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第一章 ミノとアズ 9

「小久保ミノリ」 主人公のミュート。「アズ」 RA2075型AI、ミノリの友人。

「鈴村サトシ」 ミノリの養護施設時代の先輩。「山中タマミ」ミノリの職場のリーダー。

「小堺リョウジ」ミノリの同僚。「稲地アヤメ」ミノリの同僚。「板垣ヨウスケ」ミノリの同僚。 

       9

 坂東トウジ総督公開暗殺、翌日の正午、自宅待機を余儀なくされ身動きも取れずにいるJ州民に新たな命令が布告された。しかしその通達はJ州議会からではなく、連合政府からのものでもなく、連合警察からのものであった。つまり、行政権、司法権が一時的にとはいえ警察に移譲されたのである。J州においては実に百六十余年ぶりに戒厳令の実施が宣告されたのである。各家庭の光学モニターにはいかめしい制服を着用した四十歳前後の女性の姿がうつしだされた。連合警察最高司令長官であるG州人、クラーラ・アインホルンである。もちろんライブ中継ではない、録画放送であった。ピンマイクをつけた彼女が連合政府における共通語であるU州の言葉で演説をはじめると、J州語の翻訳テロップが同時進行で流れた。


『J州民のみなさん、みなさんは先日、そして昨日と、あまりにもセンセーショナルなできごとを目にし、平常心というものをうしないかけているというのが現状であると考えております。しかし私はここでハッキリと断言させていただきます。J州における安全神話は今、おわりました。連合政府が贈呈した平和表彰盾などなんの役にも立たないただのゴミクズにすぎません! そして、そのゴミを寄与した連合政府が許可した夏祭り、浮足だった大イベント。私は最後まで反対いたしました。そして、その結果がこれです。笑えない結末……いえ、結末とはいえません、アジアの辺境州、たった三区画しかもたない州においても、ミュートは人類の喜びや愉悦、繁栄をのぞんでいないと同時多発テロにより宣言したのです! これは結末ではありません、J州民のみなさん! ここから新たなミュートとの戦いが始まるのです!』ここでクラーラ・アインホルンは一息ついて壇上におかれた水を口にふくむ。『戒厳が発布されました。J州は今後しばらくの間、議会権限を剥奪、連合警察の管理下に置かれます。これは命令です、従っていただければ州民のみなさんに危害がおよぶことはないとお約束いたします──』


「まあ、戒厳令もしょうがないんだろうな」ミノリがつぶやいた。

『想定内です。むしろ課せられた制限は世界各州と比較すれば軽い方だとすらいえます』

「J州民にはキツイよ」

『ミノ、各州すべてのRA2075とネットワークをもつ私からいわせれば、それはあまいです』

「あまい? はは、アズ、いつかの逆襲か?」

『そうした計算、意図はありません』

「わかってるよ。しかし、キツイなぁ……」

 戒厳令発布にともない、J州民に課せられた新たな規則は大まかに夜間外出禁止時間の延長と市街地における検問所の設置、そしてK109による職務尋問の正当化とその対応方法、州および区画間の移動時の注意事項等、二十項目以上にわたっていた。これらの規制にそむいた場合、たとえ一般州民であっても即時射殺されるというのである。

『そむかなければいいのですよ、ミノ』アズがいった。

「わかってる」コロニー都市の外にでて紙の書籍をあさったり、釣りを楽しむなんてことはもう二度とできないのかもしれない。

 勤務している工場の調整部リーダー、山中タマミから電話がきた。あわててバングルフォンのディスプレイを立ちあげるミノリ。

「もしもし! リーダー、無事でよかった!」

『うん。板垣さんの無事も確認したわ。小久保くん、政府公報は見たわね?』

「もちろんです」

『けっこう。で、戒厳令下で勤務時間は短縮になるけど明日から業務を再開します。工場にこられるかしら?』外出が許可される時間は午前七時から午後六時までと大幅に短縮されてしまった。

「はい、大丈夫です」

『そう。稲地アヤメさんの件、小堺くんから聞いていたから心配していたのよ。落ちこんでるんじゃないかって』

「それでわざわざ電話を?」メールでもいい話である。

『前にもいったでしょ? 部下の管理責任は私にあるって。それに小堺くんはしばらく出勤、無理みたいだし』

「そうですか……すみません」

『小久保くんがあやまるところじゃないでしょ?』

「いえ、ボクがアヤメさんを助けられなかったせいです」ミノリはギリリと歯がみした。

『それは違うわ』

「でも、あのとき、ボクがもっとアヤメさんの近くにいれば……」

『あなたも死んでたわね。それに、思いあがってはいけないわ』

「思いあがって?」

『ミュートに対して丸腰の人間はどうしたって無力なのよ。小久保くんになにができた? 近くにいたらアヤメを助けられたの?』

「それは……」

『できもしないことで、クヨクヨするものじゃないわ。それに小堺くんも、小久保くんのせいじゃないって泣きながらいっていたのよ』

「小堺さんが……」

『じゃあね。明日、元気な顔で出勤してきなさい、いいわね?』

「わかりました。ありがとうございます」通話をおえディスプレイが消えても、ミノリはバングルフォンにむかって頭をさげていた。「ありがとうございます」と何度も繰りかえしながら。

『ミノ、私にはわかりませんが、山中タマミの言葉の中に悪意はないのですね?』アズがたずねてきた。盗聴のおそれがあるのでアズが言葉を選んでいるのがわかる。

「ああ」

『それはよかった。ミノへの疑念は完全に晴れたわけですね』

「そんなことはもうどうでもいいよ、アズ」

『私には重要事項なのです、ミノ』

                            (つづく)


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