第二章 ミノリとショウ 11
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ほんの一瞬、意識がとんだような気がしたミノリは、目の前からカンゴがいなくなっていることに驚き、警戒を強めた。どこからどんな力をはなってくるのか予想もつかない相手なのである。そして左手にかかえていたはずのショウの首がないことに気づき、青くなった。まさか、カンゴに奪われたのか!?
「ショウ!」呼んだところで返事があるはずもないのだが、ミノリは彼女を呼ばずにはいられなかった。そのときカランと床で軽い音がして、ミノリが瞬時にその場から飛びのくと、フローリング貼りの床で松葉杖がカタカタと上下にゆれていた。「え?」なんで杖があるんだ? 市街地に忘れてきたはずなのに、と思いながら顔をあげたミノリは、あわててもう一度、目線をさげた。「足がある……」頬をさわると無精ひげも伸びていない。そして、よくよく周囲を見ると室内の風景が先ほどまでのロビーとはまるで違う広めの洋間であった。そしてかたわらにはヒマリが立っていて、その前にはよく見知っている車椅子があった。
「突然、どうしたのです? ミノリ」ヒマリがいうと同時に、車椅子に乗った白髪の男性がこちらに顔をむけた。赤い光彩、白うさぎのような瞳に見つめられたミノリはまたまた叫んでしまった。
「く、首長! どうして? どういうこと! なんで!」
「それをたずねているのは私の方です。まずは落ち着きなさい、ミノリ」
「で、でも、カンゴが! 水上カンゴが──」
首長が手のひらを小さく動かしたとたんに、ミノリは金縛りにでもあったように身動きと口を封じられてしまった。
「安心なさい。ここはジョエルの家です。水上カンゴなどいません」
「●×△■!」口を動かせないミノリがウーウーとなにかをうったえる。しかし言葉などなくとも、狼狽している彼の思念などふたりには簡単に読まれてしまう。
「たった今、赤津カズヨの病院から三人で跳んできたところです。一秒足らずの間になにがあったというのですか? もちろんショウは生きています。今ごろ病院で兄の看病をしていることでしょう。ええ、街は爆撃などされてはおりませんよ」
「…………」とにもかくにも落ち着きはらうヒマリのもの静かな語調を聞いて、ミノリはほっとしたように、その場にへたりこんだ。
「ミノリ、冷静に話ができますか?」ヒマリの問いにミノリがうなずくと、首長は車椅子で彼の前まできて軽く首をかたむけた。すると拘束がとかれたらしく、ミノリは自由の身となった。「では、なにがあったのかを話してみなさい」
「そうですか。わずか一秒たらずの間にそんな夢を見たのですか」ヒマリがいった。
「夢、だったのでしょうか?」話をおえたミノリには、一秒間ですむ体験であったとはどうしても思えなかった。
「予知したのかもしれませんね。これから街におこることを」
「そんな……」
「確かにこの家の地下にはミノリの話したような大部屋があります。カンゴの襲撃があったとき、街中の女子供をかくしたシェルタールームです。そして連合警察のミュート狩り、コロニー内の状況をかんがみれば、これがいつあってもおかしくはないでしょう。そして水上カンゴ、彼は私がカエサルの祖父であるという理由だけで一目をおき、住民に手だしをしないという盟約を遵守しています。しかし、もし私が亡くなったら? もはや彼の暴走はとめられないでしょう。ミノリの夢での経験はすべて現実におこりえる事象です」
「予知……なのか?」ショウが死ぬ? そんなバカなこと! 今にも叫びだしそうなほど動揺しているミノリに対し、首長の言葉をヒマリが語る。
「しかし、ただの個人的な妄想だったという考え方もあります」
「も、妄想?」
「そう、ミノリが恐れていることのすべてが網羅されている、なんとも都合のいい妄想」
「ボクが恐れている?」
「片足をうしなっていたかもしれないこと、心のどこかで恐れてはいませんでしたか? 私が死ぬことによってカンゴが街に牙をむくこと、恐れてはいませんでしたか? 板垣ヨウスケの家族が亡くなること、恐れてはいませんでしたか? 命からがら逃げ帰ったのですよね? 連合警察の攻撃を受けること、恐れてはいませんでしたか? 彼女をヴァージン・ショウと呼ぶカンゴがショウの貞操を無理やり奪うこと、恐れてはいませんでしたか? 誇り高いJ州の女がその屈辱と恥辱を苦に死を選ぶこと、あなたは恐れていませんでしたか?」
「…………」ミノリにはなにもこたえられなかった。
「予知なのか、あなた自身の弱き心が生みだしたただの妄想か」
「どっちなんですか?」
「さあ、私にはわかりません」
「そんなぁ……」
「ただ興味深いのは、その夢の中でミノリが暗視や千里眼、カンゴに匹敵する観念動力を手中におさめたという点です。まさかパイロキネシス、発火能力まで発動させるとは」
「ただの夢です……」
「そうですね。しかし本当にミノリは仁科タツトのいった通りの人間ですね」
「タツトさん? タツトさん、ボクのことなんていったんです?」
「うふふ……とことん追いこまれなければ、ただの無能者」
「ひどいな……」
「うふふふ」ヒマリの、年上の女性の妖艶な笑みに、ミノリはなにもいえなくなった。本当は男性の老人の笑い顔であるはずなのに。「ところでミノリ、街をでてコロニーにむかうのですか? 板垣ヨウスケの家族の安否、気になるのですよね?」
「あ……」そうであった。確かにそんな話をカズヨの病院でミノリはしていた。
「いくのですか?」
「……いきません」苦しげにうめきつつこたえるミノリ。
「どうしてです?」
「ボクは妄想のボクみたいに強くないから、ただ殺されにいくだけになると思います」
「殺されるのが怖いですか?」
「犬死にはしたくないんです。今は……」前にもそんなことを考えたことがあったとミノリは思った。まだアズがいたころに。
「今は、ですか」
「はい。今の弱いボクがいったら、かえって板垣さんのご遺族に迷惑をかけます」
「強くあらねば、誰も守れないということにようやく気づきましたね。ようやく」
「はい」
「よい夢を見たようですね」
「……うなされそうな夢でしたけど」そういってミノリは、たははと笑った。
「ミノリ」
「はい」
「今のアパートは引きはらい、今日からこの家で私の秘書、ありていにいえば使用人として働きなさい」
「はぁ!? 住みこみですか?」
「誰ひとり守れないただの無能者でおわりたいのであれば、こなくてもかまいません。どうしますか? ミノリ」
「──おいてください」使用人として働くことが、どう強さにつながるのかの意味はわからなかったが、ミノリは強くなりたいと願った。「おいてください。なんでもします」
「けっこう。ならばいってきなさい」
「え?」
「会いたいのでしょ? 無事でいる彼女に」
「……バレバレですか」水上カンゴにしても、この首長にしても、ミノリはいとも簡単に心の奥底にかくした思いを読まれてしまう。とてもくやしいことだと彼は思った。
「いきなさい」
「はい。ありがとうございます!」ふたりに一礼したミノリは、ゴウという風切り音とともに姿を消した。あおられてヒマリの髪がゆらゆらとたなびく。
「無粋な風だな……」首長ジョエルがヒマリにむかって笑いかけた。その声は年齢を感じさせないほど若々しかった。
「本当に。明日からは、とことん追いこんであげましょうね」うふふと笑うヒマリは、首長の肩にそっと手をおいた。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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