Ep.87 涙と清算
涙は、決意と清算のために
深々と頭を下げるモーフェンに、オルカは呆然としていた。
あまりの想定外の事態に、思考が追い付かず、固まってしまったのだ。
モーフェンは頭を下げたまま、話を続ける。
「あの時の私は、あの教育方法が正しいと思い込んでいた。故に、オルカにとって酷い仕打ちだと気づけなかった。言い訳かもしれないが、間違った教育をしてしまったことを謝りたい。本当にすまなかった」
謝罪の言葉は続く。
「今更謝るなんてどうかと思うかもしれない。だが、いつか心の底から謝りたいと思っていた。許してもらえなくてもいい。ただ、お前に謝りたかった」
謝罪の言葉の後、短い静寂が流れる。
深々と頭を下げ、謝罪をするモーフェンの姿に、オルカは下唇を噛む。
「……今更、なんですか……」
ポツリと呟く。
「どうして、今になって、そんなことを言うんですか……!!?」
徐々に言葉が荒々しくなり、声も大きくなる。
「謝るなら、もっと早くに謝って下さい……!! 貴女のせいで、私は、何十年も苦しんで、ようやく、今になって、踏み出そうとしていたのに、どうして!!」
その眼には涙が溢れ、今にも倒れそうな息苦しさで言葉を放つ。
「もう、わけわかんないですよ!!? 怨めばいいのか、許せばいいのか!! どうしたらいいのか、わかんないですよ……!!」
感情がぐちゃぐちゃになり、支離滅裂な文章をモーフェンにぶつける。
「どうして! どうして!! どうして!!!」
オルカのトラウマであるあの4年間。その呪縛は、並々ならぬものだった。
それを時間と共に、少しずつ何とか克服してきた。
完璧にではないが、モーフェンと正面から話し合えるまでには精神状態を保てるようにはなった。
それはあの時のモーフェンだけを克服してきたからであって、こうして頭を下げているモーフェンにではない。
この異常事態に、事前に決めていたことが出来なくなるほど、頭が混乱している。
そして今、モーフェンにこうして滅茶苦茶な言葉をぶつける事しか出来なくなっているのだ。
オルカは顔を両手で押さえて、零れる涙を拭おうとする。
「もう、どうしたらいいのか……」
ぐずるオルカに、モーフェンはゆっくりと顔を上げ、近付く。
モーフェンはオルカを慰めたかった。優しく抱きしめて、頭を撫でて慰めてやりたいと。
だがその資格は無いと分かっている。
だから、一歩手前で足を止めた。何もしないことが、せめてもの償いだと思って。
その表情は、とても辛そうだった。
◆◆◆
しばらくして、オルカが泣き止み、再びモーフェンと向き合う。
目の下を真っ赤に腫らしながらも、力強い視線をモーフェンに向ける。
「……私は、貴女を恨んでました……」
「そうだろうな」
「とても苦しかったですし、耐え切れなくて記憶が無くなることもありました。それは今も私を縛り付けて、苦しめています……。それ位嫌な記憶です……」
「………………」
モーフェンは黙ってオルカの言葉を聴く。
オルカは、意を決して言葉を紡ぐ。
「ですが、貴女が教えてくれた魔術が、アージュナさん達と巡り合わせてくれました……。それは、とても感謝しています……」
そして、胸に手を当て、言うべき事を話す。
「貴女の謝罪の言葉を聴けて、私が貴女に対してどうすべきか、今決めました」
「……どうする?」
オルカは深呼吸をして、モーフェンと向き合う。
「私は、過去の師匠と決別し、今のモーフェン師匠と向き合います。だから、よろしくお願いします……!」
過去の因果に囚われず、新しい関係として、モーフェンと向き合う事を決めた。
それがオルカの選んだ未来。モーフェンへの解答だった。
真剣な眼差しでモーフェンを見つめる。モーフェンもまた、その眼差しを見つめていた。
「…………そうか、分かった。私からも、よろしく頼む」
モーフェンは表情を変えず、握手を求めた。
「っ! はい……!」
オルカはモーフェンの手を握り、握手に答えた。
お互いの表情は、少しだけ微笑んでいた。
「……オルカよ、無理をしていないか? 手に汗が……」
「す、すみません……。啖呵を切ったのは良かったんですが、完全には……」
「いい。こういうことは、少しずつ慣らしていけばいい。……私が偉そうに言う事ではないがな」
まだすっぱりと行かないが、それでも、小さくても、確実に関係が改善され始めた瞬間だった。
◆◆◆
「ところで、モーフェン師匠は、どうしてこんな時間に……?」
「そうだったな。話さなければいけないことがあった」
モーフェンは変わらない顔を、オルカに向ける。
「明日の戦闘、お前は出るな。出れば、死ぬ運命が待っているぞ」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『逃れられぬ運命』
お楽しみに
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