第二章 ミノリとショウ 16
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翌日もどこへいこうが、誰と会おうが、麻薬で陶酔しきっている状態の者以外の人という人から攻撃を受けた。難をのがれて小さな廃ビルの二階の一室へと入りこんだミノリは、彼らと自分の違いはなんだろうと考えてみる。子供らの中には普通の人間もまじっているが、ほとんどの者が彼と同じエムであるのに、なぜ自分ばかりが襲われるのか? なぜなのか? いくら考えてもわからなかったし、午前中はまともな人間にひとりもあえなかった。いや、道ばたで糞尿をたれ流して死にかけていたJ州人の老人からだけはひとことだけ言葉を聞けたが、なにをいっていたのかよく聞きとれなかったし、思念も弱すぎて読めないうちに亡くなってしまった。そのままにもしておけず、街から少し離れた南側の山に観念動力で穴を掘って埋めてやったが、老人の最後の言葉が気になっていた。
「やきはらえ」彼はこういって死んだ。焼きはらえ? なにを焼けというのだろうか? この自堕落としかいいようのない街を焼けということであろうか? しかしあの老人も骨と皮ばかりであったので、おそらくはドラッグ中毒だったに違いない。今わの際に良心が目ざめたということだろうか? しかしこの様子ではいずれ遠くない未来に、放置しておいても人々は自滅するに違いない。
昼食用に持ってきた焼き魚を、壊れそうな椅子にかけて食べながら考えこむミノリ。その思惟を破るような悲鳴、それとともに強烈な恐怖の思念が彼の脳に伝わってきた。魚を投げすて、窓際に立った彼は千里眼で思念の主をさがす。
「いた!」数人の男たちに追われて逃げている若い女の姿が見えた。彼女は黒髪のJ州人に見える。ミノリは瞬時に跳んだ!
ジャリっとアスファルトをふんだミノリは、女をかかえて宙へと飛んだ。すると四人の内の三人の男も飛びあがり、空中でミノリと彼女を取りかこんだ。
「よせ!」叫ぶミノリ。しかし聞く耳などもたない男たちはいっせいに観念動力をはなってくる。跳ぼうとしたミノリに精神攻撃をしかけているのは地上に残った男であった。一瞬ひるむミノリだが、飛んでくる観念動力をよけながら、自身も地上へむかい思念を撃った。ドンという炸裂音とともに舗装道路が粉砕し、ミノリの精神に干渉しようとした男の体が血しぶきとともに四散した。「しまった!」殺すつもりはなかったのだ。だが後悔しているひまなどあたえてもらえるはずもない。次々にむかってくる力の帯からのがれつつ、女を抱いたミノリは跳び、そして消えた。
「大丈夫ですか?」先ほど老人を埋めた山へとおりたミノリは抱きかかえていた女を土の上にすわらせた。「ケガしてない?」彼の言葉に、若い女はおびえながらもうなずいて見せた。言葉が通じた! 驚いて目を見開くミノリ。
「ありがとう……」ごくごく小さく彼女がいった。やはりJ州人のようだ。
「え? あ、は? ああ、こちらこそ、ありがとう!」なんでだか、頭をさげてしまうミノリ。
「どうして、あなたがお礼をいうの?」いぶかしげな表情をうかべる彼女。当然といえば当然である。
「あ……ここへきて、まともに話ができる人と初めて会えたから。つい嬉しくて! あ、名前は? ボクは小久保ミノリです」
「はい、私は宮下サツキです」
「サツキさん。元はヤタ区画の人?」
「ええ。ミノリさんは?」
「ボクはクサナギ区画」
「そんなに遠くから?」
「うん、でも瞬間移動だし」
「あ!」サツキは大声をあげて、飛びのいた。「近くにこないで!」
「え? 襲ったりしないよ」
「感染したかもしれない……どうしよう……」
「感染?」
「私、病気なの……」きている粗末な服のそでをまくりあげるサツキ。その腕には白や赤褐色の斑紋があらわれており、肌が隆起している箇所もあった。「追われていたのも、このせい。あの街では感染者は隔離するか殺すかの決まりだから」
「そんなところだけ決まりがあるの? なにもかも全部めちゃくちゃな街なのに」
「……本当ですね」
「それは? PE?」いまどきPEウィルスが? ミノリは思ったが、それならば定期的に予防接種を受けていた彼には感染しないだろう。
「わからない……でも、こうなって、このあと醜くくずれていくの、顔も体も。そしてゆっくりと死んでいく……」
「そう。じゃあPEじゃないね。あれは、あっという間に死ぬそうだから」
「どうしよう、ごめんなさい! 助けてくれたのに……」ぼろぼろと涙を落とすサツキ。
「よかった、サツキさんがいい子で。あ、何歳?」
「は、二十歳です」
「そっか、ボクより年上なんだ。ごめんなさい、いい子とかいって」
「そんなの……」泣きつづけているサツキ。
「大丈夫。つい最近まで、ボク、死にたかった人だから。一昨日もね、寒くて寒くて、死んでもいいやって思ったし」いいながらミノリは考えていた。どうする? どうすればいい? 未知のウィルスであれば、コロニーで受けていた注射に意味があるとは思えない。
「ごめんなさい……」
「本当にいい人だ、サツキさん。ショウに見せてやりたいよ」笑いながらミノリがいう。
「ショウ?」少しだけ目をあげるサツキ。
「ひどい女の子でさ、ボクより年下なのに生意気で、ボクのこと弟分だとかいうんだよ。どう思う? ありえないよね?」どうする? どうしよう。焦りばかりがつのるミノリ。
「さあ……」
「0番街っていうんだけどクサナギ区画の近くにエムの街があってさ、そこに住んでる女の子がショウ。ロボット警官に撃たれたボクを助けてくれた恩があるから黙ってたえてるんだけど呼びすては──」あかるくしゃべりたおしながらミノリは、そうだ!とひらめいた。「サツキさん! どこかに防護服はない?」
「防護服?」
「PEウィルスの防護服! 残ってないかな、この島に」
「…………」
「ないか……」それはそうだろう。防護服があれば、島の住人はコロニー内へ移住できたはずである。教会で見た死屍累々の白骨死体がよぎるミノリ。
「ヤタ区画になら……」サツキがいった。
「ヤタ区画。そうか……そうだよね」コロニーに防護服がないわけがない。
「ミノリさん、なにをする気?」
「サツキさん」
「はい」
ミノリは空を飛んでいる小ぶりの野鳥を三羽、いきなり撃ちおとした。仰天し、涙も忘れて口もとを押さえるサツキ。もはやなれたもので、ミノリはさらに落とした鳥を引きよせ、合掌すると発火能力で羽ごと焼いた。目をまるくして、その手際のよさにあぜんとするサツキ。
「たぶんあまりおいしくないけど、お腹がへったらこれを食べて、待っていて」
「え?」
「すぐにもどるから。生きていて、待ってて。いいね、サツキさん」
「はい!」ミノリの真摯な瞳に、思わずこたえてしまうサツキ。
「うん。じゃボク、ちょっといってくるから。ここにいて」
「はい……」サツキの返事を聞くとともに、ミノリの姿は消えた。
三十分がすぎ、一時間がすぎた。サツキは見すてられたのだろうと思ったのかもしれない。ふふと笑い、ミノリがおいていった鳥の丸焼きに口をつけた。
「おいしい……」
「そりゃ、よかった」
「え?」サツキがふりかえると、背後に息も絶え絶えのミノリが立っていた。
「ミノリさん! どうしたの!? すごい傷!」
「ああ、どうってことない」笑うミノリは頭からも、腕や足からも血を流していた。「致命傷はないし、前にコテンパンにされたせいでK109や攻撃ドローンの動きは読めるつもりだったし。けど、けっこうやられちゃったな」
「ヤタ区画へいったの? どうして!」
「うん」ミノリは足もとに引きずっていた五十センチ四方ていどの袋を指さす。真空パックされた袋はふたつあった。「防護服を取ってきた。これを着てボクと一緒にきてほしい」
「え?」
「ボクも着るからさ」ミノリはいいながら袋のはしのスイッチを押した。するとパックされた袋がふくれあがり、約五倍ほどの大きさになった。
「どこへいくの?」
「さっき話したでしょ? ボクの住んでる街。あそこにはカズヨ先生って名医がいるからさ」ガサガサと音をたてて防護服を着こみはじめるミノリ。
「どうして? どうして私なんかを助けようとするの?」
「ボクもウィルスに感染してるかもしれないんでしょ? ついでだよ」
「ついで……」
「そう、ついで。早く着てよ。サツキさん、ボクを殺す気?」
「はい……」ミノリの笑顔にこたえたサツキは、まためそめそと泣きながら四角い袋のスイッチを押した。
──首長さん、ヒマリさん、いったんもどるけど許してくれますよね? あげ足を取るようですが、今回は指示をまっとうするまで街にもどるなとはいわれてませんよね? でていけなんていいませんよね? 強化風船型メルメットをかぶったミノリは、あたふたと防護服を着用しているサツキを見ながら、ボクはまだ死ぬわけにはいかないんだ、母さんやショウのために、そう思っていた。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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