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第一章 ミノとアズ 3

       3

 地下鉄をおり、地上にでたミノリは高層ビルが林立する一番街オフィス街、さらに立体映像や昔ながらのLEDネオン、雑多な看板が軒をつらねる小ぎれいな自販機型商店街をぬけて、広大な敷地をもつ一戸建てばかりが立ちならぶ高級住宅街に入った。木材の値段が高騰しているため、ログハウス調の家や、紙と木で造られたいわゆる武家屋敷風の家も多い。一歩、中に入ればコンピューターで制御されたサイバーハウスに違いないのだから、見栄っぱりもはなはだしい。余談ではあるが、紙も貴重品であるため、トイレットペーパーやちり紙などの必要最低限の製品しか製造されていない。ミノリがコロニーの外にでて古書をひろってきている理由がこれであった。現在、本と呼ばれる物はタブレットや光学モニターでしか読めないのである。つまり古い書籍はデータが残されていたものしか閲覧することができないのだ。

けたたましいサイレン音とともに二台の装甲パトカーが走りぬけていった。予防接種会場、クサナギ区庁舎方向へむかっているようだ。通りかかった主婦や老人、子供らも不安そうに虹色のパトライトと赤色のテールランプを見つめている。そして攻撃ドローンが五機、速度をあげて上空を横切っていった。ミュートを発見したのかもしれない。一般州民の犯罪者に対しては、基本的に連合警察官とロボット警官だけで対処するのが通例だからだ。

『ミノ、ワクチン接種会場で事件発生のようです。しばらくは近づかない方が賢明です』

「だからって、予防接種を受けなきゃ法律違反になる」

『それはそうですが』

「ま、慎重にいこう。アズ、情報を集めてくれ」いいながらミノリは歩調を早める。

『了解。あくまでも慎重に、ミノ』

「わかったよ」

 わざわざ歴史があるかのように古めかしく建造されたらしきクサナギ区庁舎近くにミノリがさしかかると、中から多くの人々の悲鳴や罵声、どなり声が聞こえてきた。ミノリは三足歩行の旧型ロボット警官、K105型門番にサードアイをしめしID認証で本人確認をすますと、足早に広場へとむかう。予防接種を受けにきていた子供から老人まで何百という人々がつくっていたであろう列は千々乱れ、多くの者が建物や車両のかげにかくれるべく口々に声をあげながら右往左往している。その前方には先ほど見かけた装甲パトカーが二台、停車モードで待機していた。そして上空には約一メートルの監視ドローンと二メートルの攻撃ドローンがハエのように飛びまわっている。

「なにがあったんだ?」逃げまどう人たちと、マシンガンアームをかまえた三十機ほどのロボット警官、K109の隊列にはばまれ、ミノリには状況がつかめない。

『ミノ、医療用RA2075からの情報です。予防接種を受けにきた者の中にミュートがいて、直前にワクチン接種を拒否したそうです』アズが素早くささやく。

「なるほど」拒否するときに観念動力を使ったか、医師への精神攻撃をしたのだろう。バカな人だ、とミノリは思った。法規を順守し、人前で力を使用しなければミュートだと発覚することもなかっただろうにと。あのロボット警官たちがむける銃の先にそのバカなミュートがいるに違いない。

『ミノ、あまり近づいては危険です』

「大丈夫だよ。三本足もドローンもねらいははずさないだろ?」

『ミュートがどんな能力を持っているのかが不明です。巻きこまれる可能性があります』

「あ、そうか」人波に逆らいながらじわじわと前進していたミノリは足をとめた。逃げまわる老若男女はK109の銃弾を恐れているわけではなかったのだ。

「え!」ミノリは声をあげていた。マシンガンアームをむけられていた者の姿が一瞬、目にうつったのだ。嘘だろ? そう思いながらふたたびミノリは歩きだす。そのとき装甲パトカーのスピーカーから、連合警察官らしき人間の声が響いた。しかし、声の主が車輛内にいるわけではない。ミュートがらみの事件のときは、モニターごしの遠隔監視、遠隔操作が基本である。

「早くそのミュートをはなしなさい。あなたの人権は保護されていますが、ミュートの庇護隠匿(ひごいんとく)は重大な法律違反となります。超能力者削除法、第八条、第三項の規定にのっとり、我々はあなたに対しても実力行使をすることになります。繰りかえします──」このスピーカーからの呼びかけに対し、なにやら大声で反論しているのは、小さな女の子をかかえた若い女性であった。

「アズ、あの人の声をひろえ」ミノリはバングルフォンに素早くタッチ、アズに命令する。

『不本意ですが、了解しました』アズがこたえる。すると、バングルフォンが感知した空気の振動をサードアイを通し、アズが音声化してミノリの鼓膜に伝えはじめた。この機能は補聴器が必要な州民むけに開発されたものであるが、一般州民のバングルフォンにも内蔵されている。これは大量生産の結果である。しかし日常、この機能を使う機会は健常者にはめったにない。

『──この子は、注射が怖かっただけなんです! ただ、それだけなんです! ミュートじゃない! ミュートじゃないんです!』母親に抱かれながらおびえたような目をしている少女、あの子がミュート! ミノリの心臓は飛びださんばかりに打ちなった。予防接種を受けにきたってことは、まだ、四歳じゃないか!

『ミノ、血圧が上昇しています』アズが口をはさんだ。

「うるさい!」ミノリはいつの間にか歯ぎしりしながらこぶしをかためていた。

『ミノ、いけません』

 このとき、母親らしき女性の腕に抱かれた少女がギャアと叫び声をあげた! すると、マシンガンアームを固定し、連合警察官の指示を待っていたロボット警官の数体がはじかれたように吹っとんだ! しかし、この程度のことは想定内である。三本の足を器用にあやつり、瞬時に体勢を立て直す。だが、どのK109も発砲はしない。ミュートの殺処分は問答無用で可とされているが、一般州民の殺傷は連合警察の命令がないかぎり(いな)、とプログラミングされているのである。

「州民への発砲を許可する。撃て!」このスピーカーからの認可に反応、間髪入れずに一斉掃射がはじまった。

「うわぁ!」ミノリは、樹脂製人工大理石の石畳に(ひざ)を落として、目をおおった。バングルフォンの補聴機能によって、銃撃音と母子の絶叫が彼の鼓膜を鳴動させる。しかし、ものの五秒間で片がついたらしく、一瞬、無音となり、すぐに三本足が動きまわるカチャカチャいう金属音のみが聞こえてきた。「アズ、もういい。音、切ってくれ」

『了解。ミノ、立ちなさい。泣き顔を他者に見られては危険です』

「わかってる」原形をとどめていないズタズタな遺体、ふたつを収容袋に詰めこんでパトカーへ引きあげていくロボット警官にむけて、拍手を送っている者までがいた。

「あなた、大丈夫?」優しそうな老婆が、肩を落としていたミノリに声をかけてくれた。

「あ、はい。大丈夫です」

「私もね、グロいのは苦手。いくら相手がミュートでも気持ちのいいものじゃないわよねぇ」老婆は笑いながらいって、そして口もとに手をあてた。「あら、私ったら! 通報しないでね」

「こちらこそ。ご心配、ありがとうございます」

「さ、また列にならばないと。あなたも急いだ方がいいわよ」清掃ロボットがバリケードを設置して散らばった薬莢を片づけ、赤い血痕と肉片をクリーニングしている姿を横目に、約八〇〇名の人々は何事もなかったかのようにワクチン接種の行列をつくりはじめている。ぼんやりと列の最後尾をさがすミノリは、ハッとして背後に目をむけた。誰かに見られているような気がしたのだ。しかしどうやら、思いすごしのようであった。                      

                           (つづく)


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なにとぞ、なにとぞ。


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