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第一章 ミノとアズ 13

       13

 戒厳が発布されて約一カ月がすぎ、九月もおわりに近づきはじめた。しかし、ミュートが新たな動きをしめすわけでもなく、いたずらに行動を制限されるだけの毎日。多くのJ州民の中にふつふつといらだちがつのりはじめていた。そのせいか、一時は減少の一途をたどっていた検問所での尋問に抵抗して射殺される人間の数がゆるやかにだが増加しはじめていた。そろそろ戒厳令はいいのでは? まともに働かせてくれ! 恋人とゆっくりと会いたい! そしてヒュペルコンピューター『アガサ』の会話傍受(かいわぼうじゅ)が、各家庭のRA2075によって州民に知れわたると、自由に会話もできない憤懣(ふんまん)鬱積(うっせき)がJ州コロニー三区画内を静かに浸透していった。このランダム盗聴に引っかかり、ミュート、もしくは反政府主義者と疑われ、逮捕される者があとを絶たなかったのである。むろん州民もマスコミも声高に連合警察を批判するようなまねはしなかった。誰だって命はおしい、あくまでも静かに静かに、人々の心の中で広がっていった。

 ミノリのかかえるストレスもそうとうなものであった。工場でのヨウスケは今まで通りろくに話もせず、一心不乱に仕事をこなしている。ミノリがミュートであることを知っている人間が同じ職場にいて、自室にもどってもアズとすら暗号のような比喩(ひゆ)をからめた会話しかできないのだ。ときおり息がつまったように苦しくなることがあり、仕事にもミスが目だちはじめた。そういえば世間では抗うつ剤が飛ぶように売れていると聞く。ミノリはそうしたうつ病患者予備軍の仲間入りをはたしたのかもしれないとますます不安になっていった。


「小久保くん、大丈夫か?」昼休み、ミノリが午前分のデータ保存を忘れてキリキリと頭をかきむしっていると、珍しくヨウスケが声をかけてきた。最近ではリョウジも、調整部リーダーのタマミですら、他者との対話を極端にさけているようである。話しさえしなければ『アガサ』の盗聴を恐れることもないからだろう。

「はあ、やっちゃいました」バン!と音をたててデスクをたたくミノリ。

「そうか、午前中の分がふいか。痛いな」

「ええ、本当に!」

「だが、癇癪(かんしゃく)はおこすなよ。いいな、絶対にだ」ヨウスケはミノリの肩へおいた手にぐっと力を入れ、きびしい目つきで顔をのぞきこんできた。

「はあ?」

『ミノ、板垣ヨウスケのいう通りです』アズも耳の中で進言する。

「キミが癇癪をおこしたらさわぎになりかねないからな」

「あ……」つまりヨウスケは、ミノリがいらだちまぎれに観念動力を発動させてしまう可能性を危惧(きぐ)してくれていたのだ。この戒厳令の中、そうやって発覚し射殺されたコロニー内のかくれミュートが数多くいる。そのほとんどがミノリのような若者か子どもであったが、中には中年、そして老人もいた。

「このご時世だ、さわぎになったら簡単に左遷されるぞ」もちろん左遷だけではすまないだろう。

「板垣さん、ありがとうございます。午後からまたがんばります」ミノリは心から頭をさげた。正体を知られていることは怖い、しかし知られているから助けられることもあるのだ。こんなことは、もの心ついてから初めての経験であった。

「アズ、しっかりしろ! ご主人様の心身の健康管理もキミの仕事だろ?」ヨウスケは笑いながらアズをしかりつける。

「──ごもっともです、とアズがあやまってます」ミノリも久方ぶりに笑顔を見せる。

「そうか。ところで今日、俺の部屋にこないか?」

「え?」

「また一局、相手してくれよ」

「はい!」うわずった声でこたえたミノリは、あの部屋なら短い時間ではあるが思う存分、愚痴もこぼせる。そして、もしかしたら()()()に会えるかもしれない、そう思った。

『ミノ、板垣ヨウスケに関わるべきではありません。危険──』アズが耳もとで小言をいいはじめたとき、ドーンという大きな音と振動が調整部全体をゆらした。

「地震!?」昼食の弁当をもったまま立ちあがるリョウジ。そして、第二の爆音とゆれがきた! 棚やデスクから機器や試作模型がなだれ落ちる。

「大変! みんな見て!」オレンジ配合ジュースを吹きだしながらタマミが叫んだ! 

 一同がネットニュースを見ていたタマミのもとに集まると光学モニターの中で一番街が炎につつまれていた。そしてビジネス街の象徴である高層ビル群の一棟の上部がもうもうとした煙をあげながらくずれ落ちていく光景と、足もとからなぎ倒されるビルがうつされていた。

「なんだよ、これ!」目を()くヨウスケ! そこへ第三の大ゆれが! 全員が床に投げだされるように転がった。工場内に警報音が鳴りわたり、強化窓ガラスにはシャッターがおりる。

「ミュートだ……」つぶやくミノリ。「ミュートのテロだ!」

「わかるの!?」金切り声で叫ぶタマミ。

「見てください! ビルのまわり、ミュートが飛んでいます!」

「マジかよ!」立ちあがったリョウジがモニターにかじりつく。中継ドローンが宙にうく数多くのミュートの姿をとらえていた。その人種は多種多様で、白人、黒人、黄色人種と、まるで世界中から集結しているかのようであった。「なんで外州人のミュートが!」

「ここは大丈夫だろうな」ヨウスケが不安そうにいう。画面の中では急行した攻撃ドローンが、むせかえるような炎と煙の中を飛びまわるミュートたちへと機関銃、機関砲の連射を開始していた。

「アズ、情報を集めろ!」ミノリがいうとアズは了解とこたえる。

「みんな、念のため防護服とヘルメットをかぶって! もし天柱が倒れでもしたら外部の空気がコロニーに入ってくるわ!」いいながらバングルフォンを操作し、壁面から防護服が収納されたボックスをだすタマミ。「そんなことにはならないと思うけど」

 全員が宇宙服にも似た防護服とヘルメットを着用するが、ミノリは心の中で、この辺りの空気は汚染されていないのにな、と思っていた。

「外にでた方がいいんじゃないか?」ヨウスケがいった。「建物がやられたらお陀仏(だぶつ)だぜ」

「そうね。今日はこのまま解散にしましょう!」

 サードアイの認証でドアを開くと、同じように防護服に身をつつんだ工員たちがわれ先にと出入口方向へと殺到していた。巨大なビルをたたき壊すほどの観念動力をあやつるミュートにかかれば、こんな小さな町工場などひとたまりもないだろう。考えることはみな同じであった。なんとか調整部の外にでたミノリたちも、人波に押されるように通路を走る。

「アズ、どうだ? 状況は?」

『一番街ではミュートと攻撃ドローン、対戦型ヘリコプターに乗ったK109が交戦中です。今、二番街でも民家が数十件、爆破されたようです』アズがこたえた。

「ヤバいな、三番街に近づいてるじゃないか!」

『相当数のミュートが組織的な攻撃をしかけています』

「マジかよ! こんなときに!」リョウジがどなった。出口付近で人がたまっていて、なかなか先に進まないのだ。もちろんひとりひとり認証を受けなければ外部にでられないからである。中にはパニックに襲われ、または防護ヘルメットのせいで、うまくスキャナーへ額のサードアイをかざせない者もいる。「緊急時くらいドアを開放しろってんだ!」

 ようやく外へでたミノリたちは、呆然として遠くで燃えているビル群、そしてやはりもうもうと煙をあげている高級住宅街を見つめている人々の群れにくわわった。

「かなりの人が死んだわね……とんでもないことを!」激昂(げきこう)するタマミ。

「ミュートめ!」稲地アヤメの死を思い出したのか、怒りの声をあげるリョウジ。

「アズ、他の区画はどうなっている?」ミノリが聞くとアズがすかさずこたえる。

『ヤタ区画、ヤサカニ区画でもほぼ同時刻に爆破テロが発生しています』

「くそ! またかよ!」ミノリの中にショウの顔がうかんだ。あいつら! 今度あったらただじゃおかない! アヤメさんの敵を()ってやる!

「家族が心配だ。俺は帰るからな」ヨウスケはいきかけたが、ふりむいて防護ヘルメットごしにミノリを見た。

「板垣さん、なんです?」

「将棋はまた今度な。しばらくは戒厳令、つづくだろうし」

「つづくでしょうね」とてつもなく腹立たしい! アヤメの死に対しては自責の念しかなかったミノリも、このとき初めて心の底からミュートを憎いと感じた。

「私たちも帰りましょう!」調整部リーダーのタマミが叫ぶと周囲にいた者たちも、それぞれ顔を見あわせ、いっせいにかけだしはじめた。みな帰る方向は同じ五番街、公営団地である。そして検問がいつも通りにおこなわれていれば、帰宅まで何時間かかるか見当もつかない。一輪スクーターで通勤している者は轟音を響かせながら人と人の間をすりぬけていった。

 もちろん帰宅する者は彼らの工場関係者だけではない。検問所はいつも以上に長い行列ができていた。こんな場合だからこそ検問が必要なのです、そうK109は人々に呼びかけていた。そしてこの日も尋問作業がおこなわれ、何人か、何十人かのJ州民が射殺されていた。おそらく急いで家にもどりたかっただけであったのだろうのに。


「アズ、ニュースをつけてくれ」午後四時近く、ようやく自宅にたどり着いたミノリは室内に入るなり防護服をぬぎすて、アズのメモリーをロボットアームにもどすと光学モニターの前に腰をおろす。画面の中では正午すぎのヤタ区画でのミュートと連合警察の空中戦のシーンが流されていた。爆炎の中を飛ぶミュートに機関銃を撃つ攻撃ドローン。戦闘ヘリコプターからジャンプし、宙にうくミュートへと襲いかかるK109。強襲に失敗して地表に落下していくK109。乱射を受けて空中で四散する黒人のミュート。ロボット警官のアームが東洋人ミュートの後頭部を殴打し、意識が飛んだところに機関砲を撃ちこむ戦闘ヘリ。テロップによれば、午後二時前後には三区画合計、約二六〇名ほどのミュートの一掃に成功したのだという。そして連合警察は午後三時にミュートによるテロの終結と勝利を宣言、いったん危機は回避されたとしながらも、逃亡したミュートがいる可能性を示唆(しさ)、さらに緊張感をたもち、発見しだい通報するようにと繰りかえし呼びかけていた。また瞬間移動能力をもつミュートが突然、家の中に逃げこんできた場合は、決して相手を刺激するようなことはせず、落ち着いてRA2075に通報させるようにと指示をだしていた。今回のテロ事件でうしなわれた人命、行方不明者の数はいまだに不明とし、現在、調査中であるとしていた。

「二六〇名か……」先ほどは人なみにミュートに対して(いきどお)りを感じたミノリであったが、やはりこうしてロボットに惨殺される光景を見ると怒りが急速にしぼんでいくようであった。しかし、一般州民の犠牲者はおそらく二六〇名どころではないだろう。「こんなテロになんの意味がある! こんな争い、いつまでつづくんだ!」ミノリが声を荒げるとアズがこたえた。

『今のところ、永遠につづくと思われます』

「はぁ!? なんでさ?」

『世界各州の年間出生人数は合計約二億八千万人だからです』

「それがなに?」

『つまり毎年、二千八百万のミュートが誕生していることになるのです。現状で確認されているミュートを仮に全滅させたところで、かくれミュートが存在します。合算するとミュートの数は三千万以上となるわけです。その翌年となれば、殺処分される数をさし引いたとしても推定──』

「わかった、アズ。もういい」確かに、殺したり殺されたりが悠久につづく気がする。「いやな時代だな」

『ミノ、時代のせいではありません。もともと人間の歴史は争いの歴史です、殺しあいと殺戮の歴史なのですから』

「そりゃそうなんだろうけど」

『州が国と呼ばれていたころの国家間、民族間での殺しあい。独裁国家による自国民への粛清などと比較すれば、現在はむしろよい時代だといえるのではないでしょうか?』

「アズ、お前をつくった連合政府の受け売りか?」いいながら、ミノリがニュース画像に目をもどすと、クサナギ区画での対ミュート戦がうつっている。ここでも血煙をあげて吹きとばされるミュートたちの殺戮シーンがダイジェスト版で大きく取りあげられていた。「あ──」

『どうしました? ミノ』

「アズ! 今、倒壊したのってジパング・モービル社のクサナギ本社ビルじゃないか!?」ミノリが働いている工場はジパング・モービル社傘下の下請け企業である。

『確認してみます』

「たのむ。へたすると失業だぞ……ん?」見なれない物がひろってきた古書のならぶプラスティック書棚に貼られている。それは先日、板垣ヨウスケのセカンドハウスで初めて見たメモ用紙の切れはしであった。あわてて立ちあがり、紙きれを手に取るミノリ。

『ミノ、間違いありません。大破したのはジパング・モービル社クサナギ本社ビルです』

「そうか……」心ここにあらずといったようにメモを見つめるミノリ。その紙には鉛筆でこう書きなぐられていた。

〝今日のテロ、私らじゃないからね! 絶対に!〟

「…………」ミノリの留守中にショウがきたのだ。

『ミノ、現行の法律では失業はありませんが、職場の変更は──どうかしたのですか?』

「…………」黙ってメモ用紙をアズにさしだすミノリ。

『転職とともに住居の変更、引っ越しの検討を提案します』

「そうだな」

 その日の夜遅く政府公報があり、連合警察最高司令長官であるG州人、クラーラ・アインホルンがリモート声明を発表した。これまでの戒厳令は楽観的にすぎた、J州においてはこれまでの戒厳レベルを3から6へ引きあげると。彼女は鬼の形相でそう宣言した。

 ミノリはアズに、レベル6とはどのていどの規制なのかとたずねたが、過去どの州でも前例がないので不明だとこたえがかえってきた。   

                             (つづく)


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