第二章 ミノリとショウ 30
30
「ヒマリさん、首長さんの具合は!」跳んでもどるなり、声をはるミノリ。
「首長!」同時に跳んだはずなのだが、数秒、遅れてショウも現れた。
「ミノリ、ショウも、急なことで申しわけありません」ぐったりとしてイスにかけたままのヒマリの顔色は、蒼白に近くなっている。彼女も動揺をかくせないようだ。
「それで首長さんは?」
「寝室で、ふたりを待っています。いっておあげなさい」
はいと返事したミノリとショウは応接室をでて、これまで入室を許可されたことのない首長ジョエルの寝室へと歩きだす。不安や恐れでいっぱいのショウが、そっとミノリの片手を握ると、ミノリも握りかえした。
「ふたりとも、よくきてくれた」
ノックをしてミノリとショウが寝室へ入ると、首長はベッドから半身をおこして笑顔でむかえてくれた。とても苦しそうにはしているが、彼の赤い瞳には一片のくもりも感じられなかった。
「首長さん……元気そうじゃないですか」ミノリがいうと、ショウもうなずいてみせる。
「そうだ、元気そうだ。ヒマリさん、大げさだなぁ」
「ミノリ」
「はい」
「ショウ」
「はい」
「ヒマリの見たてでは、私の命はあと数時間でつきるようだ」
「そんな──」
「だまって聞きなさい。彼女の予知がはずれるのならそれもよしだが、あたった場合、話しておきたいことを伝えられず、無念の死をむかえることとなってしまう。それはかんべんしてほしい」
「わかりました……」
「でもヒマリさんの予知、はずれますよ。たぶん」顔の片側だけで笑ってみせるショウ。
「その傷、すまなかったな、ショウ」
「そんな……首長のせいじゃないです」
「まあ、実はそうなんだ。私のせいではない……私がマル甲であるというのは大嘘だ。水上カンゴと戦って街を守ったのはヒマリ、彼女だ。やつにも気づかれることなく、まるで私が力を使っているように見せかけたのだ。実に巧妙な戦いぶりだったよ」
「──ぇえ!?」悲鳴ともつかない叫び声をあげるショウ。
「カエサルの祖父であるという話な、あれも嘘だ。カエサルに傾倒しているカンゴへの抑止力としてはうまい嘘であったけれどな。これを予知して私がカリスマ首長となる提案をしてくれたのもヒマリだ。ミノリは……気づいていただろう?」
「うすうすとは……」
「いつからかな?」
「初めから違和感がありました。なぜボクらに言葉を伝えるとき、ヒマリさんを媒介者にしたのだろうって。首長さんがマル甲なら直接、脳に話しかけられるはずなのにと」
「なるほど」
「それに首長さんはひとりのとき、腕を使って車椅子のタイヤを動かしますが、ヒマリさんが一緒のときは車輪はまわらず、すべるように移動します」
「いいぞ、ミノリ。そのくらいのことを見ぬけないようではこまる」
「…………」見ぬけなかったショウが顔をしかめる。
「そして自覚するんだ、己の力を。ヒマリも驚いていたぞ」
「なにをですか?」
「私がよんでいること、ヒマリはショウへ伝えただろう? なぜだと思う?」
「さあ……」
「もう彼女の精神感応では、ミノリの頭の中には入れなかったからだそうだよ」
「そうですか」ミノリ自身ももちろん驚いていたが、これはショウにとってはショッキングな話であった。エムとしての能力の差がそこまで開いてしまったのだ。私の方こそ自覚せねばならない、ショウはそう思っていた。
「……あの首長さん、こんな話、まずいのでは?」カンゴに聞かれているかもしれない。
「今のところ問題ない。ヒマリの思念がこの寝室を壁でおおっているからな。これまでも、これからも。でないと内緒話もできないだろ?」
「でもヒマリさん、弱ってましたし……」ショウが負傷することも予知できなかった。
「ならばミノリ、お前がこの部屋へ壁を立てなさい。できるはずだ」
「わかりました」目を閉じて集中するミノリ。
「そんなことまでできるの? ミノリ……」口もとに手をあてて、さらに目をみはるしかないショウ。
「やらないとヤバいでしょ?」そういって笑うミノリ。「──できました首長さん」
「ありがとう。では話をつづけよう。ミノリ、カエサルの理念は話したな?」
「はい。ヒトとエムの共生です」
「そうだ。カエサルは道なかばで倒れたが、その意志を私とヒマリが継いだこと、それは嘘ではない。ヒマリはカエサルの内縁の妻だったのだ」
「そうなんですか……」以前、彼女が冗談めかして話したことは事実であったのだ。ミノリもこれには驚いてしまう。
「そして私は、ヒマリの子宮で育てられたカエサルのクローンだ。失敗作のな」
「クローン!」同時に声をあげるミノリとショウ。
「ミノリ、動揺して壁をくずすんじゃないぞ」
「は、はい。大丈夫です。あの失敗作って……」
「実は私は、まだ三十三歳なのだが、とてもそうは見えないだろ? 色素の欠如で目だってこんな色だし、もともと長生きはできない体なんだよ」
「は、はぁ……」
「おかげで失敗作の私は、カエサルの息子でも父でもなく、祖父にされたというわけだ」
「だけど、カエサルやヒマリさんはなんで……」
「カエサルの方に問題があって、あのふたりには子供ができなかったのだ。しかし人類とエムの共生できる世界を目ざしたふたりは、どうしても子供がほしかった。世界をたばねる才能をもつエムの誕生を願ったのだ。なにせマル甲同士の子、可能性は高いだろ? 親の意志を継ぐ、超がつくほどのマル甲が生まれても不思議ではない」
「でも、エムには血縁者による遺伝はないはずです」
「うん。しかしそれは連合政府の見解だろ? まあ、ふたりの願い、願望みたいなものもあったのだろうね。ところが、子づくりがうまくいかないふたりは、そこでクローンにしてみたわけだ。複製ならばせめて力と心をうけ継げるだろうから、未来にはつなげられると考えたのだろう。だが、これも失敗だった。私はただの染色体異常の丁種にすぎなかった」
「ひどい……ひどいよ、ヒマリさん!」怒りをあらわにするショウ。「そんなことで人を造るなんて、あっていいわけがない!」
「そうだね、ショウ。その考えは正しい。いくらよりよき世界を構築するためだといわれても、容認はしにくいな」
「はい……できません!」
「しかしコロニー内ではあい変わらずエムは、ミュートと呼ばれ迫害されつづけているし、水上カンゴはエムの女子供を世界中で売買しているよ。ほかにもそんなやつはいくらでもいるだろうね。それから今、我々の愛する神州、J州そのものが存続の危機にひんしているそうだね。これをどう考える? ショウ、カエサルやヒマリがよりよき世界を目ざしたのは間違いだろうか? 差別や人権侵害を廃した世界を目ざしたふたりは、間違っていたのかな?」
「それは……」こたえられず、目をふせてしまうショウ。
「私はね、捨て石でかまわないんだ。ヒマリを憎むこともうらむこともできないよ。心から彼女を愛しているからね。なにせ私はカエサルの複製だから……」
「…………」
「ヒマリは私の母であり、侍女であり、保護者であり、教育者であり、恋人であり、よき友人だった。どうか私が去ったあとも、彼女をささえてやってほしい」
「ねえ!」目をあげずにどなるショウ。
「なんだろう?」
「それだけベラベラしゃべれるんなら、まだ死なないよ。ピンピンしてるじゃないか!」
「ははは……また、ヒマリの予知がはずれるのかな?」
「最初からそういってんだろ! 首長!」
「まだ首長と呼んでくれるのか、ショウ」
「あたり前だろ!」
「ありがとう。でもこのから元気はねぇ、サツキのおかげなんだ」
「サツキ?」
「彼女の細胞活性化能力を私に使ってもらったんだ」
「でも、あれって副作用もあるのでは?」ミノリがいった。その能力を使用したせいでサツキ自身の病状は悪化し、水上カンゴの力が凶悪なまでに促進されてしまったのだ。
「寿命は縮んだかもしれないね。しかしミノリとショウ、未来の0番街首長と首長夫人、君たちふたりとこうして話ができている。問題ない」
「み、未来の首長!?」とびあがるミノリ!
「首長夫人!?」片側の表情がこわばるショウ!
「なにを驚いている? ミノリ、覚悟をきめなさい」
「しかし……」
「本当はね、水上カンゴをと考えていたんだ」
「カンゴを」
「そう。とてつもなく強い力をもっているからね。カエサルの理想をかなえられるほどの力を。連合政府と対等な力をもたなければ、人間といわゆる冷戦状態にもちこまなければ、エムは話し合いの場につくこともできないからね」
「はい……」
「暴力で問題を解決することはできない、だがときに暴力は問題に決着をつけることもある。それが人類の歴史でもあるからね」
「だけど、例の男が0番街の首長なんて絶対いやだ!」ショウが叫ぶ。
「わかっている、アレはだめだった。彼は誇りをもちあわせていなかった。自身に恥じない生き方をつらぬく心の力の方は最弱だったよ、残念ながら」
「だけどそんなのはボクだって──」
「ショウのためになら死ねるだろ? または生きられるだろ?」
「は?」と、ミノリ。
「え?」と、ショウ。
「もともとミノリは抑止力としてではなく、未来が読めないカンゴが暴走したときのための多重防護。つまりは代替のつもりでいたんだ」
「ボクは代替品ですか?」
「しかしよく育ってくれた。心の弱さをのぞけばな」
「はぁ……」
「だがもう大丈夫だ。ショウがミノリの弱さを、生涯にわたって補てんしてくれよう」
「し、生涯? あ、あの首長? 私の意思は?」口をはさむショウ。
「いやなのか? ショウ」
「い、いやじゃないですけど……」
「あらためて聞くぞミノリ。ショウのために死ねるか? または生きられるか?」
「──はい」
「ミ、ミノリ!?」大あわてのショウ。
「ならばショウやショウの兄が、ヒトとエムが生きやすい世界をミノリは目ざせ。J州の男として恥じない生き方をつらぬけ」
「はい!」
「ショウ」赤い瞳を彼女へとむける首長。
「は、はい」
「J州女の底力と心意気を見せてくれ」
「私、在J七世なんですが……」
「ショウは、この地に生きる女だろ? 関係ない!」
「──はい!」
「鉾と盾になれ、互いに互いのな……」
首長ジョエルは、ミノリとショウの手をとって重ねあわせ、そしてひとつ息をはいて横になった。
「さて、少し疲れた。ふたりともさがっていいよ。今日は嬉しい日となった、本当にありがとう」
そして初代0番街首長ジョエルは静かに目をとじ、安らかな微笑みをうかべた。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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