第二章 ミノリとショウ 22
22
「ミノリいい? リファピシン、クロファジミン、ダプソン、それからレクチゾールに──」
「そんなに必要なんですか?」千里眼を使い、クサナギ区画内の統合医薬局や連合大学病院の様子をのぞき見ていたミノリがカズヨにむかって愚痴をこぼす。「そんなにいわれても、どの薬がどれなのか、なにがなんだかわかりませんよ」
「バカね、だから私がきたんでしょ?」
「なにか一発できく特効薬とかないんですか?」
「ない。ひとりひとり病状が違うんだし、昔からたくさんの薬を併用しないとなおらない病気なの。現代医学はPEだって克服できたってのにね」
「そうですか……やはりカズヨ先生にきてもらうしかないですね」
「守ってくれるんでしょ? ミノリ」薄く笑みをうかべたカズヨも、どこか不安そうである。ショウなどと違い、彼女はコロニーをでて以来、中に侵入したことなど一度もないうえに、現在、J州のコロニーは三区画とも戒厳レベル6の厳戒態勢下にあるのである。認証IDをもたないエムの潜入をやすやすと許すはずがない。
「守ります、なにがあっても。先生にけがでもされたら、ボク、ヒマリさんに殺されますし」ミノリとて自信があるわけではない。しかし彼女になにかあれば、0番街の医療体制が崩壊するであろう。「それに、ヤタ区画から防護服を盗んできた経験が役に立つと思います」
「あてにしてるよ、ミノリ」
「はい!」
それからふたりは革靴屋のミハエルじいさんの店にいき、特注の革ベルトを突貫作業で製作してもらった。このベルトはミノリとカズヨを結束するために必要であった。精神感応と精神安定能力しかもたない彼女が、コロニー内で単独行動をするのはあまりにも危険だと思われる。しかし、くっついてばかりでは薬品収集のじゃまになる。ミハエルはうちすてられた廃トラックのシートベルトバックルを利用してワンタッチで装着、解除が可能な結束ベルトをわずか数時間でつくりあげてくれた。つかずはなれず、それぞれがあるていど自由に動けるこの革ベルトは急ごしらえ品ではあったが、なかなかの出来である。手を使わずとも観念動力だけでこの金具の脱着ができるよう練習を重ねたうえで、いよいよミノリとカズヨはクサナギ区画へ潜入することにした。潜入とはいっても、サードアイが死んでいる以上、はなからひそんで薬物のありそうな施設に入館できるわけがない。ふたりにやれることは、できるだけ迅速で正確な正面突破しかなかった。めざす薬物だけをチョイスしている時間はとれない、しかしアンデイ病に効果のある薬をもらすわけにはいかないのだ。となれば大量強奪するしか道はない。
「いきますよ、カズヨ先生」
「わかった。いって!」カズヨはミノリの腰に腕をまわし、腹のあたりでふるえる手を組みあわせる。そしてミノリは統合医薬局、薬品管理室へと跳んだ。
室内に入るなり防犯センサーが作動、猛烈な警報音が鳴りひびき、赤色灯がまわる。
『侵入者あり、侵入者あり──』けたたましい音声のリフレインがふたりを取りかこむ。もはやミノリにはこうした状況になれがあったが、コロニー侵入初体験のカズヨはすっかりパニック状態におちいってしまい、泣きだしそうな顔をしてあわあわと管理室の入り口ドアから逃げだそうとした。
「先生!」つながれたベルトをミノリが観念動力で引きもどす。「早く! どの薬ですか!」
「ああ、あ、そうね。そうね!」こたえたカズヨは涙でかすむ目をこすり、周囲一面にならぶ数百ある薬品棚を懸命に見わたす。
「くる!」ミノリが叫ぶなり銃弾が撃ちこまれ、警備用K109が三機、なだれこんできた。悲鳴をあげるカズヨ。観念動力を連続ではなち、ミノリは二機を撃破した。が、次から次へと現れるK109、そして銃弾の嵐! おびえきったカズヨをかかえ、瞬間移動で室内を跳びまわるミノリだったが、ここでいったん薬品調達を断念した。今のカズヨでは連れてきた意味がないと判断したからだ。ミノリは手近なダンボール箱ひとつだけをもってコロニー外へと逃走した。
「ごめんなさい……」がっくりと肩を落とし、いつもの池郷川の岸辺に膝をつくカズヨ。つねに気丈なところしか見せない彼女と、同じ人間とは思えないほど憔悴しきった姿であった。
「いいんです。仕方ないです。初めてのときはボクだってボコボコに──」ミノリはなぐさめるつもりであったが、どうやら逆効果だったようだ。
“そうよ! ミノリですら全身を撃たれて死にかけたじゃない! もういや、いや!”
カズヨの心の声が聞こえた。もはや彼女の心は、壁すら築くことができなくなっているほど消耗しているのだ。
「先生、すいません。怖い思いをさせてしまって」
「…………」
「守りますとか、偉そうにいったのに」
「うるさい! 初めから初動が重要だと聞いてたのに逃げようとした私が悪いに決まってるでしょ!」──私は弱い、弱虫だ。首長にもヒマリさんにも、街のみんなにもあわせる顔がない。恥ずかしい、情けない、情けない……。そんな悲痛な叫びがミノリの脳にこだまする。「どうせ私はなにもできない無能な丙種よ!」
「先生、それは違います」
「違わない!」うるさい、うるさい!
「ユウマでしたっけ? シュンさんにけがさせた連中も、あの水上カンゴですらカズヨ先生には一目おいていました。それは他の人にはできないことです」
「……街には他に医者がいないってだけよ。それから彼の名前ださないで、怖いから!」
「すいません。けど、思うんですが──」
「なによ!」もう黙ってミノリ、私をほっといて!
「例の男なら、コロニー内の医者をいくらだってさらってこられるはずですよ。それをしないのは先生に敬意をはらっているからだとボクは思います」
「だからなんなのよ……あのね、私は弱いの。弱くて弱くて自信がなくて、だから子供のころからずっと強がって、虚勢をはって生きてきたの。笑えるでしょ?」
「笑えませんし、そんなのぜんぜんわかりませんでした」ミノリの脳にカズヨの声が響かなくなった。少し落ち着きをとりもどしてきたのかもしれない。
「は! マル甲レベルとかいわれてるくせにそんなことも見ぬけないの? 例の男なんかすぐに気づいたわよ! だから私なんかに目もくれないの! なんの力も勇気もない意気地なしだから! 私に敬意? そんなもんあるわけないでしょ!?」
「そうなんですか……」抑止力たれといわれつづけているミノリには、水上カンゴと比較されることが、なによりも胸に刺さるのである。あの悪夢の中で、おのれの力不足のせいでショウを死なせてしまったことがよみがえるからだろう。
「ミノリ、まだまだね!」涙をふいて顔をあげたカズヨは、ハンカチで鼻をかんだ。
「はい。まだまだぜんぜんダメです」
「私も一緒よ。こまったもんね」
「ボクとは違います、先生は偉い人です。街で襲われたシュンさんを助けたのはカズヨ先生じゃないですか」
「あんなの計算よ。ユウマたちは私に手だしをしないってわかっていたからできたこと。こずるい女なのよ」
「だからってあれだけの観念動力を撃てる男の前に立つなんて、強がりだけじゃできません。ボクはたぶんあいつらより強い力があるのに、なにもできませんでした。恥ずかしいです。カズヨ先生は虚勢っていいましたけど、虚勢をはりつづけるのって大変なことだし、ボクにはできそうにありません」
「しなくていいわよ!」
「そうでしょうか? 虚勢をはりつづけていられるのは心が強いからじゃないでしょうか? ボクなんか心が弱いって首長さんやヒマリさんに怒られてばっかりです。心が弱いからクナシリの街を全滅させちゃったし、アヤメさんは見殺しにしちゃったし、今回だってボクがもっと強ければカズヨ先生を巻きこまずに薬を調達できたはずなんです……ボクがもっと強ければ……」
「なんであんたが落ちこんでるのよ? だいたいアヤメって誰? なにいってんの、バカじゃないの!」
「はい、バカなんです。コロニーでぬくぬくと生きてきたバカなボクができることなんてやっぱりたかが──」
「ボクがボクがってあんたね、なんでもかんでもひとりで背負ってるつもり? 思いあがるのもいいかげんにして! グズグズグズグズと! あー、なんか気にいらない!」
「すいません……先生?」
「なによ?」
「今のも虚勢なんですか?」
「はい? 違うわよ、本気で腹を立てててんの! ミノリこそしょげたふりして私にやる気をださせようとする作戦? そんなもんに引っかからないわよ!」
「ボク、そんなつもりは!」
「じゃどんなつもりよ!」
「……わかりません。先生を励ますつもりだったのに、なんか、いつの間にか」
「あんた、正真正銘のバカね」
「だからそういったじゃないですか?」
「いい年してすねるな。今度、虚勢のはり方教えてあげるから」
「はあ……」
「ねぇミノリ。私なんかが街やエトロフの人の役に立てるのかな? 丙種で臆病者の私がさ」
「先生、たとえばシュンさんは丁種だけど強い人です。種別なんて関係ないです」
「そう、そうね……ミノリ、もう一度コロニーへ連れていって。私もせいぜい強がってがんばってみるよ。ここでふんばらないと、胸はって街に帰れないものね」
「はい。先生、ボクもがんばります!」
ふたりはそれから先ほどの失敗をふまえたうえでの作戦会議をはじめた。ちなみにではあるがミノリの持ちかえったダンボール箱にはアンデイ病に関する薬品は入っていなかった。あたり前の話であるが、きちんと見きわめなければ目的の薬を手に入れることができないのである。千里眼を使い、先ほど侵入した薬品管理室の様子をうかがっているミノリに、カズヨが話しかけた。
「どう? 警戒は強まった?」
「そうでもないようです。ただ銃撃で薬品が散乱しちゃってるみたいです」
「それはよろしくないわね。チョイスに時間がかかる。やっぱり違う場所にしましょう」
「はい。連合大学病院の方を見てみます」わりあい健康に育ったミノリには、クサナギ区画に住んでいたころも縁のなかった一番街の大学病院へと千里眼を切りかえる。問題はどこにめざす薬品が保管されているかである。統合医薬局の管理室を見つけるのにも実は一時間以上を費やしてしまった。
「皮膚科とか神経内科のあたりにおいてあるのか、それとも一括管理されているか。そこが問題ね……私に見えればいいんだけど」
「あ!」ミノリはパチンと指を鳴らした。
「なに?」
「先生、心の壁を少し低めにしてください。ボクが見たイメージを先生の脳に送ってみます」
「ミノリ、そんなことできるの?」目をまるくするカズヨ。
「やったことないけど、やってみます」
「甲種ってすごいのね……」カズヨはそういうと目を閉じ、ミノリからのヴィジョンを受けいれる態勢を整える。ややあってカズヨはうっとうめき声をもらした。見えるのである、大学病院内の光景が。
「どうです、先生」
「見えた。その先、通路の左側をよく見せて」
「はい」
こうしてカズヨによる遠隔操作ならぬ近隔操作で、前回よりも短時間でふたりは目的の薬品の管理場所を特定することができた。ただ、ミノリもであるが、カズヨはかなり神経を消耗したようである。脳内に他者の意識が土足で入りこんできたようなものであるから当然であろう。彼女はぐったりとした表情で河原に身を横たえていた。
「先生、休みながら聞いてください。統合医薬局ではボクらが入りこんでから約二十五秒でK109がやってきました。今回、同じくらい時間があるのかはわかりません」
「そうね……」
「最初の十秒が勝負です」
「わかった」
「それからせっかくつくってもらったけど、結束ベルトはなしにします」
「え? なんで?」とたんに不安そうな顔になるカズヨ。
「到着するなりボクは院内の別の部屋に跳んで、警備をかく乱します。五秒でもどりますから先生はその間、薬のケースを集めてください」
「…………」ふうと白い息を吐いて、寒空をあおぐカズヨ。
「怖いですか? 先生」
「ミノリ……」
「はい」
「私を誰だと思ってるの? 怖いわけないじゃない!」
「あはは。先生、すごい虚勢ですね!」
「当然」カズヨは笑顔で親指を立てたが、その指先はかすかにふるえていた。
二回目の襲撃は成功をおさめ、カズヨとミノリは大量の薬品を手にしてコロニー外へと逃げのびることができた。しかしこのていどの量ではサツキにくわえ、何名いるのかもわからないクナシリからの患者たちの分にはとうていおよばないだろう。病状の進行度合いにもよるが、一度飲んだくらいで効果があるわけではない。長期にわたり服用しつづけなければならない病気であるからだ。ミノリたちは第三、第四の薬品強奪をつづけなければならなかった。
「次はヤサカニ区画にしますか?」ミノリは南のJ州コロニーを提案した。
「いったことあるの?」
「ないですけど。ボク、千里眼で見えるところへなら跳べるんで」
「へぇー、化け物か、あんた」
「やめてくださいよ、そのいい方」
「ミノリのMは、モンスターのMかもね」あははと豪快に笑うカズヨ。
「で? どうします? ヤサカニ区画でいいですか?」
「──そうね、そういうことならU州のコロニーがいいわ」
「なんでですか?」
「あそこは病理研究機関が多いし、コロニーの数も人口も世界一多い。薬品の量だってJ州の比じゃないの」
「なるほどです」
「それに戒厳令下にあるJ州ほどの警備は強化されていないはず」
「……そこは期待しない方がいいと思います」
「なんで?」
「以前、アズがいってました。J州の管理体制はもともとあますぎだって。U州はエムのテロだってひんぱんにあるんです。つまり──」
「わかった。わかったけど、アズって誰?」
「……コロニーにいたころの、ボクの唯一の友達でした。RAですけど」
「ロボットアーム? 懐かしいわね。でもRAがいうことなら正確なんでしょうね」
「はい。世界中にネットワークをもってますから」
「U州のテロ対策は万全てことか……」
「でしょうね。エムの襲撃を恐れて実態は伏せられてますが、連合政府本部がU州内のどこかのコロニーにおかれているはずですから」
「──ミノリ、ヤタ区画にしようか?」
「はい?」
「考えてみたら私、J州からでたことないのよ。これからもでなくていいと思ってるし」
「先生……」
「ヤサカニ区画でもいいのよ。ただ、あそこは小さいから薬品の量もたかが知れてるのよね。でも、いいか。小さなことからコツコツと──」
「その分、数をこなさないとなりませんよ、先生」
「あんたがヤサカニにいきたいっていったんでしょ!」
「薬の量のことなんて知りませんでしたから。それに……」ミノリは大学病院から持ちだした数種類かの薬品を手に取った。「これと同じ物をもってくればいいんですよね? だったらボクひとりで潜入します」
「え……でも、他の薬も必要なのよ。あと何種類も」
「では先生はコロニーの外でボクの目になってください。そして即断で指示をください」
「え? 目に?」
「はい。コロニー侵入なんて危険なまねを、街で唯一の医者であるカズヨ先生にヒマリさんが命じた理由が今わかりました。おそらくボクらにこれをさせるためです」ミノリはそういうと川の流れに目をむけた。すると瞬時にカズヨの頭にミノリが見ている濁流のイメージが入りこんできた。突然のことにカズヨは思わず悲鳴をあげた。
「いきなりなにするのよ! びっくりするじゃない!」しかも彼女は今、心の壁を低くおさえていたわけではない。それでも脳に直接コンタクトされたのだ。カズヨは空恐ろしくなった。冗談ではなく、ミノリが怪物に思えた。
「先生、すいません! 驚かすつもりは……」ペコペコと頭をさげているミノリ。
「心やさしきモンスターか……」思わずカズヨはつぶやいていた。
(つづく)
はげみになりますゆえ、ブックマークと感想などをいただけましたらさいわいです。
当サイトにて、二作品を公開中です。お読みいただければ幸いでございます。
『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n8533gq/
『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n5847gs/




