第二章 ミノリとショウ 31
31
「お話はおわりましたか?」寝室から応接間へともどってきたふたりに、ヒマリが声をかけた。いまだに周囲へと壁を立てつづけているからなのか、それとも首長の死が近づいているせいなのか、精気が失せたようなうつろな目をしていた。
「ヒマリさん、壁ならボクが立ててますから少し休んでください」ミノリがいうと、ショウは彼女の腕を引っぱった。
「だめだよ、休ませない。ヒマリさん、首長のそばにいてあげてよ。最期までさ」
「……そうね。そうさせてもらいます、ありがとう」
「ヒマリさん、その、はっきり聞くけど、首長はあとどのくらい生きていられるんだ?」
「はっきり聞くのね、ショウ。そう、もって三時間というところかしらね。ただ、私の予知能力は最近あてにならない……J州コロニーでの州民弾圧も、ジョエルの容態急変ですら予見できませんでしたから」
「やはり誰かが予知を妨害しているのしょうか?」ミノリのヒマリへの質問に、驚くショウ。
「妨害? 予知の妨害って?」
「ショウ、あとで話すよ。ヒマリさん、やっぱり心あたりはありませんか?」
「考えられるとすれば水上カンゴぐらいですが、彼は私の能力については知らないはずです。すべてはカエサルの祖父、ジョエルの力であると信じているから」
「ほかにもカンゴなみのエムがいるということですか? それも、0番街と敵対する立場の」
「わかりません……しかもその力はエトロフにまでおよんでいた可能性まである」
「はい。そっちと同一人物だとすると、やはりカンゴは違いま──」
「ミノリ! いったんヒマリさんを解放しろよ! あと三時間しかないんだぞ!」
「あ、そうだね! ヒマリさん、すいません」
「いいえ。ではミノリ、お話のつづきはあとにさせてください」
「ヒマリさん、ボクらここにいますから。壁を立てつづけてますから。安心して首長さんと……」最後の時間をとは、ミノリにはいえなかった。
「ええ。たのみます」
首長ジョエルの母であり、友であり、恋人であるヒマリは音もなく応接室からでていった。
「三時間……少ないね。少なすぎるね……」ヒマリの後ろ姿を見おくったショウが片方の目から涙を落とす。「首長、三十三か……ヒマリさん、三十三年も首長を見まもってきたんだね。本当のことをみんなにかくしてさ」
「首長もね。強い人たちだ、心から尊敬できる人たちだ」
「うん」
「ショウ」
「うん?」
「0番街にさそってくれて、ありがとう。すごい人たちに会わせてくれて、ありがとう」
「なんだよ、今さらかよ!」目もとをぬぐいながら笑ってみせるショウ。しかし、彼女の涙はとまらない。とめどもなく流れつづける。泣かないと誓ったミノリは、懸命にこらえた。今、泣いたら、こんなときに泣けば、それこそ首長やヒマリを落胆させてしまうであろう、そう思って必死にこらえた。そして彼は、ショウのふるえる肩をそっと抱いた。
「おい! いくら首長にいわれたからって、その気になってんじゃないよ!」ボロボロとわきでる涙で頬を濡らしながら、わめくショウであったが、肩におかれたミノリの手をふりはらったりはしなかった。
「首長さんにいわれたからじゃないよ……ショウ」
「うるさい!」
そしてショウは泣いてはいても、ヒマリの予知を妨害してきた者の存在についてを、ぬかりなくミノリへとたずねてきた。
二時間半がすぎたころ、憔悴しきった表情でヒマリがもどってきた。そして静かに首長が息をひきとったことをふたりに伝えた。とたん泣きくずれるショウ。その背中をさすりながら歯をくいしばるミノリを見て、ヒマリは薄く微笑み、そしていった。
「ジョエルの死はしばらくふせます。いずれ漏れることとなりましょうが、今は時期が悪い。元J州民である街の住人は、あの暴動と弾圧ですでにパニックをおこしかけていますから」
「そうでしょうね。コロニーに家族のいる人もいるでしょうし」もし母が生きていてコロニー内に住んでいたとしたら、ミノリはくるわんばかりになっていたことであろう。
「そしてカンゴもJ州との取引がとどこおっていることで、気がたっていることでしょうしね」
「タイミングは最悪ですね……」
「──ちょっとふたりとも! 首長が死んだってのに、なんでそんなに冷静でいられるのよ!」立ちあがって、泣きながらどなるショウ。
「あなたがたがいるからですよ、ショウ。ジョエルの意志を受け継いだあなたがたが」
「…………」
「ジョエルからそう聞きましたが? 彼の思いは伝わらなかったのですか?」
「……いえ。すみません」涙をふいて片目をあげるショウ。「私とミノリは鉾と盾、首長の0番街を守ります!」
「いい子ね」ヒマリはショウを抱きしめた。やはりこみあげそうな嗚咽をこらえながら。彼女は三十年以上、ずっと涙をこらえつづけているに違いない。だからミノリも決意を新たにする。彼は次期首長を託されたのだ。これはたんに0番街だけの問題ではない。ヒトとエムが共生できる世界に近づくために、カエサルのあとにつづく者へ近づくために。そしてなによりも彼の神様が笑っていられる世界をつくるために。ミノリは決意を新たにした。
「ヒマリさん」
「なんです?」
「今は首長さんの死を公表すべきときではない、これには賛成です。ただ問題があります」
「ショウですね?」ヒマリは胸に抱いているショウを見る。
「はい」
「なんで私が?」不満そうに顔をあげるショウ。
「ショウの心の壁は水上カンゴには通用しないからだよ」
「──あ」口もとを押さえるショウ。もしも彼と顔をあわせるようなことになって思考と記憶を読まれれば、瞬時に首長の死は見ぬかれてしまうだろう。次の首長に指名されたのがミノリであることも。
「仮に会わないように逃げてまわったとしても、むこうがその気なら遠方からでも読むのは簡単だろうし」千里眼を併用すれば可能のはずである。だからカンゴは、入院中の彼女が死にたがっていることを知ったのだ。
「で、でも、私なんかもう気にもしてないよ! だってほら、アグリー・ショウなんて呼ばれたくらいだし!」
「ジョエルとの会話の記憶を消すしかありませんね」ヒマリは恐ろしいことをいいだす。
「記憶を消す!? ヒマリさん、やだ! やだよ私! おかしいよ、それ。首長の意志を受け継いだ意味なくなるよ!」
「そうですね……私もそう都合よく、ジョエルの死だけをピンポイントで消去することはできませんし」
「絶対やだ! 首長の最後の言葉なんだ、忘れたくない!」
「ボクも反対です」ミノリがいうと、ショウはうんうんとしきりにうなずく。
「でもミノリ、私やあなたが四六時中ショウの周囲に思念の壁を立てつづけることはできませんよ」
「そうですよね……」
「いずれ長くはかくしておけません。ショウはなるべく表だっては動かぬように」
「わかりました……」ホッと胸をなでおろすショウ。
「実はもうひとつ問題が……」
「なんでしょう?」
「なんだよ、ミノリ!」まだあるのかよ!と不安いっぱいのショウが叫ぶ。
「サツキさん、首長に細胞活性能力を使ったそうですね?」
「え? ミノリ、なんの話ですか?」実に意外そうな顔をするヒマリ。
「ヒマリさん、知らないんですか?」
「知りません……」ぼうぜんとしてこたえるヒマリ。「それで? 話をつづけなさい」
「どういうことなんだ。ショウ、首長さんいってたよな?」
「いってた。私らと話をするためにサツキに力を使わせたって」
「それでショウだけじゃなくて、サツキさんも首長さんが死ぬことを知っているかもしれないと思ったんですが……ヒマリさんが呼んだわけじゃないとすると、首長さんはどうやって彼女を呼んだんだ? 寝たきりだったのに」
「サツキも予知したとか? それで瞬間移動で──」ショウがいうと、ヒマリは即座に否定した。
「彼女に予知能力はないし、それにこの屋敷に入って私が気づかないわけがありません」
「サツキさんは今どこにいますか?」ミノリはかつて彼女に疑念をいだいたことを思いだしていた。「本人に聞きましょう」
「カズヨの病院です。エトロフの患者たちと入院しています」
「ボクいってきます」
「私もいくよ!」ショウがいうと、ミノリはポンと彼女の頭をたたいた。
「動くなっていわれたばっかだろ?」
「そっか……」舌うちするショウ。
「ミノリ、待ちなさい」ヒマリは苦渋に満ちた表情をしていた。
「はい」
「以前あなたは、クナシリの子供たちが自力でコロニーから逃げられたはずがない、だからサツキは嘘をついているのでは? そう疑いましたね」
「はい……」
「結果的にサツキは、ミノリの考えたとおり嘘をついていました。しかしその嘘に悪意はありませんでした。瞬間移動能力を使った彼女が、ヤタ区画で処分されかけたエムの子供らをたびたび救出していたのです」
「彼女、そんなことを? いいことしたのに、どうしていわなかったんだ。それにサツキさん、丙種なんじゃ?」
「瞬間移動に関してはムラがあるようです。できたりできなかったりで。だからクナシリの街に子供たちが少なかった。そのことを彼女は恥じていました、安定した力のない自分自身を」
「だからかくしていたんですか?」
「ジョエルと話しあい、私たちはそう結論づけました。自分のした善行を他人にひけらかすタイプの人間ではないと。自尊感情の低い娘なのだと」
「わかりました。それをふまえたうえで彼女に──」
「違います」
「は?」
「今思えば、予知も千里眼ももたないエムが、どうやって処刑寸前の子供がコロニーにいることを知ることができのか? 疑問が残ります。なぜ私はそこに気づかなかったのか……」
「確かに……」予知ばかりでなく、思考までねじ曲げた? ありえないことだとミノリは思うが……。
「それから、ミノリとカズヨがアンデイ病の薬を調達してくるまでサツキは、この屋敷で保護していました。かつて水上カンゴと顔見しりであったから危険だと考えて」
「はい」
「そうなんですか!」初耳のショウは、例の男とサツキが知り合いであったと聞いて仰天してしまう。
「ときおり自由をあたえ、街を歩かせ監視しましたが、カンゴは現れませんでした。それで看護施設の整うカズヨのところへいかせることにしたのですが……サツキがきてからなのですよ。私の予知がくるいはじめたのは」
「──ショウがエトロフで負傷したときも、彼女は一緒だった!」
「え? ヒマリさん、ミノリ、どういうこと!?」話の見えないショウは、あたふたと右目をおよがせる。
「そして、エトロフの患者たちにアヘン中毒の者などいないと断言したのもサツキでした。ミノリ、すべては憶測。ですが心してかかりなさい」
「……わかりました」そしてミノリはカズヨの病院へと跳んだ。おろおろとするばかりのショウの顔面、その壊された左側に指先をはわせるヒマリ。
「ヒマリさん?」
「ごめん……ごめんね、ショウ……」
「ヒマリさん、どうしたの? ねえ、どうしたんだよ? ねえ……」
(つづく)
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