第二章 ミノリとショウ 7
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首長から当面の食料や交換用の物品、衣服などをあたえられたミノリは住居をさがしがてら、ショウとともにあらためて大勢の人々が水上カンゴによって犠牲になったたという大穴へと立ちよった。
「首長は停戦を申し入れたといってたけど、どうしてカンゴって男と街の住人は戦いになったんだ?」掘りかえされたような土壌に、無数に生えている雑草を見ながらミノリが聞いた。
「例の男は昔の船で漁にでる兄さんなんかや、残された車や単車を動かしたい人たちがのどから手がでるくらいほしかったガソリンをどこからか仕入れてきて、法外なレートでの交換を申しでてきたんだ。ところが受け入れられないと知るや、たまさか交渉の席の近くを通りかかっただけの妊婦を犯して、殺した。その力のすさまじさにそれぞれが超能力をもつエムの大人たちも太刀打ちできず、ただ見ているだけしかできなかったんだそうだ」
「妊婦を……」
「それからも例の男は同じことを何度も何度も繰りかえした。そのたびに犠牲者がでた。首長を慕っていた街の人々は、やつの転入を認めたことをうらむことなく決起したんだ。確かにやつのパワーは怖いが、ひとりひとり個別ではなく何百人かで一斉にかかれば追いだせるってね」
「…………」
「観念動力と精神攻撃の達人ばかりの精鋭部隊が組まれて、やつのねぐらを襲撃したんだけどさ、まったく歯が立たなかったんだ」
「それで五百人もやられたのか……」
「そういうこと。だから街の人はやつを例の男と呼んで、水上カンゴはいないってことにした。でなきゃ暮らしてなんかいけないじゃないか」
「それもどうかと思うけどな」
「J州にはさ、昔から言霊ってのがあってね」
「ことだま? 聞いたことはあるけど、なんだっけ?」
「言葉には霊力が宿っていて、悪い言葉をいうと悪いことがおきるっていわれてるんだ」
「だから、水上カンゴの名前をいわないことにしたの? 気持ちはわかるけど……」
「エムの力だって霊力みたいなものだろ? だから私らはただの人間よりその手の話に敏感なんだよ! 私だって、実際いるのにいないふりなんておかしいと思ってるさ」
「まあわかった。けどボクはそんな迷信、信じない」
「いいけどさ。街の人の前じゃ絶対に名前をだすなよ! つまはじきにされるからな」
「了解した。で? 首長さんがやつと戦ったってのは?」
「……土下座したんだよ。生き残った住人を守るためにさ」
「土下座も戦いなんだね」
「ああ。まだたった十六歳だった四年前のやつの前にひれ伏している首長の姿に私らは見たんだ。何千、何万て思念の攻防をさ」
「そう……」
「間違ってやつを街に入れたとか、カエサルのじいさんだなんてことは、もうどうでもいい、やっぱり私らの首長だ! 少なくとも私はそう思った」
「今、やつはどうしているんだ?」
「街のはずれにある豪邸で優雅に暮らしてる。アホな部下を八十人ほど従えてね」
「アホなの?」
「アホに決まってるだろ? やつの力、強さにあこがれてついていったバカ野郎どもさ」
「だから街に若い男が少ないのか……」
「男ばかりじゃない、女もさ。やつにつけば楽ができて食いっぱぐれなしなんだそうだよ。早い話が家政婦を兼ねた性奴隷なのにさ」
「性奴隷……」
「あきられたらどこかに売られておわりさ」
「どこかって?」
「0番街以外のエムの街や村があちこちに点在しているんだ。うちの首長みたいな人がいないから、どこも荒れ放題って話だけどね。それとさ……」
「うん?」いいよどむショウの目をのぞきこむミノリ。
「ごく弱い精神感応しかもってないような女は、コロニー内の富裕層に高く売れるって噂がある。なんせエムには人権がないんだ、もてあそんで、なぶり殺したって罪には問われない」
「そんなバカな……」ミノリには、コロニー内で人身売買のような前世紀の所業がおこなわれているとは信じられない思いであった。
「かわいい男の子なんかもいい値がつくと聞いた。だから、私らが学校でしっかりと守ってやらないとならないんだ」
「先生って大変な仕事だったんだな」だからこそ能力の高い乙種の彼女が教員に選ばれたのかもしれない。
「そうさ。だから私ら、お遊戯だって真剣なんだよ」へへっとかすかに笑うショウ。「ただ、それでもときどき、消える子供や若いのがいるけどな……」
「カンゴがやったのか?」
「なんともいえない。なんの証拠もないし、自分から進んでいったのかもしれない」
「けど、ここで生まれた子たちはほとんどがエムじゃないんだろ? コロニー内に売られたりしてもなんの反撃もできない! それこそただの奴隷になるぞ!」
「わかってるよ……そんなこと。だから懸命に守ってるんだ」
「そうなんだろうけど……ちょっと待って、カンゴはコロニーに出入りしているのか!?」ミノリのコロニー侵入は大失敗におわった。ショウとともに入ったときも決して楽な道中ではなかった。
「ガソリンや軽油、医薬品をコロニー内から仕入れているって話もある。連合政府の上層部と裏取り引きがあるって風評までな」
「ガソリンをコロニーから? それはないよ、ドームの空気が汚れるからコロニー内じゃ化石燃料の使用は禁止されているんだ」
「心の底からおめでたいやつだな。世界中の巨大ドームのエネルギーをソーラーパネルだけでまかなえると本気で思ってたのか?」
「違うの?」
「連合政府の公報に見事なほど洗脳されてるな。一度、私の生徒になった方がいいぞ」
「…………」言葉もないミノリ。コロニー内で十九年間も暮らしてきたのに知らなかったことばかりである。
「ところでミノリ、化石燃料は汚染物質なのかい?」
「そりゃそうだろ」
「ふうん。あれって生物や動物の死体の化石だろ? 私らが死んで化石になったら空気や土は汚れちまうのかい? それもおかしな話だなぁ」
「…………」
「金持ちやお偉いさんは趣味でガソリン車をぶっ飛ばしてるんだぜ。ソーラー車とは音も振動も違うからな、あんたら労働者階級の知らないところでね。例の男は、そんな連中ともパイプを持っているようだ。もちろん全部、噂で、本人に確かめたやつはいないがな」
「女子供の失踪も売買も、ガソリンの入手ルートも、なにもかもが藪の中か、この街じゃ! いいのか? それで!」
「ミノリ、なに怒ってるんだ?」
「怒ってない!」
「……そう、まさに藪の中さ。怒ってもどうしようもない。へたにつついたらそれこそ藪へびだ。今度こそ0番街は消滅する。わかるだろ? ミノリにも」
「わかるけど……やっぱり、ここもコロニーと変わらない気がする。たったひとりの男のせいで!」
「いったろ? それが街のルール。例の男はいなかったことにして生きようって、みんなで決めたんだ。今のところ首長との盟約を守っておとなしくしていてくれるからな。街には月に二回、ガソリンや薬品をさばきにくるくらいで、ほとんどこない。……今のところはね」
「今朝のあれは? ショウをねらってたじゃないか?」あのカーチェイスまがいはなんだ?
「ただのドライブだろ? あんなのやつにとっちゃ、暇つぶしの座興だ」
「殺されかけたぞ!」
「私が瞬間移動できるのを知ってるんだ。いざとなれば跳ぶってわかってて、ちょっかいだしたのさ。それにやつが本気で襲ってきたら、私なんて瞬殺さ。なんせあいつはマル甲っていわれてるからな」
「マル甲!? そんなに強いのに……なんか……いろいろ、許せない男だな!」
「ほう、ミノリが野郎を追いだしてくれるのかい? やっぱJ州男児は違うねぇ! まあ、あんたならやれるかもな。なんせ怪物級のエムだからさ!」わざとらしくアハハと爆笑してみせるショウ。
「ちゃかすな。そんなわけないだろ? いっちゃ悪いけど首長さん、今回も間違ったよ」
「……かもな」
「そうだよ! ただ……」
「なに?」
「うん。今朝あった水上カンゴって男の白い顔、思い出すたびにムカムカするんだ」
「私だってそうさ。街の人間、全部がそう思ってるよ」
「いや、そういうのとはちょっと違う……予感ていうか」
「そういやミノリ、予知もできるとかいわれてたな! 本当にできるのか?」
「まさか……」眉根をよせて考えこむミノリの肩をショウが勢いよくたたいた。
「ミノリ、とっとと家をさがしにいこうよ! 日が暮れちまうぞ!」
何軒か空き家をまわったのち、ミノリが選んだのは壁面がひびわれだらけの木造モルタル造りのアパートの一室であった。靴をぬぐのもはばかられるようなささくれ立った畳敷きの六畳間。風呂、トイレつきの二階の角部屋を彼は選択した。
「いくらでも一軒家が空いてるのに、なんでアパートなんだ?」あきれたようにこわごわと革のブーツをぬいだショウがどなる。彼女は片足の不自由なミノリにかわって、首長にあたえられた荷物を部屋まで運んでくれた。
「広いと掃除やメンテが大変だし。それに──」
「なによ?」
「大きな家に住んだことないから」
「これだからコロニーっ子は! だったらせめてワンルームマンションにしろよ」
「でも、木のぬくもりっての? こんなの初めてだからさ」
「そんなのすぐに飽きるよ! まわり見ろよ、林だらけじゃないか!」
「日あたりもよさそうだし」
「家は生涯、二軒までしか持てないんだぞ。この先、どうする気なんだよ?」
「この先って?」
「だから、いつかあんただって嫁をむかえるかもしれないだろ? 誰もこないぞ、六畳一間になんて」
「……考えたこともなかった」
「なら、考えなおせ!」
「嫁なんてボクには一生、縁がないよ」
「クソロボがやり手ババアになるわけだ! 将来はわからないだろが! なんなら独身女、紹介してやるぞ!」
「紹介? いらないよ。ショウこそどうなんだよ? そんな意味のない髪型じゃ、男がよりつかないぞ!」
「意味がないってどういうことだ!?」
「意味ないじゃない。カンゴたちはショウの力も、きれいな女性であることも知っているんだろ? だからちょっかいかけてきたんだ。男みたいに髪を短くしたり、ポンチョでいくらボディラインをかくしても無意味じゃないか? なんか、なんていうか、あんなのにおびえてショウがそんなことしてるのボク、いやなんだ! ショウらしくないよ!」
「おい!」ショウはいきなりミノリの襟首をつかんだ! 初めて板垣ヨウスケの部屋で出会ったときのように。
「な、なに?」首をしめあげられて、目を白黒とさせるミノリ。
「今、あんた、私をきれいといったのか?」
「いったけど……」
「私らしいってなんだ? あんたが決めることかよ!」
「く、苦しい……ギブ、ギブ!」ショウの腕をパタパタとはたくミノリ。
「けっ!」ホコリだらけの畳にミノリをたたきつけるショウ。綿ぼこりとすすが舞いあがり、ゲホゲホとせきこむミノリ。「なんでやりかえさない? 私が女だからか? ナメてんのか!?」
「ナメてないよ。だからショウには手をあげたくないんだ」
「……殺すぞ」
「いいよ」
「はぁ!?」
「いいよ、ショウになら殺されても」
「なにいってやがる? もしかして転入が保留になってへこんでるのか?」
「あはは、そうかも。……実をいうとね、ボク、死のうと思ってコロニーに入ったんだ」
「なんだと?」
「母さんの遺言も守れなかった。唯一の仲間も、友達のアズもうしなった。ボクにはもうなにもない。だから、殺してくれていいよ」顔についたすす汚れを払いつつ、うつろな目で薄く笑うミノリ。「今ならまだボクは住民じゃないから、ルール違反にならないし。できれば苦しまないように一撃で──」
「あんたは!」すわりこんでいたミノリの横っ面に平手打ちをするショウ。「さっきまでのあの、例の男に対する怒りはどこいった!? ハチ女から私を守ったあんたはどこいったんだ! あんた、ブレすぎだろ? 弱すぎだろ? 死にたきゃ勝手に死ね!」
「自殺はちょっと……母さんに悪いから」
「アホ! 今のあんたを見たらいずれにせよ泣くよ、お母さん!」
「……かもしれない」
「それからな!」
「うん?」
「あんたが死んだら、私だって泣くからな!」
「え?」
「弟分のくせに私より先に死ぬなんて許さない! わかったな!」そう吐きすてるとショウはブーツに足をつっこみ、ドスドスと音を立てて部屋をでていった。
「…………」西日がさしこみはじめた六畳一間で、ミノリはみじんも動けずにいた。
「きれいだとか、生意気なんだよ!」プンプンしながらアパートをでたショウは原付バイクのサイドミラーにうつる自身の顔、そして極端に短い髪を思わず見てしまう。そして「生意気だ!」と怒気をこめて叫ぶなり、右のミラーがはじけとんだ! きぃー! ショウは地団駄をふみつつバイクを急発進させた。
なにか外から物音が聞こえたような気がして松葉杖を引きよせ、ミノリはアルミサッシの窓を開いてみたが、そこにショウの姿はなくオレンジ色に染まる朽ちた住宅街と、仕事帰りらしい大柄な農夫たちや、体の線をかくした女性たちの姿がポツリポツリと見えるばかりであった。
「掃除しないとな……」つぶやいたミノリは、室内に残されていた家財道具をあさって清掃道具をさがしはじめた。「ああそうだ、歯ブラシあるかな……」
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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