第二章 ミノリとショウ 17
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「あ、あなたバカなの!?」赤津カズヨが叫び、そしてハンカチで口もとをおおった。「いくら防護服を着てこようが、ウィルスが服の表面に付着していたら同じでことでしょ! 街中に感染が広がったらどうすんの! 私以外、誰とも接触してないわね?」
「はい……」真っ青になり戦慄するミノリ。そしてかたわらで小さくなっているサツキ。
「とにかく動くな! 動くな! ミノリ! ここから一歩も動くな!」突如として自分の病院に現れたミノリと、サツキという娘を病室に閉じこめたカズヨはプンプンしながらも、とり急ぎ自分も防護服を着けて作業を開始した。最初に室内へとフィルターつき電動集塵機とアルミ脚立、そして様々な実験用機器や器具などをほうりこみ、以前、ホームセンター跡でひろっておいたロール状のビニールシートを広げて窓側やドア側、天井などに二重、三重にはりつけ、完全とはいえないまでも簡易的なクリーンルームをつくりあげてみせた。もちろんミノリもサツキも大車輪でこき使われた。
「カズヨ先生、これじゃ先生まで感染してしまうんじゃ?」ミノリがいうとカズヨはふんと鼻を鳴らした。
「もう遅い。せめて外部に漏らさないようにしないと。いざとなったら病院に火をつけるからね」
「……わかりました」そのときは発火能力で自焼する覚悟をミノリはかためた。死にたくはないが、これが運命なら受け入れるほかないと。
「瞬間移動で逃げようとかするんじゃないよ」
「はい。サツキさんもいいね?」ミノリがいうと、サツキは申し訳なさそうにうなずき、また泣きはじめる。
「はい、泣かない! 飛沫が飛ぶ! サツキさん、あなたからヘルメットを取って」
「はい……」サツキは懸命に涙をこらえ、すすりあげ、ヘルメットをはずした。
口内の粘膜や血液、尿や肌の細胞を採取されたサツキ。尿を採る際には後ろむきになっていたミノリがいった。
「あの、先生、ボクは?」
「あなたはあと。まずは大もとのこの子でしょ? この子が無事ならあなたは無事。問題ありなら、検査してやる」検査キットや顕微鏡に検体を落としつつカズヨがいう。
「わかりました」
「結論からいうよ」検査をおえたらしいカズヨがヘルメットごしにミノリとサツキをにらみつけた。
「はい……」天をあおぐミノリ、そしてサツキ。
「おどかさないでよ、まったく。未知のウィルスなんてとんでもない! これはね、アンデイ病っていうの」くはぁーっと息をはきながらカズヨはヘルメットをはずした。
「なおるんですか?」ミノリが聞くと、カズヨは大きくうなずいた。「サツキさん、よかった! よかったね!」
「…………」なにもこたえられない彼女は今度こそ、その場にくずれ落ちてわんわんと泣いた。
「カズヨ先生、ありがとうございます!」やはりヘルメットをはずしたミノリがカズヨに頭をさげる。
「大昔によく見られた病気だけど、今は薬がある。まだ初期段階のようだからなおるわよ、サツキさん。条件つきでね」
「条件?」ミノリの表情がかたくなる。
「この病院には、必要な薬品がそろってないの」
「え!?」同時に声をあげるミノリと、ヘルメットのままで泣いていたサツキ。
「例の男に調達をたのむしかないわね」少しくやしそうにつぶやくカズヨ。
「例の男……でも先生、それこそどんな条件をだしてくるか!」水上カンゴなら、ショウの処女を差しだせとか本当にいいだしかねない。
「怖いね、かなり」カズヨはいら立ちまぎれなのか、ビリビリと音をたてて壁面にはったビニールシートをはがしはじめた。
「いいんです! もう十分です。先生、ミノリさん、ありがとうございました!」突然、叫ぶサツキ。そして苦渋の表情をうかべるカズヨ。
「サツキさん、でも……」でもってなんだ? いいながら思うミノリ。
「おふたりのおかげで、ほかの大勢の人たちが希望を持てます! 伝染病じゃない、薬さえあれば治癒もありえるって!」サツキは祈るような手つきでふたりにうったえた。
「ほかの人たち?」ミノリには初耳であった。
「どこにいるの? その人たち」カズヨも聞きずてならないと思った。
「エトロフです」サツキがいった。
「エトロフって?」なにも知らないミノリの後頭部をたたくカズヨ。
「ミノリがサツキを助けた島がクナシリで、その人たちがいるのがエトロフでいいの?」カズヨの問いにうなずくサツキ。「エトロフに患者が隔離されているってこと?」
「はい」
「とんでもない前世紀の話だわ……島に医者はいないの?」
「いません」
「あの……カズヨ先生、なんの話をしているんですか? エトロフとかクナシリってなんです?」こわごわと口をはさむミノリ。
「J州とR州の領土問題も知らないの? これだからコロニー育ちは!」
「すいません、すいません!」コメツキバッタのように頭をさげるミノリ。しかし仕方がないだろう。なにしろ学校でも、アズにも教えてもらったことのない名称なのだ。
「医者としては無知がもたらす差別も許せない。コロニーの人間がエムを差別するのと同じことよ! エムがエムを差別するなんて、絶対、許せない!」きりきりとビニールシートを引き裂くカズヨ!
「ミノリさん、私を島へもどしてください! ほかのみんなに伝えなきゃ!」嬉しそうにサツキがいった。ミノリは彼女の笑顔を初めて見た気がした。しかし……。
「だめだ。サツキさんはここで治療をうけろ」
「でもミノリさん、薬がないんでしょ? どうせ死ぬんならみんなと一緒に──」
「先生、ボクがなんとかします! 例の男になんかたよらなくても、ボクが盗みでもなんでもして手にいれます!」サツキの言葉をさえぎったミノリが宣言した。
「何種類も必要なのよ、簡単じゃないわ。ミノリ……少し落ち着きましょうか? サツキはシャワーを使いなさい」
「いいんですか?」遠慮がちに、しかし嬉しそうにサツキがいった。
「もちろん。髪なんかゴワゴワじゃない、美人が台なしよ」ウインクしてみせるカズヨ。
「すみません」
「じゃ、ボクもあとでシャワー室──」いいかけたミノリの頭をたたくカズヨ。
「ミノリは彼女をシャワー室に案内して、それからこの部屋の片づけをしなさい。面倒を持ちこんだ罰よ。ほかにも入院患者がいるんだからね、私はこれでも忙しいの!」防護服をぬぎすてたカズヨは、決意を秘めた表情をうかべながら病室をでていった。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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