第二章 ミノリとショウ 29
29
翌朝、ミノリは昨夜のできごとをヒマリに報告していた。どうせ彼女のことだから、カンゴと同様、すでになにもかも知っているのであろうとは思いながら。
「それでまた自信喪失したわけですか?」ヒマリは頭をかかえる。
「はい」
「ミノリ……」
「はい」スパン! 観念動力のはり手がミノリの頬をうった!
「なぜこのていどの力をよけられないのですか?」
「それは、ヒマリさんが強いから──」
「違います。ミノリはすでに私の能力など凌駕しつつあります。心に動揺をかかえると三流のエムになりさがってしまいますが、平常時のあなたの心も記憶も、私にはもう読めません」
「そう……なんですか?」ならば水上カンゴはやはり最強ではないか! さらに胸のうちがさわいでしまうミノリ。
「水上カンゴについてですが……」
「はい」
「彼はショウが死にたがっていたこと。あなたがクナシリでしたことも知っていたのですね?」
「はい。ボクの母が自殺したことまで知っていました……すごすぎます」
「しかしU州のコリンのことはわからなかった。なぜです?」
「そういえば……」
「あの商売に忙しいカンゴが四六時中、千里眼で街を監視していたとでも思っているのですか?」
「いえ……だからあの場でボクの記憶を読んだのかと」
「あなたの心と記憶は読まれていません。読まれたのはショウの方です。彼女はU州であったことや、コリンという男のことを知らないでしょう? エトロフから負傷して帰ってきた彼女にはそれを知りうる機会がありませんでしたからね」
「ボクの心は読まれていない……」
「ええ。水上カンゴもあなたの心をもう読めない。だからわざわざでてきたのでしょう。ミノリの心をゆさぶるために。自分にはどうあっても勝てやしないと、弱き心へすりこむために」
「カンゴ……」
「目の前でむざむざと若者たちを殺され、そしてそんな姑息な手にまんまとのせられてご帰還ですか? 愚か者! いつまで私にこんなことをいわせる気ですか!」
「──これを最後にします」
「ほう……」燃えるような瞳をむけたミノリに、ヒマリは一瞬たじろいだ。
「これが最後です。それから、ボクはもう泣きません」
「誓えるのですか?」
「誓います。J州の男として、ボクの神にかけて」
「神? そう、彼女は生きる原動力から、神に昇格しましたか」口もとを押さえてふふふと笑うヒマリ。
「ヒマリさん! やっぱりボクの心、見えてるんじゃないですか!」
「見えなくてもわかります。0番街の住人なら誰でもね」
「そ、そうなんですか!?」
「ショウへのプロポーズは先のばしですか? できればジョエルが存命のうちにお願いしたいものです」
「はい?」
「彼を安心させてあげたいから」
「で、でもボク、プロポーズなんかしてなくて、ただずっと一緒にいたいといいたかっただけで……」
「それを求婚というのでしょ?」
「そうなんですか? そうなのか……そうだったのか……」
「…………」あきれるほかないといった表情のヒマリ。
「だけどボクみたいな半人前がいいんですかね? ショウに結婚なんか申しこんで」
「こんな醜い顔の女がミノリと結婚なんかしていいはずがない。ショウはそんな風に考えるかもしれませんね」
「…………」
「いいのですか? 彼女にそんな負い目を感じさせても」
「だめです!」
「ならばいきなさい。ショウの心をささえなさいといったはずです!」
「はい!」
ミノリは瞬間移動して消えた!
「私は結婚アドバイザーではありませんよ。まったく世話のやける……」そういいながらヒマリは、死にゆくジョエルによい報告ができそうだと、ほっと胸をなでおろした。
勢いこんで昨夜の雪が積もっているショウの家の前に跳んではきたものの、玄関のガラス引き戸をたたくことができないミノリ。
──プロポーズ? ボクが? これは本当のことなのか? よく考えてみれば、デートだってしたことがない。そんなことも全部すっとばしてプロポーズ? これは一般的に見て、正常なことなのか? おかしくないのか? 異常なことではないのか? これは昔、本で読んだ前世紀のJ州の慣習、お見合いして即結婚。あれそのものではないのか? でもいいのか? ボクらはJ州人だから、これもありなのか? 即プロポーズ、ありなのか?
ミノリはコロニーにいたころに読んださまざまな小説やノンフィクションを脳内再生して、このような事例がなかったかを検証してみる。しかし思いあたる本がうかばないどころか、なかばパニック状態におちいりかけていた。いかん!とミノリは自制につとめる。こうやって簡単に心を乱すから水上カンゴにつけこまれるのだ! 冷静に、つねに冷静に! ミノリは深呼吸する。そしてアズがいてくれたらと、せんなきことまで思ってしまう。コロニー内に住んでいたころはアズとともにエム、ミュートであることをかくして生きることがすべてであった。いつ処分されるのかわからない人生だった。だからもちろん女性と生涯をともにするなんてことは一度たりとも考えたことがなかった。しかしアズは彼に恋愛をよくすすめていた、彼の将来を相対的に考えてくれていた。そういえばショウがアズのことをやり手ババァと表現していたこともあった。思いだしたミノリはフフフと笑う。
「アズ……キミがいたら、今のボクをどう思うのかな? 聞いてみたいよ、アズ」
コロニー時代の唯一の友であったRA2075型、アズに思いをはせることでミノリの心は平静を取りもどしつつあった。そして平常心になればなるほど、今度は求婚を断られる可能性を考えはじめてしまう。しかしふつう、そっちの心配の方が先である。最初から考えなかったことがどうかしているのだ。ショウはいつだって年上のミノリを弟分だといってはばからなかった。かりに結婚を申し込んだとしても──。
「いつまでもいい姉と弟でいましょう、ミノリ」こんなふうにさらりとかわされておわるかもしれない。そんなことになるくらいなら、現状維持のままの方がよくないだろうか? ヒマリはショウが、ミノリの生きるための原動力だといった。その通りなのだ、そしてその原動力がうしなわれたとしたら……。
「どうなるんだ? ボクは……」まさに恋愛初心者、これが初恋となるミノリには大変な問題であった。なにしろ生まれて初めてかかえた恋の悩みなのだ。そしてそもそも論にたちかえってしまう。そもそもプロポーズや結婚などという具体的なことを考えていたわけではないのだ。ヒマリや水上カンゴが勝手にいいだしたことにすぎない──。
「いや、マル甲のあのふたりが同じタイミングでいったということは……」ミノリはついに立っていられず、よろよろと土間に膝をついてしまう。考えてみれば、いや考えなくてもわかることであるが、プロポーズを女性にするということは、男の人生にとって生涯を左右する一大事なのである。
「…………」これほど動揺する姿をヒマリに見つかったら、またどやされてしまうであろう。そしてカンゴにはつけこまれてしまうに違いない。ミノリは積雪の上にこぶしをたたきつけた。
「──なにやってんだ、ミノリ。ひとんちの前で」
「え?」目をあげると、玄関からでてきたシュンが、そこいた。
「なにか落としたのか? さがしてやるよ。俺の右目の人工角膜、拡大鏡に赤外線センサーもついてるからさ。けっこう便利なんだぜ、もう役立たずの丁種だなんて誰にもいわせねぇぜ」
「あ、いえ。シュンさん、雪ですべっただけなんです」あわてて立つミノリ。
「あ、そう。なんだ、気をつけろよ」少しだけ残念そうなシュン。「ミノリよう……」
「はい」
「昨日はありがとな」
「え?」
「ショウを、よく守ってくれた。ありがとう、ミノリ」シュンは両手で、がっちりとミノリの手を握った。
「いえ、そんな……」
「俺はでかけるが、ショウなら中にいるよ」
「は、はい……」
「J州はこれから大変なことになっていきそうだが、こっちにも生活があるからな……」
「なんの話ですか?」
「中でネットニュースを見てみな。昨晩、帰ってきたときは笑ってくれたショウも、かなりのショックをうけている。まったくなんてタイミングだよ!」
「なにがあったんです?」
「J州各区で労働層が暴動をおこした」
「暴動……」
「そんなわけで、例の男がガソリンの価格をつりあげかねない。今日は販売日なんだ、便乗値上げの前に仕入れておかないとな……」
「暴動って……」
「ミノリ、ショウのそばにいてやってくれ」
「わかりました」
軽く手をあげたシュンが街の広場へとでかけていく。その後ろ姿を見送ったミノリは息せき切って彼らの家へととびこんだ。
「ショウ!」
「ミノリ、大変だよ! コロニーが大変だよ!」
旧式の薄型モニターでネットニュースを見ていたショウが涙目で叫んだ。モニター内ではJ州三区コロニーの様子がうつされており、投石や放火を繰りかえし、富裕層の住まう高級住宅街を襲撃し、自動販売ショップの大型機械や備蓄倉庫などを破壊して食料品を強奪する一般州民の姿が中継されていた。そして当然、彼らを鎮圧せんと出動したK109、攻撃ドローンの群れが容赦なく人々を射殺、爆殺、撲殺、轢殺しているさまをアナウンス音声が淡々とした口調で解説している。中継ドローンが撮影するヤタ、クサナギ、ヤサカニの画像が次々と入れかわり、それぞれの区画の暴動や鎮圧、日常の様子がライブで報じられていた。
「……いつか、こうなるんじゃないかとは思ってたけど」つぶやくミノリ。彼がコロニー内にいたころですら、まともな経済活動をおこなうこともままならない戒厳レベル6に不満をもつ州民であふれていたのだ。飢えて死ぬ貧困層の者がではじめていたのだ。ヒュペルコンピューター『アガサ』による言論統制に対し、J州民はふつふつとした鬱憤をためこんでいたのだ。
「ミノリ……連合警察ってエムは問答無用で殺すけど、一般州民は精査してからでなきゃ殺さないってってのが建前じゃなかった? これは鎮圧じゃない、虐殺だよ……」
血にまみれて倒れる母子、爆破に巻きこまれて四散するサラリーマン。
「そうだね……これは、まるで民族浄化だ」
「そんな! 連合警察がJ州民を抹殺しようとしてるってこと?」
「ボクにだって想像がついたことなんだ。この事態を政府や警察が予想していなかったとは思えない」
「どうなるの、ミノリ。J州は?」
「わからない。わからないけど……」ミノリの脳裏をかすめたのは、板垣ヨウスケの妻とふたりの子供の笑顔であった。あの三人だけは! そして生死不明ではあるが工場の仲間であった小堺リョウジ、せめて彼も見つけだして──。
「この女!」ショウがどなる! モニターの中央に尊大な表情をうかべる連合警察最高司令長官クラーラ・アインホルンの姿がうつしだされていた。
「こいつ……こいつだ。こいつは夏祭り開催のころからJ州を目のかたきにしていた! たぶんこいつが暴動を誘発したんだ!」モニターをにらみつけるミノリ。
「目のかたき……そんな理由ってあるの!?」
おそらくは録画であろうが、クラーラ・アインホルンが演説をはじめた。
『──クラーラ・アインホルンです。J州民のみなさま、すでにニュースでご存じのことでしょうが、昨日、ヤサカニ区画の一部で発生したデモ隊と連合警察との小競りあいが各所に飛び火し、クサナギ区画をのぞいたふたつの区は今や火の海、戦争状態となりました』
「クサナギの暴動は、大したことないのか?」少しほっとしたようにミノリがいうと、ショウは苦しげにつぶされていない右目を閉じた。
「クサナギ区画は戒厳レベルが6から7にあげられていたから、全時間帯外出禁止令がでていたらしい。デモも暴動もおこりようがないのさ」
「全時間!? 一歩も外にでられないのか? テレワークができない大半の労働者階級が餓え死にするぞ!」
「……私らのせいみたいだよ」
「え?」
「クサナギで統合医薬局や大学病院から大量の薬物がエムに強奪された……それが原因らしい」
「──ボクのせいか、また」
「またとかいうな、ミノリのせいじゃない! 私らみんなのせいだ! でもおかげでクサナギの州民は、少なくとも虐殺はまぬがれた。詭弁かもしれないが、そういう見方もできるだろ?」
「だけど……」それは終焉が先のばしにされただけにすぎない。爆死や即死が、ゆるやかな死、餓死に変わるだけのことである。
『──ヤタ、ヤサカニの二区画での騒乱は鎮静化しつつありますが、この度の事態を受けましてJ州全土を戒厳レベル7へと引きあげます。なんなら政治経済の中心部ともいえるクサナギ区画のみを残し、焦土と化した二区画は反乱分子多数とみなし、コロニー自体を廃棄することも考えております』
「なんだって!?」クラーラ・アインホルンの発言に目を剥くミノリ、そしてショウ。
『いろいろとご意見はあるでしょうが、世界各州はすべて、続々と生まれでるミュートの脅威と戦っているのです。はっきりと申しあげる。全世界の人類繁栄のためには、とるにたらないアジアの小州ひとつなどにかまってはいられないのです。おわかりですね? J州のみなさん、わかったのなら抵抗はおやめなさい。抵抗は無意味です。この州の存続を望むのであれば、我々、連合警察にしたがいなさい。そしてよけいなことに目をむけることなくともに手をとり、ミュート撲滅のために働いてください──』
「手をとり? とってつけたようなことを、しゃあしゃあと……」
「あの女、ミノリのいった通りJ州を滅ぼしたいみたいだね」ショウはネットニュースを切った。クラーラ・アインホルンの顔を見ているだけで、はらわたが煮えくりかえってくるのだ。
「そんなことはさせない」
「させないったって、どうすんのよ?」
「それがわかれば苦労はしないよ」
「そうだね──あ!」
「どうしたの? ショウ」
「ヒマリさんからの精神感応! 大変! ミノリ、すぐ首長の家にいくよ!」
「え、なに?」
「やばいよ。首長の容態が、急変したらしい!」
「そんなバカな! さっきまでヒマリさん、そんなことはまったく……」
もはやミノリの中に、彼にとっては人生を左右する一大イベントであるはずのプロポーズのプの字ですら残されてはいなかった。J州コロニーの危機にくわえ、今度は0番街までが窮地に立たされかねない状況となったのだ。これは無理からぬことであろう。そしてもちろん、ショウにとってもそれは同じことであろう。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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