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第一章 ミノとアズ 18

       18

 結局まんじりともせず、目薬をさしては横になりを繰りかえして朝をむかえたミノリの耳に野鳥の鳴き声が聞こえはじめた。そして目は、まだ明確とはいかないがどうやら回復してきているようで、周囲があかるくなってきていることも、木々の緑も見てとることができた。ショウのくれた薬のおかげで角膜の炎症がおさまってきたのであろう。

「ショウか……」つぶやいたミノリは、バングルフォンに時刻を表示して懸命に文字を読みとる。午前四時五十三分であった。コロニー内はまだ外出禁止時間である。ショウが行動をおこすのは外出許可時間内であろうから、まだ少し時間がある。ミノリは昨日、失禁してしまったこともあるので、服をぬいで川に飛びこもうかとも考えたが、ただでさえ目が見えにくいうえ、流れが急すぎて怖くなり、顔を洗うだけにした。冷たい水が目に心地よく、眠れずにぼけていた頭がさえていくことを感じる。そして考える。逃げだした囚人や被疑者たち、無事だろうか? あの中に山中リーダーや板垣さんたちはいたのだろうか? 逃げて、それで外出禁止時間の今、どこでどうしているのだろうか? いくら戒厳レベルが6だからといって、あんな狂気に満ちた拷問をする連中が逃亡者を黙って見すごすとは思えない。脱走した人の中から、連合警察のやり方をマスコミにリークする者もでてくるに違いない。ただでさえ世論の不満が高まっているときなのだ、やつらは絶対につぶしにかかるだろう。顔をあげたミノリはいてもたってもいられず、いらいらと川岸を歩きまわる。あのリョウジですら自分を仲間だといってくれた。そんな人たちをほうっておいて、こんな所でのうのうとしていていいのか? ふたたびバングルフォンを見る。こいつが生きているということは、まだ人権剥奪はおこなわれていないということである。しかし、こいつがあるかぎり、コロニー内では自由がきかない。どこにいくにも、なにをするにもID認証が必要である以上、つねに所在地を把握されてしまうだろう。骨や筋肉に食いこんだバングルフォンをはずせない以上、いっそミュートであることを警察に認識させるという手もある。そうすれば認識ID自体が消滅し、サードアイの効力もなくなる。いきなり狙撃される可能性だってあるが、瞬間移動を繰りかえせば、もしかしたら何カ所かは移動できるかもしれない。

「うん?」ここでミノリはある疑問をもった。本当にミュートのIDは抹消されるのか? 生かしておけば、コロニー内に入りこんだとき、簡単に捕捉できるはずである。なぜそれをしないのか? 考えてみれば最初からおかしな話である。昔からミュートの発見は、目撃情報と力を発動したときにかぎられているという。しかし元をたどればミュートだって人間だったはず。そして満三歳でサードアイを額に埋めこまれる。三歳から認証IDを人は持たされるのである。ミュートを本気で狩るつもりであるなら、そのIDを消すはずがない。うようよと飛行している監視ドローンがミュートのIDを捕捉すれば一発で捕獲できるはず。なぜそれをしない? 連合警察はアホなのか? それとも本当はすべてを把握していておよがせているのか? ミュートの認証ID抹消はフェイクなのか? それならなぜ、ミュートが頻繁におこすテロを防げない? なぜ昨日、ショウたちは収容所でさわぎをおこせた? 

「アズがいてくれたらな……」アズならば知らないことは知らないとこたえ、しかし明確な道筋をあたえてくれるに違いない。ショウに子供だと笑われようとミノリは、アズと話しがしたかった。アズとしゃべれば落ち着きをとりもどせると……。ミノリはすぐにでも自室へと跳びたくなったが、以前アズからいわれたことを思い出し、ぐっとこらえた。自室でK109が待ちかまえている可能性もあるのだ。アズはいった。『それはJ州の言語でいうところの犬死にというものにあたると私は──』山中タマミ、板垣ヨウスケ、小堺リョウジの安否を確かめられずに死ぬのは、まさに犬死に以外のなにものでもない。

 午前七時をまわり、コロニー内の外出禁止時間が解除されたころ、鬱々(うつうつ)としていたミノリの前にいつものポンチョ姿のショウが現れた。

「目はどう? 朝めしもってきてやったよ」いいながらショウは笹でつつんだおむすびをさしだしてくる。

「ありがとう。ただショウ、気になるんだ! 板垣さんたち、無事なわけがない!」ミノリは彼女の両肩に手をかけてゆさぶらんばかりに力をこめる。

「ちょっと、ミノリ、落ち着けよ!」

「早くいこう! 昨日いっていた抜け道ってなんだ? うわっ!」ミノリはいきなりはねとばされた。ショウが観念動力を使ったのだ。

「落ち着けってんだ! 朝めしくらい食わせろよ!」ショウは自分の分のおむすびをポーンとほうり投げてキャッチした。

「だけどリーダーたちが──」

「あんたは見てないんだろうけど、今朝のネットニュースでやってたよ。昨日、収容所から脱走した人は全員、特赦(とくしゃ)だってさ」

「特赦? 特赦ってなんだっけ?」確かJ州の古語だったはず。

「ミカドと連合政府、警察公認で全員無罪放免なんだって。もっともあの中に犯罪者なんていたのかどうかわからないけどさ」

「無罪放免? 本当か?」ミノリにはとても信じられなかった。「だいたい、なんでここでネットニュースがみられるんだ?」

「あのねえ、私ら原始人じゃないんだ。仲間の中には元技術者だった者もいる。ネットくらいつなげるよ」

「そっか。でも本当にリーダーたちは……連中はあんなひどいことしたんだぞ!」

「おそらく夜のうちにK109とドローンが全員を捕捉して交換条件をだしたんだと思うよ。収容所で見聞きしたことは誰にも話すな、そうすればおとがめなしだって」

「従わない場合は?」

「その場で射殺だろうね」

「そうか……」いったんほっとして河原に腰を落とすミノリ。あの三人に政治的信条があるとは思えない。おそらくはロボット警官に従ったであろう。

「収容所はミュートに襲われたわけだから、この責任はミュートに取らせる!って、警察の司令長官、あの女、名前なんだっけ?」

「クラーラ・アインホルン?」

「そうそう。あのG州の女が朝っぱらからほえてたよ」

「とにかくよかった」

「ただ問題はミノリ、あんただ」

「ボク?」

「あんたロボット警官に交渉されてないだろ? いまだに逃亡中のおたずねものってわけだ。ヤバイねぇ」笑いながらミノリの隣に腰をおろしたショウは、おむすびにかぶりついた。海苔(のり)のパリパリいう音が耳に心地いい。

「おたずねものか……」まあ、コロニー内にもどっても安全であるとわかった以上、大した問題ではないだろう。そう思いつつミノリも握り飯に口をつける。「うまい。本物の海苔なんて初めて食べた」いつも口にしている自販機の三角おにぎりの海苔は微生物から合成されたものであった。味わいが全然違うとミノリは思った。

「へえ。そっか、クサナギ区画には海がないもんね。海苔が高級品ってこと?」

「そうだね」

「なら感謝しろよ。そりゃそうと目、大丈夫そうだね?」

「うん。そっちもおかげさまで」ミノリは目薬をショウにかえそうとする。

「やるよ。貸しにしとく、かりはいつかかえせよな」

「わかった」

 朝食をおえたふたりは、いよいよコロニー内へと跳ぶこととなった。

「あの、ふたりでいくの? 昨日は何人かでいったんだろ?」ミノリが聞くとショウは笑った。

「ビビりだね」

「違うけど」

「私らがコロニーに入るってのは、それはそれは危険なんだ。昨日は大勢いなきゃできない作戦だったから仕方がなかったけど、今日は三人の安否確認だけだろ? たくさんでいく理由がない」

「なるほど」

「ミノリ」

「ん?」

「落ち着いたら、私の街を案内してやるよ。ま、問題ないこともないけど、なかなかいい所だよ」

「うん。いってみたいな、ぜひ」

「──じゃ、跳ぶか!」

「ショウ、どこへ跳ぶ?」

「そうだな。さしあたり三番街。あんたの勤め先の工場にするか」

「なんで? それがなんで抜け道なんだ?」

「バカなの? あの工場、サーバーがダウンしているうえに爆破されたばかりでしょ?」

「ああ」

「建物内部の監視カメラ、生きてると思う?」

「あ、そうか! でもその先は?」

「あんたは検問に引っかかっても、特赦があるからおそらく通過できる。そのまま山中タマミと小堺リョウジの部屋へいって」

「ショウは?」

「ヨウスケさんちの前まで一気に跳ぶ。あとはノックする。そして立ち話。室内に侵入しなきゃ、警報も鳴らないでしょ?」

「じゃボクもそうするよ」

「本当にバカね。いったん、おたずねものリストの解除からはじめていかなきゃダメでしょうが? あんたはこれからも、あのコロニーで暮らすんだろ? だから歩くの! 一般州民のふりをしてね。……それにね、部屋の前に跳んだ、その瞬間をドローンに捉えられる可能性はゼロじゃないんだよ! そうなったら、もうおわりだ」

「なんだって! そんな、ショウ!」

「私はなれてる、そんなヘマはしないよ。でも、それをやって死んだ仲間もたくさん見てきた。ミノリもそうなりたい?」

「…………」

「だからコロニー侵入は危険だといったろ? でも私は、とにかくヨウスケさんの無事な姿を確かめたいんだ。あのとき、私が突然いったせいであんなことになったんだからね」

「わかったよ、ショウ……」

 ふたりは、遠くで朝の光をあび、強化ガラスのドームとソーラーパネルがキラキラと輝いているクサナギ区画へと瞬時に跳びたった。

                           (つづく)


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