第二章 ミノリとショウ 27
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「ヒマリさん、首長さんの容態はいかがですか?」屋敷にもどるなりミノリは、息せき切ってヒマリにたずねた。首長になにかあれば水上カンゴが動きだす。そして0番街は、かつてカエサルというカリスマをうしなった『ユリウス』メンバーたちと同様に空中分解してしまう恐れさえある。
「今は安定しています」
「そうですか……よかった」
「ところで背中の傷はどうですか?」
「え? あ、忘れてました! 少し痛むけどなんともないみたいです」ショウのけがや首長の病状、エトロフの住民にいわれたことで頭がいっぱいになり、自身の体のことなどかまっている余裕がなかった。
「そう。ショウには会えましたか? ミノリ」
「いえ……」
「透視も千里眼も使用しなかったのですか?」
「本人が見られたくないっていってるのに使えませんよ」
「ショウの状態を知りたくないのですか? 気にはなりませんか?」
「気になりますよ! 気になって気になって、苦しいです!」
「心弱きゆえですね。あい変わらずの」
「はい。……ごめんなさい。ボク、また泣いてしまいました」
「そのようですね。しかし今回だけは見逃しましょう」
「え?」
「0番街そのものよりもただショウだけを守りたいという願いが、ミノリをつき動かす原動力である以上、皮肉や嫌味以外、私にはなにも申せません」
「はあ。でも別にショウだけのことを考えてるわけでは……」皮肉や嫌味もやめてくれ、と思うミノリ。
「──やめませんよ」
「すいません」
「簡単に心を読まれすぎですね。とくに動揺のあるときは」
「気をつけます」
「ショウの負傷について気がついたことはありませんか?」
「気がついた……はい、ひとつあります」
「なんでしょう?」
「ボクなんかがいうのもおこがましいのですが……」
「謙遜もすぎるのは、それこそ嫌味となりますよ。ほかの住人たちからするとね」
「すいません」ミノリには、他者よりも優れたエムになりつつある、もはやなっているという自覚がたりないようだ。
「それで?」
「はい。客観的に見てショウのエムとしての能力は決して低くありません。そんな彼女が同じ箇所に三発も観念動力をくらうなんて考えにくいです。しかも相手はアヘン中毒者だと聞きました。クスリで酔っぱらった人が、そんな正確に、集中して力を撃つことなんてできるものでしょうか?」
「なんらかの、もしくは誰かの強い意志がショウの顔をつぶしにかかったというわけですか?」
「確信はありませんが……」
「けっこう。ジョエルも私も同じことを思いました」
「いるんですか? その誰かが……まさか、水上カンゴ!」
「彼が商品となりうる可能性のある、若い女性の顔を壊すと思いますか?」
「ですよね……」
「私もね、ミノリ。今回のことではもうひとつ不審に感じていることがあります」
「なんですか?」
「あなたや水上カンゴ、ある意味特殊な存在である者の未来をジョエルは予知できない。しかし凡庸なエム、それに丁種の予知に関してならば彼は完璧でした。それが今回、ふたりが亡くなり、ショウが負傷するような事態を予見できなかった。これはありえないできごとです」
「やはり誰かが首長さんの予知をさまたげたか、ねじ曲げた……」
「ジョエルの力がおとろえただけなのかもしれませんが」
「そんな……」
「ミノリ」
「はい」
「あなたはつねに、これらのことを気にかけておいてください。そして他言は無用です」
「わかりました」首長の能力がおとろえたなどという噂が広まれば、街はカンゴへの恐怖からパニックにおちいりかねない。
「それから、あなたにはしばらく休暇をあたえます」
「休暇?」
「休暇期間をどう使おうとあなたの勝手です。私はいいましたよね? ショウをささえなさいと」
「──ありがとうございます!」
「またきているぞ、ショウ。この寒空の中」カーテンのすき間から外をのぞき見たシュンがいった。しかしベッド上のショウは彼に背をむけてこたえない。「そろそろ会ってやったらどうだ? お前もあいたいんだろ、本当はさ」
無言でまくらを投げたショウの顔の左半分は、攻撃を受けてから一カ月がすぎた現在も包帯でおおわれたままであった。実はカズヨの診断では彼女の傷はなまくら刀ではなく、逆になおりが早いといわれるするどい刃物ですっぱりと斬られたようなものであったうえに、観念動力に乗せて発火能力もくわわっていたせいで傷口が瞬時に焼かれ、出血も少なかったのでもはや包帯の必要もないとのことであった。それどころか自助能力、免疫低下の危険があるので、むしろしない方がいいとまでいっていた。それでもしかし、ショウはかたくなに包帯を顔へと巻きつづけていた。虫歯の子らやサツキ、そしてエトロフの患者たちの診療におわれ、彼女用の人工角膜を製作中のカズヨが退院をすすめても、すっかり理髪業からはなれて今や准看護師格となったポリーナが説得しても、ショウは病院に居すわって動かなかった。
「ショウ、このままずっと引きこもっているつもりか?」
「兄さんこそ漁にでなよ! 私の入院費、稼いできてよ!」
「お前……」
「……ごめん、兄さん」背中をふるわせているショウ。
「いや」
「自分でもよくわかんないよ。たかが顔なんかのことくらいで、こんないやな女になるなんて思わなかったよ。兄さんだって同じ思いしてるってのにさ……」
「…………」
「エトロフの患者たちさ……」
「うん?」
「廊下なんかで見かけると、殺してやりたくなるよ!」パン!と音をたてて彼女の生徒たちから贈られたお見舞いのよせ書きがはじけ、花びんが砕けた。
「ショウ!」
「あはは……こんな女、ミノリだって会いたくないよ。きっとさ」
「そんなわけあるか! 窓の外を見てみろ! 毎日毎日、ずっとあいつは!」
「ひまなんだろ」
「……ショウ」
昼間の雨が粉雪に変わりはじめた深夜零時すぎ。眠れないショウはそっと窓の外を見た。あたり前の話ではあるが、ミノリの姿はない。期待など当然してはいなかったのであるが。
「ははは……これは雪見酒かな?」つぶやいたショウは包帯を取ると、髪が半分近く焼けてしまった頭にスカーフをかぶり、今夜の天気とおそろいの白のポンチョをまとった。そしてビュッという風切り音とともに病室から消えた。
いったん自宅により、兄のつくった地酒と湯のみをひとつくすねた彼女は、台所で信じられない張り紙を見つけた。そして片方しかない目から涙を落とした。
『ショウがもどるまでは絶対、禁酒!』そうへたくそな字で書かれていたからだ。
「兄さん……ごめん」
雪の勢いが少しだけ激しくなってきた。そんな中、彼女がおとずれた先は、板垣ヨウスケの部屋から証拠隠滅のため、ミノリとともに古いモニターや木製品をもちだしたあの場所。RAのアズがミノリと別れを告げたあの河原であった。大きめな流木に腰かけたショウは、寒さにふるえつつ一升ビンから湯のみへと酒を注ぐ。
「アズ……ミノリのことたのまれたよな。そういえばさ、愛人になれとかもいわれたっけな……」ぐいと地酒をあおったショウは自虐的な笑みをうかべた。「悪いな、クソロボ……ちょっと私、無理みたいだよ……おお、きくなぁ、一カ月ぶりの酒は……」
「──おっさんみたいだな、ショウ」
「え?」目だけを動かしてショウが見ると、彼女の右側にミノリが立っていた。
「隣、すわっていい?」
「…………」
「すわるよ、ショウ」そういうと顔が壊されていない、彼女の右横へと腰かけるミノリ。
「……あとをつけたのか?」
「そうだね」
「病院の外にはいなかったよな? のぞいてたのか、千里眼で?」
「違うよ。千里眼も透視も使ってない」
「じゃあなんでわかったんだよ!」
「雪がふってきたからさ、ショウの病室近くの廊下へ避難してたんだ。そしたら中から風切り音が聞こえてね。ショウが跳んだってわかったんだ」
「風切り音……」以前はミノリも瞬間移動時には風切り音を立てていた。しかし今では首長やヒマリ、そして水上カンゴと同じように無音で現れ、そして消える。これが彼女には我慢ならないほどの屈辱であった。弟分のくせに!と。
「ずいぶんさがしちゃったよ。ショウの学校とか、家だとかさ。でもそのシュンさんの地酒、家にはよったんだね? すれ違いだったな」
「で? なにしにきた? 笑いにか? 首長の任務もろくにこなせない私を笑いにか!?」
「任務はこなしたじゃない、ショウ。サツキさんは守ったし、ちゃんとエトロフの患者さんを救出したでしょ?」ショウの横顔へ話しかけるミノリ。
「く──」
「ショウ……」
「なんだよ!」
「ボクはショウが好きだよ」
「──はぁ?」
「ショウにとってボクは弟なのかもしれないけど。ボクはショウが好きだ」
「…………」
「大好きだ」
「なにいってやがる、ガキが! これでもかよ!」ショウは頭に巻いたスカーフをぬぎすて、ミノリへ半分焼けおちた髪と、ひきつれ変色した顔をむけた。真っ正面から堂々と、涙を片方の目からほとばしらせながら。「どうだ、このバカ、笑えよ!」
「……ショウ、抱きしめてもいい?」
「え?」
「抱きしめたいんだ」
「ど、同情か!? そんなものはいらないん──」
彼女の手から湯のみが落ちた。ショウはミノリに力いっぱい抱きしめられていた。そして彼女は、その少したくましくなった腕にあらがうことができず、そのまま子供のようにわんわんと泣きつづけた。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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