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第一章 ミノとアズ 17

       17

 目をさますと、まず低い天井が見えて、せまく薄暗い室内でベッド上に寝かされているらしいことがわかった。病院? ミノリはそう思ったが、どうもそうではないようだ。手足の自由がまったくきかない。拘束衣を着せられたうえでベッドにベルトで固定されているのだ。板垣ヨウスケの部屋に瞬間移動したところをK109に見られた? ミュートであるとばれたのかもしれない! そうだ! 板垣さん、リーダー、小堺さん! みんなはどうなった!? 体をおこそうともがくが、首までがベルトで固定されているので身動きがとれない。どうする? 

「あ! アズ、アズ、聞こえるか?」ミノリは小声でアズの名を呼んでみるが、返事がない。もしかしたらすでに人権を剥奪されているのかもしれない。「アズ……」もうアズとは会えないのかもしれない! もしもそうであるなら、ミノリにはこのような拘束具はなんの意味ももたない、逃げだすことなど造作(ぞうさ)もないのである。しかし調整部の三人が今、どのような状況にあるのかわからない以上、うかつなことはできない。このご時世である、彼がミュートであると知っていたのにかくし立てした罪に問われてしまうだろう。ここでミノリは気づいた。自分がミュートであることはまだ警察には知られていないことに。超能力者に対してこのていどの拘束ですませるはずがないからだ。ならば、とミノリは思う。相手の出方を見ようじゃないかと。コロニー外からショウが持ちこんだすべての物をヨウスケのセカンドハウスから持ちだせたとは思えない。ひとつでも、どんな些細なことでも怪しいと思える点があれば戒厳令下の連合警察はどんなことでもやりかねない。なにしろミュートも一般州民もおかまいなしに一斉掃射をかける連中なのだ……。

 意識を取りもどしてから、おそらくは一時間がすぎ、もしかしたら二時間がすぎたかもしれない。しかし、うんともすんともいってこない。寝がえりりひとつ打てない体勢での放置プレイは正直、つらい。のどもかわいていたが、なによりもトイレにいきたかった。膀胱(ぼうこう)がそろそろ限界に近い。

「おーい! 誰か! 誰かいないか! トイレにいかせてくれ!」ミノリが叫ぶと、返事の代わりに壁面の換気口のようなところ、二カ所から水が噴きだしてきた。

「な、なに? なにをする気だ!」部屋がせまいので水はみるみるうちにたまりはじめ、ベッド上のミノリの胸あたりまで水位をあげてきた。懸命に首を持ちあげるがついには口もとまで迫ってくる。「なんなんだ!」またどなると、水の噴出がピタリととまる。殺す気はないのかもしれない、これは拷問だ。水を口にふくんでみたが真水ではなく、塩水であった。そしてどんどんと体温が奪われていくことを感じる。

 ちょうどミノリの目線のあたりの天井がパクリと口を開き、レンズ状の機器がおりてきた。そして彼の間近(まぢか)までくると強烈な光が照射された。カメラのフラッシュ、ストロボが間断なく焚かれつづけているような、とてもではないが目を開けてはいられないほどのあかるさである。そして目を閉じてすらこの光の粒子は容赦なくミノリの角膜を焼きつけているかのようであった。とうとうミノリは失禁してしまった。自身の小便のまじった水につかりながらミノリはくやしさにふるえた。

『苦しいかな? 小久保ミノリくん』男の声が聞こえるが、とても目は開けられない。『光をとめてあげようね。話しにくいだろうから』

「う?」どうやら照射はとめられたようであるが、目の中がゴロゴロとして涙がとまらない。炎症をおこしたのかもしれない。しかし目を開いてもあまり意味はないだろう。声の主が水びたしの室内にはいないことくらいミノリには気配でわかる。

『話を聞きたい。小久保くん』

「こんなことしないと聞けない話なんですか?」薄く目を開けてみるが、まだ視界がはっきりしない。いつまでもあの閃光が目の奥に居すわっているようだ。

『おう、威勢がいいね。小堺リョウジくんといったか? 彼なんぞ泣いてわめいて大変だったそうだよ。年齢は同じくらいなのにずいぶんと落ち着いているね、きみは』

「なんだって! 小堺さんにもこんなことを? まさかリーダーや板垣さんも!」

『まあ、ほかの人のことはいい。きみの話を聞きたい。寒いだろ? 正直に話を聞かせてくれればすぐに温かいコーヒーをごちそうするよ』

「なにを聞きたいんですか?」ようやく見えるようにはなってきた。どうやら、あのレンズから声が聞こえているようだ。

『まず、あの部屋でなにをしていた? ミュートが出入りしている、あの部屋で』

「ミュートが出入り? あのミュートは突然、現れたんです」

『ふーん、そうかい』

「うわ!」ふたたび焼けつく光があびせられる。

『あまり強情をはると失明するよ』

「警察が一般州民にこんなことしていいのか!?」

『誰もが同じようなことをいうけど、合法だよ。今、J州は戒厳レベル6なんだから。ミュート捕獲のためなら、なんでもありなんだよ。わかったかい? 小久保くん』

「……わかった」ミノリがこたえると照射がとまる。

『けっこう。板垣ヨウスケの別宅に残されていたさまざまな残留物、紙きれの燃えカスやら木製の将棋の駒ひとつ、ヒノキの(はし)、ちびた鉛筆。ありゃあコロニー外からミュートが運んできた物だろ? 板垣ヨウスケはミュートと取引していたのかい?』

「ボクは知りません。闇で買った物だと思っていました」やはり取りこぼした物があったのだ。ミノリは奥歯をギリリとかみしめる。

『闇でね? それはどこの闇なんだい?』

「ぅわぁあ!」先よりもさらに激烈な光の束がミノリの眼球、そして皮膚までも焼きそうな勢いで襲ってきた。が、長くはつづかず今度はすぐにとめられた。

『きみ自身が一生、闇の住人になりかねないなぁ。まじめにやってくれないと』

「…………」目の痛みで言葉がでてこないミノリ。

『あらためて聞くよ。板垣ヨウスケが取引していたミュートはオス? それともメス?』

「取引していたのかなんて知らない! 本当だ! ただ現れたミュートはオスだった」

『ほう。で? そいつは白人種? 黒人種? ヒスパニック種? それともJ州のオスかな? どんな言葉を話していた?』 

「J州語だった」

『なんといっていた?』

「ヤバイって」

『ふむ、それは確かにJ州語だ。なにがヤバかったのだろう?』

「ボクたちがいたことが想定外だったみたいです。空き巣に入ろうとしたんじゃないですか?」

『空き巣? あそこは低所得者層の住む部屋なんだが。妙だね』

「ボクにはわかりません! うん?」足もとからどんどん冷気が押しよせてくるような気がした。

『今、その部屋の気温をマイナス五度にしてみたよ。いずれ全身が凍っちゃうね? 失明のうえに凍傷で足や腕も不自由になってしまう。大変なことだね小久保くん』

「知らないものは知らないんだ!」

『山中タマミさん。きみの上司の女性ね、彼女は現れたミュートはメスだといっていたよ。どっちを信用すればいいのかな? 私は』

「リーダーは無事なんですか!?」

『どっちを信用すればいいのかと聞いている。彼女が正しいのであれば無事でいられるんじゃないかな?』

「メスです。ボクが嘘をいいました」

『そりゃいかんね。嘘はいかんよ。しかし、これも妙だな。なぜきみがミュートをかばう? なぜメスをオスだと嘘をつかなければならない? まさか! そのメスと顔見知り……なんてことはないよね?』

「…………」ほかの三人がどんな供述をしているのかわからない以上、うかつなことは話せない。

『しかしこうも考えられるな。きみのいうことが正しくて、本当は山中タマミが嘘をついていた。きみは、ミュートではなく彼女をかばったのかもしれない。となると山中女史をまたしめあげねばなるまい。……もしくは(はずかし)め、かな?』

「やめろ!」拘束衣の一部がビッと破れた! ミノリは無意識に観念動力を発動させてしまった。──まずい、気づかれたか?

『彼女、なかなか美人だからねー。喜ぶ捜査官も多いと思うな』

「やめてくれ。なんでも話すから……」どうやらやつは気づいていないようである。このサディストめ! ミノリは冷えきっていくこぶしを懸命にかため、燃えたぎる怒りを懸命におさえた。

『ではあらためて聞こう。板垣ヨウスケと、そのメスの関係。それからメスの住みか──がは! が、が、あ、あ!』

「なんだ?」

“ミノリ、生きてるか?”

「え!?」頭の中で声がした。アズか?と一瞬、ミノリは思ったが、違う。それは女の声、ショウの声であった。「まさか、そんな!」  

“拘束ベルトをはずした。ドアも解錠した。早く外にでて!”

「しかし……」確かに、拘束衣で両腕の自由こそきかないが、立ちあがることはできる!

“なにもしゃべるな! この監獄のコンピューターシステムは破壊したけど、あんたのバングルフォンは生きてるんだ。盗聴されるよ”

「…………」力を使い拘束衣を引き裂いたミノリは、腰のあたりまで水につかり、視界がぼやけているため手さぐりの状態でドアをさがす。ようやくそれらしきハンドルを見つけることができ、廊下にでるミノリ。すると周囲がやけにさわがしく、ペタペタ、どたどたと多くの人が走る音が聞こえる。

“あんただけ逃がすと目だつから、監獄中の囚人や被疑者を開放した。今なら館内の監視カメラは作動してない! 一気にコロニー外へ跳べる”

「…………」ミノリはうなずいたが、気になるのはタマミやヨウスケ、リョウジの安否である。

“無事なら今、逃亡中よ! すぐシステムは復旧する! 急いで跳べ!”

「けど……」心を読まれた! 

“目の不自由なあんたに今、なにができる!? 例の川で待ってるよ!”

「…………」ミノリは廊下を走る何百人もの政治犯やミュート支援者の波にはじかれ、押され、そしてまぎれて、意を決したように跳んだ!


 川の流れるごうごうとうねる音が聞こえる。水面がキラキラと光っていることだけはうっすらと感じることができた。どうやらもう夜になっているらしい。なにかにつまずく、こわごわふれてみると半日ほど前に運んできたブラウン管モニターのようであった。そして背後に人の気配を感じる。

「ミノリ、大丈夫か?」

「ショウ……」

「礼のひとつもいえないかね?」

「あ、そうだね。ありがとう……」

「まあ、仕方ない。ある意味じゃ、私のせいだからな」

「ショウ! 板垣さんたちは!?」

「まあ、すわろうよ」ショウはミノリの手を取り、河原の平坦な場所へと腰をおろさせる。

「三人が無事かどうか、わからないのか?」

「ああ。あのクサナギ収容所、ばかでかいうえに地下十五階まであって、何万て独房があるんだ。仲間を総動員してさがしたけど見つけられそうになかったよ」

「仲間? ショウの街のミュートか?」

「そ。仲間の助けがなきゃ、あんなまねできないさ」

「どうして助けようとしてくれたんだ?」

「ヨウスケさんには感謝してる人が多かったからね。(おも)に妊婦と老人と子供だけどさ」

「なるほど。だけどどうしてボクだけ見つけることができたの?」

「あんた力を使ったろ? それを感じたんだ。──ほれ」ショウはミノリの手に小さなカプセル状の物をおいた。

「なに?」

「目薬。それもヨウスケさんからもらった物だ」

「助かる」ミノリは点眼をはじめるが、ろくに見えていないため焦点が定まらない。

「ああ、もったいないな! やってやるよ」ショウはミノリから目薬を奪いとると彼のあごを持ち、顔をあげさせた。

「すまない」

「いいから動くな。それからすぐに目をパチパチするなよ。しみるだろうけど、しばらく薬を目の中にいきわたらせるんだ」

「わかった。……くぅー」目に落とされた点眼液は強烈にしみた。

「あはは。良薬は目に痛しってね」

「ショウ……」

「ん?」

「いつかは、悪かった」

「いいよ、もう。お互いさまだからさ」

「はぁ……」ため息をつくミノリ。「逃げた人たちやボクら、これからどうなっちゃうんだろ?」

「さあね。だけどあのまま放置していたら、あんたが障害者になっていたことだけは確かだね」

「うん。連合警察があそこまでしているなんて。とても同じJ州人だとは思えない」

「あんなの序の口だよ。あまちゃんだねぇ、あんた……」

「かもしれないな」ミノリは今までじっと息をひそめ、平穏に暮らせればそれだけでいいと思っていた。それ以上のことを考えたことがなかった。

「J州人らしいっていえば、いえるけど」

「どういうこと?」

「お人好しってのはJ州人の美徳でもあるのさ。私はいいと思うよ」

「なんだい? ひとごとみたいに」

「私は在J七世だからさ」

「じゃ祖州は──」PEウィルスがまん延したころに滅んだはず。

「でもね、私は自分をJ州人だと思ってるよ。J州語しかしゃべれないし、ミカドだって愛してるしね!」

「ミカドに対しては敬愛の念だろ? でも……ありがとう」

「なにがよ?」

「なんとなく」

「さて、明日はヨウスケさんたちをさがしにいくよ! うちには泊めないからね! あんたはここで寝な」ショウは立ちあがると、ミノリにボロの毛布を投げかけた。

「それはいいけど。さがしにいくって、どうやって? 瞬間移動したら、あっという間に攻撃ドローンのえじきになるぞ!」こういってからミノリも初めて気がついた。それは自分も同じことであると。もうクサナギ区画、コロニー内にはもどれない。唯一の友達であったアズにも、二度と会えないと。愕然(がくぜん)としているミノリの肩をたたくショウ。

「アズってあのRA? ロボットアームがそんなに恋しいの?」

「人の心を読むな!」

「はいはい。でもわからないこともないよ。私にもおぼえがあるから」

「ショウにも?」

「子供のころよ。分別がついてからは考えたこともないね、ロボットが友達だなんて」

「どうせ子供だよ。それで? どうやってコロニーに入りこむんだ?」

「どんなことにでも抜け道はある」

「抜け道?」

「明日、目が見えていたら連れていってやるよ。今日はもう寝な。それから目薬、おいていくからたまにさすといいよ」

「ありがとう。全力でなおす」

「あはは。おやすみ、ミノリ」風切り音がして、ミノリはショウがいなくなったことを感じた。毛布をかぶって横になってみたが、目が痛くてとても眠れそうにはなかった。

                                (つづく)


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