第二章 ミノリとショウ 15
15
翌朝、空をゆうゆうと滑空していた猛禽類らしき若い野鳥に観念動力をぶつけて撃ちおとし、羽をむしって焼いて食べてみたが、あまりにくさくて辟易としてしまうミノリであった。しかし、殺してしまった以上は責任があるのだと自分にいい聞かせ、無理やりに胃袋へとおさめた。食べて力をつけておかなければ、極寒の地でのミッションはとうていこなせないのである。野生動物を狩って食するということは、以前、ヒマリにほうりこまれたジャングルでおぼえたことであるが、あのときはLEDランプやオイルライターなどの携帯が許されていた。彼女は少しずつ彼にあたえる課題の難易度をあげているようである。まずい朝食をおえたミノリは、今日中にどこかで釣り竿をひろっておこうと心に決めた。平定などということは、一日や二日でできるわけがないのだから。
上空へ飛んだミノリはまずJ州に近い方の細長い島へとむかった。理由は簡単で、こちらの島の方が少し小さく見えたからである。そして海面からつきでた特徴的なロウソク岩のあるあたり、島の中央部のあたりにおりることにした。PEウィルス以前はここが一番島で栄えていた場所であったに違いない、手つかずの自然が多い中、道路が整備されていて、建造物や家、公共施設らしき建物が多くあり、薄汚れてはいるが街のていをなしている。往来にはポツリポツリとだがドラム缶の焚き火をかこむ人影も見えた。そして昨日感じた腐臭のようなものは、この街からはなたれているようであった。どのくらいの人数のエムがいるのか? 平定の方法は? この鼻にではなく、脳に直接くるような悪臭の正体は? 様々な思いを胸に、ミノリは小さくつきだした岬の街へとゆっくりと降下していった。
ドラム缶の焚き火の周囲に集まっていたのは、十歳以下の子供ばかりであった。おそらくはR州出身者だろう。中にはこの地で産まれたと思われるサードアイを持たない子もいる。驚くべきことは彼らの足には靴がなく、布が巻かれていることと、全員でタバコをまわし、吸っていることであった。そしてどの子も哀れなほど痩せこけていた。
「あ、あの……」ミノリがおそるおそる近よっていくと、いきなり弱い観念動力が飛んできた。ミノリがかわすと突然キレたように子供らが襲いかかってきて、彼の服や靴をはぎとりにかかる。瞬間移動で瞬時にのがれたものの、なにがなんだかわからずにドラム缶をはさんで子供らと対峙するミノリは、あっと口もとを押さえた。怒りをあらわにしている子供たち全員の歯がボロボロなのである。虫歯なのか、なにかの後遺症なのか、みな頬を赤く腫らしている。中にはあごがだらんとさがり、閉じることができない子までがいた。そしてしゃべれる者は口々になにかをどなっているが、ミノリにはR州の言葉が理解できない。ただ、子供らの苦しみ、痛み、くるおしいほどの悲しみだけがミノリの脳になだれこんでくる。
遠くで悲鳴が聞こえた。いや、悲鳴ではなかった。この寒空の下、素っ裸の男女が路上で絡みあっていたのだ。しかもそれは一組だけではなかった。ひとりの女につき三、四人の男が群がっているのである。そして女たちも歓喜と恍惚の表情をうかべて男たちをむかえいれているようであった。千里眼を通して見たミノリは、このおぞましい光景に吐き気をおぼえる。せめて建物の中でやれよ!などと思っていたら、また子供らが観念動力を撃ってきた。
「なんなんだよ! もう!」稚拙で虫のように細かい観念動力のわずらわしさに、ミノリは跳んで逃げた。
上空から見ていて、昨晩いったところよりも大きくて荘厳な印象の、この島の教会付近の宙空へと跳んだミノリは、以前ショウからいわれたことがつねに頭にあった。いきなり見えていない別の場所へと跳んだら、誰と激突するかもわからないのだ。しかしこんな杞憂もマル甲にはないのであろう。千里眼と瞬間移動をほぼ同時に使いこなせればすむ話である。力の弱い子供の攻撃など目をつむっていてもかわせるほどには成長してはいるが、まだまだだなとミノリは思った。そして体をうかせたまま、透視をしてみる。中に人の気配が感じられたのだ。もうもうと立ちこめる紫色の煙が充満する礼拝堂に人が大勢いた。あの子供らと同様、骨と皮だけになったような大人の男女が床に横たわり、ある者はぷかぷかと宙にうきながら、タバコを吸っているようであった。R州人らしき者がやはり多いようであるが、J州人の姿もかなりの数が見うけられる。誰もかれもがうつろな目をしていた。
「なんだ、これ?」ミノリはこれがタバコではないと直感した。おそらくは本でしか読んだことのない麻薬といわれるものに違いないと。そして昨日から感じる腐臭の正体を見たような気がした。
強烈な思念を感じてその方向へと目をむけると、十人の男女がその中央に立てた枯れ枝にむかい、輪になって笑いながらにらみあっていた。そして、その内のひとりの頭がボンっとはじけてとんだ。ミノリには見えた。彼らは己の思念を円の中心部、枯れ枝にむけてはなちつづけ、拮抗する観念動力の強さを競っているのだ。結果、一番の弱者が死にゆくことも理解したうえで。次は女の胸が破裂して、吹きだす血液が寒風に飛ばされながら倒れた。手をたたいて笑っている、ミノリから見ればただ頭のおかしな若者たち。彼ら、彼女らは死のゲームを楽しんでいるのだ。
「どうなってんだ……どうなってんだ、この街は」つぶやいたミノリに気づいた女が、宙にういている彼にむかい観念動力を撃ちつけてきた。子供らのものとは違い、そうとうに強い念波であったが、よける必要もないほど適当にはなたれたものであったため、彼女の思念は空を切り、四散した。そしてミノリに気を取られた彼女が、彼らのゲームの次の犠牲者となったのだが、残る七人は笑顔で標的をミノリに切りかえたらしい。次々と観念動力の帯がミノリにむけて飛んでくる。彼らの遊び相手になるつもりはないミノリは、とっとと瞬間移動してその場から消えた。
街の中を何カ所か移動してみたが、どこも同じようなものであった。おそらくはドラッグ中毒の子供ら、そして大人たち。死んだように横になり動かない老人。くるったようにセックスにあけ暮れている若者の中には絶頂に達した瞬間、相手の頭を観念動力で吹きとばしてしまう女までがいた。そしてなんらかの病に苦しみ、うめいている人々に手をさしのべようとしたら、いきなり集団で呪いのようなおぞましい精神攻撃をうけて頭がわれそうになった。J州人、R州人ともに共通しているのは麻薬で頭がどうかなっていることと、心の壁などまったく築いていないということであった。この街の住民にあるのは快楽と喜び、そして苦しみと殺意、それだけのような気がミノリはした。透視や千里眼で確認していったが街の人口は約百五十名ほどで、うち三十名ほどが子供のようである。全員と接したわけではないのでなんともいえないが、まともに会話ができる人間がいるとは思えなかった。朽ちはてた港の小屋にうちすてられていた竿と糸、そして釣り針を手にしたミノリは、いったん昨日の座布団型の島へと引きあげることにした。この街にいたら夜は危険であると判断したからである。帰りしな、小さな焚き火をかこんだ数人の子供が小さな一羽の野鳥を焼き、わけあって食べている姿を物かげから見かけた。これを見たミノリは少しだけほっとした。他者と食物をわけあうという気持ちがある以上、子供たちはまだ腐りきってはいないと思えたのだ。だがその子らも昼間会った子供たちと同じで虫歯だらけのようで、肉を口に運ぶたびに顔をしかめていた。彼らの前に一歩進みでたミノリは、攻撃を受ける前に夕暮れの空をいく鳥の群れに観念動力を撃ち、あっという間に彼らの人数分の鳥を手中に引きよせてみせた。驚き、よだれをたらしつつポカンと見ている彼らの前に、ミノリは一羽ずつ鳥をおいて、一歩、二歩と後ずさった。そして、どーぞとゼスチャーでしめした。しかし、うさん臭そうな目でミノリを見つめ、かたまっている少年少女たち。ミノリは今度、また両手に鳥を引きもどした。あっ!とあわてぎみに声をあげる子供らの前で、発火能力を使って一瞬で羽と身を燃やすと、その中の一羽にガブリとかみつく仕草をしてみせた。わーわーとよってくる子供らに一羽ずつわたしてやるミノリに、ひとりずつペコリペコリと彼らは頭をさげ、そして嬉しそうに笑い、肉にかじりついた。さらには食べおえた子が、もっともっととせがんできたので、ミノリは笑いながらそのリクエストにこたえてあげた。しまいには子供らが彼の足もとにまとわりついてはなれないほどになり、こまりはてるミノリであった。
「だけど、こんな街をどうやって平定すればいいんだ?」無人の島へともどったミノリは夜の闇の中、釣った魚を焼きながら考えていた。たいていの大人はくるっているし、病人にすら攻撃を受けた。希望がもてるのは子供たちだけである。凶悪なことは十分に理解しているが、ここの住民とくらべたら水上カンゴ一派の方がまだマシに思えてくる。「首長さん、ヒマリさん、ボクどうすりゃいいんですか? なにができるんですか?」ミノリはしばらく思案にくれていたが、やがて結論をだした。住民約百五十人、しかし全員と会ったわけではない。中には絶対にまともな人間もいるはず。明日は、とにかくひとりひとりにあたって、そういうエムをさがしだし、相談できればなにかきっかけをつかめるかもしれない。「できたらJ州の人がいいなぁ……」ミノリはR州語を勉強しておけばよかったと思いつつ、その日は眠りについた。
(つづく)
はげみになりますゆえ引き続き、ブックマークと感想などをよろしくお願いいたします。
当サイトにて、二作品を公開中です。お読みいただければ幸いでございます。
『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n8533gq/
『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n5847gs/




