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第一章 ミノとアズ 11

「小久保ミノリ」 主人公のミュート。「アズ」 RA2075型AI、ミノリの友人。




「鈴村サトシ」 ミノリの養護施設時代の先輩。「山中タマミ」ミノリの職場のリーダー。


「小堺リョウジ」ミノリの同僚。「稲地アヤメ」ミノリの同僚。「板垣ヨウスケ」ミノリの同僚。 

       11

 日曜日。厳戒態勢の中、J州ヤタ区画で十一カ所、クサナギ区画で六カ所、ヤサカニ区画で三カ所、計二十カ所で、ミュートによる同時多発テロ死亡者百七十二名の共同葬儀が執行されることとなった。各葬儀場で弔う死者の数が十人以下におさえられているのは、ひと所に多数の人間が押しよせては夏祭りの二の舞いになりかねないからである。公式行事となったのは、思い思いてんでばらばらに葬式をだされては連合警察が管理をしにくいという側面もある。戒厳令下で葬儀の許可がおろされたのは、連合政府、警察は被害者遺族の気持ちにより添っていますよ、抵抗や拒否をせず連合警察の命令に従う州民は、多少不自由なことはあっても通常の生活を送れるんですよ、という一種のパフォーマンスではないかともいわれている。そしてテロで殺された死者を見送ることで、戒厳令下におけるストレス、無意識下での反体制思考の増長を、ミュートへの憎悪へと転化させる意図もあるのである。夏祭りイベントを破壊したのも、哀しい犠牲者をだしたのも、戒厳令が発布されたのも、すべて悪魔のようなミュートが引きおこしたことなのだ。この共同葬儀によって反ミュート教育を受けつづけてきたJ州民の気持ちがひとつになることを連合政府、連合警察は期待していた。


『──ミノ、それだけではありません』団地内の五番街葬祭場へとむかう、貸衣装の黒い喪服を着たミノリの耳の奥でアズがいった。

「アズ、大丈夫なのか? そんな話をして」反政府、反警察主義者だととられかねない。

『問題ありません。同時多発テロで多くの犠牲者がでたことも、平和だったJ州に戒厳令が布かれたことも、すべてミュートのせいであるという事実にいつわりはありません』

「そうだけど」

『それに今、話した内容は他州における過去の戒厳令下での連合政府や連合警察の施策をネット検索、またはRA2075に確認すれば、誰にでもつかめる情報です。島州のせいなのか、統計的に見てもJ州民は海外の動静にうといというか、関心が薄い傾向にあるようですね』

「そうかもね。で? それだけじゃないってのは?」

『本日のJ州三区画の共同葬儀は世界全州民にむけて中継、配信されます』

「そうだね」この中継を視聴することも州民の義務である。

『夏祭りでのテロで味をしめたJ州潜伏中のミュートが、全世界にむけてさわぎをおこしてみせる可能性は否定できません。一般的なミュートの多くは自身の能力を世間に誇示したいという欲求をつねにかかえているというU州大学の論文データがあります』

「なんだって!」ミノリは思わず大声をあげそうになり口もとを押さえる。

『連合警察のねらいも実はそこにあります。前回の掃討作戦で取り逃がしたミュートを一網打尽にできるいい機会ですから。他州における過去の事例をあげると、二〇九六年、I州の戒厳令下で同様の(おとり)作戦を実行、連合警察は大きな成果をあげました』

「囮? 本当かよ?」

『この情報も世界各州すべてのRA2075が共有してしています。戒厳令下で連合警察が葬儀の許可をだしたことに少しでも懐疑的な人間ならば、葬祭場が危険であることは事前に我々RAによって知らされていることでしょう。しかしそれは連合警察側も折りこみずみです。それで参列者が減少すれば今回の被害者も減少するのですから』

「RA2075と持ち主がうまくいっていればだろ?」

『確かに。中にはロボットとの会話を拒絶する人間もいますからね』

「危険か……」ミノリの中に山中タマミ、板垣ヨウスケ、小堺リョウジの姿、そして稲地アヤメの照れたような笑顔がよぎる。

『ただ、J州民の多くはなにを聞いても肉親や友人の葬儀参列を中止にはしないようです。そしてミノも、ワタシがとめたところで稲地アヤメの葬儀にはいくと判断しました。残念なことですが』

「そうだね」

『警告します。細心の注意を払ってください。ミノ、これまで以上に細心の注意を』

「わかったよ、アズ」ミノリはアズのいいたいことをよく理解していた。ロボット警官や攻撃ドローンの前では決して瞬間移動能力を使うな! 彼はそういいたいのである。



「小久保くん、ここ、ここ」葬祭場の入り口に到着するなり、タマミが声をあげながら手をふっている姿が見えた。ミノリはサイズがあっていない喪服を引きずるようにしてタマミとヨウスケ、そしてリョウジの方へとかけよろうとしたが、ここでK109から停止命令を受けた。当然、入場前の検問である。三台のロボット警官に取りかこまれたが、無事、通過することを許された。そしてミノリは、中継用、監視用、攻撃用のドローンが低空飛行で飛びかい、無数のK109に警備された葬祭場内に足をふみ入れた。

「今もふたりに話していたんだけど、小久保くん、知ってるかな?」あいさつもそこそこにタマミが緊張した表情で話しかけてきた。

「なにをですか?」

「今日、またミュートの襲撃があるかもしれないって話があるの」

「ああ、はい。うちのRAから聞いてます」

「そう、なら話が早いわ。帰るんなら今よ」

「山中リーダー、帰りませんよ。みなでアヤメさんを送るんでしょ?」

「小久保、よくいった! そうだよ、ミュートのやつがきやがったら俺がぶっとばしてやる! 敵討ちしてやる!」こぶしをギリギリとかためたリョウジの目は真っ赤で、すでに濡れていた。

「小堺くん、だめよ。あんな連中にかなうわけないんだから。いい? なにかあったら、とにかく逃げること。それから私たち調整部チームはできるだけ一緒にいること。はぐれたら、お互い心配でしょ? 板垣さんもいい?」

「ええ、俺は一目散に逃げますよ。ただ、なにもなければいいと思うよ。ただ静かに稲地くんを見送ってやりたい」ヨウスケも手にした数珠(じゅず)をジャっと音をたてて握りしめた。

「それはそうですけど……」こらえきれずに嗚咽(おえつ)をもらし、涙を落とすリョウジ。決して手近で間にあわせようとしていたわけではなかった。小堺リョウジはいつしか本気で稲地アヤメを愛していたのだろう。

「よしよし」タマミがリョウジの肩を抱きしめ、そして彼女もメガネをくもらせている。ミノリはたまらなくなった。あのとき、ボクが跳んでいれば……。

「小堺さん、すいません! ボクは、ボクが……アヤメさんを助けていれば!」ミノリは大きく腰を折ってリョウジやタマミ、ヨウスケに頭をさげた。不甲斐ない自分がくやしくてたまらなかった。こらえてもこらえても涙が人工石材の土間にポトポトと落ちる。

「よせよ。小久保。前もいったろ? お前のせいじゃねぇよ。俺だってあのときトイレなんかいってなけりゃさ!」ここ数日間、リョウジは後悔しつづけていたのだろう。

「はい、ふたりとも! シャンとなさい、男でしょ! 男なら男らしく、恥ずかしくない姿でアヤメを送ってあげなさい!」

「はい!」リョウジとミノリは同時に背筋を正し、そしてふたりは歯がみしながらゴンとこぶしをぶつけあった。

「…………」板垣ヨウスケはそんなふたりをただじっと見ていた。とくにミノリの方を。

「あの……アヤメのお知りあいの方ですか?」調整部の面々に声をかけてきた中年男性がいた。

「はい、同じ職場の仲間でした」タマミがこたえると、男性は相好(そうごう)をくずして笑顔を見せる。

「そうですか、それはそれは。こんなご時世の中、本日はわざわざありがとうございます。ごあいさつが遅くなりまして申し訳ございません。私、稲地アヤメの父でございます。今、通りかかりましたらアヤメ、と聞こえましたもので。そうですか、アヤメの職場の方々ですか……」

「まあ──」あいさつとお(くや)みをいいかけたタマミをさえぎるようにして、リョウジがアヤメの父の前に立った。

「お父さん!」

「はあ?」面食らったような顔をするアヤメの父親。

「お父さんが選んだ浴衣(ゆかた)、アヤメちゃん、とっても似あってました! すごくきれいだったです! とってもとってもかわいかったです!」

「え?」

「俺、近くにいたのにアヤメさんを守れませんでした! すんません! すんません! すんません! あんないい子はいません! ほかにいません! 俺、アヤメちゃん、大好きでした! 死ぬほど好きだったのに守れませんでした! すんません! すんません!」土間に手をついて泣きながらあやまりつづけるリョウジを、アヤメの父はなにもいわず(ひざ)を折って抱きしめた。強く、強く抱きしめた。

「…………」まあ、いいか?と思いながら互いに顔を見あわせるタマミとヨウスケ。ミノリは声もなく立ちつくすことしかできなかった、彼女を守れなかったのはリョウジではないのだ。

『皆さん。お気持ちはお察ししますが、ひと所にかたまりすぎているようです。危険ですので、もう少し距離をおいてください』K109の杓子定規(しゃくしじょうぎ)な機械仕掛けの音声に、一同は頭をさげさげ、葬祭広場へと入っていった。なにが危険なのかはいうまでもない、ミュート襲撃のさいには一斉射撃がはじまる。かたまっていると全員が被弾しかねないのである。

 正午。鐘の音とともにJ州三区画で夏祭り同時多発テロ事件被害者共同葬儀が各区二十カ所でしめやかに執りおこなわれた。祭壇前面に設置された大型ディスプレイパネルには、まず連合政府最高議長マクガファン・スナイダーによる弔辞がうつり、各州総督による弔意、そしてミュートへの憤怒の声明がJ州臨時総督、宅間セイイチにより朗読された。今回は万が一の凶事を恐れたのかJ州ミカドの登場こそなかったが、B州からは王室殿下からのお弔いをたまわった。ミュート撲滅の急先鋒である連合警察最高司令長官クラーラ・アインホルンの登場はなかった。彼女は今や遅しとミュートの襲撃に備えているのであろう。

 哀しみをたたえたメロディにのせて、パネルには稲地アヤメもふくまれる死亡者たちの立体映像が次々とうかんでいく。各遺族の決議合意のうえで基本的には仏式法要となったので、今では人材にかぎりのある僧侶が別ディスプレイの中で読経をはじめる。一番街には本当の僧侶がかけつけたらしいが、これはお布施の額が違うからであろう。ホバリングしつつ葬儀の様子を世界全州へとリレー配信中の中継ドローンが三機。そして心もち上空を飛びかい、全体を監視している攻撃ドローン。斎場をかこむようにならび立つK109の群れ。さまざまな重装備ロボットに見守られながら数人ずつがまとまってのお焼香があり、ラストは仏事には似つかわしくない白い鳩が強化ガラスのドーム天蓋(てんがい)に飛びたつわざとらしい演出で、一時間ほどの共同葬儀はしめくくられた。


「結局、ミュートはでなかったわね。ホッとした」帰りがけ、葬祭場をでたタマミが胸に手をあてながらいう。

「まあ、でないにこしたことないわな。無事に稲地くんを見送れてよかった」ヨウスケは大きくうなずいて彼女に同意。

「それがなによりだったわ。どう? 小堺くん、落ち着いてお別れをいえた?」

「ええ、まあ。俺なんかより、あのお父さん、ご家族の方が何倍もくやしいんだろうなって思ったら……」リョウジの目が、また少しうるみはじめる。

「明日から出勤できそう? アヤメの残した仕事、引き継げる?」リョウジの目をのぞきこむタマミ。

「アヤメちゃんの……やります、やらせていただきます!」鼻をすするリョウジ。

「よろしい。で、小久保くんは? お別れできた?」

「はい」歯切れ悪くこたえ、うつむいてしまうミノリ。焼香で祭壇を前にしたときも弔いの言葉は思いつかなかった、彼はあやまることしかできなかったのだ。

「そう。まあとにかく、明日からまたたのむわよ、三人とも!」

 広大な賃貸公営団地内で、ほかの三人と別れたミノリにアズがたずねてきた。

『ミノ、ひとつ聞いてもいいですか?』

「もちろんいいよ」

『小堺リョウジが稲地アヤメの父親に謝罪していた理由がわかりません。ミノもですが、彼には稲地アヤメの死に対してなんの責任もありません』

「理解できないかい?」

『できません』

「不合理だものな。アズ、愚かだと思うんだろ?」

『その通りです』

「でもアズ、それが人間て生き物なんだよ。ボクもふくめてね」

『いちおうメモリーに残しますが、この思考はJ州の言葉でいえば、「バカ」というものではないでしょうか?』

「どうかな? 愚かだとは思うけどバカじゃないような気がするよ、ボクは」

『ミノのいう、「愚か」と「バカ」の相違点が見つかりません』

「ボクも実はわからないんだ。いつかアズが解明してくれ」

『了解、ミノ……』

                             (つづく)

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