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第二章 ミノリとショウ 13

       13

 約三週間がすぎ、片目をうしないはしたがシュンは意識を取りもどした。脳へ強い衝撃を受けたせいで右半身のまひと、言葉を発する際にろれつがまわらないことがあるなどの後遺症がじゃっかん残っているが、必ず回復するとカズヨが太鼓判を押してくれていた。そしていよいよ明日は退院というその夕刻。いつものように風切り音とともに、珍しく仁科タツトをともなってショウが見舞いに現れた。

「久しぶりだな、シュンさん。なかなか見舞いにこれなくてすまなかった」タツトは住民同士のちょっとしたトラブルの仲裁と調停案件が重なって、近ごろはなかなかに忙しかったのである。

「兄さん、外は雪だよ。寒くなったよなぁ」粉雪をはらんだポンチョをぬいだショウは、両手をこすりあわせてシュンに笑顔をむける。

「もうじ、十二月だもんな……つつ、積もりそうなのか?」体をベッドからおこしたシュンの口調にはやはりあやうさがあるが、以前にくらべればだいぶましになっている。

「シュンさん、ついてないな。退院の前日に雪がふるなんてさ」タツトはそういって、シュンの肩に手をおいた。「まだ本調子じゃないんだろ? いきなり漁なんかにでるなよ」

「あ? ああ……ま、まあ」タツトに思念を読まれたことで、肩をすくめるシュン。

「私がおとなしくさせとくよ。春まではリハビリだからな、兄さん」

「けど、ど、しショウ、生活費だって……」

「首長がたんまり()()()から慰謝料をせしめてくれたから、当分は安泰だよ。兄さんの漁師仲間や私の学校のみんなからも、見舞い品しこたまもらってるしね」

「俺も贈らせてもらったよ。米や麦」タツトが笑う。「シュンさんの人徳だよ」

「おかげさまで家の中が倉庫みたいになってるよ。だから兄さんはでーんとかまえてればいいんだよ」

「ありがた、たいけ、けど、情けな、ないな……みミノリは? ど、どうしてる?」シュンの問いに目を見あわせるショウとタツト。「俺の、のけがに変な責任、感じ、じてなきゃいいけど……」

「責任なんか感じてないよ! あの薄情者! 初日にきたきり、兄さんの見舞いに一度もきてないんだぜ! まったくムカつくよ、あのガキ!」激昂(げきこう)するショウの背後へとシュンの視線が注がれている。彼女がはっとしてふりかえると、ばつが悪そうな顔をしたミノリが立っていた。「ミノリ! あんた、どのつらさげて……ミノリ、どうした?」

「シュンさん、ショウ、お見舞いにこられなくてごめんなさい」頭をさげるミノリにタツトがおそるおそるといったように声をかけた。

「どうしたんだミノリ君、そんなにやせて……」

「タツトさんも、お久しぶりです」弱く微笑(ほほえ)んだミノリもまた重病患者のようであった。肉のそげた(ほお)に薄くはえている無精ひげ。そして、顔にしても手にしても肌の露出している部分には傷やあざが散見される。

「みみ、ミノリ……あ、足は?」シュンがいうと、ミノリはどんと右足で床をふんでみせた。

「完治しました。もう普通に歩けます。だからシュンさんも早く──」

「全然、普通じゃないだろが! なんでそんなにズタボロなんだ!? 首長の召使いってそんなに過酷な重労働なのか? まさかメシも食わせてもらえないのか?」ミノリの腕をつかんだショウは、彼に違和感をおぼえた。たった三週間前、ミノリはこれほどかたく引きしまった、はりつめた筋肉をもった男ではなかった。「なにさせられてんだ? ミノリ」

「ちょっと……あまり人にはいえないことかな?」

「は、犯罪か? 泥棒とか、例の男に対抗して密輸とか……も、もちろん住人のためなんだろうけど!」

「ショウ、首長さんやヒマリさんがそんなことをボクにさせるわけないだろ?」

「そりゃそうだ……じゃ、なにやってんだよ!」

「だから人には──」

「修行かなにかかな?」タツトがいうと、ミノリはあわてたように目を見開いた。

「え? あの、タツトさん、ボクの心、読めました?」

「読んでないよ。てか、ミノリ君の思念は俺にも無理。でも予測ならできる、首長の考えそうなことも想像はつく。……大変だな、ミノリ君」

「ある意味、タツトさんのせいなんですけどね」ミノリは少しだけうらみがましい口調でいった。

「俺の? 俺、なんかした?」

「ボクは追いこまれないとただの無能者だって首長さんにいったでしょ? ひどいですよ、タツトさん」

「ああ……それで毎日、追いつめられつづけてるのか。そりゃ悪かったな、こんなにやつれちまって……」タツトはミノリのこけた頬にこぶしを押しつけた。

「でも、いいこともありました。あ、ショウ、板垣さんのご家族、無事だったよ! コロニーで元気に暮らしてた。本当、よかったよ」

「コロニーにいったのか?」タツトとミノリの会話の中身が半分もわからず、イライラとするショウが聞いた。

「いってない。けどさ、ボクも暗視や千里眼、ちょっと使えるようになったんだ。まだまだショウにはかなわないけどね」

「そう、なのか……」ショウにはそれが嘘であるとすぐにわかった。おそらくミノリの力は、もう自分など凌駕(りょうが)しているに違いないと。

「シュンさんが明日、退院できるってヒマリさんに聞いて、ボク、やっと許しをもらってきたんです! シュンさん、本当にお見舞いにこれなくてごめんなさい!」

「いい、い、いいよ、ミノリ。なんだか知らな、ないが(はげ)めよ」まひがある顔でぎこちなく笑顔をつくるシュンの右手をミノリは握った。

「はい。シュンさんも早く完治して、ボクを船に乗せてください」

「俺を、て、手伝ってく、くれるのか?」

「はい。いつか、必ず。だから今は無理、絶対しないでくださいよ」

「……おお、俺になぐりたおされたの、わ、忘れたか?」

「忘れてません。すごいパンチでした」

「な、なら、な、生意気ぬかすな! み、ミノリ、つ、強くなれ!」 

「はい」

「がんばれ。そ、そそ、したら、ショウは、くれてやるからよ」左側の唇をかすかに持ちあげるシュン。

「はぁあ?」悲鳴をあげるショウ!

「シュンさん、ボク、強くなります……」

「ああ、ま、待ってる。ミノリ」

「なにいっちゃってんだよ、兄さん!」目と目をかわし、がっちりと握手するふたりに、あたふたするばかりのショウ。「なにわかりあってんだ!」

「──交戦はさけたいけどな」タツトがいった。

「はい。意味はよくわからないんですが、ボクを抑止力(よくしりょく)にしたいのだそうです。首長さんにそういわれました。まだまだカエサルの理想にはとうていおよばないって」

「カエサルの理想?」聞きかえしたショウにミノリはこたえず、全員に頭をさげた。

「じゃ、ボク、帰ります」

「おい、ミノリ!」彼に腕をのばすショウ、しかしミノリはその手を軽く、観念動力で払った。

「ショウ、髪、のばしてるんだね……いいよ、それ。似あうよ、すごくいいよショウ……」ミノリはそっと、音もなくかき消すように跳び、病室からいなくなった。

「なんなんだ!? なんなんだよ、ミノリ!」絶叫のショウ! その黒髪が左右にゆれた。

「抑止力か。大変だな、彼。でもまあ、たまたまだったけど、今日シュンさんの見舞いにきてよかったよ。0番街の未来がぐっと開けたような気がするな……」感慨(かんがい)ぶかげにタツトがいった。

「だから、なんなんだ! 説明してくれ!」もはや誰かれかまわずかみつくショウ。

「し、ショウ……」シュンは少しだけのびた妹の髪をなでた。

「なんだよ?」

「おお、俺のこと、ゴミじゃないと、と、あのとき、あいつだけがいってくれた。信じろよ、ショウ……ミノリを、をよ」シュンは薄っすらと目に涙をうかべていた。

「信じてるよ、初めから! けど、兄さん、勝手に外堀、埋めてんじゃねぇよ!」ショウの叫びに、目のはしのしずくをぬぐいつつ大爆笑してしまうシュンと、タツトであった。

                         (つづく)


はげみになりますゆえ、ブックマークと感想などをよろしくお願いいたします。


当サイトにて、二作品を公開中です。お読みいただければ幸いでございます。


『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』 

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