第二章 ミノリとショウ 21
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「おかえりなさい。ミノリ」ショウが陣中見舞いにきてから十日後、ミノリはクナシリから引きあげ、首長の屋敷へと帰ってきた。そんな彼をヒマリは笑顔でむかえてくれた。そして車椅子の首長は右手をさしだし彼に握手を求めてきた。ミノリは恐縮しながら彼の手を取る。
「ほう、手のひらがゴツゴツだな」首長がいった。
「え?」初めて首長の声を聞いたミノリは、驚いて彼の赤い目を見る。
「ミノリ、みそぎはすんだかな?」
「いえ……」
「ならば一生涯、背負っていくしかないな。大勢の人の命を奪ったという事実を」
「はい、そのつもりです」
「よろしい。ならば審査合格としよう。街への転入を認める」
「は?」
「思考停止におちいってはならない。常に最善を考えつづけなさい。さすれば力の暴走などということはおこりえない。もう二度としないだろ? ミノリ」
「はい……誓います」
「ようこそ0番街へ」首長はミノリを軽く抱きよせて笑顔を見せた。そしてあとはヒマリにまかせたといって車椅子の車輪を両手で動かし、部屋をでていった。
「ヒマリさん! 首長さん、しゃべれるんですね! しかも声が若い!」
「今日は待ちかねたあなたが戻ってきたことで気分がよかったのでしょう」
「待ちかねた? ボクをですか?」
「不測の事態であったとはいえ、あなたの力が引きおこした殺戮をジョエルは不謹慎だとは知りつつ喜んでいたようでした」
「ボクは喜べませんが」
「それはそうです。しかし、そうとわかれば水上カンゴも街の人々に手だしをしにくくなることも事実。まあ、実情はそれほどあまくはありませんが」
「それは?」
「ショウに会って、また泣いたそうですね? 情けない男」
「はい、すいません」やはりばれていた。おそらくショウの頭を読んだのだろう。
「今のあなたではまだ抑止力として機能しない。心が弱すぎる」
「はい」
「反面、そのやさしさをジョエルはかったのです。だから街へ受けいれたのでしょう」
「ボク、どうすれば……」
「ジョエルはあなたを抑止力としての手駒にしたいだけではありません。それはわかってあげてください。彼はあなたに託したのです」
「託した? なにをです? ボクになにができるんです?」
「わかりません。が、カエサルの意志をを継ぐ者をジョエルはさがしていました」
「カエサルの意志? 人とエムの共存共栄……」
「はい」
「そんなのボクには無理です! できません!」
「かもしれませんね。あなたは弱いから」
「…………」
「でも考えてごらんなさい。あなたがもっともっと強い力と心をを持っていたら、四島を有無をいわせず平定していたら、クナシリの子供たちは死なずにすんだかもしれませんね? 殺す者、殺される者の思いを感じとれれば、助けられたかもしれませんね? 子供たちはどれほど怖かったでしょう? どれほどの絶望をいだいたことでしょう? なぜあなたはその声に気づいてあげられなかったのです? あれほど近くにいて」
「…………」
「憎むのなら子供らを殺した者ではなく、あなた自身の弱さを憎みなさい。やさしさを決してなくすことなく。──むずかしいですね?」
「はい……」
「ハボマイのケシ畑はどうしました?」
「焼きはらいました。亡くなった老人の願いでもあったので」
「けっこう。では今日のところは部屋で体を休めなさい。明日からはカズヨをともない各コロニーに侵入、アンデイ病の薬の調達にいってもらいます」
「は? カズヨ先生もいくんですか? それは危険です」
「カズヨひとりぐらい守ってみせなさい。もし彼女を死なせたら私があなたを殺します」
「そんな無茶な……」
「クナシリからもどったショウの提案で今、瞬間移動できる有志をつのり、不当に隔離されたエトロフの患者の救出にむかっています」
「今? ショウも?」
「ええ。ミノリばかりに危ないまねはさせられないと強く進言されました。私たちだって誇りあるJ州の人間なんだ、こまってる人は助けたいといってね」
「誇りある……」
「彼女らはサツキを案内役として連れていきました。サツキも志願したのです」
「で、でも、彼女だって病気なのに!」
「あなたが薬をもってくれば問題ありません。サツキはミノリを信じているからいったのですよ。しかし隔離患者とはいっても元はクナシリの住人、すでにアヘンで精神を破壊された者もいるでしょう、生まれつき攻撃的な性格の者もいるに違いない。そんなリスクをおかしてまでみな、エトロフにいったのです。J州人としての尊厳をもって」
「……ボク、薬をとりにいきます! カズヨ先生は必ず守ります!」
「当然です。J州の男なら」決然といいはなったヒマリは、ミノリに背をむけて室外へとでていこうとした。
「あ、あのヒマリさん」
「なんです?」
「クナシリの子供たちが自力でコロニー脱出をはたしたってサツキさんの話、どうして嘘じゃないとわかったんですか?」
「わかりませんか?」
「わかりません」
「それはあなたの力が弱いせいです」
「え?」
「あの水上カンゴを抑止しているジョエルには、サツキの心の壁など無意味でしたよ」
「そうですよね……」
「結果的にサツキは嘘をついていましたが、その嘘には悪意も毒心もありませんでした。あの子は少し自尊感情が低すぎるようです。あなたと同じで」
「ボクと同じ?」
「強くおなりなさい、ミノリ」
「……はい」
ヒマリは疑問符ばかりしか頭にうかばないミノリを残し、応接室をでていった。
翌日。泥のように眠りこけていたベッド上のミノリをおこしたのはカズヨであった。
「カ、カズヨ先生! おはようございます、すいません寝坊しました!」
「朝立ちしてる?」ミノリのふとんをまくろうとするカズヨ。
「はぁ!? してませんよ!」
「そう、若いのに疲れてるんだね。でもショウたちが北からたくさん患者を連れてくるから、私たちもいかないとね」
「はい!」
着替えをすませたミノリとカズヨが応接室に入っていくと首長とヒマリがほわほわと湯気のあがる紅茶をいれて待っていた。
「カズヨ、年明け早々ご苦労様です。どうか無事にもどってください」ヒマリがいった。
「はい」神妙にうなずくカズヨ。
「ミノリ、カズヨに傷ひとつおわせることなく任務をまっとうなさい」
「はい」
「抗う者があれば力でねじ伏せなさい。場合によっては相手が人であっても殺しなさい。あなたが夢の中で、水上カンゴを殺してやると叫んだように」
「で、でも、なんのうらみもない人を殺すなんて……やることは強盗なんだし」
「残念ですが誰かを守るということは、別の誰かを排除することと同義ですよ。ミノリ、そしてそのときは事故ではなく、あなたの意志で殺しなさい」
「ボクの意志で……殺す?」
「そう、冷徹な意志と判断力をもって殺すのです」
「でも、首長さんの望みは人間とエムの共存共栄なんですよね!」
「…………」ミノリは首長を見たが、本日の彼は黙して語らないようである。
「その通り。しかしコロニー内の人間はエムを忌みきらい、憎悪しているのが現状。それはあなたもよく知っていますね」
「はい……」
「なにも殺人を推奨しているわけではありません。ただその覚悟なしでコロニーへやるわけにはいかないといっています。私はエトロフいきの者たちにもいいましたよ。自身や仲間が危険におよぶようなことがあれば容赦なく敵を討てと。みなさん受け入れてくれたからジョエルは隔離患者救出の許可をあたえたのです」
「……そうですか」
「ミノリ」
「はい」
「はっきりいいますが、エトロフにむかった方々はあなたの能力よりも数段、劣ります。相手もエムである以上、一瞬のためらいが命とりになりかねないのです。ただあなたなら、水上カンゴに匹敵するようなもっともっと強いあなたなら、誰ひとり傷つけずに薬品調達の任をまっとうできるかもしれませんね。もしかしたら」
「昨日も同じこといわれましたね、ボク」
「何度でもいいます。ところが今のあなたはそれほど強くない。ならばショウたちと同じ覚悟をもってもらうしかないのです」
「……覚悟して、考えます。それからボクも昨日と同じことをいいますが、カズヨ先生は必ず守ります」ミノリがこたえると、ヒマリは車椅子の首長を見た。彼は無言で右手を前方にさしだし、強く指揮した。──いけ!と。
「カズヨ、ミノリ、いってらっしゃい」ヒマリは笑顔でふたりを送りだした。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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