Ep.9 昇格、新たな一歩
クエストの報酬とその使い道
オルカが『漆黒の六枚翼』に入って1週間が経った。
この1週間でこのギルドが普段どんな生活を送っているのか分かってきた。
毎日誰かかしらがB級相当以上のクエストに出て日帰りで済ませてくる。朝ご飯は必ず揃っているが、それ以外はまちまちだ。今まで家事洗濯は日替わりでやっていたが、炊事だけはバルアルだけでやっていた。
キングゴブリンの一件以降はこんな感じで過ごし、オルカも少し馴染んできた。暗い性格ではあるが、なにも人付き合いができないわけではない。ギルドの皆も友好的なおかげもあっていざこざも無く打ち解けている。
そして今日、オルカはラシファに呼び出された。
「そろそろ慣れてきたところ申し訳ないですが、オルカさんにはB級昇格試験を受けて頂きたいのです」
「しょ、昇格試験ですか……?」
「ええ、我がギルドに入って来るのはB級相当が最低ライン。今C級のオルカさんでは受けれないんです」
ラシファは微笑みながらオルカに一枚の書類を渡す。書類には冒険者組合からの昇格試験のお知らせだ。今日から一週間いつでも受けれると書かれている。
「なので、早々に昇格して頂きたいというのが私の考えです。よろしいですね?」
少し高圧的な態度で迫る。オルカもギルドの迷惑になるのは嫌なので、
「分かりました……。今から受けてきます……」
オルカの返事にラシファはニコっと笑う。
「素早い返答ありがとうございます。受験料はこちらから払っておきますので」
「あ、ありがとうございます……」
・・・・・
冒険者組合へ出向いたオルカはたった一人でB級昇格試験を受けることになった。他に受ける者が今日いなかったのだ。
(殆どはC級への昇格受験者、日にちが悪かったのかな……)
昇格試験はこの前ウィシュットと出会った会議室だった。しばらく待っていると、試験官が3人入って来た。オルカは起立して礼をする。
「そこまで畏まらなくて大丈夫ですよ。すぐに終わりますので」
「? それは、どういう意味でしょうか……?」
試験官の1人が咳ばらいをして、
「今回の昇格に必要な条件ですが、『クエスト数を規定数こなしている』、『B級以上のクエストで一定の成果を出す』、『冒険者としての知識が備わっている』。以上の3つが揃っていることで昇格できます。オルカさんの冒険者証明書と魔術師証明書で1つ目と3つ目の条件はクリアされてました。残る2つ目は先日のキングゴブリン討伐で証明されましたので、こちらの書類にサインして頂ければ昇格完了となります。おめでとうございます」
冒険者証明書と魔術師証明書には魔導チップが組み込まれており、専用の魔導具で今まで活動記録を読み取ることができる。オルカの20年分の働きもしっかり記録されていたわけだ。
ニコリと笑ってオルカに『B級冒険者昇格確認書』を渡した。
「あ、ありがとうございます……!」
「抵抗力の高いキングゴブリンにデバフをかけられる方を見るのは私も初めてです。今後の活躍を期待しています」
「はい……!」
返事をしたオルカだったが、試験官の言葉に引っ掛かった。
「あの、どうしてキングゴブリンの交戦内容をご存知なのですか……?」
「それはラシファさんが冒険者組合特製の記録魔導具で映像を記録していたからです。用意がいい方です」
そこまで用意されていたことに驚き、同時に心の中で感謝した。
「そうだったんですか……」
「……これは個人的な質問なのですが、どうして昇格されてなかったんですか? これだけ実績があれば容易にできるはずですが……」
「それは、前のギルドでは研究に専念するために先代のギルドマスターが気を遣って昇格しなくていいと言ってくれたんです。B級以上は緊急や集会に呼ばれる機会が多いからと……」
冒険者組合によって細かい部分は違うが、B級以上は緊急クエストに強制招集されたり、支援者である貴族や大商会への売り込みのために強制的に集会に呼ばれたりすることが多い。研究をしていて暗い性格のオルカには重荷になるため敢えて昇格していなかったのだ。
「なるほど、そういう理由でしたか。ここでは緊急以外で呼ぶことは稀なので安心してください」
オルカは心の中でホッとする。
「研究はこちらでもされますか? 必要であれば申請書のご用意をしますが」
「えっと、それは一旦持ち帰ります……」
・・・・・
ギルドへ戻った後、ラシファにB級に昇格したことを報告すると同時に研究について相談した。
「いいですよ。使っていない倉庫がありますのでそこを使って下さい」
「あ、ありがとうございます……」
「必要な物はオルカさん自身で買って下さい。流石にそこまで経費で落とすと冒険者組合に色々言われてしまいますので」
黄金の暁にいた時も研究に必要な物は全て自費で買っていた。なので何の不満も無い。
「分かりました……。お給金が出るまで頑張ります……」
「それでしたら、臨時収入がありますよ」
そう言って取り出したのは大量の紙幣だった。おそらく数千万はある。
「キングゴブリンの報酬金です。オルカさんには少ないですが、100万の報酬です。受け取って下さい」
「ええ……!? そんなにいただけませんよ……!!」
足止めをしただけでこんなに貰うのは流石に出来ないので拒否する。
「オルカさん、キングゴブリンの戦闘における被害は普通どれくらい掛かるか知っていますか?」
「し、知らないです……」
「普通はA級冒険者のパーティーでも数人重傷者が出るんです。B級以下なら死亡者が沢山出ます。無論、S級でも怪我をする可能性があります。時間を掛ければ無傷で倒せるかもしれませんが、カイザーに進化する可能性もあるので得策ではないんです」
ラシファは微笑みながらオルカと向き合う。
「迅速にキングゴブリンを倒せたことに一役買ったオルカさんの働きは十分過ぎる程なんです。だからこの報酬は正当なものです。受け取って下さい」
ラシファに説得され、オルカは恐る恐る報酬を受け取った。ラシファはオルカの手を包み、
「自信を持ってください。貴方にはそれだけの力がある。私はそれを理解できますから、安心してください」
優しく語り掛ける。オルカは背筋が伸びて固まってしまう。
「あ、ありがとうございます……」
美しい髪と顔が近くにあるせいで、胸の鼓動が早くなる。オルカはすぐさま離れて、しっかりとお辞儀をし、部屋を後にした。
「……ちょっと近過ぎたかな?」
反省してはいたが、微笑みは崩さなかった。
・・・・・
オルカはすぐに倉庫を掃除し、研究用の道具を買い揃える準備を整えた。
倉庫は石造りで20人位余裕で入る広さがあり、高さ3mで窓が高い所に一つだけある典型的な倉庫の間取りだった。
綺麗になった倉庫に何を置くか想像しながら、買う物をリスト化していく。
(サトナーさんやラシファさんに背中を押してくれた。ならそれに応えられるよう精一杯頑張らなきゃ……!)
久しく忘れていた感情を奮い立たせ、研究の準備を進めていく。そこへ、
「オルカ、何してるんだ?」
アージュナがやってきた。
「アージュナさん、こんにちは。今、研究用に倉庫を掃除しているんです」
「ここ全然使われて無かったもんな。何か手伝おうか?」
アージュナは笑顔で聞いてくる。
「いいんですか……?」
「今日は非番だしな。それにこういうの興味あるし」
「そうなんですか……? 良ければお教えしますよ?」
「マジで?! ありがとよ、オルカ!」
アージュナは勢い余ってオルカの手を握った。
「ど、どう致しまして……」
オルカは照れながらお礼を言った。
・・・・・
オルカとアージュナは、掃除を済ませた後研究用の道具を買いに街へ繰り出した。
調合用の鍋、計り、小型の魔導コンロ、匙など買い揃えていく。荷物は半分ずつ持っている。
「次は、目盛付きガラス容器ですね」
「ならあっちのお店だな。案内するぜ」
2人で一緒に歩いていると、
「ちょっと貴方! アージュナ様に何をさせているの?!」
後ろから大声で呼び止められた。振り返ると金髪で女子の冒険者がいた。
「えっと、どなたでしょうか……?」
「私はアージュナ様ファンクラブの一員『チュエリー』と申します! それよりも貴方はアージュナ様に何をさせているのかと聞いているんです!!」
「買い物のお手伝いをしてもらっているのですが……」
チュエリーはオルカを睨みつける。
「こんな大荷物を持たせるなんて非常識ですわよ!? アージュナ様に似合うのは……!!」
何かを語り始めたが、呆気に取られていて殆ど頭に入ってこなかった。
「あー、すまんオルカ。俺非公認のファンクラブなんだ。スカァフと一緒にいた時も突っかかってくる命知らずというか何というか……」
困った顔をして頭を抱えていた。かなり困っている様子だった。
「ちょっと貴方?! 聞いてるの!?」
チュエリーはオルカに迫るが、アージュナが割って入る。
「悪いが、俺の仲間に迷惑をかけるのは止めてくれ。嫌いになるぞ?」
厳しく言って止めにかかる。だが、
「アージュナ様に声を掛けて頂けた……! やっぱりカッコイイ……!!」
まるで聞こえていないどころか逆効果のようだ。アージュナはオルカに視線を向けて、
「すまんオルカ。【一時停止】頼む」
実力行使するわけにもいかないので、オルカに頼ることにした。オルカも小さく頷いて、チュエリーに手をかざした。
「【3連】【一時停止】」
チュエリーはピタリと動けなくなり、その場で立ったまま身動きが取れなくなった。
「あ、あら? 何? 動けない???」
「今の内だ」
アージュナに連れられその場を走り去った。
「あ!? ちょっと!! 待ちなさい!! アージュナ様も置いて行かないでえええええ!!?」
チュエリーは放置され、4時間後に動くことができるようになるのだった。
・・・・・
チュエリーを撒いた後すぐにギルドに帰り、倉庫前まで荷物を持って行く。急に走ったためオルカは息切れを起こしてフラフラだった。
「はあ、はあ、はあ……」
「大丈夫かオルカ? すまないな、俺のせいで……」
「大丈夫です……。それよりも器材を倉庫に入れましょう……」
買った研究用の道具を並べ、破損していないの確認していく。無事を確認して作業しやすい位置に配置する。
「ところで、これらの道具って何に使うんだ? 薬師が使うような物ばっかりだけど」
「えっと、半分当たりです。魔術薬とか作るのに使いますので……」
「そうなのか。てことは次は材料を集めないといけないな」
「はい。前は採集クエストで集めてましたが、環境が違いますので……」
採集クエストは納品する材料以外にも、決められた量の範囲で他の材料の採取が認められている。しかしここは討伐ギルド、採集クエストは入ってこない。
アージュナはオルカが困っている様子を見て、
「じゃあ組合から貰ってくるか? 採集クエスト」
「え、でも、そこまでしてもらう訳には……」
「いいんだよ。俺も興味があるからさ、その受講料てことで!」
オルカの目の前に立って笑顔で言い切る。オルカは真っ直ぐな瞳を見て、断れそうになかった。
「……分かりました。よろしくお願いしますね」
「おう!!」
互いに微笑みながら、約束を交わしたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『森と採取と少年と』
お楽しみに。
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