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第一章 ミノとアズ 15

       15

 午前七時の外出許可時間をジリジリとして待って部屋を飛びだし、かけだすミノリ。ほかにも我先にと走ったり、一輪スクーターを飛ばす人たちが大勢いる。どのような職についている者であれ、男も女もこの団地に住む者は一様に労働者、働かなければ食べていけないのである。誰もかれもが久々に味わう外の空気に喜ぶ余裕などないようであった。

実際には検問所の数が倍になっていることはなかったけれど、それでも三カ所ふえていて、ミノリが工場付近にたどり着いたのは午前九時を少しまわったころであった。もし尋問に引っかかっていたら、通勤に二時間半はゆうにかかるだろう。しかしそれは、工場が稼働していればの話である。アズに調べてもらったが、この工場のサーバーは完全に沈黙、落ちてしまっているようだ。J州議会がまともに運用されていれば失業の恐れはないが、戒厳レベル6の布かれた連合警察政権下でも同じような施策をとってくれるのか、ミノリの心は不安に押しつぶされそうであった。

「アズ、家賃が払えなくなったら、お別れだな」RA2075の使命は今、住んでいる公営団地の(あるじ)の生命、財産を守ることにある。ただそれだけである。

『ミノ、とにかくいってみましょう』

「うん……」

 そのとき、ぜいせいと息を切らせた悲鳴のような男の声が響いた。

「小久保くん!」叫んだ男は膝頭(ひざがしら)を両手で押さえて自身をささえ、はあはあと呼吸を荒くみだしている。

「板垣さん!」ミノリはあわててヨウスケにかけよる。

「きみ、走るの早いな、まったく追いつけなかった。やはり若い者にはかなわん」ヨウスケは笑いながら額にういた汗をぬぐった。

「ご家族は無事ですか?」

「ああ。それより、山中リーダーとは連絡とったか?」

「いえ。小堺さんともつながりませんでした」

「心配だな……ま、とにかくいこう。俺らの職場へさ」

「はい。よかった、ひとりじゃ心細かったんですよ」

「俺もだ」当然ヨウスケも工場のコンピューターシステムがダウンしていることを知っているのであろう。

 工場の前には何人かの人だかりができていた。ふたり同様、外出許可時間になるやいなやかけつけた工員たちであろう。ミノリは出入口でK109の検問があるだろうと思ったけれど、ロボット警官の機体は見あたらない。どうやらそうでもないようである。

「ああ、やっぱりだ」ヨウスケがつぶやく。

「なにがです?」かたわらのミノリがたずねるとヨウスケは額のサードアイを指さした。

「サーバーがダウンしているのに入構許可のID認証ができるわけないだろ?」

「じゃ復旧しないと工場に入れないんですか!」

「だな。おそらく本社の人間しか入れないだろうな」

「しかし、本社は……」

「ああ。このあたりはミュートの攻撃も受けてないのにシステムが落ちたのは変だと思っていたんだが、本社がやられたせいだ。わざとダウンさせたんだろう」

「どういうことです?」

「本社で管理ができなければ情報漏洩や、他社へのデータ持ちこみを考えるやからがでてくる可能性だってあるだろ? ジパング・モービル社はそこまでお人好しじゃない」

「なるほど……じゃ、ボクら、やっぱり失業ですか?」ガックリと肩を落とすミノリ。

「いや、まだなんともいえないさ。ヤタ区画にだって支社はあるし、メイン工場はヤサカニ区画とV州、I州にあるんだから」

「はあ」自身のノルマをこなすことにしか興味のなかったミノリは、そうした本社の情報をほとんど知らなかった。しかし考えてみればあたりまえのことであろう。ジパング・モービル社は世界に冠する大企業なのである。

「ただ、人事やらなんやらで本調子にもどるまで少し時間はかかるだろうな」

「首切りもありえますよね?」

「はは、怖いこというな。まっさきに切られるのは年よりだぞ」

「板垣さんは優秀だから、大丈夫ですよ」

「だといいがな──お!」ヨウスケの視線の先で山中タマミと小堺リョウジが手をふっていた。ふたりとも、ミノリより工場に近いので先に着いていたのだろう。

「ダメよ。ぜんぜん中に入れない」タマミがいった。「ま、みんな無事でよかったわ」

「本当っすよ。隣の部屋の大学生なんか昨日、ミュート狩りにあって殺されたし。今、あちこちで人が死んでるから心配しましたよ。誰も電話でないし」リョウジがため息をもらす。

「それでリーダー、実際、どうなんです? 工場の方は?」ヨウスケが聞くとタマミはお手あげといったポーズをつくった。

「まったくわからない。バングルフォンはパンクだし、ヤタもヤサカニも連絡つけようがないのよ。それでとりあえず工場にきてみたんだけど……」

「そうですか。しばらくは様子見ですかな?」

「うん。みんな失業申請はちょっと待っておいて」

「それが一番きつい!」リョウジが大げさに頭をかかえて笑いをさそう。

「小久保くんもいいわね。生活は大丈夫? やっていけそう?」

「まあ。でもあと一カ月が限界です。おそらく」部屋においている紙の本を闇で売れば、いくらかにはなるであろうが、今のこの状況ではそれもむずかしいに違いない。

「お前、そんなにもつの? 俺なんてブランクあったからあと一週間ももたないよ!」またリョウジが叫ぶと、周囲にいた彼ら以外の工員たちもうんうんとうなずいている。決して悪い職場ではないが、元請けである本社ビルがあんなことになった以上、だれもかれもが迷いどころである。工員は一部をのぞき、なんの保障もない非正規労働者なのだ。

「一週間て。それで小堺くん、大丈夫なのか?」ヨウスケが眉根をよせる。

「あ──」リョウジがチラとタマミを見る。

「私が貸すことになった」小声でささやくタマミ。「トイチでね」

「え!? え? え?」涙目になるリョウジ。「リーダー!」

「そりゃそうだ。世の中、そんなにあまくない」腕組みして笑いをこらえるヨウスケ。

 ミュートだ! 誰かの叫び声がした! そして突如として沿道に植えられている街路樹の数本が発火し炎が立ちのぼり、工場のガレージのシャッターがへし曲がり吹きとんだ。そして中に停車してあったソーラー自動車、数台がはじかれたように宙にうきあがり、周囲をとり巻いていた工員たちの頭上に襲いかかる! (すさ)まじい音をたてて落下した車両につぶされた若い男女の断末魔の叫びが響く! そしてあざ笑うかのように今度はゴロゴロと回転して悲鳴をあげながら逃げまどう人々をはね、巻きこみ、次々と犠牲者をふやしていく。そしてなんの前ぶれもなく内蔵が破裂する者もいた。見ればミノリたちの工場周辺ばかりではなく、近接する別会社の工場でも爆発がおこった! あちこちで火の手があがっている。どうやら三番街、この工場街全体がターゲットになっているようである。

「逃げて! 逃げて!」金切り声でどなるタマミ!

「うわぁ!」目の前で街灯がネジ切られ、下敷きになりかけるリョウジ!

「なんてことしやがる!」頭をわられた遺体につまずいて転倒するヨウスケ。

「くそ! どこだ!」懸命に目と耳を()らすミノリ。これだけの波状攻撃を仕掛けてくる以上、少なくとも十人ていどのミュートがいるはずである。ただ派手(はで)に姿を現さないのは前回のテロで、攻撃ドローンとK109によってほぼ全滅させられたせいかもしれない。

『ミノ、余計なことをしてはいけない』アズの言葉がミノリの集中をじゃまする。

「アズ、黙ってろ!」──どこだ! ひとり見つけた! 瞬間移動をしながら発火能力によって周辺に火をはなつ白人女の姿が見えた。しかし彼女は、移動をおえたあとすぐには次の能力を使えないように見えた。つまり彼女の能力には数秒間の空白があり、その瞬間だけはただの人間だということになる。「やってやる!」ミノリは破壊された建物の破片、コンクリートの(かたまり)を手にして身がまえる。

『ミノ、やめなさい! やめておきなさい!』アズの合成音がミノリの鼓膜で振動する。

「なにしてるの小久保くん! 早く逃げるの!」

「リーダー!」タマミに右腕をつかまれ、そしてヨウスケが左腕をつかんできた!

「ばかたれ! 死ぬ気か!」

「アヤメさんの! アヤメさんの(かたき)をうつん──」いきなりリョウジになぐられた! ガレキを落としてしまうミノリ。遠くに近くに、耳をつんざくようなサイレン音が聞こえてくる。

「俺だってアヤメちゃんの仇とりてぇよ! とれるもんならとってるよ!」

「いいから! 早くここからはなれるの!」半泣きで叫ぶタマミ!

 攻撃ドローン数十機とK109を搭載した戦闘ヘリがうなりをあげて急行してくる。あきらめたミノリは、そのままタマミたちとともに走る! しかしそれは正解であった。姿をなかなか現さない今回のミュートに対し、攻撃ドローンもK109も無差別銃撃を決行したのだ。ミュートも一般州民もおかまいなしで血煙をあげてバタバタと倒されていく!

「なんてマネを!」走りながらヨウスケが怒声をあげる。

「どこまでいけばいいんだよ!」リョウジがわめく。

「知らないわよ!」タマミの絶叫!

 ミュートたちの動きをセンサーが(とら)えたらしく、K109が腕や足をもぎ取ったり、取りおさえられたところをドローンが銃撃したりと、連合警察側の反撃がはじまった。だがミュートたちもただではやられない。はじきとばされ爆発するK109、プロペラをねじ曲げられて墜落、炎上するドローンも多数でている。

「まずい!」目を()くミノリ! 黒煙を噴きあげながら撃墜された攻撃ドローンと戦闘ヘリが彼らのゆく手にもつれるようにきりもみしつつ突っこんできた! 逃げきれない! タマミ、ヨウスケ、リョウジは叫声をあげながらなすすべもなく、その死を待つことしかできなかった!

『いけないミノ!』アズが声をはった。

 ドウと低い爆発音があり、地上に激突したヘリコプターとドローンが爆発し、炎が巻きあがる。


「あれ?」その爆発を百メートルほどはなれた建物の物かげで見ていたリョウジは、なぜ自身が生きているのかが理解できなかった。

「大丈夫ですか!? みなさん!」肩で息をしながら全員に声をかけるミノリ。そのミノリをタマミは戦慄(せんりつ)したような表情で見つめ、瞳をふるわせていた。「リーダー、ケガでも?」

「いえ、いえ、でも──」

「とにかく助かった! 戦場からはなれよう! ねえリーダー!」タマミの言葉をさえぎるようにヨウスケが叫んだ。

「そうね、ええ、そうね……」タマミはかたまったように、ミノリから目をはなせずにいる。

『ミノ、山中タマミは感ずいたようです』アズがいった。

「仕方ない」小声でささやくミノリ。

()()にサーチされる可能性があります。危険です。大変危険です。取りかえしのつかないことをしました』()()とはもちろんヒュペルコンピューター『アガサ』のことだ。

「だから、しょうがないだろ!」突如、大声をあげるミノリに驚くタマミとリョウジ。

「アズか?」ヨウスケがミノリの肩に手をおいた。

「ええ」

「……リーダー、小堺くん、小久保くんも、ちょっとウチによってくれ」

「板垣さんの部屋へ? なぜ?」タマミの問いに対し、ヨウスケは苦し気にこたえた。

「そこでしか話せない大事な話がある」

「彼の話?」親指でミノリをさすタマミ。ヨウスケはうなずいた。「わかった」

「あの、なんかわかんないけど助かったし、ミュートは警察相手でもう攻撃してきませんよね? 今日はもう解散でいいんじゃないですか?」リョウジがいうとタマミは眉根をよせてこういいはなった。

「小堺くん、黙っていうことききなさい。お金貸さないわよ!」

「……黙っていきます」

                         (つづく)


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