Ep.88 逃れられぬ運命
運命は、すぐそこまで近付いている
「で、出てはいけないとは、どういう事でしょうか……?」
モーフェンの言葉に、オルカは質問する。
モーフェンは表情を変えないまま、淡々と答える。
「そのままの意味だ。オルカが出撃すれば、真っ先に殺される」
「私が、ですか……? は、話しが見えないのですが……」
「今押し寄せている敵、あれは全て囮だ。大人数が襲撃してくるとなれば、その分人数を出すのが定石。つまりオルカをおびき寄せるための一手だ」
仮にそうだとしても、あまりにも大掛かりすぎる。オルカはそう思った。
「で、ですが、そこまでする必要があるんですか? おびき寄せてまで私を殺すだなんて……」
「殺すことが目的ではない。お前の内臓が目的なのだ。魔力回路が脆弱な肉体は不要だが、賢者並みの魔力量がある内蔵を必要としている。今回の様な手を打って来るほどの価値があるわけだ」
それを聞いたオルカは、背筋を凍らせた。
殺されるのは勿論恐ろしいが、加えて内臓を取り出されるとまで考えると、身の毛がよだつ所業だ。
オルカは恐る恐る質問する。
「それが、今回の首謀者、カラーさんの狙い、ですか……?」
「そうだ。カラーは秘宝を揃え、残すは器だけ。その器として最適なのが、オルカという訳だ」
「器……?」
突然出て来た単語に、オルカは首を傾げる。
「秘宝に器って、どういう意味ですか……? モーフェン師匠は何を知っているんですか……?」
「……カラーの目的、その行動理由の全てだ」
モーフェンの口から出たのは、衝撃的な内容だった。
謎に包まれたカラーの目的と行動理由。裏で暗躍し続けた彼女の事を知っているというのだ。
オルカはカラーにまた会おうと言われていた。
あの漆黒よりも暗い眼は、一度覗き込んだら忘れない。その異様な存在感が、いつまでもオルカの脳裏にこびりついていた。
アストゥム獣国の反乱、オルカ誘拐の一件、ゴルニア王国首都陥落、全ての事件に関わっているのも気になっていた。
そのカラーについて知っているのなら、事件に関与し続けた聞きたいという気持ちが、オルカにはある。
「教えて下さい……、カラーさんの目的を……」
オルカの真剣な表情で問う。
モーフェンは表情を変えないが、その真剣さに答えようとする。
「もちろん教えよう。だがその前に」
「何でしょう……?」
モーフェンはオルカの顔を覗き込む。
「オルカ、教皇に魔術をかけられましたね?」
「え」
確かに一度教皇と面会したが、オルカにそんな記憶は無い。
「そ、それは一体……?」
「自覚できないほどの【洗脳】と【判断操作】。私でも解けない恐ろしい精度でかけられている。残留魔力量からして、解けるのは明日の午前といったところか」
「で、ですが、それなら何かしらの違和感が……」
「その違和感は本人が感じ取れないようになっている。他者から見たら違和感があるだろうがな」
オルカは驚いていたが、何となく思い当たる節があった。
今日のデート、アージュナが心配そうに顔を見ていたことが何度かあった。あれはこの事だったのだろうと、今思えば納得がいく。
「い、言われてみれば……」
「どうやら教皇は明日の作戦会議で全てを語るつもりだろう。先に言ってもいいかと思ったが、話せば無理にでも回避するようにしてある。ならば、その時まで待つのがいいか」
モーフェンは小さく溜息をつきながら、ベランダの手摺の上に飛び乗る。
「まあ、この聖都に籠っても何かしら手を打って来るだろうな、あの女は。何が何でも殺し奪いに来るだろう」
「で、ではどうすれば……?」
「安心しろ。そのために聖都に呼んだ。……詳しい事は明日話そう」
魔術が発動しないギリギリの発言で回避しながら、会話を進めていく。
「今宵はここまでだ。明日に備えてゆっくり休むといい」
「わ、分かりました……。お休みなさい……」
「ああ、お休み」
短い挨拶を済ませ、モーフェンは飛び去って行った。
オルカはそれを、姿が見えなくなるまで見送る。
(…………師匠とちゃんと話せて良かった。これで、もっと前に進める)
一人残ったオルカの心は、晴れ晴れとしていた。
◆◆◆
某所
真っ暗な闇夜、廃墟となった教会で、カラーは一人、壊れた女神像を見上げていた。
「もう少し、あともう少しで叶う」
独り言を呟きながら、怪しく微笑んでいる。
「あと一歩、あと一歩で全てのピースが揃う。だから、何としてでも諦めない……!」
しかし、その眼はどんな闇よりもどす黒く、淀み切っていた。
「待っていてね、ティル。必ず迎えに行くから……」
漆黒と深淵の、最後の戦いが、幕を開けようとしていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『カラーの真理』
お楽しみに
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