第一章 ミノとアズ 14
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テロがあった翌日から全面的な外出禁止令が布かれ、J州民は一歩たりとも自宅から外へでることができない状態にあった。ネットテレビはバカげたバラエティ番組やコメディドラマのアーカイブを主に再配信している。こんな時世だからせめてお笑いを、ということのようだ。しかし、そのような番組を見て笑えるJ州民はほぼいないに違いない。閑散とした市街には約三倍に増強された監視ドローンが飛びまわり、装甲パトカーが絶え間なくパトロール、ときおりサイレンを鳴らしながらかけぬけていく。そしてその先々で機関銃の砲声を炸裂させているのだ。自宅待機を余儀なくされていた人々は、遠くで近くでそれらの物音を耳にすると生きた心地がしなかった。今、射殺されたのがミュートなのか? それとも外出禁止を破ってしまった一般州民なのか? またどこかでミュートの攻撃があったのか? 昔はSNSと呼ばれていたコミュニケーションアプリ「リマーク」やバングルフォンによる個々人同士の通信にも大幅に制限がかけられ、情報源がネットニュースと政府公報だけという状況の中、人々は不安におののくばかりであった。その政府公報も今や名ばかりで、もはや警察公報となり政府関係者はほとんど画面に現れなくなっていた。クラーラ・アインホルンは繰りかえし繰りかえし、少しでもミュートの疑いのある者はすみやかに通報するようにと日に二回は公報の中で呼びかけ、その者をかばいだてした者もミュート同様に人権を剥奪すると、これまでのJ州では考えられないほど強硬にうったえつづけた。そのかいがあったのか、警察当局への通報がここ数日間で爆発的にふえているらしい。それは連合警察に協力し、現在の戒厳レベル6から早く脱したいという思いからなのか、協力してみせることで優遇されるかもしれないという淡い期待からなのか、他人を犠牲にしてでも生き残りたいという姑息な邪知なのか、「リマーク」すら自由にならない人々の腹いせ行為なのか、今、J州民は疑心暗鬼にさいなまれ、心を蝕まれ、本来持ちあわせていたはずの気質である、つつましさと誠実さを徐々にうしないつつあった
「またか……」ミノリがつぶやく。戒厳がレベル6に移行してから二週間がすぎた。サイレン音、そしてごく至近距離での銃声、地響きのようなK109の足音が聞こえてくる。どうやら団地内の同じ棟の中でミュート嫌疑をかけられ、逮捕された者がでたらしい。「外にでられないのに、なんで怪しいとかって通報できるんだ!?」
『ミノ、落ち着いてください』
「アズはいいよな、疑われる心配がなくて。そりゃ落ち着いていられるわ!」
『いつかの板垣ヨウスケの言葉ではありませんが、ミノ、癇癪をおこすのだけはさけてください』
「わかってる。けど、もう半月も仕事してないんだぜ。そろそろまずいよ、来月は食料も買えなくなるかもしれない」
『ミノ、RA2075同士のネットワークで入手した情報ですが、六番街あたりでは餓死者がではじめているようです』
「ガシシャ? 餓死? 本当か?」
『この事実は連合警察も見すごしてはおけないでしょう。外出禁止令はじきに解除されます。それまでの辛抱です』
「だと助かるけど。だけどJ州で餓死かよ……考えられない」テロ活動をおこなうミュートが悪なのは間違いようのない事実であるが、現実にはクラーラ・アインホルンをはじめとする連合警察こそがJ州民の敵ではないのか? いら立つミノリは、あの中年女、なぐってやりたい!と思いはしたが当然、口にはださない。『アガサ』の耳がある、今の情勢ではあの女の悪口をいっただけでミュート嫌疑で拘束されかねない。「……アズ、予測でいい。いつごろ解除されそうだ?」
『マスコミでは連合警察の規制により報道されてはいませんが、他州から同情の声がJ州にむけ集まっております。そして海洋を擁するクサナギ区画以外の二区画、ヤサカニ区画で産出される海底資源レアメタル、メタンハイドレート。ヤタ区画で捕獲される魚介類、天然ガスの輸出ストップで各州では不満の声が高まっています。不測の事態でもおこらないかぎり、明日か、遅くとも明後日に外出禁止規制の解除がなされる可能性は七十八%から八十六%の確率です』
「そうか。アズ、ありがとう」まずまずの確率である。
『しかしミノ、外出禁止令が解除されても危機的状況にあることには変わりません。決して油断することなく、常に冷静な判断に基づいた行動を取ることを心がけてください』
「わかったよ」ミノリは笑った。この心配性のAIの心づかいに感謝をしながら。ロボットに心づかいという概念があるのかどうかは、少なからず疑問の余地は残るのだが。
翌日の深夜、正確には翌々日の午前一時。政府公報が配信され、戒厳令は引きつづき存続させるとしながらも、外出禁止令だけは一部条件つきで解除となった。大人は職場との往復、そして食料品、日用品購入目的の場合にのみ許可される。学校の再開は認められず、子供や学生はこれまで通り極力、外出をひかえ、リモートによる学習を徹底すること。外出許可時間はJ州経済活動の衰退を考慮し、戒厳レベル3のときと同様とする。今回のさわぎで失業した州民はすみやかに申請すること、などなど。スピーチをしたクラーラ・アインホルンは終始、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。どうやら彼女は外出禁止令の解除に反対のようであった。そして彼女は最後にこう告げた。検問所の数を倍にして、K109による職務尋問をさらに強化すると。
「失業したかどうかもわからないんですけどね……」苦笑いをうかべるミノリ。政府公報の配信終了後、タマミに電話をしたのであるが、何度かけてもつながらなかった。考えることはみな同じ、外出禁止規制の解除にともないバングルフォンの通信回線がパンク状態なのであろう。
『ミノの工場のサーバーへもアクセスできません』アズがいった。『業務再開があるのか不明です』
「仕方ない。明日、いってみよう。工場にいちおう」しかし、検問の数が倍かよ? ミノリは辟易としたが、これはJ州民、すべての人が思うことであるに違いない。
(つづく)




