Ep.99 影の女王
影とは闇、闇とは死
ゴルニア王国の王族には、固有魔術が備わっている。
一度発現すれば唯一無二の力を発揮し、一騎当千に値する。
しかし、発動条件が個人によって違い、統一性が無いのが欠点だ。そのため、生涯一度も発現出来ずに死ぬ者も珍しくない。
スカァフが発現できたのは、【親愛なる者を二度失うこと】が条件だったからだ。
一度目は弟、二度目はバルアル。これにより、スカァフは固有魔術の発現に成功した。
固有魔術の名は【影の女王】。
決して逃れぬ『死』を与える凶悪の礼服である。
◆◆◆
スカァフはガオバルガを構え、サルトに向かって一気に接近する。
その速度は音速を超え、残像がハッキリとできる程の速さだった。
サルトは目で追う事は不可能と判断し、近付いて来る位置を予測して踏み潰しの連撃を放つ。
「ウンガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
轟音を巻き起こしながら、床が無くなるのではないかという威力の連撃を叩き込む。
炎を撒き散らし、辺り一面を業火の海へと変えていく。
その炎は、スカァフの一振りで消え去った。
かき消されたわけでも、消火されたわけでもない。消滅したのだ。
「ン、ガ?」
突然の出来事に、サルトも困惑する。
炎が消え、スカァフは平然と立っている。それだけで異常なのは、自分が誰よりも分かっている。
一体何が起きたのか、それを理解する時間はスカァフが与えない。
スカァフは大きく跳躍し、燃え上がる巨体に急接近する。
「消えよ」
ガオバルガを薙ぎ払い、サルトが身に纏った炎の一部を消し去った。
正確には、薙ぎ払った部分のみが消え去り、腹部が丸出しになったのだ。
これが【影の女王】の能力、『あらゆる概念の死』だ。
生命はもちろん、現象、物体、概念に死を与え、討ち滅ぼす。
それがスカァフが手に入れた能力だ。
能力は死を与えるガオバルガと同調し、ガオバルガにもその能力を付与した。
これにより、サルトの炎に死を与え、消滅させることができたのだ。
「そうか、傷を癒したのではなく、炎で焼いて上書きしたのか。思ったよりは賢いようじゃな」
先ほど付けた傷は、切り傷では無く、火傷にすり替わっていた。
傷で上書きすれば、ガオバルガの効力も消えてしまう。あくまでも槍で傷付けた箇所だけが効果範囲なのだ。
その弱点を見抜かれたのは痛手だが、今のスカァフには関係無い。
【影の女王】のおかげで身体能力が爆発的に上がり、一撃で巨体の腹部を吹き飛ばすまでになっていた。
纏っていた炎を奪い去った後は、やる事は一つ。その槍で貫くだけだ。
スカァフは空中で態勢を切り替え、全身を捻じる。
「……フン!!!」
捻じった身体をバネの様に一気に戻し、その勢いでサルトに突撃する。
「ガア!!?」
サルトは咄嗟に数歩下がり、飛んで来るスカァフを叩き潰そうと両手で襲い掛かる。
しかし、スカァフは宙を蹴って更に加速した。
まるで見えない空中の床を走るように駆け出し、炎を吹き飛ばした懐に飛び込んだ。
サルトの両手は空を切り、その隙にスカァフが槍を突きたてる。
「ハア!!!」
気合の入った一撃は、見事サルトの腹に突き刺さった。
ガオバルガによる痛烈な一撃は、サルトに強烈な痛みを与える。
「ウンガアアアアアアアアアアアア!!!??」
あまりの痛みに暴れそうになるサルト。
スカァフは暴れるサルトにしがみつき、槍を更に深く突き刺す。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!??」
痛みに耐えかねたサルトがスカァフを取り払おうと手を伸ばす。
それに気付いたスカァフは、槍を引き抜いて、サルトの身体を駆け上がる。
垂直の肉体を己の脚力のみで駆け上がり、炎を槍で消していく。
サルトも何とか捕まえようと何度も掴もうとするが、それよりも速く走り、サルトの顔面へと向かう。
スカァフはサルトの胸元辺りまで走ったところで、足が倍に膨らむ程に一気に力を入れ、衝撃波が出るほどの速度で跳躍する。
身体を捻りながら態勢を整え、サルトの頭上に位置を取る。
「ウンガア!?」
サルトはすぐに頭を上げ、スカァフの姿を捉える。
「終わりじゃ」
スカァフは構わず槍を投げる態勢に入り、大きく身体を仰け反る。
全身をバネの様に捻じりながら、力を余すことなく溜めていくと、血管が浮き出るほど筋肉を張り詰めさせ、ギシギシと全身を鳴らす。
そして、しっかりと狙い定め、
「再び貫け!! ガオバルガ!!!」
槍を打ち放つ。
槍はサルトの肩を貫き、そのまま一直線に突き進む。
一直線に突き進んだ先には、心臓がある。
音速を超えた速度で貫く槍は、一瞬で心臓を貫き、肉体をも貫通して、地面へと抜け出た。
たった数秒の出来事だったが、確実に心臓を貫いていた。
ガオバルガによって貫かれた心臓は崩壊し、もはや修復不可能。後は死を待つのみだ。
「ガ」
心臓を貫かれたサルトは、膝から崩れ落ち、全身の炎が制御出来なくなって、その身を燃やしていく。
スカァフは巻き込まれない様距離を取り、最後の抵抗がある可能性を考慮して、まだ下ろさずにいる。
(これで倒れてくれればいいのじゃが……)
スカァフが睨む中、サルトの身体は崩れていく。
全身に力が入ることはなく、ただただ、その命の最後を待つだけだった。
薄れていく思考の中、サルトは最後に走馬灯を見る。
「ゥ、ガァ……」
そこで見たのは、カラーがサルトに料理を作ってくれた光景だった。
周りにはユラマガンド、ウルパ、怪人がいて、食卓を囲んでいる。
あの日の光景と共に、カラーの笑顔がハッキリと思い出す。
サルトはゆっくりと顔を上げ、目を細める。
「マ、マ」
最後に、小さな一言を残し、全身が完全に焼け、崩壊した。
それを見届けたスカァフは、目を閉じ、弔いの意を示す。
「何故だろうな、敵であったのに、こんな感情が沸くとは……」
残骸となったサルトを背に、壁に埋まったバルアルを救出する。
翼は消え、全身は血にまみれ、骨折と打撲のせいで身体の半分が変色していた。
スカァフはバルアルに膝枕をし、頭をソッと撫でる。
「…………馬鹿な奴じゃ……。ワシなぞいなくとも、勝てていただろうに……」
悲しい表情でバルアルの顔を覗き込み、開かない目を見つめる。
その眼に、ポツリと水滴が落ちる。
一つ、二つ、徐々に増えていき、バルアルの顔を濡らしていく。
「……いかんな。この歳になると、涙腺が脆くて敵わん」
それはスカァフの涙。
止まらない涙が、バルアルの顔に落ちていたのだ。
スカァフは声を上げず、ただただ涙をこぼし続ける。
「弟が死んだ時でも、ここまで涙は出なかったぞ……」
雨の様に流れる涙は止まる事を知らない。
「なあ、目を開けてくれないか。でないと、涙が止まりそうにない……」
ソッとバルアルを抱きしめ、溢れる涙でバルアルを濡らしていく。
涙で消火されるように、周囲の炎も消え去り、サルトとの戦いが終わりを迎えた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『煙の神父、盾の騎士』
お楽しみに
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