第二章 ミノリとショウ 26
26
到着するなりカズヨはショウが寝かされている病室へと飛びこむ。ミノリもつづこうとするが兄のシュンにきつくとめられた。
「シュンさん! なぜだめなんです? なんでショウと会ってはいけないんですか?」
「ショウの望みだ。今は誰とも会いたくないそうだ」
「……けがは、ひどいんですか?」
「ああ。ちょっとな」
「まさか、腕とか足を……」片足をなくしたいつかの悪夢を思いだすミノリ。
「私のせいです! 私のせいなんです!」泣きながら呆然と立っていたのはサツキであった。
「サツキさん、あなたは無事だったんですね。よかった」
「ミノリさん、ごめんなさい! ショウさんは私を守ろうとしてこんなことに!」
「よさないか。ショウもあんたのせいじゃないといってただろ?」シュンがやさしくいうとサツキは、泣きはらした顔を彼のたくましい胸に埋めた。彼女の可憐さに、シュンは思わず抱きしめてしまい、恋人のポリーナを思いながらもサツキの体をはなせなくなっていた。
「シュンさん! いったいなにがあったんです? なにがどうなったんですか!?」
「うん──」話しかけたシュンらのもとに、突然わさわさと人が集まってきた。男も女も白人が多いが中にはJ州人らしき者もいる。そしてみながみな、顔にも腕にも赤色や白色の斑紋や隆起の症状が見られた。彼らは、ショウたちが命がけでエトロフから救助したアンデイ病の疾病者たちであった。
「あなたが小久保ミノリさんですか?」J州人らしき若者がいった。
「はあ……」ためらいながらミノリがこたえると、口々にミノリ! ミノリ!と声をあげるエトロフの人々。
「このたびはありがとうございました!」若者が腰を折って頭をさげると患者たち全員がミノリに対しいっせいにおじぎをし、そして顔をあげるなり拍手をはじめた。
「な、なんなんですか?」サツキを胸に抱いているシュンに目をむけるミノリ。
「お前はヒーローなんだよ。この人たちにとってはさ」
「ヒーロー?」ミノリは薬を調達したことが、これほど喜ばれるとは思っていなかった。
「はい、ヒーローです!」手をたたきながらJ州の若者がいう。「よくぞクナシリの街を滅ぼしてくれました。あれは悪魔の街、腐りきった街でした……我々がどんなにひどい迫害や差別を受けたことか……ミノリさん、本当にありがとう!」
「は、はぁ……」とまどうことしかできないミノリ。
「はい、みんな! 病室にもどりなさい!」腰に手をあててどなっているのはシュンの彼女であるはずの、飯田ポリーナである。怒っているのは患者たちのせいばかりではなさそうである。シュンはあわててサツキからはなれた。
「ポ、ポ、ポリーナこれは……」シュンは、病室へと患者を追いたてる彼女に声をかけるがポリーナはこれを無視、そして泣きすぎたせいで目が真っ赤になったサツキの腕をとった。
「サツキさん、あなたも病室に帰りなさい」ポリーナはシュンをひとにらみすると、サツキを連れて二階へとあがっていった。
「やれやれ……」ため息まじりにうめくシュン。
「なんかポリーナさん、雰囲気変わりましたね」一連のできごとに、あっけにとられているミノリ。
「ああ、看護助手としての自覚がめばえたらしい……それより驚いたろ、ヒーローだなんてさ」
「はい。ボクはただの人殺しなのに……」
「外にいた者にはわからないこともあるんだろ。きれいごとじゃすまないことがさ」
「はい」
「だが、彼らにとってミノリはただの人殺しじゃない。それはおぼえておいた方がいいと思うな」
「わかりました。あの……」
「うん?」
「ショウなんですけど」
「そうだったな……エトロフの住人たちを救出するにあたって、同じ北方四島に住み、同じ病をわずらっているサツキが先頭に立って交渉をはじめたらしいんだが、いきなり観念動力の攻撃をうけたそうなんだ」
「……そうですか」ありそうな話である、ミノリもクナシリではなんの前ぶれもなく攻撃された。
「そこで彼女の盾となったのがショウというわけだ。かわしきれずに三発もくらったんだとよ、アヘンでイカれた野郎どもの力まかせで、でたらめな観念動力をさ!」
「なんてこと……ショウ」──ボクが、ボクはショウといるべきだった! 知らぬ間に涙があふれ、ミノリは歯ぎしりする。
「なんの呪いなのかね、三発全部がショウの顔面に直撃だったそうだ」
「顔面……顔?」
「ああ。俺とは真逆、顔の半分、左側を完全につぶされちまった……」顔の右側を壊されたシュンの右目は、カズヨの製作した人工角膜チップとマクロレンズのおかげで視力だけはとりもどせている。しかしどす黒く変色し、引きつれたような観念動力の傷あとは生涯消えないのだという。
「…………」言葉もないミノリ。
「女だぞ、ショウは! 女なのによ!」壁をなぐるシュン。「俺の汚ぇ顔ならいくらだってくれてやったってのによ!」シュンは床に膝をつき、そして額を打ちつけた。何度も、何度も。こんなまねをつづければせっかくの人工角膜が壊れてしまうかもしれない。しかしミノリは彼をとめることができなかった。どれほどシュンがこらえていたのか、懸命に怒りと悲しみを抑制していたのか、痛いほど伝わってきたのだ……。
「シュンさん……」
「わかるだろ、ミノリ……ショウがお前に会いたくない気持ち……」うつろな涙目をあげたシュンがいう。「お前が街にきてからだ。髪をのばしてみたりさ、カーキ色の服しか着てなかったやつがよ、目のさめるような白いポンチョを買ってきてみたり。ははは、笑っちゃうだろ? 笑えるだろ? 俺の妹もさ、俺の知らないところで青春していたんだよ……あいつ自身は否定するだろうけどな」
「ショウ!」叫んだミノリは彼女の病室へと入ろうとする。が、シュンががっちりと腕をつかんだ。「はなしてください、シュンさん!」
「はなさねぇ! 観念動力でもなんでも使えばいいさ! 俺は死んでもはなさねぇ!」
「…………」
「…………」
「……わかりました」ミノリは、たとえ腕だけになったとしてもはなしそうにないシュンの大きな手に、自身の手を重ねた。
「すまないな、ミノリ」
「いえ……カズヨ先生に伝えてください。ショウをよろしくお願いしますと」
「ああ」
「帰ります。ふせっている首長さんも心配なんで……」
「ああ、心配だな」
とぼとぼと肩を落として去りゆくミノリ、その場にふたたびくずれ落ちるシュン。そのふたりの会話をおりかけていた階段から聞いていて、涙をぬぐいつつ声を殺しているポリーナ。そして、そんな三人の姿を、病室のドアのすき間ごしにのぞき見たカズヨは、そっとつぶやいていた。
「よろしくお願いされたよ、ミノリ……」と。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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