第二章 ミノリとショウ 4
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翌朝、午前七時すぎに目をさましたミノリが酒の残る頭をかかえてフラフラしつつ居間へ顔をだすと、シュンはすでに漁へとでたあとのようであった。
「おはよう、ミノリ。朝めし早く食っちまいな」
「ありがとう。その前に水くれる?」ミノリは頭をふった。「これが二日酔いってやつなのかな?」
「情けないな、あれっぽっちの酒で」ショウは高笑いしながら、食卓におかれた水さしを指さす。ちゃぶ台にはほかに目玉焼きときざんだキャベツ、焼き海苔などがある。コップに水を注いだミノリはのどを鳴らして飲みほした。
「うまい、ような気がする。この水、水道水?」
「そうだよ」
「へぇ、水道設備まで整ってるんだ?」
「あたり前だろ? もともとインフラは整備されてたんだ。PEで人がいなくなったってだけでさ。ま、ガスはきてないけど、電気で間にあうからな」
「原子力発電?」
「まさか! さすがにあんなもの動かせる人間はいないよ。水力発電に風力発電がおもだな。地球にやさしいだろ?」先に朝食をすませていたショウは緑茶をすすりつつこたえる。
「それだけで街中の電気、まかなえるの?」ミノリはおそるおそる、口にするのは初となる真っ黒い海苔の佃煮に手をつける。そして気にいったようで、白めしをバクバクとほおばった。
「街には今、約五〇〇人しかいない。そしてみんな、早寝早おきだ。そんなに電気はいらないだろ?」
「五〇〇人か……でも、けっこういるんだね」
「前はもっといたんだ。J州は人気があるらしくてさ、ほかの州から移住してくるエムも多いんだよ。なんせ水も土もいいからな。農作にも牧畜にも適してる」
「放射能汚染はないの?」
「あんた、ここで息してるじゃないか? 釣りにだってきてたし」
「あのときはバングルフォンに線量計がついてたし、場所によっては危ないんじゃないかと思って」
「そんなの今ごろいうか?」
「そうだけど」
「J州人だけの発想かもしれないが、ここは二千年もミカドが守ってくれている神州なんだ。よその州じゃ一度枯れたら木も草も生えてこないところがいくらでもあるそうだが、この土地は違う。J州の浄化作用や自然回復力はハンパじゃないんだ。学校で習っただろ? 原爆を二度も落とされても、原発事故がおこっても、この州はびくともしないんだ」
「へえぇ……」
「それだけじゃないぞ! J州では昔からヤオヨロズの神がすべてのものに宿るんだ。海にも、山にも、ご先祖様にも、すべてのものが神様なんだ。こんな州、ほかにはないぞ! ミノリ」
「ショウは、この州に誇りをもってるんだね」
「あたり前だろ? J州民なんだから。文句あるか?」
「ないけど……」
「けど、なんだよ?」
「もちろんミカドはDNAレベルで敬愛してるけど、J州についてはどうかな?と思う。いったことはないけどニュース映像なんかで見るよその州は、人種や言葉が違うだけで建物や街なみは連合政府規格で、どこも大して変わらないし。この州のなにに誇りをもてばいいのかがわからない」
「そうか、コロニーっ子にはわからないか。ま、しばらく街に住めば理解できるよ、ミノリにもさ」
「だといいけど……。ごちそうさま。おいしかったよ、ショウ」
「そうかい。けど昨日、兄さんがいった通りだ。食材がいいだけだよ」少し照れたように笑うショウ。
「ボクは腕がいいんだと思うよ。ショウ、いい奥さんに──」ショウの観念動力にポーンとはじかれるミノリ。「力の悪用禁止なんだろ!」
「悪用じゃない。今のはコミュニケーションていうんだ」
一歩、外へでるとつきぬけるような青空と、真っ青な大海原という絶景がミノリを圧倒し、魅了した。潮風はやや冷たいが、それにしても心地よく感じられる。遠くに近くに群れをなす海鳥のうるさい鳴き声までが愛おしいとミノリは思った。足が不自由でなければ、かけだしたいような実に晴ればれとした気分であった。
「なにしてんだ? 早く乗れよ」前面に買い物かごのついた原付バイクにまたがったショウが、サビついた後部荷台をポンポンとたたいた。
「海鳥なんて生で見るの初めてだからさ。あ! これもしかしたらガソリン車?」
「ああ。ガソリンは高いからたまにしか乗らないんだが、お前の足に免じて特別にだしてやる」
「でも燃料代が高いんなら跳べば?」
「アホ! 昼日中に男を腰にひっつけて跳んでたら恥ずかしいだろ!」
「そっか。でもガソリンで動くスクーターなんて初めて見た! すごい! 一輪じゃなくて二輪なんだね!」
「いちいちうるさいやつだな! こんなのそこら中にゴロゴロ落ちてるよ」
「そうなの!?」興味しんしんといった風のミノリ。
「ああ、だがまともに動くのをさがすのは骨だし、ガソリンは手に入りにくいんだ。独占してる野郎がクソでさ。どこから調達してきてるのか、絶対にいわないんだ」
「へえ。タツトさんに読んでもらえばいいのに」
「……商売のじゃまをするのは力の悪用になるんだと。いいから早く乗れ!」なにかをごまかすように、いらいらとエンジンをかけるショウ。そのアクセルを吹かす音に腰をぬかすミノリ。彼も製作にたずさわっていたソーラー車では絶対に考えられないような爆音に聞こえたのだ。
「すごい音だね」いいながら伸縮自在の松葉杖を折りたたんだミノリは、荷台にすわる。
「バカだな。音がでてないと危ないじゃないか」
「なんで?」
「バイクが近づいてくるのを歩行者が気づけないだろ? いくらエムでも感じが弱いのもいるんだ」
「このスクーター、自動でとまれないの?」コロニー内の現行の車両は、車もスクーターも歩行者が近づくとオートストップ機能が働くのが常識である。
「とまれないよ! つかまってな!」
つきあいきれないといった様子でバイクを発進させるショウ! まさにロケットスタート、フルスロットルである。一瞬、ふりとばされそうになりヒヤリとしたミノリであったが、海岸沿いのいささかくたびれた舗装道路を軽快に飛ばす原付の速度になれてくると、気持ちいい!と叫んでいた。そして短めの髪をパタパタとはためかすショウを、心からカッコいいと思った。そう思ってからミノリは、やっぱり弟分かもな、ボクはと自嘲気味に笑った。
「ようようショウ! 今日は男連れかい! やるもんだねぇ!」ふたりの背後から猛スピードで追いついてきたスポーツカーのウィンドウから野太い腕とひげ面をだした若い男が声をかけてきた。「ショウ、そんなのほっといて俺らと遊ぼうぜ!」
「いろいろと楽しもうよ、ショウ!」助手席側の細面の男も声をはる。「いろいろとさ!」
「ショウ、誰?」あとから声をかけてきたヤサ男から異様な圧力を感じ、一瞬、戦慄するミノリ。
「いいから無視しろ」ショウはアクセルを吹かすが、ふたり乗りをした原付バイクとスポーツ車では当然、勝負にならない。
「やらせろよ、ショウ!」運転手のひげ面が下卑た声で叫ぶ。
「俺が先だよ! なあヴァージン・ショウ!」もはや臆面もなく本性を現す助手席側の色白の男。そして車は、じょじょに間隔をつめてふたりのバイクへ幅よせしてきた。
「クソが!」海側のガードレールに突っかかりそうになりながら走行するショウ。ミノリのギブスでかためた右足もときおり鉄の柵をかすり、まさに風前の灯火である。「ミノリ! つかまってろ!」
「え!? うわぁ!」悲鳴をあげるミノリ。今度は前方へ引っこぬかれそうになった。ショウがバイクに急制動をかけたのだ! それもブレーキだけでなく、観念動力を使用して。男たちの車は、あっという間に先へと走っていった。ショウはすかさず、エンストしたバイクのエンジンをかけなおして、木立のならぶ山側の林の中へとバイクを乗り入れた。
「ミノリ、生きてるか?」
「死ぬかと思った……」でこぼこが激しく、サビついた鉄製荷台がはずむたびごとに尻がガンガンと打撃され、そうとうに痛むミノリ。
「もう少しでまともな道にでる。辛抱しな」
「跳べばいいのに!」
「バカ! 跳んだ先に人がいたらどうすんだ!」
「そっか……」彼は長い間ミュートとして暮らしてきたが、エムとしてのスキルは素人同然であると思わざるをえなかった。「ボクはナービスだな」
「思い知ったか、このにわか!」木立をさけるため、右へ左へ体重を移動させつつショウがどなった。「私らの力は使い方を間違うとえらいことになる。へたすりゃ一生、後悔することにだってなりかねない力なんだ!」
「胸にきざむよ」
やがてアスファルトがひびわれている一般道にでたショウは、いったんバイクを停車した。
「尻は大丈夫か?」
「うん。最後の方は力で腰をうかせてたから」左足だけで立ったミノリは尻のあたりをさすりつつ笑ってみせた。
「ほう。面白い力の使い方だな。そういうのは悪くない」
「ありがとう。ところで、さっきの誰? ひどいことしやがって」
「助手席側にいたクソ野郎は、例の男って呼ばれてる。運転してたのはやつの手下のひとりだ」
「例の男? なにそれ?」ミノリはコロニーで読んだファンタジー小説にそんな呼ばれ方をしていた悪者がいたなぁ、と思った。
「街にはいない人間だとされているんだ。気にしないで無視する、それが街のルールだ」
「いや、だって、いたじゃないか……」
「だからそれがルールなんだよ! 守れないなら追放だ!」
「わかったよ、ショウ……」彼女の剣幕にいったんはうなずくミノリ。しかし当然、納得がいかない。「あれがショウのいっていた変なのか?」
「そうだよ」
「例の男か、なんかすごいプレッシャーを感じた。あんなに細身なのに」
「まあ、すごいやつには違いない。あんたの感じ方は間違いじゃない。けど、今はあの男について話している時間はない。首長との面談に遅刻するわけにはいかないだろ?」
「ああ、そうだね。でもそのうち話してよね」
「ああ、おりを見てな」ショウはバイクにまたがり、親指で乗れとしめす。
「たのむよ、ショウ」荷台に腰を落としたミノリは以前、ショウのいったことを思い出していた。
「私らの街だって完璧じゃないけど、ここよりはまだましだ」
彼女は戒厳令下にあるコロニー内よりも0番街の方がまだましだといったのだ。まだましか……どこへ逃げようとも理想的で完璧なユートピアなんてものは存在しないのだということを、ミノリは思い知らされたような気がした。
(つづく)
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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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