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第一章 ミノとアズ 16

       16

「ここが板垣さんの部屋?」ヨウスケが連れてきたのは当然、低所得者用のセカンドハウスの方である。工場にある住居データと合致していないことにいぶかしげな表情をうかべるタマミ。

「ま、細かいことはいいから、入ってくれ」ヨウスケがセンサーにサードアイをかざすとドアが開き、ほかの面々もあとにつづく。

「なんなの? この部屋は……」タマミが驚くのも無理はない、大昔の物理的モニターや高額の木製品、紙製のメモ用紙などが散乱しているからだ。

「すげえ、宝の山だ……」リョウジはすでに売ればいくらになりそうかの計算をはじめているようだ。

「本当は連れてきたくなかったんだが、まあ、仕方ない」

「それで? 話っていうのは──」このときタマミのバングルフォンが鳴り、ランプが点滅した。「ちょっと待って。ああ、回線が復旧したんだわ! よかった!」そして彼女は光学ディスプレイを立ちあげた。モニターにはかわいらしい女の子がうつっている。「娘なの。もしもし──」

『もしもし! お母さん! お母さんでたよ! お父さん! お母さん、電話でたよ!』タマミの娘は泣きながら父親を呼んでいるようである。『おお! 無事だったか! よかった!』娘の隣に泣き笑いをうかべたタマミの旦那の顔がうつる。『三番街がミュートに襲われたってニュースで見て生きた心地がしなかったよ。今、どこにいるんだ?』

「うん、それが工場に入れなくて部下のお宅でお茶をおよばれしていて……それで助かったの」

『そうかー、よかった。できるだけ早く帰れよ、な?』

「わかった。そうする」タマミは通話をおえたが、リョウジもヨウスケもそれぞれが家族に電話を入れていた。天涯孤独のミノリはハナコからコーヒーを受けとって黙ってすすっている。

「小久保くん、あなた──」タマミの言葉をまたさえぎるヨウスケ。

「ちょっと待て! まだ話すな! なにも話すんじゃない!」そして彼もバングルフォンを切り、室内の機器の操作をはじめる。むろん防聴音波をだすためである。

「家族が心配してる。なるべく早くすませたいの」

「右に同じ」電話をおえ、タマミに追随してこたえつつハナコのいれたコーヒーを飲むリョウジ。

「もうちょっとだ。小久保くん、アズの意見も聞きたい。音声をオンにしてくれ」ヨウスケがいうとミノリはけげんそうな顔をした。

「でも、アズも耳がきこえなくなりますよ」

「なにをいってる? 唇を読めるんだろ? 人間じゃないんだ、音が聞こえなくても言葉はしゃべれる」

「あ、なるほど」

『そのような会話はまだひかえた方がよいと判断します』ハナコがいった。

「ああ、そうだな。ハナコのいう通りだ」ヨウスケがハナコに笑顔をむける。

「確かに」ミノリはハナコのアームをポンポンとたたいた。

「…………」タマミとリョウジには会話の内容がチンプンカンプンであった。

「よし。どうだ? アズ?」ヨウスケがアズに話しかけた。

『はい。音声は完全に遮断されましたが、すでに視覚拡大モードに移行していましたので会話は可能です』

「そうか、ハナコはどうだ?」

『ブブ……ブ……ブばだ……スムーズに……』

「もういいぞ、ハナコ。やっぱりアズの方が性能がいいようだな」

『そうとばかりはいえません。たとえば私は子守りのような作業を苦手としております』

「子守り? ハナコならうまくやれるってのか?」

『RA2075に性能差はありませんが、専門分野に──』

「板垣さん! いったいなにをしてるんですか!?」こらえきれずにキレるタマミ。

「すいませんリーダー。これから話す内容を『アガサ』に聞かせるわけにはいかないので、今、この室内にあらゆる機器の聴覚機能を麻痺させる音波を流しました」

「はあ?」タマミやリョウジからしたら寝耳に水の話であろう。

「とにかく、約二十分は『アガサ』に盗聴されることなく自由に会話が可能です」

「そんなことができるの?」タマミは仰天(ぎょうてん)した。ここ数週間、家族間でも闊達(かったつ)な会話ができなかったほどなのだ。J州は完全に言論統制州と化している。

「時間がない。くわしい話は戒厳令がとかれたら今度ゆっくり」

「わかった。それで?」

「話すぞ小久保くん。アズもいいな?」ヨウスケの問いにうなずくミノリ。

『山中タマミさんは、お気づきのようなので致し方ありません』アズも同意した。

「我々を撃墜された戦闘ヘリから救ったのは、小久保くんだ。小久保くんは……ミュートだ」しぼりだすようにヨウスケがいった。

「そう……なの? 小久保くん」ヨウスケからミノリへ、ゆっくりと視線を移すタマミ。

「はい。黙っていてすいません、リーダー。小堺さん」カクンと糸の切れたあやつり人形のように頭をさげるミノリ。

「そう……なんといえばいいのか……」タマミは確かに見ていた。墜落してくる戦闘ヘリと攻撃ドローンが眼前に迫ってくるそのせつな、ミノリが三人を宙にうかせてかかえあげ、瞬間移動するさまを。しかし、あれは死を目前にした者のヒステリックな妄想なのかもしれないとも考えていたのである。「……もし本当なら、こまったことになるわ」

「リーダー、確かに問題はあるが──」いいかけたヨウスケの言葉をさえぎるようにして、リョウジがミノリにつかみかかった。

「小久保! どういうことだ! 本当なのか? お前、本当にミュートなのか!?」

「…………」リョウジに作業着の襟首(えりくび)をつかまれゆさぶられながら小さくうなずくことしかできないミノリ。

「アヤメちゃん……だったら! 俺らを助けたんなら、なんでアヤメちゃんは助けなかった! なんで見すてたんだ! 違うか? お前はミュートだ! お前がアヤメちゃんを殺したんだろ!」リョウジはそのままミノリを押し倒し、馬乗りになって顔面にパンチを食らわせる! あわててとめにはいるヨウスケとタマミ。興奮状態のリョウジはヨウスケをはねのけ、さらにミノリをなぐろうとする。しかしミノリは無抵抗のままで、薄く涙をうかべていた。リョウジはどうしてだか、その涙を見ると、かためたこぶしをふりおろすことがためらわれた。「くそぉ! このミュート野郎が!」

「小堺リョウジ! それ以上は許しません!」タマミがリョウジの腕を押さえた。「こんな暴力をふるう人間、私のチームにはおいておけないわ!」

「ミュートならおいておけるんですか!」

「それは……」口ごもるタマミ。常識的に考えればありえない選択肢である。

『ミノは稲地アヤメさんを助けようとしました。私がとめたのです』アズがいった。『なぜなら、あのタイミングでミノが跳んでも彼女を救助できる確率はゼロパーセントでした。ミノまで死亡する確率は──』

「もういい。よせ、アズ」

『しかし、ミノ』

「小堺さん。ボク、そうなんです。ボク、あのとき、怖くて、爆発も、監視カメラも、ドローンも怖くて、足がすくんで、アヤメさんを……見殺しにしました。小堺さん、リーダー、板垣さん、本当にごめんなさい……」ミノリは床に両手をついて頭をつけた。涙をポトポトと落としながら。

「悪かったよ……」そっぽをむきながらリョウジがいった。

「あまり時間がないから本題に入るが、その前にアズ、ひとつ聞いておきたい」ヨウスケが土下座したままのミノリを見おろしながらいった。

『なんでしょうか?』

「小久保くんの動きは監視ドローンに引っかかったのか? ようはミュートだとばれたのか?」

『さいわい捕捉されてはいないようです。爆発したのが戦闘ヘリだったのがよかったのです。小型の攻撃ドローンていどの爆発では、まず発見されていたでしょう』

「証拠は?」

『この部屋に入れました。ミュートであると「アガサ」が判断すればその時点で人権を剥奪され、サードアイのID認証は効力をうしないます』

「なるほどね」

『それから私が証拠です。人権をなくせば住居は州が没収、私はミノ所有のRA2075型ではなくなります』

「そうか。危なかったな、小久保くん」

「はい……」床を見つめながらこたえるミノリ。

「それで? 肝心の本題は?」タマミがミノリの体をおこしつつたずねた。

「今、聞いた通り、小久保くんの件は当局にばれてない。ということはどうします? 我々の命の恩人を告発しますか? リーダー、それに小堺くん」

「…………」こたえられないタマミとリョウジ。

「小堺くんまで連れてきたのは万が一を考えたからだ。今日、なぜだか九死に一生をえたなんて話を誰かれかまわずしゃべられたら、小久保くんばかりじゃない、俺やリーダーまでミュートだと疑われる。君にはぜひ事態をのみこんでほしかった」

「──誰にもいいませんよ。仲間を売るようなまね、するわけないでしょ!」照れくさそうにいいはなつリョウジ。ヨウスケは笑顔でうなずいた。

「小堺さん……」目をあげたミノリがつぶやく。

「バーカ、あたり前のことにいちいち感激すんなよ!」

「はい。ありがとうございます……」

『以前はミノを通報して、報奨金をもらおうとしていたはずですが?』

「な、な、なに!?」リョウジは思わず、うわずった声をあげてしまう。

「アズ! くだらないことをいうな!」ミノリがどなると、ヨウスケは爆笑した。

「あはは。……それで、リーダーは? リーダーのお考えは?」

「私は──」言葉をつまらせるタマミ。常識人であり、管理職でもある彼女はリョウジほど簡単に決断ができないのであろう。大切な部下、命の恩人、しかしミノリの属性は社会の敵、ミュートなのである。

「リーダー」リョウジがすがるような目でタマミを見る。「なんなら金はいいっすから」

「ボクはいいんです、リーダー。警察が逮捕してくれたら、たぶん楽になれます……」ミノリは真っすぐな目をタマミにむけた。「かくしてるの、本当はつらいですから」

「私……」

「リーダー、これはあくまでも個人的な話だけど聞いてもらえますか?」ヨウスケがおだやかな声でいった。

「なに?」

「前に小久保くんには話したけど、俺はミュートに命を助けられたことがあってね」

「ミュートに命を救われたんですか?」目をまるくするリョウジ。

「うん。キミが生まれる前だろう。俺が二十歳くらいのときかな? まだ超能力者削除法ができる前だよ。あのころは普通に街を歩いていたからねミュートたちも」ヨウスケはチラリとミノリに視線を送る。「当然、一般州民と同じでいいミュートも悪いミュートもいた。その悪い方にカミさんともども因縁つけられてね。頭の中をかきまわされて精神崩壊をおこしかけていたところを、いい方のミュートに助けられたんだ。すごくいい人でね、そのあとも交流はつづいた」

「それで、そのいい方のミュート、今は?」たずねるリョウジ。

「削除法が制定されてすぐ、当然、逮捕されて殺されたよ。俺ら夫婦はこっそりと号泣したもんだ。彼とつきあいがあったなんて誰にもいえないからな」

「なぜ、そんな話をするの?」するどい目つきでヨウスケをにらむタマミ。

「なぜですかね? ここにもいなくなったら号泣してしまいそうな、いいミュートがいるからですかね?」

「板垣さん……でもリーダー、ほんとにボクはいいですから」

 ミノリがいったそのとき、ビュッ!と風切り音とともに突然、カーキのポンチョをまとったショウが部屋に現れた! うわっ! 驚愕(きょうがく)し、壁にはりつく一同!

「あれ? ヤバイ!」これまでヨウスケは、ミノリ以外の人間をこの部屋に入れたことがなかったはずなのに! 彼女はそう思ったに違いない。しかし、それどころではない、とんでもない事態が持ちあがった。ものすごい勢いで警報音が鳴り響きはじめたのだ! え!? あわてふためき、周囲を見わたす一同! なんと、耳をつんざくばかりの警鐘と赤色のランプを点滅させていたのは室内の片隅でひかえていたハナコであった。

「ハナコ! なにするんだ!」叫ぶヨウスケ!

『……ミュート侵入。ミュート侵入。ミュート侵入』機械的に音声を繰りかえすハナコ。

「どうなってるんだ、アズ!」以前、ショウが現れたときにはなかった現象である。

『おそらく、未確認の情報ですが──』

「いいから早く!」左腕のバングルフォンをバシバシたたくミノリ!

『戒厳レベル3から6へと移行したせいでしょう』

「ショウ! なにしにきた!?」おろおろとしながらどなりつけるヨウスケ。

「今日の襲撃、私らには関係ないっよってヨウスケさんにいいたくて!」当のショウもパニック状態である。「ハナコ! やめてよ! とまれ!」バンバンとハナコをたたくショウはしかし、観念動力で破壊しようとはしなかった。

「知りあい!?」目を()いて金切り声をあげるタマミとリョウジ!

『五分以内に警察がきます。人権のないショウさんはすみやかにここからでていくか、おとなしくK109に射殺されてください』アズがいった。『それが一番の解決策です』

「射殺? 冗談じゃない!」瞬間移動で消えようとするショウの腕をミノリがつかんだ。

「待て、ショウ! できるだけこの部屋の物をもっていってくれ!」

「え?」

「木や紙の製品、古い機器がこれだけあったら板垣さん、絶対にヤバイぞ!」

「…………」青ざめるヨウスケ。

「わかった! でも全部は無理!」いうなりショウは周辺の品をかき集めはじめた。

「まだ、四分ある! ボクもいく! ショウも二往復くらいできるよな!」

「できるよ! ミノリ、どこへ跳ぶ?」

「川だ! 池郷川!」ミノリもブラウン管や液晶ディスプレイなどの重量物から脇にかかえはじめる。

「わかった! あんたが釣りしてた川ね!」

「板垣さん! 防聴音波、早く切って! それからみんな、なにもしゃべらないで! 次の品物をまとめておいてください!」ショウに釣りのことまで知られていたことにミノリはいささか驚いたが、それどころではない!

『ミノ、危険すぎます! 一往復が限度です!』アズの悲痛な叫び!

「うるさい!」両手いっぱいに荷物をかかえたミノリとショウが室内から消えた!

「はっ!」飛びつくように旧式のノートパソコンにむかい防聴音波を切断したヨウスケは、機器につながれていたケーブルやコードをしゃにむに引きぬく! タマミとリョウジは散らばっている木製部材やメモ用紙を無言で集める! 三人がくるったように床をはいずりまわって作業をしていると、ふたたび現れるミノリとショウ。彼らはすかさずふたりに品物を手わたす。そしてまた消えるミュートのふたり。ヨウスケはまだ残っていたメモ用紙に「俺をなぐれ。ミュートに襲われたことにする」と書いてリョウジとタマミに見せ、その紙に火をつけて焼いた。うなずいたリョウジはヨウスケの顔面に軽めのパンチをたたきこんだが、ヨウスケはもっと、もっと!と身ぶり手ぶりで彼をあおる。ここはヨウスケの持ち部屋だ。K109がきたら一番にミュートとの癒着を疑われるのは当然、彼なのである。リョウジは意を決し、渾身の延髄斬りをヨウスケに見まった!


「ミノリはこれで最後にして!」池郷川へ品物を投げすてたショウがどなる!

「ショウ、お前ももうやめろ! 時間がない!」

「まだいける!」瞬時に消える息も絶え絶えのショウ! やはり力の連続使用でヘトヘトに疲弊していたミノリは、舌うちしながら彼女のあとを追った。


 ドゥン! ミノリがヨウスケの部屋にもどるなり強烈な爆風にあおられ、壁面に頭から激突した。出入り口のドアを爆破して次々と侵入してくるロボット警官、K109がマシンガンアームをかまえる。おびえたように手をあげているタマミとリョウジ。延髄斬りで気をうしなっているヨウスケ。ショウの姿はないようだ、どうやら、なんとか逃げおおせたのであろう。脳しんとうをおこし薄れゆく意識の中で、ミノリはほっとため息をついた。

                                    (つづく)


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