序章 カエサルの預言
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序章
──これは、別の地球の物語。
西暦二〇四八年、一類感染症エボラウィルス病よりもさらに強力な殺人ウィルス、のちにPEと呼ばれる病原体による大規模な感染爆発が世界各国を席巻した。
PEウィルス発生の地といわれるアジアのC国では、患者を一都市に集め、自国民への核攻撃をおこなうことによって感染収束を試みるという暴挙にでたが、広まりつづけるPEの前では焼け石に水にすぎなかった。しかも、国境が接していたD国も核の被害を受け、D国の為政者が報復措置にでた。さらにC国の報復がつづき、D国、近隣のK国はこの世から完全に消滅した。一説には、D国の最高指導者はPEウィルスにより、すでに精神崩壊がはじまっていたのだといわれている。この戦争が引き金となり、すわ第三次世界大戦か?と連日、報道がなされたが、どの国の政府も自国の防疫対策に追われ、他国の興亡など眼中になかった。
たとえば消えたK国の近隣国家、J国。この国の電力は中東からの輸入による石油にほぼ依存している状態であった。ところが、これら事態を受けタンカーの運行はとまり、完全廃止を目指していた原発を再稼働せざるを得なくなった。しかし、このころにはいわゆるプロと呼ばれる技師の数はあまりにも少なくなっていたうえに、感染による人口減少、人手不足による炉心融解事故があいつぎ、電力の供給はローソクの最期の灯火のごとく消え入りかけていた。そしてネット回線も遮断され、経済活動、工業活動も立ちいかなくなり、食物輸入が制限されたことにより餓死者が急増、かの国はさながら一九四〇年代の生活にもどってしまったようであった。さらに追いうちをかけるように各地原発事故の影響により約三年間で列島国土の四分の三以上が居住不可能地域となった。これらはJ国に限ったことではなく、原発を有するどの国でも見られる現象であった。これら二次、三次災害も相まって、約八十億人であった世界人口は四分の一の二十億人にまで減少した。
かろうじて生きのびることができた各国首脳は、一部の国々の傀儡機関となり果てていた国際連合を解体、U国を中心とした地球連合政府を新たに樹立。暫定的にではあるが、地球全体をひとつの国家とするという考え方を推しすすめ、ついには国というくくりを廃し、A国はA州に、B国はB州へと改称され、そのすべての統制権限は連合政府にゆだねられることとなった。そしてPEウィルスは新たなワクチンの開発に成功した連合政府が駆逐、勝利宣言を大々的に喧伝、絶対的な民衆の支持を得るにいたった。皮肉にもPEという万国共通の敵に対し、少なくなった人類は歴史上初めて心の奥底から結束することができたのである。アラビア半島を中心としたウィルスまん延以前の紛争地帯ですら、連合政府のこの意志決定にはいったん、従わざるをえなかった。のちに政府への聖戦を叫ぶ者も現れてはきたが、あまりにもウィルス犠牲者が多かったこともあって、これもやがて収束していった。
二十世紀後半、多くの人々が夢見た、理念、宗教、言語や肌の色を超えた理想国家、世界統一共和国「地球」が約十五年のときをかけて、二〇六三年に誕生したのである。
こうした一連の動きに対し、元C国、C州の首脳陣が反発、残存した近隣各州において経済テロやサイバーテロなどの超限戦活動、直接的な暴動誘発活動、侵略行為を頻繁におこなった。連合政府はここにいたり、C州に対し断固たる意志を決断、各州の協力を得て軍隊を派遣、これを粛清した。PEウィルス発生国であった責任を取らせる意味あいもあったのである、この戦闘行為に反対する州はなかった。むろん生き残ったC州民間人には罪がないので、彼らの管理はU州をはじめとする連合政府が受け持つこととなった。こうしてC州の名は世界地図上から消えた。この戦いを第三次世界大戦とする識者もいるが、これはまったくのまゆつばである。
一般州民の生活は安定を取りもどしつつあり、二〇〇〇年から二〇一〇年に近いレベルにまで回復していた。各州において強化ガラス製ドーム型巨大コロニー都市が急ピッチで建造、整備され、ドーム内では防護服、マスクを着用することなく出歩けるようになったことが生きのこった人々に明日への希望をあたえたのである。衣食住の不安が取りのぞかれてくると、共産主義化したという連合政府
への批判、反政府デモが民間の中から噴出しはじめた。これを受け政府は配給制度を廃止、自由経済を復活させることにした。そして急速に資本主義社会が活性化しはじめる。これにより資本階級があらわれ、当然のように貧富の格差が目に見えて大きくなった。スタートラインは世界二十億人、誰もが一緒であったはずなのだが、個々人の才覚の差が歴然となったのである。
世界地図が大きく塗りかえられた感染爆発から約三十年後、人類にとって新たな
脅威が世界各州を覆いはじめた。
西暦二〇七七年。地球連合政府による情報統制下にある各州において、ミュートと呼ばれる超能力者が連日、連合警察によって検挙されていた。各地で頻発した原発事故、核ミサイル暴発事故などによって各区に残留する放射性物質の影響でミュートが誕生したのだとまことしやかに囁かれているが、高名な学者も連合政府も明言はさけていた。まだ研究段階ではっきりとした結論がでていないのである。
彼らの出現は十年ほど前、二〇六八年ごろだといわれている。当初はおもしろがられた、彼らの力が簡単なマジックのたぐいだと思われていたのだ。スプーンやフォークを曲げたり、ボールを宙にうかせるだけであったから。各区で回復しはじめていたネットワークテレビのニュース動画でも大きく取りあげられ、話題になり、癒し(ヒーリング)の力だとほめそやされた。そして多くのミュートが占い師やマジシャン、大道芸人などで生計をたてはじめた。ところがカエサルを名のるまだ幼いミュートが現れ、事態は一変した。彼は超能力者軍団を精神感応を駆使して組織した。そしてその能力を使い、まだ政府による配給制限下にあった食料、衣服、各州共通の臨時政府紙幣の強奪を小規模にではあるが繰りかえした。彼ら軍団『ユリウス』は観念動力による不可視暴力、精神感応による精神攻撃、予知能力、透視力、千里眼、それぞれに持つ能力をフルに発揮、一大犯罪者集団と化していった。精神攻撃を受けた連合警察官が、くるったように仲間の警官を撃ち殺しつづけた例もあった。とくに少年カエサルは瞬間移動能力を得意とし、いかなるシーンにおいても犯行後、無理なく逃亡することができると豪語、まさしく彼らミュートの皇帝となって君臨した。連合政府により、娯楽としてのギャンブル、賭博が解禁されると、そこは当然マフィア化したミュート軍団『ユリウス』の独壇場、彼らの活動資金源となった。超能力を駆使する彼らに、ギャンブル運は必要ないからである。
三年前の二〇七四年、連合政府は全人口の約十パーセントに迫るいきおいで生誕し続ける彼らミュートに対し、超能力者削除法を正式に発布、これを施行した。もちろん各州代表総督との折衝、調印をへたうえでのことである。こうしてミュートは人類の敵、異端、犯罪者とみなされ、どの州でも生存権を剥奪され、発見次第、逮捕拘束、もしくは殺害が許可されることとなった。コロニー都市内にミュートの居場所はなくなったのだ。とはいえ放射能およびPEウィルス汚染地域、立ち入り禁止区域がコロニー都市の外に多数存在しているため、資金豊富な彼らの生活
が立ちいかなくなることは一切なかった。世界各地にシェルターアジトをかまえ、人間社会にまぎれこみ、犯罪行為を繰りかえしつづけていた。しかしこのころになると『ユリウス』は基本的に一般州民へ対する暴力行為や略奪をさけ、ときには官庁より強奪した政府紙幣を貧民層にバラまくなど義賊的行為も定期的におこなっていたため、彼らに喝采を叫び、支援する風潮もあった。ところが連合警察技官がネットワークテレビで州民むけにミュート撲滅についての解説をおこなっていた際、突然、頭を吹きとばされるという事件が発生。頭蓋骨が炸裂、脳漿が散乱するさまを子供から老人まで、世界州民が目撃したのである。これで世間の論調があきらかに変わった。この光景が脳裏からはなれず、トラウマになる者が世界中にあふれかえったのである。銃も使わず、みずからの手を汚すこともなく、観念動力だけで殺人をおこなえる彼らは恐怖の対象でしかなくなったのである。
連合政府機関においても、ミュートと一般人を見わける方法が確立されていなかった。彼らの能力発動時の現行犯逮捕と、州民による通報、目撃情報にたよるほかなかったのだ。しかし政府も手をこまねいていたわけではない。精神攻撃を受けない体長約二メートルほどのロボット警察官、K101が試験的に生産され各州に配備された。もちろん外骨格はなみの観念動力では破壊されない頑丈なつくりであった。そして機動力に欠けるキャタピラ式であったK101に変り、ジャンプやごく簡易的な飛行が可能な三足歩行のK105が登場した。まだ機動性をそなえた二足歩行ロボットの実用化は不可能だったのである。
西暦二〇七七年、八月十七日。この日、さんざん逃亡を続けながら犯罪を重ねてきた『ユリウス』の皇帝、十九歳になったばかりのカエサルことショーン・ブラッドが逮捕された。この成果をあげることができた要因のひとつは、カエサルが瞬間移動能力で跳んでいける位置座標は彼がイメージできる場所、いったことのある場所限定であるとの情報を、捕獲したミュートへの拷問でつかむことができたことにある。もうひとつの要因は、連合政府がかつてのスーパーコンピューターやグリッドコンピューティングをはるかに超越する計算処理能力をもつヒュペルコンピューター『アガサ』の開発に成功していたことにある。この命名は大昔、B州で名をはせた偉大なミステリー作家の名から取られたのだという。構築されて間もないヒュペルコンピューター『アガサ』の判断に従い、連日、数万機のK105を動員、カエサルの移動予想地点に配備した。空ぶりの日々が数か月もつづいたが、ロボット警官は不服を申し立てることはなく粛々と配置を転換しつづけた。約半年後、連合警察はついにⅠ州立ち入り禁止区内において『ユリウス』アジト付近の廃墟の街でカエサルの確保に成功した。彼と行動をともにしていたミュート、約二百名はほぼ全員、その場で射殺されたのだという。
カエサルの公開処刑が執りおこなわれた。ウェブによる生配信が世界全州にわたり中継され、なかば強制的に閲覧することが州民に義務づけられた。これを見ない者は非州民と揶揄され、ミュートまたは、それの支援者として連合警察に通報されるおそれがあるため、たとえ形式的にでも見ない者はいなかった。復興したコロニー都市のあらゆる巨大掲示板には、核の被害を受けたため立ち入り禁止区域となったモンゴル砂漠での中世的な火あぶりの光景がうつしだされた。あまりにも前時代
的すぎるとの意見も政府内であがったが、約五千万人といわれている『ユリウス』残党への見せしめの意味と、地球連合政府の断固たる意志と決意を各州民にしめす意味で、あえて残酷な火刑が選択されたのだ。ミュートは人間と同じに見えても、人間ではないと強く印象づけるために。
刑場周辺はK105でかためられ、人影はなかった。点火作業も中継もすべてロボット警官が遠隔でおこなった。むろん連合警察技官の二の舞いをさけるためである。カエサルは炎に焼かれながら叫んだ。
「こんな能力、望んで手に入れたわけじゃない! ほしかったわけじゃない! みなが苦しんでいたから、私は立ちあがったんだ! 私たちはただ、あたえられた能力を最大限に生かしていただけの人間だ! 人間なんだ! 今の政府に民主主義はないぞ! 私の望みはひとつだけ、人間と共存することだったんだ! どうしてわからない! 私は死ぬが、この狂瀾はまだまだおわらない! 必ずあとにつづく者が現れ、現行政府を打倒するであろう! 人とミュートが手を取りあわねば破滅あるのみ! お前らに未来はない!」
予言じみた言葉を残したカエサルは観念動力により人柱のように燃えながら空高く舞いあがり、やがて宙空で灰になった。これをある意味、神々しく観た者もいれば、その能力を使いカエサルを虚空に持ちあげる手助けをしたに違いないミュートの存在に恐怖する者もいた。多くは後者であったのであるが。
この中継のあと連合政府最高議長リチャード・デンバーは勝利宣言を高らかに声明し、そしてさらなるミュート撲滅の決意を表明、各州民への協力要請で演説をしめくくった。
(つづく)
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