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Ep.86 モーフェンの記憶


賢者の追憶



 私は感情が限りなく薄い


 何千年も生きてきたせいか、最初の100年のせいか、原因は今になってはもう分からない


 感情の起伏が極端に少なく、喜怒哀楽がとにかく薄い


 そのおかげか、魔術の研究だけに没頭できた


 他に考える必要が無く、誘惑や感情に揺さぶられることなく、永遠ともいえる時間を研究に費やせた


 気付けば魔術協会の賢者に選ばれ、その座に長いこと居座っていた


 周囲の騒音は無く、邪魔をされることもない最適な環境を手に入れられたのは僥倖だった



 賢者になってからしばらく、3000年を超えたあたりのある日のことだ


 やりたい研究をやり尽くし始めていた頃に、オルカが転がり込んできた


 どうやら元の世界から踏み外し、魔術協会のある世界空間に誤送されてきたようだ


 こういうのは決まって魔術師としての才能がある存在だ


 皆こぞってオルカを欲しがった


 私は最初、何の興味も無かったが、魔力の質を見て気が変わった


 私が弟子として欲しいと言ったら、天変地異の前触れではないかと騒がれた


 そんなことは気にせず、オルカを弟子に取り、私並み、それ以上に育てる研究を始めた


 

 育てる方法は既に知っている


 私の最初の100年と同じやり方で教育すれば、私と同じ高みに到達できる


 それは私が証明している


 分かり切っている以上、躊躇いなく教育を施すことにした


 泣き叫び、恐怖していたが、これを乗り越えてこそ、オルカが私の様な賢者になれると信じて疑わなかった。


 他者から小言を言われたが、全て無視した


 途中経過も私と同じだった


 だからこそ、間違っていないと確信していた



 だが失敗した


 オルカの精神が崩壊してしまったのだ


 私よりも精神強度が脆弱だったのが原因だ


 記憶を消しても、壊れた精神までは直らず、副作用でここに来るまでの記憶が欠落した


 見るに見かねた他の賢者がオルカを引き取り、馴染みのある世界へ運んで行った

 

 こうして、オルカの研究は終わった



 今回の失敗は、本のページを誤って2ページ開いてしまった程度の、些細な失敗だった


 それなのに、心に引っ掛かった


 感情にさざ波が立ち、研究で失敗を繰り返すようになった


 今まで無かった事態に困惑し、研究が手に付かなくなり、何もできなくなったのだ


 それが10年続いた


 協会は、何もできないなら出ていくよう通告してきた


 私はそれでもいいと思い、あっさりと通告を飲み、協会を去った


 

 少しばかり放浪した後、何もしなくていいから、国にいて欲しいと聖国から声が掛かった


 確かに家が無いと不便なので、聖国の領地に家を借りることにした


 そこで『どうして何もできなくなったのか』を考えた


 一人でずっと考え、悩み、思考と検証を繰り返す


 何か原因があるのではないか、それが何なのか、考えた


 考えて3年、オルカが関連していることに気付き、そこから更に思考する


 オルカに何か後悔がある


 これに気付くのに更に1年かかった


 その後悔とは何か


 それは、一つのふとした疑問で辿り着く


 そもそも、どうして親と同じ教育を施そうとしたのか


 弟子であれば、ただ知識を伝えるだけで良かった


 それなのにどうして親と同じ事をしようとしたのか


 後悔と疑問、そこから導き出される答えは一つ


『私はオルカの親になりたかった』


 答えに気付いた時、私は泣いた


 あの子の親になりたかったのに、壊してしまった


 それが後悔、それが悲しい


 忘れていたと思っていた感情が溢れ、涙が止まらなかった


 謝りたい、だが資格はない


 そんな矛盾を抱えたまま、1ヶ月泣き続けた



 泣き腫らした後、聖国の教皇に呼ばれた


 教皇曰く


「いずれ謝罪できる機会が来る。それまで頭を下げる練習でもしておればよい」


 その言葉を信じ、いずれ訪れるその日に備えた


 そして、その時が今、やって来た


 誰にも邪魔されず、正面から謝罪できる絶好の機会


 この機を逃せば、次はいつ来るか分からない


 だから私は意を決して、


「すまなかった」


 頭を下げて、謝罪した。





お読みいただきありがとうございました。


次回は『涙と清算』

お楽しみに


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