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第一章 ミノとアズ 20

       20

 ショウを連れて三番街の工場まで跳んだミノリは、たどり着くなり腹を押さえて(ひざ)を落とした。どうやら先ほどの怒りにまかせた戦闘で、腹につけた傷口が広がってしまったようだ。

「大丈夫? ミノ──」いいかけたショウの口をミノリがおさえた。

「あまり話さない方がいい。とくに名前とかは。さっきはボクもしゃべりすぎた」

「そうだね、わかった。でも、なんでそんなに血まみれなの?」彼女に聞かれたミノリは昨日から着たままの作業着をめくり、腹部の傷を見せた。「うわっ」ショウは自分が痛みを感じたように顔をしかめる。

“大したことはないよ。ほとんどボクの血じゃないし”ミノリは心の中で思ってみた。

“あれ? 精神感応、もう使えるの?”ショウの驚きがミノリに伝わってきた。

“使ってるわけじゃない。キミが読んでくれると思ったから”

“まあ、いいわ。話はあと、とにかくコロニーをでよう。もうヤバイんじゃない? ミノリも”

“かもしれない。けど、まだやることがある”確かに瞬間移動を監視カメラに捕捉された可能性もあるし、ヨウスケの部屋での言葉を『アガサ』にひろわれたかもしれない。そしてなによりも、警察に保護されたであろうミチロウの動向が気になる。しかしそれでも──。

“またアズか? 本当、好きね。恋人みたい”頭のイメージをミノリはショウに読まれたようだ。

“子供だと思うだろうけど、アズがいないと不安になるんだ”

“……そう。けど、気をつけなよ。ロボットアームのために死んだらシャレにならない”

「うん」ミノリは言葉にして、大きくうなずく。意外とテレパシー交信は疲れるのだ。

“それからその服、かえた方がいい。そんななりじゃ、いちいち検問に引っかかるよ。予備くらいあるだろ? あんたの職場なんだから”

「そうだね」本当のことをいえばK109のデータは共有されているはずなので、ミノリの傷のことはロボット警官全機に周知されているはずであるが、確かにこの姿は目だちすぎる。

“医務室で薬ぬっていけよな。私は帰るよ”

「ああ、と──、いけるのか?」ミノリは()()()といいそうになった。そして、ヨウスケの部屋では不用意にその単語を口にしてしまったことを思い出した。あのバカでかい音量の警報音にまぎれてくれたことを祈るほかないだろう。

“これだけ精神感応が使えるんだ、もう回復したよ。さっきはヨウスケさんを守れなくて、実は、ちょっとばかしへこんでたんだ……あんな()()()に好き勝手されるなんて!”

「にわか?」

“あとで話す。じゃ、いくわ”

「おう」

“今夜十時、また池郷川で落ちあおうよ。ほかの人がどうなったのかも知りたいし”

「わかった」

“ミノリ、絶対だよ”

「絶対だ」

“じゃあな”

「ああ」ミノリは軽く手をあげたが、ショウはなかなか跳ぼうとしない。「早くいけよ」

「──さっきはありがとな。これで貸し借りなしだ」照れくさそうにそう言葉にして笑ったショウは、コロニー外へと跳んだ。積もっていたガレキと粉塵を巻きあげて。

「ああ。対等だな、ボクたち」

 腹に大判の絆創膏を貼って、工場の倉庫をあさり、作業着を着替えたミノリはふたたび五番街の公営団地へとむかっていた。はたして無事に自室へもどることができるのか? またアズに会えるのか? そもそも収容所に送られたとき、アズが彼の部屋にもどされたという確証はなにもないのである。暗雲のような気持ちに押しつぶされそうになりながらミノリは、大またな競歩のような足どりで歩を進めた。途中、バングルフォンのディスプレイが勝手に立ちあがった。ミノリはヨウスケか、タマミの家族からかかってきたのかと思い、あわてて画面を見たが電話ではなかったので消音し、これを無視した。ごくたまにであるが、企業の宣伝や新商品の広告動画が入ってくることがあるからだ。

 階段をかけあがり、自室の前に立ったミノリはおそるおそるセンサーにサードアイを近づける。検問を通過できたのだから問題はないはずであるが、それでも不安であった。仮にミノリの人権が剥奪されていたら今度はアズが、タロウやハナコのように警報音を発することになる。無機質なただの機械となるのである。ピッ、と反応があってドアが開錠された。ひとつ息を吐くミノリ。彼はまだ、この部屋の(あるじ)でいられるらしい。あとはアズである。

「アズ! うわ!」室内に足をふみ入れるなり、天井に吊られていたロボットアームが怒涛の勢いでミノリに迫ってきた! 「アズ!」彼がまた名を呼ぶと、アズは眼前で急停止して大きく十本の指を広げ、ミノリをやわらかく抱きしめた。

『ミノ、おかえりなさい』

「ただいま、アズ」アズの声を聞き、ミノリは力がぬけたように、その身をロボットアームにあずけた。だらりと垂れた腕とふんばりのきかない足。アズはミノリをしばしささえつづけた。そしてアズは、触覚ではなく、視覚と聴覚で彼の異変に気がついた。

『どうしたのです? なぜ泣くのです、ミノ』

「リーダーと板垣さんが、死んだ。ボクは、またボクは……」

『そうですか。今はただ、お泣きなさい、ミノ』

 ミノリはアズの手のひらの中で、おんおんといつまでも泣きつづけた。


『落ち着きましたか? ミノ』椅子にかけてぐったりしているミノリにコーヒーをさしだしながら、アズがいった。『心配していましたよ、ミノ。不安という感覚を初めておぼえました』

「へえ、そりゃすごいな、アズ……」コーヒーをすすりながら、うつろな笑顔をむけるミノリ。

『山中タマミや板垣ヨウスケばかりではありません。昨日、収容所から脱走した州民の八十%がミュートの襲撃をうけて命を落としたようですから──』

「なんだって!」コーヒーをふきだすミノリ。

『ニュースをご覧になりますか?』

「つけてくれ!」

 立ちあがった光学モニターのニュース映像アーカイブの中で、男性アナウンサーが死亡者の名を読みあげ、そして画像には監視ドローンまたは中継ドローンの捉えた映像が流されていた。公園で家族との会話中に突然、苦しみだし、血を噴きだして倒れる男。特赦(とくしゃ)による無罪放免を喜んでいるのか、恋人との抱擁中に唐突(とうとつ)に火柱と化す女。そんなさまざまな超能力殺人動画がうつされていた。どの襲撃も正午きっかり、午後十二時をさかいにはじまったのだという。

「どういうことだ! なぜミュートが収容所脱走者を襲う!?」

『それについては連合警察最高司令長官クラーラ・アインホルンが言及していました。見ていませんか? ミノ』アズのこたえに、ミノリは黙ってうなずく。そして思う、やはりアズはつねにこたえをくれる、たよれる相棒であると。そして切りかわったモニターにクラーラ・アインホルン女史の姿がうつる。『つい先ほど、午後三時の政府公報です』

「政府公報? そうか……」無視した動画が、それだったらしい。見ていないと法律違反である。「み、見たけど、もう一度、確認したいな。たのむよ、アズ」


『──クラーラ・アインホルンです。J州民の皆さま、すでにニュースでご存じのことでしょう。さいわい助かった方も少数いらっしいますが、今日もまた大勢の州民がミュートの攻撃によって亡くなられました。それも、古くからJ州の慣習にある特赦によって収容所脱走を許された方々がです。いうまでもなく特赦とは連合政府、連合警察、そしてJ州ミカド、三者合意のうえで発布される大変格式のある制度です。これをやつらは、ミュートたちはふみにじった! しかも自分らが収容所から逃がした政治犯、思想犯、ミュート擁護(ようご)犯、ミュート隠匿(いんとく)犯、ミュート秘匿(ひとく)犯らを殺害したのです! なぜか? わざわざ逃がしておいて、なぜ殺したのか!?』


「みんな犯人にされちゃってるけど、容疑者の間違いじゃないか? J州語訳おかしいだろ?」U州語を話すクラーラ・アインホルンの言葉を追うように流れるテロップに口をはさむミノリ。「だいたいミュート秘匿犯てなんだ? 前からあった?」

『ミュートでありながらそれをかくしてコロニー内で生活している者をさす罪状です』

「ふーん。ばれたらいきなり殺処分なのに、おかしな罪状だな。やっぱり被疑者じゃないか」

『ミノ、おしゃべりがすぎます』

「……だな。つづきを見せてくれ」


『現状の政府や警察のやり方に批判的な者、ミュートを庇護、つながりを持つスパイのごとき者。もしくは一般州民のふりをして生活していたミュートそのもの! 本来、連中が守るべき者たちを殺戮したのです、それはなぜか!? それはやつらが、人ではないからです。ケダモノだからです! これはケダモノの発想です! つまり、一度収容所に囚われた者たちは、なにを告白し、なにを密告しているのかわからない。誰が裏切るかわからない! ミュートはこう考え、みずからの手で粛清(しゅくせい)したのです! 大恩あるやもしれぬミュート擁護派までも情け容赦なく、その命を奪ったのです! それからもうひとつの理由、それは我々が寛容に特赦をあたえた方たちを死にいたらしめることで、政府、警察、そしてミカドの判断をあざ笑いたかったのでしょう。今ごろ、私たちはケダモノに笑われている! 考えただけでじくじたる思いです。戒厳レベル6の状況下での特赦など大あまだった! 実に恥じいるばかりです。私はここに誓います! 二度とこのようなミスは犯しません。ミュート撲滅のその日まで、決して手綱(たづな)はゆるめません! J州民のみなさま、どうか今一度、連合警察へのご協力を心よりお願いいたします』


「これって結局──」クラーラ・アインホルンの公報を見おえたミノリがいいかけたが、アズがこれをさえぎった。

『ミノ、いろいろと思うところはあるでしょうが、やめておきましょう』

「そうだな、アズ」

『それからミノ、ミノが助かった脱走者二十パーセントの中に入ったことは喜ばしいことなのですが危機が完全に去ったとはいえません』

「またくるかな?」今日、初めて超能力者どうしの戦闘をして、たまたまふたりに勝つことができた。しかし次があればわからない、やはり長生きはできそうにないようだ。

『ミュートの思考まではわかりませんが油断は大敵、つねに警戒をしているよう心がけてください』

「十九年もそうして生きてきたけどね」別の意味でではあるが。「ところでアズ、ミュートってなんの略だっけ?」

『これは常識の範囲内、ミュータントの略称です。ミノ、知らなかったのですか?』 

「いや、今、思ったんだ。実は消音の意味なんじゃないかって」

『どういうことでしょう?』

「人知れず音量をしぼられるようにして、消されてしまう運命にある者たちってことさ」

『そうしたふくみを持つ単語ではないとデータベースにはありますが』

「そうかい」

『しかし、私の記憶にはとどめておきます。ミノの言葉として』

「ああ、アズ。ボクをメモリーしておいてくれ」今度、ミュートに襲われたら助かりそうもないから。

                              (つづく)


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