか?」
「そうだったね」ただ、あんなものは演技かもしれない。そう思ってしまうミノリ。
「──私、なにか疑われてますか?」
「そうだね」
「どんなことをでしょう?」
「それは……たとえば……」言葉につまるミノリ。彼こそ真実を知る勇気がもてないのである。もしもサツキがショウの顔を壊したと認めたならば、彼は冷静でいられる自信がないのである。0番街への転入が認められたとき、生前の首長に彼は誓った。思考停止におちいってはならない。つねに最善を考えつづける。力の暴走など二度とおこさない。しかし、自殺まで考えるほどにショウを追いこんだ人間を目の前にしたとしたら……。
「たとえばどんなことでしょうか? ミノリさん」
「たとえば──」
そのとき、周囲にいた子供たちが突然、いっせいになにかにおびえたように瞳をふるわせ、耳をふさいで泣きはじめた。そして、病院内のあちこちからも悲鳴や叫び声が聞こえてきた。
「ど、どうしたの!? みんな!」サツキは泣きわめく子供らを前に、おろおろと抱いてみたり、背中をさすったりしている。
「話はあとです! サツキさん、子供たちをお願いします!」なにがあった? ミノリは談話室をとびだした! そして廊下にでると、エトロフからの入院患者たちの多くが恐怖にゆがませた顔をして、やはり耳をふさぐようにしている。
「どうしたんです!?」ミノリが聞いてもR州語であるうえ、あわあわとするばかりで要領をえない。くそ! ミノリは診察室へと走る! カズヨかポリーナがいれば話を聞けるかもしれない!
街の人々のパニックの方がすごかった。通路の窓ごしに、それほど多くない通行人たちを見たミノリはそう感じた。誰もかれもが絶叫に近い金切り声をあげていた。
「カズヨ先生!」ノックもそこそこに診察室に入ったミノリが見たものは、涙をうかべながらふるえるカズヨと、腕をけがして治療にきていたらしき街の中年男性。彼もまた、おびえきったような顔でぼうぜんとしている。
「ミノリ……どうしよう? どうしよう!」ガチガチと上下の歯をならしながら、カズヨがつぶやく。
「カズヨさん! どうしたんです、なにがあったんです?」
「あんたの頭には響いてこなかったの? あの声が!」
「声?」
「例の男が0番街に宣言したのよ! 首長の死にともない、街を占領するって!」
「なんですって! ほかにはなにを!」
「明日の正午、街の広場に全員集まれ。そこで新たな0番街首長として声明を発表する。こない者や抵抗する者は、その家族もふくめ、すべて抹殺する……あの男はそういったのよ! なんであんたには聞こえなかったの? あんなに強烈な精神感応が!」
「……早すぎる」カンゴの動きが早すぎる!
「あの首長が死んだなんて信じられない! 嘘に決まってるよ!」床にふして泣くカズヨと、ない、ないと叫びつづけている中年男。
「…………」サツキだ! ほかに首長の死を知る者はいない! ミノリは直感した。
談話室へと跳んだミノリは彼女の姿をさがしたが、室内には夕日に照らされた虫歯の子供たちがいるばかりであった。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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