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第一章 ミノとアズ 21

       21

 コロニー外、立ち入り禁止地区である旧池郷川流域、午後九時五十五分。昨晩、一夜をすごした場所にミノリはきていた。RA法の規定に反するからとアズは難色をしめしたのであるが、この日は彼も連れてきていた。

『なぜ私をコロニー外に連れてきたのです、ミノ』真っ暗闇の中でアズの低音が響く。

「ここなら自由な会話ができるだろ? それとも『アガサ』はコロニーの外でも盗聴機能を働かせているのか?」だとすれば昨夜、そして今朝のショウとの会話も聞かれていた恐れがある。

『コロニー外までは傍聴機能はおよばないとマニュアルにはあります。「アガサ」に与えられた管理義務はコロニー内限定ですから』

「そうか。でもアズ、傍聴じゃない。『アガサ』のしていることは盗聴だ」

『それはそうかもしれませんが、「沈黙は金、雄弁は銀」という格言もあります。コロニー内で沈黙をつらぬくことを私は推奨しますが?』 

「J州流にいうと『いわぬが花』だな。でも、アヤメさん、リーダーに板垣さんが亡くなった。それに小堺さんは行方不明。ボクだって殺されかけたんだ。もうそんな場合じゃない」

『しかし、私としてはRA法に違反するというのは──』

「アズ、昔、銀が金より価値が高かった時代もあるそうだよ。その格言、本当に沈黙の方が雄弁より上なのか?」

『それは知りませんでした。私には判断つきません』

「いつもいってるだろ? だてに本は読んでないって」

『ではミノ、なにを話しましょう?』

「まあ待て、すぐにもうひとりくるからさ」

『もうひとり? それは危険のない方なのですか?』

「さあ……でも少なくともボクとは対等な人だよ」

『対等な方』

「ああ」

 ビュンと風を切ってカーキのポンチョがはためいた。午後十時きっかりであった。

「無事だったか、ミノリ」手にしたランタンを持ちあげて、ショウがニヤリと笑う。

「ああ。なんとか」

『この方でしたか。ミノと対等な方とは』音声がオンにされていたアズの声にビクリとして一歩、あとずさるショウ。

「誰だ!?」

「ああ悪い。RAを連れてきたんだ。アズ、あいさつしろよ」

『以前、二度ほどお会いしています。ショウさん、私はRA2075型です。ミノからはアズと呼ばれております』

「あのとき、私に射殺されろといったロボットだね。はいはい、よくおぼえてるよ」

『その節は失礼いたしました。あのときはショウさんが射殺されることが最善の策だと判断したのですが、私は間違っていました』

「そうでもないさ。私が撃たれていればヨウスケさんたちは死なずにすんだんだ……」

『ですから、それが私の間違いです』

「なにいってんだこいつ!」ヨウスケを死なせたことがよほどくやしいのであろう。ショウは目には見えないアズに対し憤怒の表情をする。

『仮にショウさんがあの場で殺処分を受けたとしても、あの部屋に残されていた木や紙の残留物はK109によって発見されました。結果はなにも変わりません。ショウさんの死が無駄になるだけでした。大変失礼いたしました』

「ミノリ、アズって頭いいのか? 悪いのか?」複雑そうな表情をうかべるショウ。

「少なくともたよりにはなる。だから連れてきたんだ」

『しかしミノ、人権のないミュートの手助け等はプログラミングされておりません。これ以上の会話続行はできかねます』

「やっぱりクソロボは頭悪いな! 人権なんて誰が決めるんだ!」アズにむけてどなるショウ。

『それは連合政府が決めることです』

「ふざけんな!」

「まあ、待てよアズ。このショウがいなかったらボクは死んだか、障害者になっていたんだぞ。それでも会話を拒否するのか?」

「私だってクソロボと話なんかしたくないね!」

「ショウ、アズも聞けよ。ボクは昨日、連合警察に殺されかけた。そして今日はミュートに殺されるところだった。ショウ、キミもだよな?」

「ああ」

「ボクを襲ったミュートと、このショウは別のミュートだ。それはわかるよな、アズ」

『わかります。分類上は同類、同種ですが』

「それをいったらボクだって一緒だろ?」

『ミノには人権があります。コロニー内での生存権が保障されています。ショウさんにはありません。これは大きな違いです』

「ムカつく」ショウが吐きすてるようにいう。

『しかしながら、私の(あるじ)であるミノの生命を維持していただいたという点は賞賛に(あたい)します。ショウさん、感謝いたします』

「めんどくさいやつ!」

『はい。私も複雑なのです。ひとつショウさんにおたずねします』

「なんだよ?」

『年齢は?』

「十八だけど、それがどうした」

『理想的ですね。でしたらショウさんにお願いがあります』

「なんだよ?」

『ミノは極端に女性との接触をさけております。私の診断では生殖能力に問題はないのに人類繁栄のかなめである子孫を残すという行為に対し恐怖感を抱いているのです。この際、ミュートでもかまいません、予行演習の意味でミノとの交際、性交をお考えください。むろん政府公認の正式な婚姻はできませんが』

「はぁ! 予行演習……性交!?」

「アズ! なにをいいだす!」

『ミノはかつてこういっていました。男女は役割が違うから平等にはなれないが、対等がよいと。そしてショウさんとは対等なのだといいました。それこそがミノの求める女性像であると私は──』

「ふう……気にするな、ショウ。クソロボのいうことなんか」ミノリはアズの音声をオフにした。それでもアズは彼の耳の中で話しつづけていたが。

「ものすごく失礼なRAだな!」

「アズは連合政府の支給品だ。基本的にミュートの人権を認めてないんだ。悪かった」

「だからっていきなり人を予行演習用の商売女あつかいかい?」

「すまない」

「どうせ人だと思われてないんだろうけど……ところであんた、男が好きなのか?」

「は? そういうわけじゃない!」

「別に恥ずかしいことじゃないよ」

「だから違うって!」

「なら、アヤメって子に未練があるんだ? 義理だて?」 

「それも違う」

「じゃ、なんなの?」

「いいだろ、なんでも。そんなこと」

「いいけど。ふうん、あんたと対等の女なの? 私は」

「貸し借りなしってショウがいったじゃないか!」

「うん」ゆっくりとうなずくショウ。

「なんだよ!」

「もう一度アズの音声、だしてみて」

「え?」

「昨日、今日あったことをミノリと対等に話したい。そのために、あんたもアズを連れてきたんだろ? 連合政府側の情報もまじえて話せるように」

「……ああ、まあ」本音はアズをそばにおいておかないと心もとないからであるが。

「ただし、さっきのやり手ババアみたいな発言はなしにして。今度いったら破壊してやるとも伝えてね」

「わかった」ミノリがボソボソとアズと会話しながらバングルフォンの操作をはじめると、ショウは吐息をつきながらポンチョをぬいだ。彼女が下につけていた衣類はカーキのアーミーパンツ、そして上半身は黒のタンクトップ一枚で、やや薄めの胸や、引きしまり、均整のとれたボディラインがランタンの弱い光に照らされている。目をあげたミノリはつい、あっと息をのんでしまう。

「なんだよ? 女に興味ないんだろ?」

「ああ、いや。だから、中学のときだって、こんなに間近で見たことないから」目を伏せるミノリ。

「ふうん、まあいいや。それでアズは?」

『ここにおります』こたえるアズ。『先ほどの不用意な発言をお許しください』

「はあん、いちおう、あやまるんだ? で、また失礼なこというんだろ?」

『できるだけ発言をひかえますので、ご安心ください』

「そうしな。あんたは聞かれたことだけこたえてくれりゃいい」

『了解しました』

「やけに聞きわけがいいな。壊されるのが怖いのかい?」ショウがミノリに目を移すと、彼はまだ下をむいたままでいる。「子供か!? アズが心配するのもよくわかるな。ミノリ、顔あげな。ポンチョ着るからさ。暑苦しいからいやなんだけど」

「いやなの?」意外そうな顔をするミノリ。

「いやだよ、好きで着てるんじゃない」

「じゃなんで着てるの?」

「……コロニー内には風俗店なんかがあるよな?」

「ああ」

「どうせいったことないんだろうけど」

「……まあ」

「私らの街にはそんなものないからさ」

「はあ?」

「いい街だとはいったけど、男は男だろ? 本能的に女に欲情するだろ? 危なくてボディラインなんかさらせないのさ。私なんかより思念の強い野郎もゴロゴロいるからね、ヘタすりゃあっという間にいいなりにされちまう」

「なるほど……だから髪もそんなに短くしてるのか」

「まあね。街の女はみんなそうしてる。女くささを見せないようにしているのさ、()れた男の前以外ではね」

「──へ?」

「いっとくけどあんたに惚れたわけじゃないよ。あんた、どうみても草食系だから安全パイだと判断しただけ」

「あ、そう……」それはそれで傷つくミノリであったが、反論のしようがない。

「だからって街にいるのはそんな男ばっかじゃないよ。一部のバカだけだよ」

「そんなんばっかならコミュニティは成立しないもんな」

「そういうこと。どう? なれた? ポンチョ着なくていい?」

「うん、大丈夫。ショウが貧乳でよかった」

「…………」ショウは無言でミノリを三メートルほどはじきとばした。指先一本のみで。


「──じゃあ、ヨウスケさんばかりじゃなくて昨日、私らが逃がした人の大半が殺されたの!? そんなバカな!」

「ネットニュース見てないのか?」

「力の使いすぎで、もどってからしばらく熱がでて寝てた」

「大丈夫なのか?」

「もう平気だよ。で? ほかのふたりは?」

「小堺さんは行方不明。それで、山中リーダーはやられた。ボクの目の前で……」 こぶしを河原の石にたたきつけるミノリ。

「そうか。小堺リョウジだけでも助かってればいいな」

「うん」

「でもクラーラ・アインホルンの声明、変だよな? 私らが、エムが本気で収容所にいた人たちを殺す気なら、襲撃した時点でみな殺しにできることくらいわかっているはずなのに」

「そうなんだ。公式発表にしてはまったく整合性がとれていない。あの女、脱走者に特赦(とくしゃ)をだした理由だってまともに説明していなかった。特赦なんて本来あり得るはずがなかったんだ」

「戒厳レベル6だもんね、確かにあり得ない。喜んだ私らもバカみたいだ」

「それからこれもあり得ない話だけど……」

「なに?」

「ボクには全部、連合警察の自作自演だとしか思えない」

「どういうこと?」

「つまり最初から殺すつもりで、いったん特赦をだした。警察は決してJ州民の敵ではないということをアピールしたうえで」

「でも、それは無理あるんじゃない? 襲ってきたのは間違いなくエムだよ」

「そうだ、ショウ。ヨウスケさんを襲ったあのミュートのこと、()()()っていったよね? あれ、どういう意味?」

「ああ、にわかっていうか、ナービスかな」

「よけいわからない」

「初心者。なにしろ力の使い方がめちゃくちゃだった。あとさき考えてないっていやいいか。まるでエムになりたての新人みたいなゴリゴリの攻撃をしてきたんだ。あれじゃ身がもたない、ハチみたいな女だったよ」

「ハチ? 昆虫の?」

「ハチって敵に毒針を刺したら死んじゃうじゃない? そんな感じ」

「ボクが襲われたミュートもそうだった!」そして力を使いはたして死んだ。

「あんなにわかに引っぱられて熱だしてんだから、私もまだまだだね。いずれにしても脱走者を殺してまわってたのがエムである以上、自作自演は考えられない」

「だからあり得ない話だといったんだけどね」

「ないよ、それは」

「うん……でも、もうひとつ思ったんだ。連合警察はミュート憎しの感情をあおるためと、メンツをたもつために一般州民をミュートとして処刑しているんじゃないかって」

「ありそうな話だけど。さすがにそこまくると陰謀論じゃない?」

「……陰謀論か」

「なにか証拠はあるの?」

「夏祭りのあと、あきらかにミュートではないボクの先輩がミュートとして殺処分された」

「弱いね」

「それからこれも気になってる」ミノリは石化したように、形骸のみが残るショウのバングルフォンとサードアイを指さした。

「これがなに?」

「なぜ政府や警察はキミらのIDを抹消したんだ?」

「人権がなくなったからでしょ?」

「でもIDだけでも生かしておけば、コロニー内での立ちまわり先なんかが容易に予想できるじゃないか? 監視ドローンだって見つけやすい。それをわざわざ消すなんて変だよ」

「──確かに」ショウはなにかを思ったらしく、大きくうなずく。

「なに? どうかした?」

「実いうとさ、ヨウスケさんの別宅、私が産まれた部屋なんだ」

「え!?」

「私がエムだってばれるまで住んでたんだ。父さんと母さんと、兄さんと」

「そうなのか……今、ご両親は?」

「死んだよ。私をかばってK109に射殺された」

「それは……」だから予防接種のとき、母子を救わなかったミノリに激怒したのだろう。

「よくあることだ。で、つい懐かしくて中に入っちまったんだ。そこでヨウスケさんと鉢あわせってわけ。お互い悲鳴をあげたよ」くくく、と笑いをかみ殺すショウ。

「それで交流がはじまったのか」

「相手があの人じゃなきゃ、ああはいかなかったけどね」

「板垣さん、ミュートに助けられたことがあるっていってたな。ボクのことも何度か救ってくれた」

「ああ、いい人だった」

「そうだな」ミノリは残された奥さんと子供らのことを思う。ボクたちはとんでもない災いを板垣家にもたらしてしまったと。

「……前にいったろ? あんたがアズを好きな気持ちもわかるって」

「ああ」

「ハナコはさ、昔、私の遊び相手だったんだ。名前は違ったけどね」

「なんて名だったの?」

「忘れたな。──ごめん、脱線した。だからさ、そうなのよ」

「なにが?」

「もし警察が私のIDを把握してたら、あの部屋に先まわりして待ちぶせされてたかもしれないって思ってさ。あのときのナービスの私じゃ確実に消されてたな。ミノリのいう通りだね、エム撲滅をかかげるわりには妙なことしてるよね」

「うん。やってることがいちいち噛みあってないんだ。連合政府も警察も、それからミュートも」

「うちの街の首長にも聞いてみるよ。だてに長生きしてるから、なにか知ってるかもしれない」

「首長?」

「町長だよ。それよりさ、あんたのたよれる相棒に聞くのはどう?」

「だな。アズ、どう思う?」

『発言してもよろしいのでしょうか? ショウさん』

「許可する」少し偉そうに胸をはるショウ。

『先に質問よろしいでしょうか?』

「はあ? 予行演習の件なら、お断りだ!」

『違います。コロニー内でならエムという隠語(いんご)をお使いになるのは理解できます。しかしここではミュートでいいのではないでしょうか? どうにもミノとの会話に違和感をおぼえました』

「ミュートってのはさ、ある意味、一般州民からの差別用語だろ?」

『そうでしょうか?』

「そうだろ! まんま、人以外のものを指してるんだから! だから私らはエムというんだ。多少、自虐的だけどお仕着せの名称なんか使いたくないんだ」

「そうだったのか。なんか悪かった」アズより先にあやまるミノリ。

「いいよ別に。わからないさ、人権のあるお方には」

「…………」

「わかったかい? クソロボ!」

『クソロボという発言は、すべてのRA2075に対するヘイトではないでしょうか?』

「……へ理屈いうな! とっととあんたの考えを話しな!」

『わかりました。では手はじめにミュートのID抹消の件からでよろしいですか?』

「いいよ」

『かつては連合政府も人権を剥奪してもIDは消しませんでした。理由はミノの話した通りです。しかし元エンジニアなどのミュートは生きているIDの改ざんや偽造を易々(やすやす)とおこない、人間社会にスパイとして潜入したのです。そのまま州民になりきりしばらく生活をつづけていたという例もあるそうです。こうした技術は、いつの時代でもいたちごっことなります。ひいては過去にあったマネーロンダリングや裏金など、一般州民の不正にもつながりかねません。こうして人権をうしなった者のIDは完全に消すことが決議されたのです。はじめから無のものは、偽造も改ざんもできませんから』

「そういうことか」疑問点を簡単に論破されて、口をとがらせるミノリ。

「ちゃんと理由はあるんだね」うなずくショウ。

『次に連合警察による自作自演の可能性の件をお話しします』

「たのむ」とミノリ。

『ミノとショウさんの会話を拝聴していましたら、ひとつの仮説が成立しました。あくまでも推論ですが』

「どんな陰謀論?」と笑みをうかべつつ横目でミノリを見るショウ。

『このたびの件で警察が自作自演をおこなうためには、生きたまま捕獲したミュートを完全洗脳したうえで、飼っておく必要があります。特赦を発令したあと、飼育していたミュートに脱走者を襲わせたと考えれば筋は通ります』

「やっぱ、陰謀論だ。無理があるよ、それ」

「なんでさ?」不満げな表情でショウをにらむミノリ。

「私らを殺すのは簡単だよ、撃てばいいんだから。でも生けどりはむずかしいよ。そうやすやすとは捕まらないね、死なないかぎりはさ。ミノリだってそうだろ? やろうと思えばあんな収容所、私がいなくても脱走できたでしょ?」

「まあ、かなあ……」

「だいたい今回、何百ってミュートが動いてたんでしょ? それだけの数を──ちょっとアズ!」言葉を切って見えないアズにむかい、眉間に立てじわをよせるショウ。

『なんでしょう?』

「本当に差別的だな! 飼うとか飼育とか、私ら家畜じゃないんだ! 少しは言葉を選びな!」

『なるほど。これは失礼いたしました』

「やっぱりクソロボはこれだ! とにかくそんな数のミュートが捕獲されたなんて話、聞いたことないよ」

『その通りです。この仮説には無理があるのです。したがってミノの自作自演説は否定されます』

「全否定かよ? アズ!」今度はミノリがムッとしている。

『残念ながら。そもそもミュートの出生率が、左ききが誕生する確率より高い理由すら連合政府は解明できていないのです。生態が不明なものを飼育、いえブリーディングすることは困難です』

「なんかいちいちムカつくわね、こいつ!」

『どうしてでしょう? 言葉は選びましたが』

「もういい!」

『ところでミノ』

「なんだよ?」

『全否定はしません。私はミノの思考はともかく、感覚は信用しています』

「それがなに?」考えるのをやめろってことかよ?とミノリは憤慨する。

『ショウさんは根拠が薄弱と断じましたが、ミノがミュートではないと判断したのならばあの鈴村サトシは一般州民です。つまりミュート捕縛にいきづまった警察が体面を重んじ、ミュートではない州民をミュートとして処分しているという説に関しては同意します』

「本当か? アズ」バングルフォンにぐぐっと身をのりだすミノリ。

『はい。ただし公的に通用する説ではなく、あくまでも一個体としての私の意見、判断とお考えください』

「あはは」ショウが笑った。「ロボットに同情されてやがる」

「うるさい。けど、だとしたら連合警察、なんでもありじゃないか!」

「そうだね。こいつはエムだって魔法の呪文をとなえたら誰だろうと始末できるってことだもんな」

「やっぱり今の時代、暗黒じゃないか、アズ」

『反体制ミュートが一掃されるまでの辛抱(しんぼう)です。ショウさんのような温厚なミュートは別といたしますが』

「わかればいいんだよ。ところでミノ」

「ミノ?」

「ああ、ミノリだ! ついアズに引っぱられちまった!」

『それは失礼いたしました』

「なんだよショウ?」

「中世なみの暗黒時代はコロニーの中だけだよ」

「まあね……」

「私らの街だって完璧じゃないけど、ここよりはまだましだ。今すぐにだって街にきてもいいんだぜ。みんな歓迎してくれるよ」

「え? ありがとう、ショウ」

「若い男の働き手が不足してるからよ」

「そういうこと?」

「そういうこと」ふふんと笑ってみせるショウ。

『いけません、ミノ。これは悪魔のささやきとお考えください』

「誰が悪魔だ!?」

『ミノはコロニー内に住む部屋があり、転職は余儀なくされるかもしれませんが少なくとも人権があり、生活は保障されています。ショウさんはそれを──』

「アズ! 大丈夫だよ。クサナギ区画からでる気はないから」

『そうですか。それならばけっこうです』

「そんなに男性ボイスのアズ子とはなれたくないのかよ! このガキが!」

「それもあるけど……小堺さんが行方不明のままだ。リーダーの旦那さんや板垣さんのご家族も気になる。友達とはいえないけど、ボクには初めての仲間だった。このまま逃げたくない」

「わかったよ」ショウはバチンと音をたててミノリの肩をたたいた。「ハチ女と戦ってたときもだけど、あんたカッコいいじゃん!」

「はあ?」にわか、ナービスにつづいてハチ女。ショウとケンカをしているとろくなあだ名をつけられないようだ。

「子供だけど悪くないってこと」鼻先をこするショウ。

「いっとくけどボクのが年上だぞ!」

「いっとくけど尊敬できない年上は、長く生きてるだけの人だぞ」

「いやなこというな……」

「尊敬できる男になんなよ、ミノリ」

「……やってやるよ」

「やってみ──」

『確かにおふたりは対等の関係のようですね』ショウの言葉をさえぎるようにアズがいった。『ショウさん、やはりミノとの非公式な予備交際、いわば愛人関係。今一度お考えいただけないでしょうか?』

「黙ってろ!」同時に叫んだふたりは、ランタンのほのかな薄灯りをはさんで大爆笑してしまった。ミノリにとっては母が生きていたころ以来の、もの心がついてからは初めての、誰にも気がねしない腹の底からの笑いだったかもしれない。

『了解しました。黙り──』

「どうした、アズ? へこんだのか?」ミノリが笑いながらいうと、ショウが荒ぶる笑顔でアズをしかりつけた。

「失礼なクソロボが、へこんでる場合か!」

『ミ、ミミミミ、ミノ──』

「アズ? なんだアズ!」異変を感じたミノリが叫ぶ。

『デデデ、データ、わわ、私のメモリーががが、デリートされ、てて、ています』

「デリート? 消されてるのか! なんで?」

『わわかりません。ふふ不明、不明、ふめめめい』

「アズ! しっかりしろ、アズ!」

『みみみみ、ミののののノ──』

「ばれたんだ!」表情をかたくしたショウがいった。

「ばれた?」

「あんたがミュートだってことが警察にばれたんだよ!」

「なんだって!」

「見てみな。あんたのサードアイもバングルフォンもシグナルライトがどんどん弱くなってる」

「…………」ミノリは絶句した。額のサードアイを見ることはできないが、これまで彼の生体電気を備蓄することで十五年以上も灯りつづけてきた左腕のバングルフォンの光が今、消えかかっているのだ。

『ジュ、ジ、ジジ、シ、ショウさん!』アズが叫んだ!

「なんだクソロボ!」ミノリのバングルフォンにしがみつくショウ。

『しか、視覚くくぅきき機能ぐあがあ』

「アズ、見えないのか?」叫ぶミノリ! 

『ショウさん! ジョヴざう! ショウさぐ!』

「聞いてるよ、私はここにいるよ、アズ!」懸命に耳をそばだてるショウ。

『び、ビノ、ミノを、わたし、私、しし、ののの』

「え? なんだって!?」

「アズ、アズ!」ミノリがどなり声をあげると、ショウが彼を引っぱたいた。

「黙ってな! 聞こえない!」

『──わわわ私の、ミノを、ショウさん! たのみます!』まるで断末魔の悲鳴のような大声でいいきったアズの合成音声は、ここでこときれたように完全に沈黙した。そしてミノリのバングルフォンのランプも同時に消灯。アズと名づけられたRA2075のデータフォーマットが完了したのだ。ミノリはコロニー内における人権を剥奪されたのである。

「アズ……アズ……アズ!」

「…………」河原に倒れふして子供のように泣きじゃくるミノリの背中を、黙って見おろすショウは胸のうちでつぶやいていた。クソロボ、たのむっていわれたってな……と。「ミノリ、私は家に帰るけど、あんたどうする?」彼女の問いかけもミノリにはとどいていないようであった。ショウはやれやれといった表情をうかべ、言葉をついだ。「明日の朝、むかえにくる。今夜はしみじみ相棒との別れを惜しみな」手にしたポンチョをいったん羽おろうとしたショウは思いなおし、倒れこんだままのミノリにかけてやると一瞬にして姿を消した。ランタンの灯火(ともしび)ひとつを残して。


 翌朝、午前七時。ふたたび池郷川の河原に現れたショウは、思わず悲鳴をあげてしまった。彼女のカーキ色のポンチョを着こみ、銃弾に全身を撃ち抜かれて血まみれのボロ雑巾と化したミノリが、そこに倒れていたからだ。

「ミノリ! しっかりしろ! ミノリ! ミノリ!」

                        

         第一章 ミノとアズ 完。第二章へつづく!


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