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第二章 ミノリとショウ 5

       5

 陽光の下、のんびりと草を()んでいる牛や豚が数多くいる牧草地をぬけ、米の脱穀作業や野菜の収穫にはげむ大人たちの周囲で、サードアイのない0番街生まれらしき小さな子供たちがよちよち歩きをしている農村部をすぎた。ショウの話によれば、ここで生まれた子らはすべてエムとしての能力を持ちあわせていないのだそうだ。つまりエム同士が結婚しても子供がエムになるとかぎ限らないということである。この点に関しては連合政府の見解と一致している。やはりミュートは突然変異体であるらしい。

 ショウのバイクは廃屋やリフォームずみの一軒家が混在する住宅地へと入っていった。崩壊寸前の木造アパートや一部がくずれおちている背の低いビルもあり、その先には、まるで爆発でもあったかのような地面がえぐられた大穴があいていた。直径二、三〇〇メートルはゆうにありそうなクレーターである。その周囲には倒壊したらしい家屋や電柱の残骸や、焼けこげた家具や電化製品が片づけきれずに放置されている。

「なにあれ? 隕石でも落ちたの?」ミノリが聞くとショウは不機嫌そうな目を一瞬、彼にむけてこたえた。

「まあ……そんなようなものだ」


 以前は小さな商店街通りであったのだとわかる色のあせたアーチ看板をくぐると、沿道で蕎麦を打っている職人風の男、建物の修繕をしている大工たち、店頭に野菜や果実をならべている年配の男、鳥肉をさばいている女などがいて、それなりに活気があるように見えるが、なぜか若者が少ないような気がミノリはした。

「よー、先生。今日は休みなのかい?」パンを焼いて売っているらしき店先にいた中年女性が、速度を落としてバイクを走らせるショウに声をかけてきた。カズヨの病院同様もともとパン屋であった店を改修して利用しているようである。

「ああ、まーね。あとでよるよ」笑顔でこたえるショウに、また声がかかる。

「ショウ先生、兄さん元気?」買い物にきているらしき瞳の色がグレーの若い女性であった。外人さん?とミノリは思う。彼女は晴れているのに端正な顔をかくすようなフードをかぶり、大ぶりのレインコートのような物を着ていた。やはり例の男たちを警戒してのいでたちなのだろう。ミノリは理不尽を感じずにはいられなかった。「先生、兄さんに魚のレートが高いっていっておいてね!」

「わかった。いっとくよ」やれやれという顔でうなずいているショウ。お次は簡単な看板をかかげている革靴屋の店頭から、白髪まじりの男が笑いながら聞いてきた。

「先生、後ろの子は誰だい? やっと彼氏ができたのか?」青い目をした彼も、どこからどう見てもJ州人ではない。

「違うよ、ミハエルさん! でも新顔だ! よろしくな!」ショウがどなると、ミノリもなんとなく頭をさげる。どうやらショウは街の人気者らしい。しかし──。

「先生? ショウ、先生なのか? なんの先生? カラテとかジュウドウとか?」ミノリがたずねると、彼女はふりむきもせずにいいはなつ。

「カラテ? どんな発想だ! 学校だよ!」

「学校!?」

「ああ。幼稚園と小学校、中学もかねてる」

「本当に? 十八で学校の先生?」すごくガラの悪い生徒が育ちそうな気がするミノリ。

「なんだよ、その反応? 文句あるのか!」

「いや、ないない。けど、どんなこと教えるの?」

「いろいろだ。読み書き、計算。簡単な歴史に地理、コロニーとエムの関係とかな」

「幼稚園では? まさか……」

「ああ、やるよ! オルガンひいて、お遊戯とかやってるよ! 笑いたきゃ、笑え!」ブォンとアクセルをまわすショウ。顔は見えないが耳が真っ赤になっている。

「想像もつかない……」

「うるせぇ!」

「でも、今日、休んで大丈夫だったの?」

「教員は何人かいるからローテーションで休みがとれる。ここじゃ日曜も祭日もないから、保育所も兼ねてる学校は休みなしなんだ」

「……貴重な休日なのに。悪いな、ショウ」

「なーに、休みの日にはバイクをぶっ飛ばしてる。いつもと変わらないよ」

「そうか……」それは嘘だろう。燃料が高いからめったに乗らないとショウは先ほどいっていた。

「だけど悪いと思うんなら、ちゃんと街の住人になって稼げ! それでガソリンたんまりみついでくれ! ほんとはもっと燃費の悪い大型バイクに乗りたいんだ! あんなスポーツカーなんかぶっちぎれるようなのにさ!」


 その後も何人かの住民に声をかけられつつ、街はずれにあるわりと大きなコンクリートの塊のような三階建て家屋の前でショウはバイクを停車した。壁面にはツタがはいのぼり、びっしりとはりついていて、夜間に見たら幽霊屋敷のように見えそうだとミノリは思った。

「ここが首長の家だ。でかいだろ?」エンジンを切ったショウがいった。

「すごく頑丈そうな家だね」松葉杖を伸ばして元の形状にもどすミノリ。

「そりゃそうだ。元暴力団の組長の屋敷なんだから……暴力団て知ってるか?」

「ああ、なんとなくは。本で読んだことがある」当然、コロニー内には存在しない名称である。反社会的勢力とは、今やミュートを指す言葉だといえそうであるが。

「襲撃や闘争に備えて窓は防弾ガラスで、かなり堅牢な造りになってるんだってさ。避難用に地下も五階まである」

「へえ。よく知ってるね」

「昔、避難したことがあるんだ。いくよ、ミノリ。くれぐれも失礼のないようにな!」

「うん……」なにから避難したのかを聞きたかったが、ショウのあとにつづいて進むミノリの左足はすでに緊張でふるえはじめていた。

                        (つづく)


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