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第二章 ミノリとショウ 6

       6

 通された客間は古びてはいたが、豪奢なつくりの洋間で木材がふんだんに使われた装飾品で飾られていた。コロニー内の闇業者に持ちこめば大した額になりそうな物ばかりがならんでいる。これが0番街首長の趣味なのか、ヤクザのドンの趣味だったのか、ミノリにはもちろんわからない。侍女だという上品さがただよう中年女性からお茶をだされ、ショウとミノリは大ぶりなソファーで五分ほど待たされた。

「ど、ど、どんな人なの? 首長さんて」完全に舞いあがっているミノリ。

「会えばわかる。少しは落ち着け」ミノリの胸もとを軽くたたく横ならびにかけているショウ。

「う、うん……」このような居心地の悪さは彼にとって、工場へ入社するときの雇用面接のとき以来かもしれない。

 重そうな木製ドアのきしむ音がしてミノリが目をむけると、先の侍女がすべるように押す車椅子にかけた白髪の男性が室内に入ってきた。しわのきざまれた顔は気味が悪いほど青白く、今にも倒れそうなくらいやせこけていた。そしてこのかぎ鼻の老人が異人、他州人であることは間違いないが、なによりも特徴的なのは瞳の色であった。メラニン色素が欠乏しているのか、血の色が透けていて光彩が白うさぎのように赤いのである。

あわてて立ちあがったショウにつづき、ミノリも起立して老人に頭をさげる。すると老人は無言ですわれと手で指示をした。

「首長、具合が悪いのに時間をつくってくれてありがとうございます」いいながらすわりなおすショウ。「こいつが転入希望者の小久保ミノリです」そしてつっ立ったままのミノリのシャツを引っぱってすわらせる。

「あ、あの、小久保ミノリです。よろしくお願いいたします」ミノリがすわったまま再度、頭をさげると首長の老人ではなく、脇にひかえていた侍女が返事をくれた。

「小久保ミノリさん、申し訳ございませんが首長のジョエルは見ての通りすっかり弱っていて、本日、まともに会話することがかないません」

「そうなんですか……なんか、すみません。そんなときに押しかけまして」恐縮ばかりのミノリ。しかしいつものことらしく、ショウは泰然とかまえている。

「いえ。街の住人としてふさわしい人間かどうかを見さだめるのが私の仕事だとジョエルが申しております。肉体は衰えていますが、さいわい彼の脳は正常に機能していて、今も私の心に話しかけているのです。ですので私の言葉がジョエル首長のお言葉だとお考えくださいな」

「わかりました」ミノリはふと違和感をもったが、今は詮索している場合ではない。

「ミノリ、あなたはカエサルを知っていますね?」侍女が首長ジョエルの言葉を伝えてきた。その様はさながら巫女の神託のようであった。

「はい、もちろん」

「私はカエサルことショーン・ブラッドの祖父なのです」

「え!?」目をまるくするミノリ。「あの伝説のマル甲の、おじいさん……」

「はい。彼の処刑後、私は当然のようにさんざんな迫害を受けてコロニーを脱出し、逃亡のはてに緑豊かなこの地にたどり着いたのです」

「大変だったんですね……」

「しかしこの街も、人心も初めは荒れていました。連合政府に廃棄物あつかいされたエムの吹きだまりのような地、そんな印象でした。だが街の人々は、エムの象徴であった皇帝カエサルの祖父である私を見いだし、みこしにかつぐことで住民に結束と秩序がうまれ、名もなき無頼の街は0番街と新たに名称を定め、再出発するにいたったのです。それが二十年ほど前のことでした」

「首長は街のミカドのような方なんですね」

「恐れおおいことをいってはならない」軽くミノリを叱責する侍女。

「すいません」

「つまり私はJ州人ではない。その私が首長をつとめる街でミノリはいいのですか? 他州のエムが統治している街にあなたは本当に住みたいのですか?」

「はあ、全然、気になりません」

「全然?」

「はい」

「まったくですか?」

「はい」

「なるほど。州籍や人種に偏見を持たないという考え方は悪くない。ところでショウはどう思います? 彼の意見について」

「私ですか?」唐突に意見を求められて、うーんと首をひねるショウ。「確かに差別やヘイトを口にするやつにくらべりゃ、まっとうな考えだと思いますが……」

「思いますが?」

「差別の対象を私らエムにしぼって、世界各州の特色を排し、文化や風習を横ならびにした連合政府の教育に毒されたものの考え方、だともいえると思います」

「ショウ、じゃなに? J州人ではない首長さんが街を仕切ってることに反対すればいいの?」真横にいるショウに目をそばだてて抗議するミノリ。

「そんなことはいってない!」

「どう考えたって他州の人への差別じゃないか!」

「うるさい! 自分の州や州民に誇りをもてないやつが差別を語るな!」

「意味わかんない!」

「簡単だろ! 生まれた土地や仲間を誇れるからこそ、ほかの場所や人の立場を理解して尊重することができるってことだよ!」

「さすがは先生だな! いってることがお花畑だ!」

「世界人類みなへい列、ロボットまでがお友達って思想の方が花畑だろが! ミノリ、前、いったよな?」

「なにを?」

「男女は役割が違うから平等じゃないけど対等がいいと」

「いったけど……」

「同じことじゃないのか? 世界中の州民同士だって」

「…………」

「私は、別の州の人であると認めたうえで首長を尊敬している。それでいいだろ?」

「でも、じゃあなんで首長さんは……」あんな質問をしてきたのか? やはりミノリには屈しきれない思いがあった。

「ショウもミノリもいっていることに大差はない。大切なのはそうやって議論をすることにあると私は思います」侍女がやさしく微笑(ほほえ)みながらいった。「この街には様々な人種のエムが暮らしています。それぞれが思想をもち、別の感情をもっています。そのことを認めあうことでしか生活はなりたたないのです」

「それはわかりますが……」

「ミノリ」

「はい」

「あなたの力は尋常ではないと仁科タツトから聞いていました。ロボット警官の銃撃をも急所をはずしていたほどだと彼が興奮気味に語っていました」

「たまたまです……」

「あなたには予知能力もあるのですね」

「はあ?」

「今、私には見えましたよ。連射を受けるせつな、予知をしたあなたは観念動力をK109の銃身にぶつけて矛先をずらしていたのです。意識の下で」

「ぼ、ボク、そんなことしてません! できるわけがない!」

「ミノリ……」目を見開き、脇にかける男を凝視するショウ。

「いくら心に壁を積みあげても私には通用しませんよ。あなたは無意識にそうした。いい方は悪いですが、あなたのエムとしての能力は化け物級のようです」

「化け物……」同時につぶやくショウとミノリ。

「さあ、そんな怪物(モンスター)を野にはなてばこの街はどうなります? 私はそう考えずにはいられません」

「……そんな、ボクの知らないことまで読めるんですか? 首長さんは」

「私にもムラがあって、相手によります。ミノリは素直な若者ですね」

「でしたら、読んでみてください。ボクはこの街に災いを呼ぶのですか? 首長さんこそ予知能力に長けているとショウから聞きました。将来、ボクがなにかしでかすというのなら、この街からでていきます」

「ミノリ! でていくなんて軽々しくいうな!」するどく叫ぶショウ。

「だってしょうがないだろ? ショウ」

「私はね、あんたのクソロボからあんたのことをたのまれたんだ! 私を嘘つきにしたいのか!?」

「大丈夫、ショウ。キミはあのときアズに返事しなかったよ」

「…………」顔をゆがませるショウ。

「だから嘘つきにはならない。それにロボットとお友達なのがお花畑だというなら、アズとの約束なんて無意味だろ?」

「…………」音を立てて舌うちするショウ。

「首長さん、ボクはどうすればいいですか?」

 固唾(かたず)をのんで侍女、いや首長の返答を待つショウとミノリ。

「──わかりません」

「はぁ!?」同時に叫ぶショウとミノリ! 

「ミノリの未来は私にも見えません。見えるのは過去だけです」

「しかし……」

「以前にも未来を読めない男の子がひとりいました。そして私は怪物を街に招きいれてしまった」

()()()、ですか?」おそるおそる聞いてみるミノリ。

「今はそう呼ばれていますね。街にはいない者とされていますが」

「ボクも──」

「ミノリがあんなクズになるってのか!? 首長!」ミノリをさえぎり、声をはるショウ。

「わかりません。しかし化け物を街にふたりも解きはなつのには勇気がいります」

「例の男、なにをしたんです?」なおも首長に食いつきそうなショウを押さえてミノリがたずねた。

「ここへくる()()にクレーターのような大穴を見ましたね?」

「はい」途次という言葉はミノリがかつて読んだ古書の中にでてきた。旅の途中の道すがらという意味である。

「あのあたりの大地を炸裂させ、めくりあげた男が水上カンゴ、いわゆる例の男です。カンゴはたったひとりで約五百人の住民を殺しました。それも一夜のうちに」

「五百人……爆弾テロですか?」

「違う! やつは恐ろしいほどの観念動力を一気に爆発させたんだ!」ショウはこぶしをふるわせながらいった。「首長が戦ってくれなきゃ、0番街は全滅だった……」

 首長はその破壊と殺戮のビジュアルをミノリの脳へ直接、送りこんできた。飛びちる肢体、叫ぶ男、血まみれの女、子供。ただ大地にのみこまれれてゆくばかりの人々──。

「やめてください!」恐怖にすくみ、叫ぶミノリ! カンゴのエムの力は、ミノリには想像もおよばない巨大な思念のパワーであった。

「……私は戦ってなどいません、停戦を申し入れただけです。そして彼に街でのガソリンや薬品の取引を許可した。私はカンゴの脅迫に屈したのです」

「それは違うよ! 首長は街を救ったんだ!」

「ショウ、初めから住民を根絶やしにする気などカンゴにはなかったのです。人がいなければ商売はなりたたない、ガソリン調達に欠かせない手下もふやせない。女子供がいなければ陵辱することも、売ることもできない。当初、私はそんな男だとわからずに街に受け入れたのです。彼の未来を読めずに」

「だけど、首長が交渉してくれなければ本当にみな殺しだったじゃないか! 地下にかくれてた私ら全員、殺されてたじゃないか!」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれないね、ショウ。そこでミノリ……」

「はい……」もはや完全に打ちのめされているミノリ。

「私と違い、生粋のJ州人であるあなたはどう考えますか?」

「はあ……」

「J州人の風上にもおけない男をあなたはどう考えるというのです?」

「J州人であるとか、ないとかは関係なく──」

「関係あります!」侍女、首長が初めて声を荒げた。「J州には決まった神は存在しない。ご先祖も自然も神も仏も共存できる唯一無二の州なのです。私が元いた州のような一神教のもとでは、災厄も凶事も神の御業による克服すべき試練となる。戦争ですら神の御心ゆえ、許しをあたえられると。ところがJ州人はそうは考えない。仏神は貴し、仏神をたのまずというきわめて実践的で現実的なものの考え方をします。ミノリ、私は神を尊びながら、悪意を神のせいにはせず、責任をはたせなかったときはみずからの死をもってあがなうという太古より連綿とつづくJ州人の心意気にふれ、感化されたのです。この意味がわかりますか?」

「……むずしいです。ボクにはむずしいです!」

「最初にどうして州籍や人種、差別について質問したのかわかりますか?」

「わかりません!」

「ミノリは私を、ショウが敬愛する首長であるという理由だけで受け入れましたね? 自分自身の判断ではなく」

「そうかもしれません!」

「いくら信じ、愛する者の言葉であったとしても他者の判断にゆだねることは大きな責任の放棄ですね? 逃げですね?」

「そうかもしれません!」

「他者の意見にゆだね、やみくもに、見さかいなしに差別を否定する行為は、差別を増長する行為と同義だと私は考えます。J州人にはあるまじき行為です」

「…………」ミノリにはもう、なにも考えられない。

「…………」それはショウも同じであった。

「少し疲れました、今日はこれまでにさせてください。ミノリ……」

「……はい」

「明日、またここへきなさい。あなたの転入手つづきは保留とします」

「はあ」

「大切なことは手つづきなどではなく、真実なのですよ」

 首長ジョエルの侍女はそういってふたたび浮かせるように車椅子を押し、客間を退出した。


「全っ然、わからなかった!」屋敷を一歩でるなり、吐息とともにミノリががなる!

「ま、確かに……」ショウは同意するが、こうもつけくわえた。「首長はさ、例の男と違ってJ州人としての誇りをもてるのなら受け入れてやるよっていいたかったんだと思う。あの人、J州が大好きだからさ」

「ますますわからない!」

「だから教えてやるっていっただろ? 0番街に住めばわかるって」

「住めるのかな? ボク……」

「とにかく明日、もう一度、首長に会いな。話はそれからだ。私は学校があるからつきあえないけどな」

「そうする……」ほかにこたえを見つけられる方法はない。いいながら松葉杖をたたみ、ショウのバイクの荷台に乗ろうとするミノリ。

「よるな化け物!」ショウがミノリの手をはじいた。

「はぁ!? 化け物いうな!」

「じゃ、怪物(モンスター)?」エンジンをかけつつ笑うショウ。

「やめてよ、ショウ。ボクにそんな力、あるわけないだろ?」

「どうだろう? 私はあんたがいったことのない場所へ、イメージだけで跳べるといったとき、こいつふつうじゃないと思ったけどな」

「たまたま母さんの思い出が重なっただけだよ! ボクは怪物になんかなれない!」

「ならば弟よ! 私はあんたと対等なだけじゃなくて、信じ、愛すべき対象なのか? なんかぞわぞわしちゃうねぇ!」あはは、と豪快に笑うショウ。

「それこそわからないよ、ショウ……」

「そっか」

「それから年下のくせに弟とか、もういうな!」ミノリは絶叫したが、ショウは笑いころげていた。

                              (つづく)


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