第二章 ミノリとショウ 18
18
カズヨの下着やシャツを借りたサツキが、応接室に入ってきた。すでにソファーでくつろぎつつ、お茶を飲んでいたミノリは少し驚いてしまう。汚れを落とした彼女はカズヨのいう通り、とても美人であったからだ。そして汚れていたせいでわからなかったが、額にはやはりサードアイの痕跡が薄く残っていた。頭をさげて腰をおろろしたサツキに緑茶をいれつつ、カズヨがいった。
「サツキ、知っていることを全部、話しなさい。対策は内容によって検討しましょう」
「対策?」
「ミノリの話じゃドラッグ中毒患者だらけで、子供の歯は虫歯だらけ。あなたと同じ病気の人や、別の病気らしい人もいると聞いた。対策は必要でしょ?」
「でも、島のことでそこまでご迷惑は……」
「いいから。まずはドラッグってなんなの? どこから手にいれてるの?」
「薬物の名称は知りませんが、夏にハボマイのケシ畑から島民総出で採取しているようです」
「ケシ? アヘンか。これはやっかいだわ。で? ハボマイ群島に畑があるのね」
「はい。春から夏にかけて一面に紫色の花を咲かせると聞きました」
「夏にはいちおう、畑にでたりしてるの? あの人たち」驚いたようにミノリがいう。
「ええ、冬の快楽のためにだけ。そうはいっても夏でもあれを吸いつづけていますけど。いつのころからかそんな風になってしまったそうで。でも冬の間に何人も中毒で死ぬので、人口は年々減少しています。ケシの実が悪いんです、あんなものなくなればいいのに」
「そうか!」ミノリには合点がいった。島で亡くなった老人がいいのこした「焼きはらえ」とはケシ畑のことだったのだと。ミノリがそのことを話すとカズヨはうなずいた。
「死に際にならないと真実に目ざめないってのは悲しい話ね。サツキは? どうしてアヘンに手をださなかったの? アンデイ病には最近かかったんでしょ?」
「私は、その、体にあわなかったんです。吸いこんだだけで吐いて、めまいで倒れてしまいました。あれ以来、どんなに誘われても断りました」
「それはラッキーだったわね」カズヨが笑った。
「でも、それで友達もいなくなりました」
「まあ、いいんじゃない。その友達もいずれ死ぬわ。アヘンはたちが悪い、中毒から立ちなおるのは不可能よ」
「不可能なんですか?」とミノリ。では、クナシリは全滅するしかないではないか?
「普通の人間なら可能かもしれないわ。監禁して泣こうがわめこうが薬を断てばね。でもエムでしょ? 観念動力や瞬間移動を持ってるでしょ? 監禁なんて無理」
「でも、精神感応しかできない丙種の人とかも……」
「ミノリ、助けたい気持ちはわかるけど。瞬間移動できないエムがどうやってコロニーから脱出してきたの? この街の丙種の人はね、みんな街の有志が処刑寸前のところを救いだしてきた人たちなのよ。私からしてそう。クナシリのエムはどう? そんなことしてくれそう?」
「……しないでしょうね」肩を落とすミノリ。平定しろとヒマリからいわれているが、中毒患者だらけの島をおさめるなど、とうていできないだろう。
「ここで疑問。サツキ、あなたは瞬間移動できるの?」
「いえ……できません」
「ならどうして、コロニー外にのがれることができたの?」
「あ、あの……」もじもじと下をむいてしまうサツキ。
「先生!」ミノリが不服そうに声をあげた。
「ミノリ、大事なことよ」
「でもサツキさんを疑うようなこと──」
「いいんです、ミノリさん」サツキが顔をあげた。「誰にもいうなといわれていたものですから。約束を破るのが、その……」
「そう。でもサツキ、話してみてくれない?」
「はい……十二年前、まだヤタ区画にいた八歳のころ、花を育てていたのですが、私、動植物の細胞を活性化させる力があることに気がついて」
「そんな力があるの!?」目をまるくするカズヨとミノリ。ヒマリがいった通り、エムの力は無限大のようだ。
「それで、なんだか楽しくて鉢植えの花をどんどん大きくしていたら、監視ドローンに見つかって。かけつけたロボット警官に撃たれるところを同い年の男の子が助けてくれたんです。それで、彼の力でクナシリまでのがれました。その当時はまだ健全な人もいたから私はどうにか生きてこられたんです」
「そんなことが……」腕を組んでうなずくカズヨ。「疑ってごめんね、サツキ」
「ぜんぜん!」サツキは恐縮して手を左右にふった。
「それで、その少年からなにをいうなといわれたの?」
「女を助けたとか恥ずかしいからいうなって。でも、私がいけないんです」
「どういうこと?」
「島に逃げたとき力の話になって、私の話をしたら彼、その力を自分に使ってみてくれってたのんできたんです。それで命の恩人のたのみだしって私、なんの考えもなしに彼に使いました。そしたら彼は突然、苦しみだして、白目を剥いて、嘔吐まで……」
「それで?」
「息を吹きかえしたら別人みたいに目をつりあげて、いきなり馬乗りになってきたんです。それで誰にもいうなって。私、殺されると思って、ただ、はいと返事しました」
「……細胞を活性化させる力か。その子の脳になんらかの影響をあたえてしまったのかしらね? 今、その少年は?」
「わかりません。そのまま消えてしまいました」
「そう。名前くらいわからないの?」
「下の名前しか。彼、カンゴといってました」
「……カンゴ!?」飛びあがらんばかりに叫んで、あわてて口を押えるカズヨとミノリ。
「どうかされましたか?」ふたりの動揺ぶりにあたふたとするサツキ。
「た、ただの偶然ですよね?」小声でカズヨに聞くミノリ。
「そ、そそうよ。ただの他人のそら似よ」カズヨは他人のそら似という慣用句の使い方を間違うほど動転していた。「かか、関係ないわ!」
「ですよね……」いいながらミノリは、水上カンゴのあの恐るべき能力はサツキによって脳細胞が異常発達したせいなのかもしれないと考えていた。もしそうだとしたら……。
「なんでもないのよサツキ。ごめんね、この話はここまで。えーと、そうそう島の子はなんで虫歯だらけなの?」取りつくろうようにいうカズヨの額には脂汗がうかんでいた。彼女もミノリと同じことを思ったのかもしれない。だとしたらなおさら危険な話はつづけるべきではないと。
「歯みがきを教えるまともな親がいないからです。それにコロニーから瞬間移動で逃げてきた子は、自分でみがく習慣がありませんから。生まれたときからRA2075型がやってくれていたので」
「なるほど。ミノリ、子供らにはまだ望みがありそうだっていった?」
「はい。アヘンはもう吸っているようでしたけど人間性は感じられました」
「子供だけでもなんとか助けたいわね。クナシリの病人てのは? どんな病気なの?」
「盲腸だとか、ガンだとかです。苦痛をやわらげるためなのか、中毒患者ばかりになってますけど」
「そう。かわいそうだけど処置なしね。あとはエトロフで隔離されてる人たちか……サツキ、エトロフの人たちもアヘンをやってる? だとしたらやっぱり手遅れだけど」
「いいえ。土がよくないそうなので農業は細々とだそうですが、動ける人が魚を獲ったり、家畜を育てたりして暮らしているそうです。いったことがないのでくわしくは知りませんが、少なくともアヘンはやっていません。ケシ畑に彼らが入ったりしたら、あっという間に襲われて殺されてしまいます」
「わかった。じゃ問題は子供とエトロフの人ね。あとは切ろう」
「…………」ミノリは疑問であった。それでいいのだろうかと。
「ミノリ」
「はい」
「子供のことだけだって手にあまるのよ。その子らが素直に歯を治療させると思う?」
「思いません」しかも小さいながらも観念動力を使うのだ。
「全員を救おうなんてあまいことは思わないほうがいい。いくらエムだってできることなんてかぎられてるの」
「じゃ、どうすれば?」
「子供は何人だっけ?」
「約三十人です」
「そう。そのうちエムはどのくらい?」
「だいたい半分くらいだと思います」数えたわけではないが、ミノリの感覚ではそのていどであった。
「ならまずは、普通の子、丁種の子から連れてきて」
「ここにですか?」
「そうよ、ほかのどこで虫歯の治療をするの? きたら麻酔で眠らせて歯をガリガリ削ってやるから。サツキも手伝ってね。まずは簡単なことからでいいのよ」
「は、はい!」面食らいつつも、なにやら役割をあたえられたことが嬉しそうなサツキ。
「エムの子は?」ミノリがたずねる。
「わからない……考えとく。あ、タツトに精神攻撃で押さえてもらうか!」
「十人以上は無理ですよ。それに長くつづけたら子供の脳が壊れてしまいますって」
「じゃあどうするってのよ!」
「──私たちでなんとかしましょうか?」同じ応接室に、ヒマリと車椅子の首長がいた。うわっと声をあげる三人。「ミノリ、もどってきているのなら顔くらいだしなさい」とヒマリ。
「す、すいません」あわてて頭をさげるミノリ。
「カズヨ、いい考えです。私がそのエムの子らを押さえましょう。それでいいですね?」
「はい、ありがとうございます首長……ヒマリさん」
「ミノリ、子供らを連れてきたあと、あなたのなすべきことはなんですか?」
「……アンデイ病の薬を調達することです」ミノリはちらりとサツキに視線を送る。
「それから?」
「この街にエトロフの患者さん、連れてきてもいいでしょうか?」
「もちろん。ただし、転入審査はしますよ」
「はい!」
「それでミノリに課した北方四島の平定は終了とします」
「え? ほかの人たちは?」
「カズヨの言葉を聞いていませんでしたか? 薬物におぼれ、思考停止した者に未来はありません。無理にでもそう思いなさい、0番街に彼らを受けいれることはできません」
「はい……」仕方のないことなのかもしれない。中毒者の流入は、薬物の流入につながりかねないのだ。
「それから?」
「え?」
「わかりませんか? 私に聞こえたのです。あなた方の話、水上カンゴにも聞こえていた可能性がありますね?」
「水上カンゴ……」サツキがつぶやいた。「あの、その人は──」
「サツキ、あなたの力はなかなかに興味深い。そしてここにいては危険です。私の家にきなさい」
「え? あ、あの、この方たちはどなたなんですか?」カズヨとミノリを見て、おろおろとするばかりのサツキ。無理もないことだろう。そしてヒマリの言葉は、カズヨとミノリの考えが的を得ていたということをさしていた。マル甲、水上カンゴはサツキという少女が無意識につくりだした怪物なのであろう。
「この街のおさめてくださる方々よ、サツキ。……例の男、ここにきますか? 首長」カズヨの目は真剣だった。
「あの男のことはわかりません。しかし、だから私がきたのです。今のところ私しか彼をとめられませんから……ミノリ」
「はい」
「ミノリ、私に時間がないことは聞いていますね?」
「はい……」
「ならば、なさねばならないことはわかりますね?」
「はい」水上カンゴに対する抑止力になること。非常に困難なことではあるが。
「では、いきなさい」
「あの、首長さん、ひとつだけいいですか?」ミノリがいった。
「なんでしょう?」
「サツキさんの力、ボクが受ければいいのでは?」水上カンゴに対抗するには、それしかないのでは?
「その結果、彼がどうなりました? サツキはどう思います?」
「……よくわかりません」困惑するサツキ。
「でしょうね。私が思うに、サツキの力ははなってみなければ結果が読めないたぐいのものでしょう。たとえばガンをわずらう患者がその力を受けた場合、体細胞や抗体が活性化すれば治癒するかもしれません。しかしガン細胞の方が活性化するかもしれない。恐ろしく危険な賭けになりますね?」
「はい……今の病気が発症したとき、自分自身に力をはなってみました。なおるかもしれないと思って。でも、そうしたら病状は極度に悪化しました」
「自分に自分の力を撃った……」ミノリはサツキの言葉で、自らの首を飛ばしたショウの悪夢をつい思いだしてしまう。
「サツキの力は諸刃の剣。ミノリ、安易な方法に逃げることなく自分自身で強くおなりなさい」
「はい……」神妙にうなずくミノリ。サツキばかりではない、エムの力そのものが諸刃の剣なのだ。
「ならばいきなさい。あなた自身でできることからはじめるのです」
「──首長さん、ヒマリさん、わかりました! カズヨさん、子供たちを連れてきます! 準備しておいてください! サツキさん、ちゃんと療養するんだよ!」ミノリはそういって瞬時に北の島へと跳んだ。
「ふふふ、素直さだけが取り柄な子ですね」ヒマリがいかにもおかしそうに笑った。
「ミノリさん……」つぶやいたサツキの肩に、そのヒマリが手をおいた。
「ミノリがもどるまで、私があなたを守ります。さあ、一緒にきなさい」
「あ、でも……」カズヨに手伝いをたのまれていたサツキは躊躇する。
「サツキ、いって。ここが襲われたりしたら、ほかの患者に迷惑だから」
「正直、なにがなんだかわからないんですけど。先生はその方がいいんですね?」
「そうよ」あかるくこたえるカズヨ。
「先生、ありがとうございました」サツキは何度も何度も頭をさげた。
「ではいきましょう、サツキ」彼女に手をさしのべるヒマリ。
「はい」
そしてミノリと同じく音もなく、首長とヒマリ、サツキが消えた。
「……えらいことになったわ! 私にどーせいっつの? たくっミノリ! ちゃんと医療報酬はもらうからね!」思いきりどなったカズヨは、せっせと歯科診療とアンデイ病関連の資料を集めはじめた。もちろん専門外ではあるが、0番街に医者は彼女しかいないのである。
(つづく)
はげみになりますゆえ、ブックマークと感想などをよろしくお願いいたします。
当サイトにて、二作品を公開中です。お読みいただければ幸いでございます。
『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n8533gq/
『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n5847gs/




